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第63話

「キブカ!ルメル!オキノ!」 マディーラは珍しく大きな声で従者たちを呼んだ 何事かと三人は慌てて彼の私室に駆け込む マディーラは花さえ遠慮するほど美しい笑顔で言った 「明日、グリフが帰宅すると、言伝があった」 「さようでございますか!」 「ああ……ようございましたね」 「うむ!」 マディーラはもう一度手にしていた小さな紙を広げた グリフの大きな字が 愛しているという言葉とともに明日戻ると綴っている マディーラは嬉しくて その紙をギュッと両手で胸に押し当てた 「待ちきれぬ……どうしよう」 「なに、あっという間でございますよ。ずっと励んでおられたお料理を、ご披露なさるのでしょう?」 「う、うむ。うまくできるだろうか」 「もちろんでございます。後ほど材料を仕入れてまいりましょう」 「私も行く」 「それはなりませんよ。物騒であるからと、過日グリフォード様からもお言伝がありましたでしょう」 「うむ。うむむ」 「グリフォード様も、お疲れでございましょうね」 そうだ この間久しぶりに見たグリフはほんの少し疲れていた 見た事のない格好をして ミラ国王陛下の後ろに控えていた いつもの軍服の方がずっとずっと似合っているけれど 王宮に軍服は駄目なのだという事はマディーラも知っている だからこそ緊急事態なのだと理解できた 大陛下が国王で在らせられたとき 後宮にお運びになるときも側近は従えど警護の者はいた事がなかった たかが庭に来るのに 第一隊の隊長がお供をするということは よほど陛下の身が危ないのだろう そんな陛下をお護りするグリフはどれほど大変だろうか 彼が家に戻って来ないことにほんの少し倦んでいた気持ちも 現状を目にして一瞬で消え去った 残ったのはグリフの身を案じる気持ちだけだ どうか無事でいて欲しい 「うーん……疲れているのであれば、おいしい食事の方がよいだろうか」 「?それはそうでしょうが」 「料理人に任せようか……」 「グリフォード様にお尋ねになれば、マディーラ様の作ったお料理がよいと仰るでしょう」 「うむ……しかし、まだふたつなのだが」 「大変な成果でございます。グリフォード様に食べていただかない道理はございません」 「昼餉を一緒にと書いてあるのだ。夜はきっとあちらへ戻るのだろうな……」 「……どうぞ、明日の昼餉をお楽しみになってください」 マディーラはこくりとひとつ頷いて ふかふかした長椅子に腰を降ろした 窓の向こうには遠く大宮殿が見える その窓辺には新しい青いバラが一輪挿してある グリフが渡してくれたバラはその日のうちに萎れてしまったから ディラは彼が戻ってくるまでずっと青いバラを飾っている ずっと一緒にいたいけれど 堪えなければならない あの時無言で合わせた視線は グリフもディラを求めていると語っていた こころは通じているのだ 翌日は朝から忙しかった マディーラは料理人の手伝いをし 昼餉の仕度に勤しんでいた グリフに食べてもらうために こころを込めて料理を作り 食卓には花を飾り グリフが似合うと言ってくれた白い衣装を着た 太陽は天高く昇り マディーラはそわそわと玄関の周りをうろついた 扉を出ようとしたらキブカに止められたので 内側に置かれた椅子に座ったり立ったりを繰り返す いつだったか グリフが青い光で呼び出されたとき マディーラは同じようにここで彼の帰りを待っていた 不安と期待 ドキドキして落ち着かない 玄関のすぐ側には大きな窓があり そこから家の塀の向こうが見える グリフが馬で帰ってくるのであればそこから顔が見えるはず 今は大宮殿の屋根しか見えないその窓からの景色を マディーラは張り付くようにして眺めていた その景色が揺れたように見えた ほんの一瞬だった そして低い音が響いた気がした その刹那 窓の向こうに禍々しいほど大きな赤い閃光が空を染めた

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