65 / 90

第65話

クノレ失脚の報は瞬く間に国中を駆け巡った 国民の反応は あの馬鹿殿下が本物の馬鹿だったと言う程度だ それで済んだのは 被害の詳細を国と軍部が小さく発表し 国王陛下がご無事だというところを強調したためだ 陛下は国民に向けて あるまじき事態になり申し訳なく思うと仰せになり これを機に 真に国を愛する者をして国を作っていくと宣言された もしかしたら待っていたのだろうか そう思えるほど その後の刷新と人選は見事な早業だった それに伴い王兵は廃された グリフとスペラは共に職を辞すると 即日将軍に願い出た あえなく却下されたけれど 「抜かったのですから、責任は取ります」 「今後もわが国と王のために励めとのお言葉だ。辞めてる暇はない」 「しかし!」 「……よくわかったな。あの現場で何を見た」 「は」 グリフはスペラと共に頭を下げ あの夜の話をした 自分たちは一度だけ 王兵に会いにあの部屋へ行った事がある 広くもなく調度も少ない部屋だった 爆発物の捜索を終えて 犯人へのはらわたの煮えくり返るような憎悪を抱え 自然と現場へ足が向いたのは何故だかわからない ただ吸い寄せられるようにそこへ行き 闇に飲まれるまでじっと焼けた残骸を見ていた そして二人ともが あの部屋になかったはずの物に気づいた それがあの金属片だった 数ヶ月前の放火あたりから 徐々に騒ぎ出すやり方といい 爆発物の設置という大掛かりなことを 金で雇った人間にさせたことといい どこか不自然に思っていた 本当に政権転覆を狙い ある程度の集団がそれを画策しているのであれば 行動はもっと洗練され系統だっているはずだ だから恐らく息巻いているのは一人か二人だと踏んだ それも考えの足りない気の短い馬鹿が ならばアレを落としたのは本人か 仲間面をした裏切り者かのどちらかだろうと考えた 裏切り者の仕業であれば おそらく誰も探しには来ない 翌日以降の軍の検分で発見され これはどういう事なのかとクノレに問い詰めるように仕向ける 周到ならば自分とクノレの係わり合いを消しているだろう しかし落としたのが 爆発物を王兵の詰め所に置いたのが本人であれば 気づいた途端に探しに来る そう思って現れるのを待っただけだ 恐らくスペラも全く同じ根拠だろう 「慧眼だな」 「とんでもありません。失態は失態です」 「今忙しいんだ。とりあえず、持ち場へ戻れ」 「閣下!」 「王兵なき今、大宮殿内の立ち番も加わった。第一隊は私以上に繁忙ではないか?」 「しかし」 「第一隊の連中は、さすがは我らの隊長、副隊長だと快哉を叫んだらしいぞ」 「……」 「あの場所を確認しなかったのは失態ではない。クノレを捕らえたのは上首尾だった」 「……は」 「よくやった」 「は!」 グリフとスペラは最敬礼をして 本部の執務室を後にした 扉を閉めた途端に深いため息が出る 隣のスペラも同じような顔をしている 「……どうすんだ」 「知らんよ。とにかく、優しい部下に会いに行こうぜ」 「そうだな」 宮殿の修繕作業は夜を徹して行われている クノレの行動範囲は私宅も含めてくまなく捜索され 彼に近かった人間もその対象にされた 爆破事件そのものは やはりクノレの暴走だったようだけれど ミラ国王陛下憎しで彼を煽っていた人間も同罪だ 王兵の詰め所を狙ったのは 国王を護る直下の組織を叩くのが 王の威厳に傷をつけられると思ったかららしい まったく浅はかでものを知らない男だ 王を護っていたのは王兵などではなかったのに 速やかに組織は改変されていき 政は滞りなく進んでいるという 我が子の汚行に 大陛下は大変おこころを痛めておられるそうだ そんな父君の心痛に ミラ陛下は憂慮されているという お優しいお二人がいつか慰められるのを祈るしかない 「ねぇ、結局、隊長は家に戻ってないよね」 「……ああ」 「帰れば?ちょっとぐらい、誰も気づかないって」 「うん」 グリフはそうだなと思ってしまった 水陸からの応援はまだ残ってくれているし 罰せられるべき人間の扱いは本部にある 第一隊は通常任務に宮殿の立ち番だ それほど時間が取れないわけではない ここしばらくの事件は終わったのだから 「御内儀が、待ってるんじゃないの」 「そうだなぁ」 グリフは無意識に懐に手をやった 「……?」 「何?」 「……!?」 「どうしたの?」 「……!!!????」 「うざ」 ない!! いつも大事に懐に入れていた指輪が皮の袋ごとない!! グリフはスペラの冷たい視線を無視してその場で軍服を脱ぎ散らかした 下穿き一丁になっても 大事な大事な指輪は出てこなかった 「たいちょー。もう、軍服着てても誰も怒んないんだよー」 「どうしようっどうしようっ」 「うっざ……」 「ないんだ!指輪!ディラに誂えて、渡そうと思って、ここにちゃんと」 「……マジ?落としたの?」 「落としたのかなっ!?」 「落としたに決まってんじゃん……」 「落としたのかああーーー!!!!」 「服着ろって」 グリフはあまりのショックに混乱した そんな、あれを失くすなんて、大事な指輪なのに 首都警護部隊の第一隊隊長が 恐ろしいことに下穿き一丁で半べそをかいている スペラは顔を引きつらせながらとりあえず服を拾い 大変頼もしいはずの上長に押しつけた 「頼むから、着て」 「スペラぁ……!」 「捜す。全力で捜す。第一隊全投入で捜すから泣くな」 「おおおれ、俺も捜してくるっ!!」 「まず着ろ。話はそれからだ」 「どこに落としたんだろおおおっ!!??」 「知らないよ……」

ともだちにシェアしよう!