67 / 90

第67話

グリフはその日から必死に指輪を探した 花屋で花を買ったときはあったのだと 店まで戻って親父の前掛けの中を探り 花の生けてある桶に顔を突っ込んだ 駐屯所内を四つんばいで這いずり回り 馬小屋の飼葉も全部さらった 広い王宮内を さすがに四つんばいと言うのは人目があるので それでも首が取れるんじゃないかというほど下を向き ウロウロフラフラとあちこちを徘徊する もちろん仕事は片付けるけれど 片付いたと同時に徘徊を始める 捜索は日中しかできないので自然と執務は夜に掛かり 陽が昇るとゴソゴソと辺り構わず這いつくばる スペラをはじめとした部下たちも あまりの落胆振りに気の毒に思って 自分たちの手の空いた時はみんな下を向いて歩くようになった 折りしも季節は落葉の時期 木の多い王宮はどんどん落ち葉で地面が見えなくなる 風が吹いてますます重なる そして事件があったおかげで人や車両の出入りが頻繁だ 何日も探し続けて グリフはとうとう諦めた もしかしたら爆破の火の中かもしれない 袋がなくなってしまえば あんな小さな指輪を探し出すのは無理だ 諦めたくはないけれど これ以上探すところもない もう、ディラに指輪はあげられない 「うぅ……」 「隊長、泣かないでよ……」 「すまん……」 「気持ちはわかるけどさ。一歩間違えば、爆破の巻添え食らってたあの任務で、指輪が身代わりになってくれたのかも知れないよ。マディーラ殿だって、指輪よりあんたが大事に決まっている」 「スペラ……お前、本当にいいやつだなぁ……」 「だから、元気な姿を見せてあげたほうがいいよ。一体何日帰ってないの」 「ああ……」 時間が過ぎるのは早い 慌しい別れをしたあの夕方以来 いったいどれだけの日数が過ぎたのか マディーラは今日家にいるのだろうか まだ俺を待っていてくれているだろうか 消沈するグリフを励まして慰めて スペラはどうにかこうにかグリフを彼の馬に乗せた 「家まで連れて帰ってやってくれな」 スペラは魂が抜けたみたいな隊長にではなく 悠然と構えた彼の愛馬に頭を下げた 優しい愛馬の背にしな垂れかかって ゆらりゆらりと自宅へ戻る道すがら グリフは塞ぎこんでいた 深いため息に馬の鬣が揺れる 「ディラ……すまん……」 頼もしい相棒は 門番が開けた柵を抜けて家の玄関先まで進むと 脱力しているグリフォードを荷物さながら背中からずり落とした いつまでもウジウジ乗っかってんじゃねぇよ そんな声が聞こえた気がした 地面に落ちた衝撃を堪えて身体を起こしたグリフの顔に バッサリと尻尾をぶちかまして 愛馬は悠々と自分の寝床へ行ってしまった 「はぁ……」 「グリフォード様!」 落馬の音を聞きつけてか 家の中から従者たちが飛び出してきた お怪我はありませんかとグリフを引き起こし 土を払ってくれる ああ、情けない…… 「えーと……長く留守にしてすまん」 「いえ。ご無事で何よりでございます。どうぞお部屋でお休みください」 「ああ……あの、ディラはいるのか」 「はい。先ほどまで、食堂に……ああ、来られましたね」 玄関に入って従者たちに防具や装備を預けながら ディラの所在を聞けば今日はずっと家にいたという 来られましたよと言われて顔を向ければ この世で一番愛しい男がこちらへ向かってくるのが見えた 廊下の端でもディラの輝きは届く すらりとした痩身に裾の長い服を着て 豊かな銀髪を翻して まっすぐにこちらへ向かってくる 愛しさにグリフは涙が出そうだった 指輪がなくなったぐらいなんだというのだ こうしてディラにまた逢えた もっと早くに帰ってくればよかった 俺が馬鹿だった 「ディラ!ただい―――」 「遅い!!」 無表情に傍まで来たディラは グリフをキッと睨むと 抱き締めようと腕を広げたグリフの頬に拳をめり込ませた えええええ!!!??? 「い、痛いっ!ディラ!?」 「~~~~っっっ……!!」 多分人を殴ったことがないのだろう グリフが殴られた頬に手を当ててディラを見ると ディラは自分の手をぎゅーっと掴んでプルプルしながら顔をしかめている 結構な勢いでの打撃だった おかげで顎がずれたような感覚がある ディラの手首や骨は大丈夫だろうか 「ディラ、大丈夫か!?」 「大丈夫じゃないっ!!」 ディラは気丈にも背筋を伸ばし 今度は反対の方の拳でグリフを殴った しかも一度目よりも強く 意外とけんかは強いのかもしれない しかし、痛い 一度目は予想外で 二度続くとは想定外で さすがにグリフはちょっとよろけた ディラはやっぱり痛そうに自分の手を掴んで震えている 「痛いよ、ディラ……」 「私だって痛いっ」 「診せて、ディラ。怪我は」 「そんなことはどうでもいい!」 ディラはグリフに触らせまいと 自分の喉元に押し付けるように手を引いた 明らかな拒絶にグリフは殴られるよりも強い痛みを感じる 「ディラ」 「……なぜ、こんなに遅いのだ」 「すまん、事件があって。帰ると言ったあの日も帰れずに」 「他の隊員の方はもとより、ミズキ将軍閣下でさえ帰宅しておられるのに、なぜグリフは遅いのかと聞いている」 「……すまん」 「私は、待っているのに」 「すまん。本当は帰れたのだ、もう少し早く、その」 「帰りたく、なかったのか」 「違う!」 家の者たちは 微笑ましい帰宅の場面のはずが 突然殴り合い……ではなく一方的に主人が殴り飛ばされて驚いている まさかあのたおやかなマディーラが 愛しい愛しいと仲睦まじく暮らすグリフォードの両頬に 平手でもなく渾身のグーパンをお見舞いするだなんて グリフはディラを強引に抱き上げると そのまま自室へ連行した マディーラパンチは突然だったし油断していたので 見事にヒットさせてしまったけれど さすがに今度はディラがどれだけ暴れても がっちり抱いてビクともしなかった 「ディラ、話を聞いてくれ。その後でなら俺を好きにしていい」 「……なんだっ」 「その前に手を診せて」 「いい。たいしたことはない」 「すごく痛かった。ディラもだろう?診せて」 「……」 グリフはディラを長椅子に降ろして その傍に膝をついた あー顎がガクガクする 殴られるのなんか久々だ 渋々といった態で差し出されたディラの両手は 真っ赤に腫れて熱を帯びていた 思わず苦いため息が出る 「どうしてこんな無茶をする?剣でも棍棒でもあるだろう」 「……」 「……ただいま、ディラ。遅くなってすまなかった」 「……おかえりなさい」 「愛している。あなたの手も、愛している。どうか大切に」 グリフはディラと目を合わせることなく俯き 彼の赤くなってしまった手を撫で そこに躊躇いがちに口づけをする ディラはグリフの手を振り払って抱きついた ああ ディラの匂いと体温だ グリフはようやく家に帰ってきたと安堵した 「遅い……!」 「すまなかった。許してくれ」 「のろまっ」 「ああ。悪かった……ディラ、ごめん」 「逢いたかった、グリフ。無事で、よかった……!」 今度こそ涙がこぼれそうになった ディラに寂しい思いをさせて たくさん心配をかけた こうやって自分を案じてくれて 同じくらい逢いたいと想ってくれる人 グリフはディラを抱きしめて すまなかったと何度も詫びた 「すまぬ、グリフ……痛いだろう」 「んー……不意打ちだったからな。ディラがなぁ……」 長椅子に並んで座り ディラはオロオロしている 痛くはあるけれど問題ない程度だ むしろディラの突飛な行動もここまできたかと笑ってしまう 「寂しくて心配で、顔を見たら胸に飛び込んでしまうと思っていたが」 「うん」 「実際はなんだか、腹が立ってしまった。よもや自分が、ハルト様と同じ行動をとるとは」 グリフはミズキ将軍はこの程度では済んでないだろうと苦笑いをした ディラはオキノに包帯を巻かれた手を見せて 妻には程遠いな、とはにかむ 「……ディラ、覚えているか?俺があなたにあげたいものがあると言ったのを」 「うむ。用意ができてからだと、あの話か」 「そうだ。しかし、その……失くしてしまったのだ」 ディラはグリフを驚いたように見た あんなに大事なものをなくしたという後悔に グリフはまたどよーんと落ち込んだ ディラの美しい顔を見ていられなくて顔を伏せる ディラはそんなグリフの顔を無理やり覗き込んできた 「すまん……」 「もしかして、その失くしたものを探していて遅くなったのか?」 「……はい。そうです……」 「なんと……」 だよね 呆れるよね なんかもう、穴を掘って埋まりたいよ なのにディラはくくくっと笑った グリフは思わず顔を上げて 隣に座る愛しい男をみつめた 「ディラ……」 「すまぬ。私はグリフがいればいいのに」 「でも、俺の気持ちとしては何か贈りたかったのだ」 「花を……くれただろう」 「え?」 マディーラは薄く頬を染めて ぽてりとグリフの肩に頭を乗せた そしてそっとグリフの手を両手で包む 「花?」 「うむ。あの日、花屋のご主人が届けてくださった。細長い、純白の花束を」 「ああ……」 花屋の親父め やってくれるじゃないか グリフはなんだか無性に恥ずかしくなって頬に手を当てた その頬には膏薬が貼られている 「あのご主人は、軍人の夫や妻を持つ人のお知り合いが多いらしく、グリフがしばらく戻ってこないのはすぐにわかったそうだ。だから、花だけでもと」 「いい人だなぁ……」 「うむ。グリフがいかにその花を嬉しそうに選んだか、赤い光が上がるよりも先に馬に飛び乗って駆けていく姿がいかに立派だったか、私はご主人にたくさん聞かせていただいた」 「ちょ……っと、それは照れるんだが」 「私がもっと聞かせていただきたいとお引止めしたのだ。ご主人はその後、花が萎れた頃を見計らって、同じものを届けてくださったのだ。だから私は何度もグリフから贈り物を貰っている気持ちだった」 ディラはスリスリとグリフの肩や胸に顔を擦りつける グリフは彼の髪を撫で 顎を捉えてると優しく口づけた 一度触れてしまえば堰を切ったように 触れあい 見つめあい また触れて 唇が離れる時間が短くなり あっという間にお互いを引き寄せあって激しく口を吸った 身体が昂ぶっていく 「グリフ、グリフ……!」 「ディラ、何もしなくていい。俺を抱いていて」 「あ……ん……待って、服を」 「待てない」 「あ……ああ……っ!!」 ディラの服の裾から手を差し入れて いつも通り下穿きをつけていない尻を撫で回し 自分の太ももに跨らせると グリフは大きく張りつめた性器をディラの後孔に宛がう 手が痛いだろう彼に自分の首にしがみつかせ そのまま性急に貫いた 愛していると囁き 耳に噛みついて穴を舐る あっという間に達してしまったけれど 興奮し過ぎて萎える気配がない そのまま何度もディラの中を穿ち 舌を絡ませあって愛を注ぐ ディラも何度も何度も悲鳴をあげて気をやっては もっと欲しいとグリフの名前を呼び続け 離れた距離と時間を埋めようと貪りつくした

ともだちにシェアしよう!