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第68話
「ん……」
「すまん。起こしたか」
「グリフ」
東の空が白んでいる
離れていた時間を思えば全く足りないけれど
幾ばくかの満足を得て抱きしめあって微睡んでいた
グリフの身じろぎにディラが目を開ける
「眠っていていいよ。ディラ……愛してる」
「……もう行くのか」
「行かない」
グリフは愛しい人の額に唇を寄せて
行かないよ、ともう一度言った
「朝になったら一緒に朝餉を。昼まで抱き合って、一緒に昼餉だ。お茶の時間まで愛し合って、ディラの料理をしている姿を見せてもらって、美味しい夕餉を一緒に食べよう」
「まだ見せぬ」
「そうか」
グリフは微笑んで
柔らかいディラの頬に口づける
グリフの寝着を緩く掴む手にもそっと
ディラの薬草が効いているらしく
痛みは軽くなり熱は消えたようだ
グリフの頬はアザだけになっている
「一緒にいられるのか」
「ああ。事件はもう終わった。ちゃんと帰ってくるし、休みも取れる」
「グリフ」
「ん?」
「もし行くのなら、私が眠っている間に」
「ディラ」
グリフの話を嘘だと思っているのだろうか
薄闇の中で抱きしめる腕に力を込める
なんて愛しいのか
離れたくないよ
「きっと、行かないでと言ってしまう。だから、どうか」
「言えばいい」
「言っても行ってしまうのだから」
「それでも言って。俺を求めてくれ。離れる俺を詰っていい」
「グリフ……愛してる」
「俺もだ。あなたを愛していて、愛されて、しあわせだ」
「うむ」
「眠って、ディラ。目が覚めても俺はここにいる」
「では、目が覚めたら、グリフを起こそう」
「ああ。目が覚めたら、また愛し合おう」
甘く囁きあい
小さな約束を交わし
二人はお互いを感じながら眠りに落ちた
翌朝ディラが目を覚ますと
グリフは本当に自分の隣で眠っていた
もう長い間見ていなかった愛しい寝顔に
マディーラは微笑みながら口づけて
彼の腕のなかに潜り込むようにして目を閉じた
グリフの腕はディラを抱き寄せ
眠りのなかにあってもディラへの執着を見せた
「ディラ……起きられるか?」
「う……」
「すまん。少し求めすぎた。すまん……」
「ん……なかなか、辛い……」
朝餉?は?なにそれ?
そんな感じだった
短い二度寝から目覚めたディラがグリフを起こすと
覚醒と同時に臨戦態勢に入ったグリフは
弾が切れるまでディラを貪った
降参も停戦もない
あらゆる手を尽くして全部を食い尽くした
もしかしたらまだ軍人としての興奮が収まっていなかったのかもしれない
グリフの巧みで徹底した侵攻のおかげで
ディラは息も絶え絶えの有様だ
「昼餉は、部屋に運んでもらおう。な?な?ディラ、すまん……」
「湯浴みが、したい」
「任せとけ。ディラは何もしなくていいからなっ」
「グリフも、もう、何もしないで」
「お、おう!湯浴みのみだ!」
グリフは優しくディラを抱きあげて
用意されていた湯殿へ向かった
従者たちの視線が痛いような気がする
うちのご主人様は性欲の固まりで
頭の中にも弾が詰まっているから制御できねぇんだな
そんな風に感じる
もちろん実際にそう言われても返す言葉はございませんよ
「もうっ……!グリフ、触らないでくれ」
「いや、しかし手伝いを」
「何もしないでと言ったではないかっ」
「でも、だって手伝いが」
「グリフォード様。お控え頂けないのでしたら、どうぞ外でお待ちください」
「……はいぃ……」
グリフはいつも通り頭から爪先までをザバババっと洗い
辛そうにため息をつくディラの身体を清めてやろうとしただけだ
いつもなら従者がしようとするのを
グリフにして欲しいと甘える事さえあるのに
ディラは手のひらでビタンとグリフの顔面を押しのけて
あえなくグリフは退散させられた
別に性的な触れ方をするつもりはなかったのに
ものの見事に拒まれた
もしかして……倦怠期?いやーんっ
ディラの湯浴みは長くかかり
湯殿で身体を揉み解したりしてもらったのだろう
結構スッキリした顔で戻ってきた
ほどよくあたたまった血色のいい頬が
そわそわと待っていたグリフに愛しさを募らせる
「ディラ!」
「グリフの爆発には付き合いきれぬ」
「ご、ごめん!ディラ、辛かったか?その、ディラの魅惑的な痴態に」
「そんなの、グリフのせいだっ」
「でぃらぁ……」
首筋まで薄く朱を差し
マディーラはプイと顔を背けると
もちろん寝所ではない部屋の窓辺の長椅子に腰を降ろした
グリフはその後を情けない顔で追いかける
倦怠期!?倦怠期ね!!
従者に手渡された水の入った杯を
ディラに捧げながら謝り倒す姿は
とっても見事な恐妻家ぶりだ
「あ、あんなに、グリフは底なしか!?」
「すまん」
「私は、無理だと何度もっ」
「今度から、もっと優しくする!だから許してくれ、ディラ」
「……グリフは優しかった。いつも優しい」
「……そうか?」
クピリと水を一口飲んで
さっきよりも甘く潤んだ目でグリフを見るディラは
かわいくて愛しくて、ヤバイ
すっからかんのはずの弾倉に
着々と次弾が装填されていくような思いだ
もちろん今発射しようとすれば
暴発で自爆するのは目に見えているけれど
グリフはおずおずとディラとの距離を縮め
まだ乾ききらない銀の髪を梳く
「優しく、できたか?」
「うむ……でも少し、性豪に過ぎて……」
困っちゃうの
きゅるんとかわいらしい視線で見つめられ
細く綺麗な指で太ももあたりをクルクルとなぞられれば
こりゃ底なしって言われてもしょうがないよねってな感じだ
腰に巻いた布を息子くんが押し上げるのも時間の問題よ!
グリフはディラの耳元で低く囁く
「早漏で淡白よりはいいと思うのだが……ディラはいやか?」
「……いやでは、ない」
「そうか。ならばもう少し、控えればいいか?」
「……グリフ、私はわがままだろうか?」
「いいや。ディラが辛いのなら、愛し合うのは控えよう」
「うむ……でも、そばにいて、触れ合いたい……控えられると、寂しい」
「わかったよ、ディラ。愛してる」
「私もだ。グリフの全部を愛してる」
ちゃんちゃん
結局ただの痴話げんかじゃん
うちのご主人様も大概だけどマディーラ様もなかなかだな……
すでにグリフはディラの自分の膝に乗せて
何もしないよーなどと変質者の常套句を呟きながら
ディラの耳や唇をかぷかぷと噛んでいる
ディラはディラで無抵抗に
ほんとに何もしない?などと
罠にかかるかわいこちゃんの典型的な返事をして
グリフの腕の中でぷるぷるしている
しあわせだねーうちの家……
従者たちは日常だった二人のイチャイチャが戻ってきて
苦笑いはすれど安堵した
そして
はいはい、ご飯ですよーと
いつまでも遊んでいる二人の部屋に昼餉が用意される
「ディラ、料理のほうは、如何か」
「ぼちぼちでんなぁ」
「……ジリーに会ったのか」
「うむ」
ジリーはすぐにおかしな言葉をディラに教える
やめてもらいたいものだ
いざ身体を繋げようというときに
かかってこいや!と言われたこともある
いくら何でも萎えた
グリフは咳払いをして
正面に座り食事を進めるディラを見た
「……お皿は、少し上手に洗えるようになった」
「そうか」
「ふたつ、作れるようになった」
「素晴らしいな!いつか、食べさせてくれるか?」
「今日、がんばる」
「そうかぁ」
グリフが溶けそうな笑顔を見せると
ディラは恥ずかしそうに俯いた
どうしたのだと聞けば
あまり上手ではないから気後れしていると言う
「ディラ、愛している」
「……これを食べたら、夕餉の仕度をするから、グリフと愛し合うことはできぬ」
「うーん、残念だ。夜まで我慢するよ」
「でも、私もグリフを愛している」
その時ふと見せた顔が
少し辛そうな気がした
グリフがそんなディラを窺うようにじっと見つめると
はっとしたように目を逸らす
「……ディラ」
「う、うむ」
「……明日からはまた、通常任務だ。寂しい思いをさせるかもしれない」
「いや……かまわない。グリフが私を愛してくれているから」
「そうか」
「私の愛は、グリフに届いているだろう?」
「もちろんだよ」
何かあっただろうか
ディラは隠し事がうまくない
でもグリフは聞かなかった
聞かれて困る事があるのはグリフも同じだからだ
でも、愛している
「ミラ国王陛下のお庭は、出来上がったのか?」
「……うむ。先日」
「そうか。俺が見たときはあまり花が咲いていなかったけれど」
「うむ。徐々に咲いて、無二の庭となる予定だ」
「そうか。第一隊はこのたび、警邏範囲が広がった。こっそり見に行こうかな」
「警邏範囲、とは?」
「今まで入れなかった場所も、第一隊の隊員が立つ」
「そうか」
ディラが最後の一口を食べ終えて
口元を拭う
グリフも食べ終えて
綺麗な婚約者を愛しく眺めた
「……王兵が、廃されたと」
「ああ。だから、大宮殿内も、いずれ後宮ができればそこも、うちの隊が警護する」
「後宮はできぬと聞いているが」
「……そうか」
食後のお茶くらいはいいだろうと
グリフはディラを促して隣の部屋で寛いだ
明るい陽の射す窓辺には青いバラが飾られている
「実質、国王陛下に警護はついていなかった。陛下は今後も不要だと仰せだけれど、せめて大宮殿と私宅は誰かが立つようになる」
「そう」
「俺やスペラは、巡回も立ち番も当たっていないけど、たまには警邏に回る。こっそり庭を見ても咎められはしないだろう」
「で、あるな」
「ディラは、花が咲いた頃に世話をしに行くのか?」
「……陛下のお許しがあれば」
「……そうか」
庭の話……国王陛下の話をすると
ディラの視線が泳ぐ
まあ、いい
あのミラ国王陛下が部下の婚約者に手をつけるとは思えない
どこかの変態将軍とは違うのだから
水軍は今どこに展開しているだろうか
陸軍は確か
「……」
「グリフ?」
「あ……ああ。すまん」
「疲れているのだろう。午睡を」
「ディラがいない寝所など、行きたくない」
「私がいては、午睡もままならぬだろう」
「ふ……それはそうだ」
グリフはディラにひとつ口づけて立ち上がった
「ディラ。では俺は少し休むよ」
「うむ。あの……夕餉が少し、遅くなるかもしれぬ。その、手際が」
「かまわない。手際の悪いディラが見られる日は近いか?」
「鋭意努力中であるので、しばし待たれよ」
「了解した。仕度ができたら、起こしに来てくれ」
「うむ」
「あなた、ごはんよ、と」
「う?うむ……」
「楽しみにしているよ」
グリフは私室に戻り
広い寝台に身体を横たえて
一睡もせずに色々と考えて時間を過ごした
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