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第70話

「なあ、スペラ……」 「んー?」 「……首都は、平和だな」 「……そうか?」 事件以降 派手な謀反の兆候は現れなくなった しかし国王に対する密かな企みは耳にするし 手際のいい刷新に反感がないわけでもない 特に前国王陛下に近かったにもかかわらず この刷新で職を追われた者は なかなか強固に執務の邪魔をしているようだ 第一隊の管轄である王宮内はあまり落ち着いていないし 首都全体で見れば特定の地域での犯罪発生率の上昇や 首都の出入りの規制緩和を求める行商たちの暴動も聞く 隊長はどのへん見て平和だって言ってんだ? スペラはあれ以来 ミラ国王の秘密の場所を警邏するたび その気配を探るようになった 何度かに一度は 陛下がおられるのだなと確信する 言われた通りに声をお掛けするのは そのうちのさらに何度かに一度だ 庭木を隔てて お加減は如何でございますかと訪ねる 大体あまり麗しくないぞと答がある 請われればおそばに寄り 他愛ない話をいくつか ミラ陛下は最初のうちは寂しげな笑顔だったけれど 最近は穏やかで楽しげにお笑いになる そうか 国王陛下がお健やかであれば 確かにこの国は平和と言えるのかもしれないな 「飽きたの?」 「飽きるか、ばか者」 「じゃ、刺激が足りない?」 「……そうなのかな……ただ、実感が湧かない」 「護国の」 「そう……」 首都を護る任務はやりがいがある 日々状況は変化するし部下たちもよくやってくれる ほぼ毎日家に帰っては 愛しい人と睦みあい 彼はどうか気をつけてと送り出してくれる 平和だな、とグリフが思うのも自然だ 「マディーラ殿を、泣かせたいわけじゃないだろう」 「もちろん、だから、こうして迷っている」 「ミズキ将軍は、隊長を放さないと思うが」 「そういうわけにもいくまい」 「でも、そうだと思うよ」 「足りないのは刺激じゃない。自分の能力と経験だ」 多分これはグリフが軍人になってはじめての挫折 向いているとも思わなかったけれど 人を率いるのがこれ程難しいとは思わなかった もっと強くなりたい そのためには隊長でいては始まらない このところずっと グリフは悩んで苦悶していた 「ただいま」 「おかえり、グリフ」 「ただいま、ディラ。今日も綺麗だ」 ディラの顔を見れば 一人でいるときに決意した事も揺らいでしまう この美しい人と離れて暮らすことに 自分は耐えられるのだろうか 彼と安穏と生きていけるのであれば それでいいのではないか? 「グリフ、食事は?」 「ああ……すまん、部下と食べてきた」 「そう。じゃあ、お茶を淹れようか」 「俺がやるよ、ディラ」 「うむ」 グリフは部屋で汗を拭いて服を着替え マディーラに口づけをしてからお茶を淹れた ディラはそれを嬉しそうに眺めて 茶杯を笑顔で受け取った 「グリフ、実は大陛下からお召しがあった」 「ぶっ……!ええ!??」 「グリフを伴って、顔を見せよとの事だ」 「そうかぁ……」 「うむ。マジだぜ」 「……またジリーに会ったのか」 「今のはハルト様のご子息に教えていただいた」 「そう」 マジだぜはともかく まだ結婚の話もまとまっていないのに 二人で大陛下の元へというのはどうなんだろう ディラは静かにお茶を飲みながら グリフの答を待ってくれている 「……いつ?」 「明日」 「え!?俺、仕事だけど!」 「では明後日」 「……決まってないの?」 「決まってはない。しかし大陛下をお待たせはできない」 「そうだけど……」 明後日は休みだ 腹を括るしかない ディラはいったいどう思っているんだろう 舟で遊んだあの日から 結婚の話をした事はない 「……グリフ、あまり身構えなくてもよいと思う」 「そういうわけにはいかないよ」 「大陛下は、お話し相手をお召しなのであって、私たちの先行きを案じておられるのではない」 「そうか?そうだろうか……?」 「次のお休みは、いつだろう?」 「明後日だ。参ろうか」 「うむ。ありがとう、グリフ」 それから、とディラは続けた 「近所の方々に、花の育て方をお教えしたいのだが、いいだろうか?」 「ああ、もちろんだ」 「皆様に大変よくして頂いているので、お返しになればと」 「ああ。ディラは花に囲まれているときが一番綺麗だ」 「嘘だ」 「なんで?」 綺麗で大きな紫の目がグリフを見つめる わずかに笑みを含むその視線は グリフを簡単にドキドキさせる 「グリフは寝所でのディラが一番綺麗だと言っていた」 「寝所でのディラは、俺だけのものだ。他の者の目には触れさせない」 「では、どちらが一番か」 「確かめよう。寝台で」 「グリフは本当に巧みだな」 「愛しているよ、ディラ」 本当に愛しているよ あなたの傍にいて あなたを寂しがらせないように生きていきたい あなたの笑顔に癒されて あなたを夜ごと愛せる日々を それを強く願うのに どうして満たされないような気持ちになるんだろう

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