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第73話

「みつけたよ」 「なんだ?どうしたお前、いっぱい葉っぱつけて」 「指輪。これでしょ?隊長が落としたの」 薄い灰色だった皮の袋は 煤だか泥だかよくわからない汚れで ほとんど真っ黒に近い スペラは手のひらを被せるようにして 乗せていたその袋をグリフの手に渡した 頼りないほどくたびれた袋には確かに見覚えがある 「こっ……!えっ……!?なっ……!!??」 「中見ちゃったけど、一応検めて」 グリフは震える指で袋の口を開け 転がり出た中身を手のひらで受ける 間違いなく、ディラのために誂えた指輪だった どこにも傷も汚れもなくて 奇跡のように輝いている 「スペラーーー!!!!!」 「うん、よかったな。綺麗な指輪だ」 「スペラ!!スペラ!!」 「うん、わかったよ。御内儀に似合いそうだ」 「スペラぁ……!!」 「も、うざいよ」 グリフはスペラを抱擁し 涙ぐみながら背中から腰から全身を撫で回した 見つかるなんて、もう思っていなかった ときどきディラの指を見ては 別の何かを誂えようかと考えたりもした でも同じ額はさすがに用意できないし 少し寂しいような気分だった なのに 「なんで!?どこで!?」 「あー……王宮の警邏中に、ひょんなところから」 「スペラすごい!!スペラすごい!!」 「……愛だよ、たぶん」 「愛してるよ、スペラーー!!!」 グリフは改めてスペラを抱きしめた 嬉しくて嬉しくて 本当に感謝の気持ちでいっぱいで 引き離そうとするスペラを逃がさず ギュウギュウナデナデし続ける 「隊長、いま少し……お邪魔を致しました」 「なんだー」 「いえ、後で、いいです」 「なんの後だよ、なんの」 「スペラ副隊長が、愛される側ですか……」 「俺とスペラは愛し合ってるからな。どちらがどうということはない」 「そうですか」 部下が微妙な顔をしている 隊内恋愛は珍しくないし グリフとスペラがそれぞれ個別に関係のある隊員もいる それだけに隊長と副隊長というのは受け入れがたいのだろう 二人ともやたらと人気があるから 「……恐れながら、任務中に駐屯所内で、部屋の扉を開けた状態での行為は、お控えいただきたいのですが」 「してないっつーの」 「そうだぞ。俺は今、スペラに感謝と愛を伝えているだけだ」 「はぁ」 「で、用件を言え」 「この状態で」 「問題があるのか」 「いえ」 ガチムチ二人が二人羽織よろしくくっついている状態で 部下からの報告を受けることに問題意識はないらしい スペラはグリフの行動に慣れているので 背中から抱きしめられていても腕組みをして放置だ 「大宮殿の立ち番の体制に、少し見直しが必要かと思ってご指示を仰ぎに」 「ああ」 「警備に万全を期するのであれば、正面入り口に二人だけ、というのは不本意であります。それでは旧態と変わらずお飾りです」 「そうだな。しかし、あくまでも"立ち番"だ。宮殿内を巡回するのは控えるように言われているし、人員もこれ以上は難しい」 「せめて、執務が終わられた後の無人の宮殿内を巡回したいと考えます」 「わかった。交渉しよう」 「は。ありがとうございます」 「陛下の私邸の方はどういう塩梅だ」 「隊長からのご指示の位置で、問題なく警戒可能です」 「そうか。励んでくれ」 「は。……隊長も」 「ここでスペラと励んだりはしない」 「は」 やはり微妙な表情のまま その隊員は敬礼をして執務室を出て行った ご丁寧に扉まで閉めてくれる 「あーあ。隊長のせいだぞ」 「ふん。突っ込んでいるならともかく、この程度であんな顔をされるいわれはない」 「マディーラ殿の前でも、そう言えるのか?」 「ふむ。言えないな」 言えない ディラは以前グリフがスペラを同じように抱き寄せたのを見て かわいらしいヤキモチを妬いていた ああ、俺の可愛い、愛しいディラ 「本当にありがとう、スペラ」 「いや、礼には及ばない」 「そんなことはない。後で隊の連中にも礼を言うけれど、探してくれてみつけてくれたんだ。ありがとう以外に言葉はないよ」 「……まあ、結果オーライだけど」 「ああ。ディラが喜んでくれるといいのだけれど」 汚れた袋は処分しないといけない グリフはその指輪を帰宅までどうやって保管しようかと考え 丈夫な細い組紐を机の引き出しの中に見つけ それに通して紐を環にしっかり結んで自分の首に引っ掛けた ぶら下がる指輪をそっと服の中へ仕舞う 一瞬感じる冷たさに 指輪の存在を再確認した 「……隊長」 「うん?」 「俺が口を出すことではないけれど、いいだろうか?」 「ああ。なんだ」 「首都を離れたいと思うなら、離れたほうがいい」 「……そうかな」 「そして、マディーラ殿に、きちんと話すべきだ」 「そう、だな」 強い将軍になると幼い頃に誓った マディーラにも自分にも、だ 今のままではそれはいつまで経っても果たせないだろう だけど自分の夢を叶えたいがために ディラを寂しがらせたくはない 年に何度も逢えないような生活になれば あの人は俺の知らないところで涙を流すかもしれない 「だから、自分はこうしたいけど、あなたのことが心配だと言えばいい」 「なんだか……身勝手な気がしてな」 「夫婦にはもっと大変なことがあるだろうし、所詮は他人同士なんだから、身勝手なことも考えるものだろう」 「まだ、夫婦ではないしな」 「それも、解決しなよ」 いつになく真剣にスペラがグリフを諭す 同じ職業で同じ方向を向いている同志だからか 多分グリフの心中を察してくれているのだろう スペラらしいなとグリフはありがたく思った 「解決、な」 「全部洗いざらい聞いているわけじゃないけど、隊長、ちゃんとマディーラ殿に求婚してないよな」 「したよ。だから今がある」 「ガキンチョん時の話じゃない。大人の男として、生涯愛し抜くから、妻になって欲しいと」 「……言ったような気がするが」 「では、そのときマディーラ殿はなんと」 「……」 覚えがない マディーラがうちに来てくれた時 さあ、結婚しようと言った気はする だけど真剣に、誠実に、改めて求婚はしてない……かも 首を傾げるグリフにスペラはだろうね、と呆れ顔だ 「お互いずっと離れていて、どんな大人になったかわからないような頃に、約束だから結婚しようなど、ちょっと横着しすぎじゃないか?」 「おおおお横着なものかっ。俺はちゃんと事ある毎に、ディラの気持ちが調えばそのようにと」 「なんでマディーラ殿待ち?グリフの気持ちは?」 「グリフって言うな。俺の気持ちはいつも変わってないから、言わなくても」 「言わなくてもわかっているだろうってのが、横着で横柄だっつってんだ」 「だって、俺が言えばディラは悩むだろう。急がせたくない」 「悩んで何が悪い。それで死ぬわけでもあるまい。マディーラ殿はそれほど儚いのか」 返す言葉がない グリフは黙り込んでしまう ディラが弱いと思ってなどいないけれど 護ってあげたいと、泣かせたくないと切実に思う だから傍を離れず大切にしたい スペラは鼻からため息を噴出し いじめてるわけじゃないんだけどーと言う 「その指輪持って帰ってさ、ちゃんと言いなよ。言葉は、口づけと同じくらい大切だ」 「……」 「たった一言が、人生を支えることだってある。マディーラ殿の寂しさも、紛らわせられるかもしれない」 「……」 「今日は帰れって」 「……ああ。ありがとう、スペラ」 何故急にスペラがそんなことを言い出したのかはわからなかった 悶々としているグリフを見かねたのかもしれない スペラだってグリフの下で終わるような軍人ではない ずっと一緒に任務に当たりたいけれど 「スペラは、どうなんだ」 「何が」 「その……愛を囁きあう相手だ」 「……そのうち、見つかるんじゃない?悲観はしていない」 「そうか」 自分がディラと夫婦になるとき スペラにも愛し合う人がいればいいなと グリフは漠然と考えた そっと胸元に手を当てて 体温に馴染んだ指輪の所在を確認する ディラに逢おう 家に帰ればもちろん逢えるのだけれど そうではなくて話をするために ずっと最近考えていた何もかもを

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