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第76話

二人を乗せた馬車は庭園に行く前に 大陛下のお住まいに向かった 婚儀という名のお披露目の会には 私も出ると大陛下は仰られていたけれど 諸般の事情で叶わなくなったので まず先に、と二人でご挨拶に伺う 大陛下はマディーラの花嫁姿に目を細めて この世のものとは思えぬ美しさであるとお褒めになった ディラは本当に嬉しそうに頬を染めて 大陛下の足元に侍り 陛下の愛情のおかげでございますと微笑み 大陛下は何度もディラの頭を撫でておられた 「グリフォードの礼服姿も、相変わらず雄々しくあるな」 「は。もったいないお言葉、恐縮でございます」 「二人が並べば、最初から定められていたかのように似合っておるな」 「ありがとうございます」 「そなたらに、神の愛と祝福があるだろう。本当に……おめでとう」 マディーラは涙ぐんでいた そんなディラを見てグリフは泣いてしまった ディラは驚き、大陛下は声を上げて笑っておられた 「グリフ」 「す、すまんっ。いかん、止まらんっ」 「大丈夫だ。私がいるから、泣いても慰めてあげられる」 「ディラぁ」 「ふーむ。あれ程戦績優秀なグリフォード隊長が泣き虫とは……けけけ」 「陛下、これはどうぞご内密に。グリフのこういうところは、ディラだけが知っておりたく存じます」 「夫婦の秘密か。大変良い事であるな」 「はい」 微笑むディラは間違いなくこの世で一番美しい花嫁だった やがて二人が庭園に到着すると 待っていた人たちから歓声が上がる 爆破された大宮殿の修繕は終わっている そのくらいの時間が庭にも等しく流れ 今そこはたくさんの珍しい花が見事に咲き乱れていた 高低や種類を綿密に計算されて 色だって思いつく限りのものはすべて揃っているけれど ひと目には"白い庭園"という名が相応しいような様子だ この国の結婚はあまり儀式ばっていない 愛し合う二人は自分たちで証人を選び その人の「彼らを祝福します」というサインの入った届けを国に提出すれば事足りる 親に頼む人が多いけれど 駆け落ちをした二人などは 通りすがりの人に頼むこともある 「祝福してもらえませんか」 そう声を掛けられるのは名誉なことだと考えられるので ほとんどの人は何も聞かずにおめでとうと握手を交わし 婚姻届にサインをくれる その婚姻届はいずれ必ず国王陛下の元に届き 二人のしあわせを神に祈るとのお言葉が戻ってくるのだ そして規模の差はあれど 親しい人を集めてお披露目の意味を込めて婚儀を執り行う 大体は自宅か職場でのささやかで楽しい宴となる グリフとディラはグリフの養父母に祝福を貰おうと考えていた しかし大変な僥倖に見舞われてこのような場所で婚儀を執り行うことになり ディラはできることなら大陛下のサインが欲しいと言い出した ディラにとっては大陛下こそ祝福して欲しいと思う方であるので その気持ちはもちろん大事にしてあげたかった 二人揃って恐る恐る願い出てみれば 大陛下は待ちかねたぞと仰られ 嬉々として流麗な文字を綴ってくださった かくして二人は二つの祝福が並んだ婚姻届を とてもしあわせな気持ちで国へ提出したのだった 二人は手を繋いでみんなの輪の中に入り おめでとうの言葉にありがとうと返す 将軍三人と養父母と兄弟たちがグリフを手荒く祝福する マディーラの周りには後宮にいた頃にお世話をしてくれた人たちが集い 本当にお綺麗ですと花を差し出した いくつか置かれたテーブルの上にはお茶やお菓子がたくさん用意されていて それらは王宮の料理人たちが腕を振るってくれたという グリフとディラは感激してすごいすごいと喜んだ 参列者たちもおいしいねと笑顔で口にして とても和やかなお披露目の会が始った 「マディーラは娶るわ陸軍に寝返るわ……グリフォードは私に恨みがあるのか」 「は。なくは、ありませんが」 アルム将軍はねちねちとグリフを詰る 軍部で一番の美丈夫は見事に臙脂の礼服を着こなし ため息が出るほどの男前ぶりだ カラウは静かにじっとグリフを見ている 主に下半身だけれど これがしばらく続くのかと思えばなかなか覚悟がいるような視線だ 「カラウはむっつりだぞ。いいのか。大変に不健康なことをさせられるぞ」 「失礼なことを言うな。貴様の変態プレイよりはずっとマシだ」 「何を言う。若い頃は結構喜んでたじゃないか」 「貴様こそ、俺のしつこいねちこい焦らし方がイイとかなんとか」 「あ!いい事を思いついた!どうだグリフォード、夫婦で私の閨に」 「恐ろしいことを思いつかんでくださいよっ」 そうか このおかしな将軍二人は昔は睦みあう仲だったのか 世の中にはまだまだグリフォードの知らない世界があるようだ 二人が自分たちの若かった頃の、主に性的な武勇伝を披露し始めたので グリフは慌ててその場から離れてスペラを探した 「スペラ!」 「うん」 「来てくれてありがとう」 「いや。本当におめでとう。マディーラ殿は花にも勝るな」 「ああ……この日を恙無く迎えられたのはスペラのおかげだ。本当に感謝している」 「さっきマディーラ殿にもそのように言われたよ。さっそく夫婦で仲のいいことだな」 軍人ではなくなったスペラは 褒章の類ひとつついていない礼服だった グリフと変らないだけ持っていたのに それを見て グリフはスペラとは道を別ったのだと改めて悟り 寂しいような思いがした スペラの目はいつも国王陛下を捉えている 「……護衛は如何か」 「嫌な顔をされようが小言を言われようが、離れないと決めているので問題ない」 「嫌な顔をなさったり、小言を仰ったりなさるのか」 「しないけど」 「……そうか」 「うん」 スペラがミラ国王陛下を護ると決めたことと グリフがディラを護りたいと願うことは 少し違うのだろうと思う スペラは慈しむような眼差しを陛下に向けたりはしない だけどそこには愛があるのは同じだ 「スペラ。俺は国を護る。国王陛下を、任せた」 「うん。ミラ様は護るよ」 「……ミラ様」 「……ミラ国王陛下」 「ミラ様とお呼びしてるのか」 「まさか。失言だ」 「では、なんと?」 「普通に。みーたん、だろ」 「……陛下は、なんと」 「スペりん、に決まっている」 「……斬新だな」 「冗談だ」 「助かった」 いいんだけどね みーたん☆スペりんでもいいんだけどさ グリフは気を取り直して愛しい妻を目で探した ディラはスペラの視線の先にいた ミラ国王陛下と何事かお話している そばには二人の腰の高さほどの低木が植わっていて たくさんの白い花を咲かせている 二人の向こう側には同じような高さの白い花が群生していて風に揺れている 白い花に囲まれて 白銀の衣装を身にまとうマディーラは本当に輝いて見えた 「グリフ」 「グリフって言うな。なんだ」 「マディーラ殿は、国王陛下のことを何か仰ったか」 「……いや。言わないし、聞かない」 「グリフォードが心配するようなことは何もないよ」 「……気遣ってくれてありがとう。もちろん、邪推したりなどしてないが」 「愛はあるだろうけどね。求め合う相手ではない」 「マディーラの相手は俺だからな」 「そうだね」 陛下の相手は俺だとは言わないのか グリフは戦友の横顔を見て スペラがしあわせであればいいと願った 視線をディラに戻せばそっと胸に手を当てて陛下に向かって微笑んでいる ミラ国王陛下も穏やかに笑っておられる そして二人がこちらを向いて手を振った グリフとスペラは頷き返して近寄った 「今日は本当にめでたいことだな」 「は。陛下にまで、直々に祝福していただけるとは身に余る僥倖です」 「グリフォード隊長の礼服は赤であったな。夫婦で並べばなんともめでたい」 「は」 「マディーラの庭は素晴らしい。二人の婚儀がここで行われたことで、ますます値打ちも上がろう」 「恐れ多いことでございます。本日は真に、様々にお気遣いくださいまして」 「マディーラにも言われたのでな、もうよい」 「は」 「執務が残っているので私はこれで辞するが、ここは好きに使ってよい」 「ありがとうございます」 「スペラ」 「は」 「ここにいてよい」 「お供いたします」 陛下は一つ肯くと もう一度グリフとディラを見て目を細めて微笑まれた ディラは白い頬を薄く染めて陛下をみつめている 「では」 その一言を残して陛下は庭を出て行かれた スペラは警護に最適の距離を保って後ろをついていく どこからどう見ても国王と警護者 愛があるのだろうけれど 「グリフ」 「うん?疲れていないか」 「うむ。皆様がとても嬉しそうなので、私もなんだかいい事をしている気がする」 「ふふ……ディラの美しさは見る者をしあわせにするからな」 「よくわからぬ」 「とっても綺麗だ。この庭で婚儀ができて本当によかった」 「うむ。白い花が多いだろう。だから、グリフの礼服が映えて、本当に勇ましくてかっこいいのだ」 「俺か?俺はいい。ディラが綺麗で嬉しい」 「グリフ。愛している」 「俺もだよ」 「……陛下は、おしあわせそうであられた。よかったと思う」 「そうか」 「スペラ殿に護られて、安心できると仰っておられた」 「そうか」 「私も、グリフが安心できる男になりたい」 グリフはディラを抱き寄せて愛しているよと囁きながら口づけた 二人が交わした言葉一つ一つを知りたかったけれど ディラのことだけを考えようと思った これからはずっと愛し合って生きていくのだから 「美男子どうしだと、絵になりますね!」 大きな声でからかわれて グリフとディラは恥ずかしそうに照れ笑いを浮べた ああ、しあわせだ たくさんの人が祝福してくれる その人たちもしあわせであって欲しいと願う この国にはいつも愛と花が溢れている 「グリフ」 「うん?」 「私たちの庭に、花の種を撒いた」 「そうか」 「私が一番好きな花だ。どんぐりくらいある大きな種なのだ」 「へぇ……」 ディラが無邪気な笑顔でキラキラと このくらいだ、と指で示して見せる そうか、とグリフは微笑んで頷いた 「その花を育てながら、私はグリフを待っている」 「ああ」 「妻は、私だ」 「もちろんだ。ディラ、俺は浮気もしないし火遊びもしない」 「この庭ほどではないけれど、花と、愛の溢れる家にしたい」 「ああ……あなたには、大きな愛と綺麗な花が似合う」 「グリフに似合うのは何だろう?」 「ディラだと、いいな」 美しいマディーラはぱちりと目を見開いて こころの底から嬉しそうに笑った ◆ 本編終了です 長いお話を読んでくださいましてありがとうございます! 以降、番外編になります

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