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第77話

【番外編】みーたんとスペりん 01 本編の婚儀の前です ◆ 今までの人生で驚くことはたびたびあった 叫びだしたくなるほどの狂喜 全身の血が凍るような恐怖 わが目を疑う美しい景色 それでもまさか自宅の前で この国の王に待ち伏せされるという経験はなかった 「な……!?」 「おかえり、スペラ」 「…………!!!??」 陽は沈んでいるとはいえ ここに住むのはほとんどが首都警護部隊の関係者だ つまり国の中でも国王陛下に近い仕事に就く者が多い その仕事ゆえに夜になれば寝静まるわけでもない そんな村の単身者用のこじんまりした家の前で いったい何やってんの!!?? 「陛下!陛下ですよね!?できれば否定のお言葉を戴きたいのですが!」 「すまんがそれは与えられん」 「想定どおりですので、問題ございません!」 スペラは無言で陛下の腕を取り 速やかに自宅に突入し その出入り口にガッチリ鍵を掛けて一気にまくし立てた 当のミラ国王陛下はけろりとしたものだ ちくしょう! 「詫びようか」 「それには及びませんっ」 ガンガンと音を立てて スペラは入ってすぐの居間兼食堂兼客間であるところの つまりこの家唯一のテーブルと椅子のある場所の 椅子のひとつをミラ国王陛下のそばに押しやり その前に膝をついた 怒鳴りそうになるのを懸命に堪える 「それには及びませんので、ご説明を頂きたく存じます」 「説明?」 「何故このような場所にいらっしゃるのか。陛下、お伴の方はおられるのですか」 「おらぬ。無粋であろう」 「無粋でも、無謀よりはよほどマシです!」 「スペラ、怒るな」 「…………!!!」 怒るな!? 怒るだろ!? 普通怒るよね!? あんた自分が誰かわかってんの!? しょっちゅう命狙われてんだよ、死にたいのか!! スペラはあらゆる気持ちと言葉を噛み潰し飲み込んだ おかげで一言も発せない 事件以降の迅速な刷新は 王宮内部に新しい不穏因子を生み出したと聞いている 王兵は廃され 第一隊が日常的に王宮と陛下の私宅の立ち番に当たっているとはいえ それは陛下個人を護るという為ではなく 不審者の侵入を防止するのが第一義とされている スペラがいかに陛下の身の安全を案じたところで 自ら時間をみて警邏に回るくらいしか できる事はないのが現状だ つまり、おとなしくしていて欲しかった 黙り込んだスペラに小さくスマンと言い 国王陛下は木でできた粗末な椅子に腰を降ろした 僅かに音を立てて 椅子は大きすぎる栄誉に悦んだ 「顔を上げよ、スペラ」 「なりません」 「なぜ」 「陛下がここにおられる理由をお聞かせ下さい」 「そなたも、なかなか、あれだな」 どれだよ! どれなの!? キーっと頭を掻き毟りたい衝動に駆られる それを必死にやり過ごすスペラに もう一度陛下は顔を見せよと仰られる 「説明する。顔を見せよ」 「……は」 スペラが渋々顔を上げ 脚を組んで座る陛下の鳶色の目を見たのに 目があった途端に彼は目を泳がせた 挙句、ちょっと鼻の下あたりを指で掻きながら 聞き慣れない言葉を口にした 「夜這いだ」 「……は?」 「夜這いだ。近頃の若い者は知らんのか」 「……」 夜這いって、あれだよね 昔、好きな人を身体でオトすのに使った作戦だよね 一応想いは伝えているけど 今一歩関係が進まないときの 最後の手段ってやつだよね? 「陛下が」 「さようだ」 「……誰を夜這うのですか」 「ここにはそなたしかおらんだろう」 「陛下が私を夜這いに」 「……あまり言うな。こういった事は秘すれば華と」 スペラは深く頭を下げた 視界には家の古い床と履き古した靴 胸が痛くて苦しい 「王宮へお戻りください。護衛いたします」 「スペラ……」 「すぐに馬車を」 「……それには、及ばん。一人でよい」 ミラ国王はスルリと立ち上がった 俯いたスペラにはその気配しかわからない 「夜分に、煩わせた」 「恐れながら、陛下」 「もう、よい」 「ミラ国王陛下には、知性に溢れ愛情深いお方と」 「もうよい。忘れよ」 「先に言う事があるでしょう!」 スペラは憤り それでも失礼、と一言告げてから立ち上がる 堂々とした体躯の国王陛下と対峙すれば 自分が小柄なのかと錯覚する そんな事はもちろんないのだけれど 「夜這いは、愛しあう者が行う行為です」 「……」 「愛を告げてもいない相手を、寝技で陥落させる作戦ではない」 「……」 「陛下は、それをご存知のはず。なのに何も仰らない」 「……」 「私が、こんなことを甘んじて受け入れるとお考えですか」 「……言えば、そなたの負担になろう」 「ええ。その覚悟がないのなら、お帰り下さい」 磔獄門さらし首 スペラの頭にはそういう古風な処罰が浮かんだけれど それを恐れて黙るほど腐ってはいない 少し高い位置にある鳶色の目を睨みつけ 尊い人に真意を曝せと詰めよる 「……覚悟なら、ある」 「そのようにはお見受けしません」 「あるから、来たのだ。そなたを失う覚悟だ」 「……陛下……」 ミラ国王はふう、と息をつき 寂しげに笑った もうずっと最近は見る事のなかった顔 「……そなたの、言う通りだ。しかし、そなたを見くびったわけではない」 「……」 「もう、色々と……相容れぬのだ。何もかも、私の無能が起こりだ。腹を括るしかあるまい」 「陛下」 「私は国と国民のものだ。望まれるように生きていかねばならん。覆す力はまだないのでな」 そしてもう一度口元には笑み それは自嘲だった 何か大事なことを諦めた男の 大事なことなのに諦めてしまう自分への嘲り 「……せめて、一度くらい、愛し合う者同士のように振舞いたかった。そなたなら、言わずとも今宵一晩、私といてくれるのではと……願ったのだ」 「誰に願うのです。神ですか」 「さて」 スペラは一歩踏み出した 鳶色の目が自分を映している なんて綺麗なんだろうと見とれた 「私に、お言葉は戴けないのですか」 「もうよい。無様な王を笑え」 「何故私を遠ざけるのです」 「そなたを失くす覚悟はできても、亡くすことは絶対にできん」 「そんな覚悟もなく、ここまで来られたのですか」 「スペラ」 「私は、覚悟している。あとはあなただ」 硬い靴音と共にもう一歩 二人の距離はさらに縮まる ミラ国王は辛そうに目を細める 「この国のために、この国の王のために、命を賭す覚悟か」 「いいえ。あなたのために、死なない覚悟です」 「……そなたは」 「この国で、首都で、王宮で、何が起ころうと、あなたを護る覚悟です」 例え国を追われても 同僚たちから討たれても あなたとあなたの名誉を護るために どんなことをしてでも生き抜く覚悟はできている もしあなたが 「ならん」 「私を手放すと決めたあなたに、私の覚悟を斥けられたくありません」 「ならん!」 次の瞬間にはミラ国王の腕の中にいた 伝わる体温に 身体中が勝手に歓喜し満たされていく 頭で考える暇もなく スペラはぎゅっと目を閉じる 「スペラは、自分を大事にせよ。私などより」 「今度は誰をお傍に寄せるのです。誰に背中を預けるのですか」 「スペラ」 「あなたを護るというしあわせを、誰にお与えになるのですか」 「スペラ」 「私を、見限られるのですか」 「違う」 「何があっても、誰を敵に回しても、どこへ行こうと私があなたを護ると」 「私はそなたと、この国で生きていきたい」 どこへも行くな 優しく低い声でミラ国王がそう呟く お傍を離れませんと、スペラは答える もしあなたが 「陛下。覚悟を」 「……できると思うか、そんな事が」 「あなたなら」 スペラを近くに置くのであれば 当然危険が及ぶのを覚悟しなければならない しかしスペラが迫る覚悟はそんな生半可なものではない 「私を盾に、生きる覚悟を。陛下」 「そなたが傷つくのを、見ろと言うのか」 「死にはしません」 あなたが生きている限り 先に死ぬような裏切りは絶対にしない それがスペラの覚悟だ もしも、あなたが 「愛してる、スペラ」 そう もしもあなたが 俺を愛してくれるのなら 俺はどんな痛みにも耐えてあなたの傍で生きていく 「……離れるな。私を、一生護れ」 「はい」 「死ぬのは、裏切りだ」 「はい」 「そなたが傷ついて血を流し、痛みに泣き叫んでも、放さぬ」 「愛しています、陛下」 「名を」 「ミラ様……愛しています」 「俺もだ」 口づけはこんなものだっただろうか 口移しで差し出される愛を しがみついて貪るように受け取る 自分の愛を受け取って欲しい 混ざり合ってどちらのものかわからなくなりたい 気持ちも身体も お互いを自分のものにしたい 「は……ん、ミラ、様」 「なんだ」 「朝まで、いてください」 口づけの合間に大きく息を吸い 間近で見つめあいながら身体を密着させ スペラは甘い息を吐きながらそう強請る ミラは嬉しそうに笑い腕に力を込めた 「初めての夜這いが、一夜で成るとは」 二人は絡まりあうようにして 数歩離れた寝台へ倒れこんだ

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