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第84話

ミラはスペラの腕を掴んだまま 部屋をどんどん横切って 二間向こうの寝室へ連行した スペラはどうしていいかわからず混乱する 待ってくれ 緩んでいる自覚はあるんだ 壁越しでも聞き逃さない自信のあったあなたの声も 目を開けている間ずっと視界に入れていたあなたの姿も ボケッとしていて注意が逸れている だからこんなに近くにいるとまずいんだ あなたの匂いとかで もう思考が飛び掛けている 「どうすればいい?」 「なに……」 「そうそう駐屯所には来られない。王宮で、俺の部屋で、俺がスペラを抱くにはどうしたらいい」 「死にたいの」 「腹上死なら、男の憧れだな」 大柄な男二人が縦になろうと横になろうとはみ出さないほど広くてふかふかの寝台に押し倒されて もう自分が何を言っているのかよくわからない 綺麗な鳶色の目が自分を映している それだけで射精しそうになるくらい魅了される 息が苦しい 今誰かに襲撃されてもあなたを護る自信がない だからこんな事しちゃダメなんだよ あの夜にもらったものだけで 俺はこれからも十分満足なんだから 「……俺の伴侶や後宮の話、聞こえているだろう」 「はやく、しなよ。王様だろ」 「スペラは、それでいいのか」 「王様は、お后様といて、王子様とかお姫様に恵まれなきゃ完成しない」 「俺の感情は、愛情はどうなるんだ」 「すべての国民を、愛してるんだろう。今さらだよ。独り占めなんて、考えてない。愛してるって、言われた。だから俺は、もういいの」 あの晩そう言ったはずだ 愛してると繰り返す必要などない ずっと注いでくれなくたっていい 何度言えばわかるんだ 俺はあの夜がすべてなんだ 陛下は寂しそうにスペラをみつめている 顔の両脇に腕を突いてスペラの太ももを跨いで 触れていないのに体温を感じるほどの距離 めまいがする 「俺はスペラほど聞き分けもよくないし枯れてもいない」 「枯れてません」 「知っている。どうして俺の寝所へ来ない?」 「かわいくなっちゃって、猫みたいになるから」 「俺以外に、見せるな」 もうだめだ 身体がいう事を聞かない 頭は重く枕に沈み 手のひらも足先も熱っぽい 陛下の匂いだけで 俺はただの男に戻ってしまう それは俺の望みじゃない 「お前が俺の伴侶になるなら、後宮を作ろう」 「ばかじゃないの……」 「ばかとはなかなか興味深い意見だ」 「そんなの、俺は望んでない。俺は妻になんかならない」 「では夫になるか?」 「ややこしいな……」 国王の伴侶はそれなりに仕事がある お世継ぎは後宮で育むとしても外交やらは俺には務まらない そんなことは抜きにしたって 軍人上がりの用心棒もどきの歩哨が 国王陛下の伴侶など笑い話にもならない スペラはそう言いたかったけれど 頭の中がぼんやりしていてうまく話せない ミラは蕩けているスペラを撫でながら 久々の会話を楽しんでいるようだ 「スペラは、もう少し俺にわがままを言え」 「これ以上?」 「国王の妻なんかクソ食らえでも、俺の伴侶にはなりたいだろう」 「考えたこともないし、考えたくもない」 「スペラはわがままだな……」 「ねぇ、もしかして本当におばかさんなの?」 「さて?ばかでも王になれるものなのか?」 手のひらで支えていた身体をぐっと沈めて お互いの胸が触れ合う スペラの顔の横に肘をつけて頭を抱えるようにして ミラはスペラの目を覗きこんだ その目は潤んでミラしか映していない そのことにミラは満足を覚える もとよりスペラが抵抗するとは思っていないけれど 「言いたい事があるのなら、聞くが」 「聞かないくせに……でも」 「なんだ」 「名前、呼びたい」 「お前にしか、呼ばせない」 唇が触れた瞬間に 何もかも消えてしまった ミラの手が耳の辺りから指を差し入れてスペラの髪を梳く ただそれだけでぞくぞくとした喜悦が背中を走る 薄く目を開ければ綺麗な目 もう、死んでもいい スペラは本気でそう思った 「俺はずっとスペラを見ていた」 「ん……はん……」 「お前の髪が伸びるのも、日焼けした肌が白くなっていくのも」 「み、ら」 「お前の腹や尻みたいに、白くなって……吸いつきたくなる」 「ぅあっ」 ミラが低く囁きながら スペラの首筋に歯を立てる 甘い痺れが脳天まで突き抜ける 呼吸が早くなって勝手に涙が零れていく それに気づいたミラがスペラの顎を掴むと 顔を寄せて涙の粒を舐めとる スペラの呼吸以外はひどくゆったりとした動きだ 夢なのかとさえ思う 熱い身体は重くて動かない 「緊張感を持って、俺を警護するスペラは、ひどくそそる」 「ま、って、ミラ、や……」 「キリキリと張りつめて……禁欲的で、俺の劣情を煽るんだ」 着脱のし易い軍服は 目を瞑っていても脱げるし畳めるし着られるほど 二人にとって一番着慣れた服だ あっという間に脱がされていく 露わになるスペラの肌をミラがゆっくり検分する 「傷が、増えたな」 「ふ……!」 たった一晩 あの夜しか肌を合わせていないけれど ミラはスペラの身体を覚えている あの時なかった傷は自分のための傷 愛しさで胸が詰まりそうになる 指先と唇で優しく辿るとスペラが怖がるように身体を竦める 痛みはないはずなのに 「スペラ」 「も、やめてくれ……壊れる、から」 「まだ何もしてない」 「ミラ……ミラ」 「俺を護るんだろう」 「壊れちゃうよ……」 「なおしてやるから、心配するな」 最初から抗えるなど思ってはいない それでもスペラは僅かに残った理性でミラの肩を押し返す 服の上を滑った手のひらは空を掴み 縋りつくようにミラの背中に回される ミラはスペラにいい子だ、と呟いて 優しく容赦なくスペラを抱いた スペラはうわごとのようにミラを呼んで ミラはそのたびに愛していると囁いた

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