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平行③
そんな俺に先輩も目を逸らさずに、ふーんと口角を上げた。
「湯田ってヤツとは…付き合ってるのか?」
「違う」
「ははっ、即答(笑)そんでもって…やっと作り笑いが消えた」
にんまりと嬉しそうに笑った先輩とは裏腹にひやりと悪寒を覚えた。
緊張がバレちゃいけないと思ってアイスコーヒー飲まないように心がけたのに、くそぅ。
「あの時のこと覚えてる、巳継?」
"あの時"と言われて思い当たるのはひとつだけ。だけど、覚えてない。
忘れたい忘れたい忘れたいと念じて必死で記憶から消してしまった。――…思い出したくもないけど。
「あの時耳まで真っ赤にして俺へ伝えてくれたんだ。そのあと瞳は揺れてて涙目だったけど逸らしたりはしなかった」
やめてくれ
「驚いて固まってる俺を見てお前はやっと状況を理解したんだろ、建前なんかより感情が先走っちゃったって感じ」
いやだ…いやだいやだいやだいやだ
思い出したくない
「そのあと"ごめんなさいごめんなさい"って俺を見れなくなって俯いてたけど…泣いてた?」
やめて…もう聞きたくない
音を遮断したくて耳を塞ぎたい衝動に駆られるけど、こうして覚悟決めて会ってるのにそれは失礼に値するのではないだろうか、なんて真面目な自分が本性を抑制する。
ドキドキと、ズキズキと、バクバクと。
心臓が痛い。
変な汗が吹き出る。
左手で必死になって心臓のあるところを服ごと鷲掴みにするけど、心臓は規則的に、速く動き続ける。
あーやめて、やめて。
静まれ俺の心臓。
もういっそ、止まっても構わないから。
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