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第7話
「よぉ」
「こんにちは」
「……どんな感じ?」
佐川がいつものように大学の食堂で昼飯を食べていたら、いつかのように手越が前の席に座った。気まずいような素振りで目を逸らしつつ、探りを入れてくる。
佐川はメンチカツ定食のキャベツの千切りの、最後の一本を口に入れて箸を置いた。手を合わせてご馳走様をする。
「金銭的にも快適性も、非常に助かってます」
「あー……アッチは?」
「……まだ、なんとも」
なんとなく、神坂の趣味の話をしたくなかった。面白おかしく語られるのを聞くのも嫌だった。見えない線の向こう側には、神坂以外はいるべきじゃない。こちら側の人間は、理解していないのだから話題にするべきじゃない。
手越は見たことがあるのだろうか、と佐川は思った。あんな風に可愛い声で喘ぐ神坂を、佐川のように見たことが。それで彼は、逃げ出したのだろうか?
「手越さん」
「んー?」
手越は自分の昼飯を食べ始めた。日替わり定食は鳥の照り焼きだ。佐川は、自分もそっちにすればよかったなと思った。
「手越さんは、どうして神坂さんの言うことを聞くんですか?」
「……」
「ゼミの先輩って言ったって、卒業して何年も経つじゃないですか」
「……」
「仲がいいって訳じゃなさそうだし」
「……はぁ……」
手越は驚くべき速さで食事を終えた。早食いは肥満のもとだという説を思い出す。それが原因かどうかは知らないけれど、手越は現役の時のスレンダーさは見る影もない体型になっている。肩幅だけは、華麗にバタフライを飛んでいたときのままではあるけれど、その形は丸い。
「弱みがあってさぁ……」
「神坂さんに?」
「そう……まあ、俺が悪いんだけど……それをネタに脅されるんだよな。同居人探しだけは、俺に手伝わせるんだ」
「そうなんですか」
わいちんの次は恐喝とか、どんだけ多様な犯罪歴なんだ。佐川は薄いお茶を口にして、箸を放り投げる手越に同情した。手越は大きなため息を吐いて、小さい声で白状した。
「昔、襲いそうになっちゃって」
「……は?」
「魔が差したんだよな」
「……はぁ」
「実験手伝ってて、毎日夜も遅くて、眠くてさ。ゼミ室のソファで寝てたんだ。ふと目が覚めたら、近くで神坂さんも寝てて」
「襲ったんですか」
「今よりもっと、線が細い感じでさ。まつげとか超長いし、肌もすべすべでさ。寝ぼけてたんだよ、俺も」
「襲ったんですね」
「俺もそこまで根性なかったけど、唇柔らかそう……って思ったらキスしようとしてた。間一髪、神坂さんが起きて蹴り飛ばされたから、結局してないけど」
「……未遂なんですか」
「未遂だ。だから誤魔化した。いやいやいや、違いますよ!全然そんなんじゃないっすよ!とかなんとか」
「誤魔化されなかった?」
「俺のおちんちん勃ってたもんなぁ……」
手越は項垂れている。同情の余地はまったくないと思った佐川だけれど、怒り心頭の神坂に、ど畜生!ど変態!腐れ外道!!と罵倒されながら、股間を踏まれたというのだから、神坂も過剰防衛な気がする。
それ以来、手越は神坂の言いなり、下僕、使い走りらしい。まさしく自業自得だ。
「じゃあ、手越さんは、あの人の趣味は知らないんですね?」
「知ってるよ。言ってただろう。女装と公開自慰。俺なんか繊細だから、誰かに見られてるなんて思ったら勃たないけどな」
「見たことは?」
「ないよ。幸いにも」
佐川も何故か、それは幸いだと思った。そう思った自覚も持たずに、そう思っていた。そして、トレーを手に立ち上がる。手越は座ったまま、目を細めて佐川を見上げる。
「頑張ってくれよ、佐川。お前が脱落すると、俺が次を探さないといけない」
「ちなみに、今まで何人ぐらいが脱落したんですか?」
「お前で六人目だ。全員が逃げたわけじゃない。三人は、神坂さんが叩き出した」
「そうですか」
「頑張ってくれ」
「はい」
いつものようにきちんと一礼をして、佐川は教室に向かった。
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