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第26話

「……風呂、俺、先でもいいですか」 「あ、うん」 「すみません」  佐川は若干前屈みになりながら、そそくさとリビングを出て行った。神坂もさすがにその意味がわかって、恥ずかしくなる。自分の自慰を見られても平気なのに、佐川のそういうのは、照れる。その対象が自分だからだろうか。  神坂は落ち着かない気分で帽子を取り、手慰みにしながら佐川が戻ってくるのを待っていた。いつもより、ほんの少し遅く、佐川がリビングのドアを開ける。 「風呂、お湯貯めてますから」 「ありがと。えっ……と」 「俺の部屋に、来てください。待ってます、けど、ゆっくりでいいです」 「……うん」  佐川はひとつ頷くと、リビングのドアを開けたまま、自分の部屋へ行ってしまった。  神坂はドキドキする自分に落ち着けと言い聞かせ、風呂に入り、念入りにあちこちを洗い、ホカホカになった身体を脱衣所で拭きながら、ふと動きを止める。  何着ればいいの?ってか、着ていいの?  映画とかだと、ピラーンとガウンやローブを脱いだら、男でも女でも見事なプロポーションの裸体が出てくる。そりゃそうだろう。どうせ脱ぐのだから、下着やパジャマは要らないのかもしれない。  神坂もバスローブは持っている。でも……そんなに可愛くはない。悩む。下着をつけるとして、女物でもいいだろうか?いわゆる勝負パンツはどれも小さなヒラヒラしたものだ。悩む。あー……悩む……。わからない。どうしよう。とりあえずバスローブを引っ張り出して身に纏い、髪を乾かした。ドライヤの音を聞きながら考えても、決心がつかない。神坂には、着たいものがあるからだ。  神坂はポフポフと廊下を歩いて、佐川の部屋を通る前に一瞬緊張して、自室に戻った。 「これ……だめかな……」  神坂が自分のベッドに広げているのは、まだ一度も着ていないシルクのネグリジェだ。普段女物の衣類はネットで買う神坂が、街中で見つけて一目で気に入って、プレゼントなのでと言い訳をしながら購入した。百七十センチほどの身長の神坂でも、足首まで隠れる着丈で、共布のルームシューズもある。そのソールは本皮だ。海外製品なので、サイズは問題なかった。足の大きな彼女なんですね、とは言われたけれど。  真っ白な生地に、五分丈の袖口や襟元に刺繍があって、裾はレースともう一枚生地が重なっている。何でもない日に着るのは惜しいと思う程度には高価だった。そしてなんとなく、これを着た自分をかわいいと言ってくれる人ができたら着よう、と思って大切に仕舞っておいた。  多分今夜は、自分が考えていた通りのシチュエーションだろう。だけど、ちょっと……張り切りすぎかもしれない。どうしよう。でも……着たいなぁ、と神坂は考えた。 「どうせ、すぐ脱ぐしっ!?」  そう自分に言い訳して、神坂はいそいそとバスローブを脱ぎ、とっておきのネグリジェに袖を通す。ひんやりとした感触はすぐに消え、肌触りのよさだけが残る。姿見に何度も映して、クルクルと後ろや横も確認して、うん……いいかな、と神坂は頷いた。  気に入って買い、たまに取り出して眺めるだけだった。自惚れが許されるのなら、佐川はかわいいと言ってくれると思う。我ながら、似合ってる。  そして、髪に手をやり、そこでまた悩み始める。  何もしないほうがいいだろうか?悩む。ピンとかバレッタとか、佐川は上手く外せなさそうだし、つけたままだと横になったときに邪魔かもしれない。悩む。でも、佐川は前髪を横に流したのが好きらしい。少しでもかわいいと思われたい。悩む………………。  神坂は鏡台の前に座り、髪を梳かし、分け目を変えたり撫でつけたりしていたけれど、結局前髪を斜めに流して耳にかけ、細くて真っ白なリボンを、うなじから頭頂部に渡して結んだ。カチューシャのように軽く前髪が留められて、すぐに取れるから邪魔にもならない。これなら佐川の好きな髪形に近いし、いいだろう。  ゆっくりでいいと言われたけれど、少し待たせすぎたかもしれない。神坂は急いで廊下に出て、佐川の部屋のドアをノックした。佐川はドアを開けて、神坂を見ると、目を細めて微笑んだ。 「すごい。かわいいですね」 「張り切りすぎ、かな。なんか、どうしていいかわからなくて」 「何がです?かわいくして来てくれて、嬉しいですよ」 「うん……ありがと」 「入ってください」  佐川に促されるままに部屋に入ると、途端に緊張が高まる。佐川はのん気に、靴もお揃いなんですねーと言っている。そして、神坂の手を佐川がそっと握った。 「脱いでもらうの、もったいないですね。せっかくかわいいし」 「いい」 「はい」  佐川が軽く、神坂の手を引く。じっと目を見つめられて、ドキドキしながら瞼を閉じると、佐川がキスをしてくれた。さっき覚えたばかりのエロいキスだ。神坂は知らずに、佐川の手を強く握り締めていた。いつもより、ほんの少ししっとりしている。 「史織くん。緊張してますか?」 「当たり前だっ」 「俺もです。……それは?」 「…………こういうの、使ってもらわないと、僕は無理だから」  神坂は手に持っていたボトルを、おずおずと佐川に差し出した。普段自慰に使っているローションだ。潤滑剤の成分には色々あって、神坂はそれをずっと愛用している。常時二本はストックがあるほどだ。佐川は黙って受け取った。 「女の人なら、こんなのなくても上手くいくんだろう?」 「さあ?知りません」 「知らないわけないだろ。ちゃんと、その、受け入れられるっていうか」 「さあ?興味ありません」 「トラ」 「これを使えば上手くいくなら、樽で買います」  佐川は結構しれっと嘘をつく。しかも、あからさまな嘘だ。神坂は頬が赤くなるのを止められない。佐川の嘘が、いつも心地よくて照れくさくて、嬉しい。  佐川はそのボトルをベッドサイドに置き、両腕で神坂を抱き締めた。神坂も、太い幹みたいな佐川の身体に腕を回す。滑らかなシルクのネグリジェは、あっという間に佐川の体温を吸い取ってあたたかくなる。神坂が佐川の肩口に頭を預けて、目を閉じてじっとしていると、佐川の手が、神坂の背中を撫で、腰を滑り、尻に降りてくる。そしてピタリとその手が止まる。 「……ノーパン?」 「うん。穿いていいか、わからなくて。ダメだったか?」 「穿いてもいいです。でも、穿いてなくてもいいです」 「そう?」 「はい。ノーパンも、大歓迎です」 「あっそ」  神坂は、とりあえず間違いではなかったことに安心した。佐川は予想外のノーパンに興奮した。ツルツルの真っ白なネグリジェ越しに、神坂の尻を撫でているのだと思うと、鼻息が荒くなる。弾力を楽しみつつ、プリンプリンと下から上へ、神坂の尻を何度も撫で上げる。 「と、トラっ。尻ばっかり触るなっ」 「全部触ります。順番です」  佐川は大きな手で、神坂の小さな尻をグッと掴み、神坂の唇をキスで塞ぐ。そのまま腰を押し付けて、自分がいかに興奮しているのかを、神坂に知らせた。 「ちょ……当たって」 「ベッドにどうぞ」  佐川は真っ赤になっている神坂を腕から出すと、ベッドへ促した。神坂は躊躇いがちに靴を脱ぎ、布団の上に手膝をついて、パフパフとベッドの中央へ移動した。そこにネグリジェの裾をひらりと広げながら座って振り返り、立っている佐川を見上げる。 「あ。脱ぐのが先?どうしたらいい?布団被ったほうがいい?」 「かわいいので、しばらくそこで、そうやって座っててください」 「え?それをお前は見とくのか?」 「まさか。今さら見とけなんて、言いませんよね?」 「言うわけないだろう」 「かわいい史織くんのその服は、俺が脱がしますから」  ネグリジェは長く、たっぷりとしたフレアのデザインなので、ぺたりと座れば周りに裾が広がり、神坂の容姿と相俟って、佐川のベッドの上は非常にメルヘンチックな光景に仕上がっている。  前髪を流してリボンで押さえているせいで、長い睫に縁取られた大きな目が際立ち、白いリボンが肌の白さを引き立て、贔屓目なしにかわいいと思う。自分のベッドにこんなにかわいい人が座っていて、嬉しくない男がいるだろうか?例えそのかわいい人が、年上の男だったとしても。  佐川は着ていたTシャツを、よいしょと勢いよく脱いだ。神坂はその途端にぎょっとした。そう言えば、佐川の裸を見るのは初めてだった。筋骨隆々とした男の身体は、写真や映像ではいくらでも見たことがある。しかし実際こんなに近くで見るのは初めてだったし、佐川の身体は、作り物感がまるでなくて、ものすごく綺麗だった。と同時に、なんだかものすごく、エロい。ムキムキで、バキバキで、ヤバい。 「トラ!」 「はい?」 「いい。脱ぐな。脱がなくていい!」 「……へ?」  佐川はスウェットのズボンに手を掛けて、若干前傾姿勢で下ろしかけていた。下着のウエスト部分が見えている。そんな中途半端な状態で、動きを止める。神坂はさっきより赤い顔をして、俯いている。手のひらを広げて、佐川に向けてストップを掛ける。  佐川は脱ぐなと言う彼の言葉の意味を推し量り、納得した。そう言えば神坂は、自慰の時も大抵、服はそのままだったな、と思い至る。 「着衣プレイですか」 「ちげぇよ馬鹿!お前の裸がすごすぎて恥ずかしいの!想像以上なの!つーか、ちょっと、怖いし!」 「怖い……って言われると、どうしたらいいですかね……」 「あっ。違うっ。嫌とかじゃなくて、なんかもう、直視できない……何!?エロいんだよ!」  神坂は俯いたまま、慌てて説明した。ここまで来て、おかしな方向へ誤解して欲しくないと考えたからだ。佐川も、いくらなんでもこの程度でこころを折られたりはしない。ズボンを引き上げて穿きなおし、神坂の傍に腰を掛ける。ネグリジェの裾から僅かに覗く、足の指の爪さえピカピカだ。  神坂は軽く沈んだベッドの動きに緊張を増し、白いシルクをぎゅうっと握りしめる。佐川はそんな神坂の、強張った細い肩を愛しく見た。 「俺の筋肉が、苦手な感じですか?」 「や……なんか、本当に、嫌じゃないし苦手でもないんだけど。お、思ってたよりムキムキだし……恥ずかしくて……」 「見えなければ、平気そうですか?」 「うん。あ、慣れれば、見るのもきっと、平気になると思う。ごめん、なんか、初めてで緊張してるからかも」 「そうですか。あの……一応電気消すつもりなので、あんまり見えないと思うんです。どうします?」 「!?」  真っ暗にする気はないけれど、佐川は部屋の天井の照明は落とすつもりだった。少しでも長く神坂のことを眺めていたかったし、リモコンで操作できるので、ベッドでしばらくイチャついてから、おもむろに電気を消して……と、佐川なりに、神坂を待つ間に段取りを頭で組んでいた。  ベッドの傍に背の高いスタンドランプがあって、それを一番弱い光量で点ければ、メインを消しても顔ぐらいは見える。ソワソワしながら部屋の電気を点けたり消したりして、ベストな光量の加減を調整し、眼鏡を外しても見えるだろうか、つけたまま致そうか、などと繰り返し考察していたのだ。  神坂は赤い顔でキッと佐川を睨みつけ、ネグリジェの裾をするんと引き寄せると、布団を捲ってそれを被る。 「この馬鹿トラ!ちんたらしてないで、さっさと消せよな!」 「……はぁい……」  佐川としては、もう少しゆっくり神坂を見ていたかった。疎い佐川でも、神坂が一張羅を着てくれているのがわかったし、髪型も佐川の好きな前髪を横に流した形の進化形だ。  何より、今日は初めてデートをした大事な日で、神坂が佐川に身体を開いてもいいと言ってくれた夜なのだ。緊張しているのはお互い様で、だからこそ、このドキドキした気持ちで神坂を見れば、今までで一番かわいいと感じる。そんな彼をずっと憶えていたいと思う。電気を消して暗くして、見え辛くなるのがもったいない。  いつまでも電気を消さない佐川に痺れを切らし、神坂がチラッと目の辺りを布団から覗かせて、さっさとしろよ!と再度叫ぶ。そして、また見ちゃったじゃないか!と慌てて顔を引っ込める。佐川はため息をついた。 「俺がTシャツ着てたら、消さなくていいですか?」 「…………やだ」 「見えませんよ?」 「やだ。裸じゃないと、物足りない。……と思う」  布団越しのくぐもった神坂の返事を聞いて、佐川はマッハを超える速度でマッパになり、照明を落とすと同時にベッドにダイブした。  自分のベッドに、身体をかたくして好きな人が横たわっている。佐川は自分の鼻息が神坂の髪を揺らすほど荒いことに気づき、落ち着けと言い聞かせる。そして、震えそうになる手で、背中を向けている神坂の肩をそうっと引き寄せた。  神坂は抵抗を示さず、ぽてりと仰向けになり、佐川を見上げた。長めの髪が、枕に散る。 「……この電気は、消すのか」 「消しません。いいですか?」 「うん……」  微妙だな、と神坂は考えた。煌々とした照明は消された。暗闇を照らすのは、ベッドサイドの背の高いスタンドライトだ。柔らかい暖色系の光は、程よい視界を確保してくれる。  その代わり、佐川の筋肉を、陰影でさらに際立たせて見せて、下手すれば先ほどよりもよっぽど雰囲気が淫靡だ。自分の顔の両脇に腕をついて、気遣わしげに見おろしてくる佐川は、最高にかっこよくて、ガキのくせに色気があって、神坂はこれからどうなってしまうんだろうと呆然とするしかない。  さらにベッドが沈んだかと思うと、キスをされた。頬に、おでこに、佐川が優しく唇で触れてくる。エロくないキスも、好きだと神坂は思った。 「ん、トラ、眼鏡……」 「はい。どうしましょう?」 「取れ」 「はい」  佐川は素直に眼鏡を外して、神坂愛用のボトルの隣に置いた。途端に視界がぼやける。それが、少し不安だ。神坂が最中に、微妙な表情で佐川に何かを訴えても、気づけないかもしれない。大事なこの男は、潔いのに遠慮深く、きっと佐川に不手際があっても、「ど下手くそ!」などと言葉では言わないだろう。  佐川はそうっと神坂の小さな顔に手を添えて、ゆっくりと狙いを見定めて、唇を寄せた。それでも若干ずれた。思わず神坂がふふ、と笑う。佐川は、失敗しましたね、と笑い返して、きちんと唇を合わせ直した。神坂はまだクスクス笑っている。そのかわいい口を、親指の腹でふにふにと触る。 「トラでも、失敗すんのな」 「はい。します。緊張してるし、舞い上がってるので。だから、俺が痛いこととか辛いことをしたら、教えてください。眼鏡してませんから、グーパンでもいいです」 「うん」 「何か……されたくないことはありますか?」 「……わからない。でも、トラは、乱暴とかしないから、安心してる」 「はい。絶対に乱暴はしません。俺が暴れたら、史織くんが死んじゃいます」 「僕もそう思う。腕とか、太すぎるし」 「……嫌いですか?」 「好き」  神坂は即答し、身体の横で握り拳を作っていた手を、覆い被さる佐川に当たらないようにそうっと抜き、顔の傍にある佐川の腕を撫でた。佐川の肌は、羨ましくなるほどすべすべだった。好きだと言われて触れられた佐川は、嬉しくて神坂に何度もキスをした。 「じゃあ、何かしたいことはありますか?」 「ちゅう」 「はい。俺もです。いっぱいしましょう」 「うん……僕、触られたい。えっと、エロ動画とかで、ラブラブでエッチしてるのとか、すっごい触りあいっこしてて、そういうの、一人じゃできないし」 「ずっと聞きたかったんですけど、史織くんは自慰の時、何考えてるんですか?」 「普通に、エロいこと」 「そうですか。例えば」 「だから、触られるのとか」 「誰に?」 「今はお前だ」 「前は?」 「細マッチョで眼鏡の、無口で無表情な」 「はい。まだ身体が貧相だった頃の俺ってことでいいですね」 「……おう」  佐川は、目を凝らせば神坂の表情が確認できる距離以上には顔を離さず、何度もキスをして、おでこをくっつける。そして白くてツルツルした綺麗なネグリジェの、襟元のリボンに指を掛ける。 「脱がせてもいいですか?」 「うん」 「せっかくかわいいのに、すみません」 「いい。わかるか?リボン、解いて緩めたら」 「こう?」  佐川の太い指が、繊細なリボンを引くと、音もなくホロリと解けた。佐川はその僅かな隙間に唇を寄せて、神坂の鎖骨にキスをする。初めての感触に、神坂は思わず小さな声を出してしまう。 「あ……ごめん、びっくりして、変な声」 「変じゃないです。謝らないで下さい。史織くんは、本当にかわいいです」  みぞおちの辺りから襟ぐりまで、繊細なリボンで編み上げられているデザインだった。佐川は慎重に少しずつリボンを緩めていく。頭を抜けるくらいになったところで、神坂の太ももの辺りに手を伸ばし、シルクの生地を掴む。この綺麗なネグリジェを脱がせたら、全裸の神坂が現れると思うと、佐川は興奮して、その大事なネグリジェを汚しそうだった。 「ちょっとだけ、協力してください」 「うん」  するするとネグリジェのフレアを手繰り寄せると、裾が上ってくる。同時に神坂の下半身が剥き出しになっていく。布団の中のことなので、神坂にキスを続けている佐川には見えない。頭ではわかっているけれど、神坂は緊張した。  神坂が腰を浮かせると、ネグリジェは胸の辺りにまでたくし上げられた。腕を抜いてくださいと佐川の言うのに従って、神坂はゴソゴソと腕を抜き、最後に佐川にその腕を引かれて軽くベッドから起きあがり、頭を抜いた。佐川は神坂のぬくもりの残るネグリジェをそうっと近くの椅子の背に、できるだけ皺にならないように広げる。 「寝巻きだから、そんなに丁寧にしなくてもいいぞ」 「ダメです。大事なものでしょう」 「そう、だけど」 「俺にとっても大事です。こんなに史織くんに似合うネグリジェはなかなかないです」 「……ありがと」 「脱いでも、史織くんがかわいいのは変わりませんね」  佐川はベッドに座る神坂目を眇めて眺める。淡い光が細身の身体に陰影をつけて、浮かび上がらせる。自慰は何度も見たけれど、裸体を見るのは初めてだった。自分の二の腕を掴むようにして、ほんの少し身体を隠す素振りを見せ、顔を背ける神坂を、佐川が抱き寄せる。  神坂は、初めての素肌同士の抱擁の感触に、その余りの心地よさに、息を吐いた。おずおずと、分厚い佐川の背中に手のひらを当てて、甘えるように肩に頬を押し付ける。 「すごい……あったかい。トラ、本当にムキムキだな。確かに細マッチョじゃない」 「でしょ?史織くんも、薄いけど綺麗な筋肉ですね」 「そうかな」 「あ……すみません。嫌なことを言いました?」 「ううん。骨が浮くほどガリガリなのは好きじゃないし。お前みたいにムキムキは絶対目指さないけどな」 「もっとよく、見せて下さい」 「……うん」  佐川は神坂をベッドに寝かせて、彼を跨ぐようにして覆い被さる。春とは言え、夜は冷える。エアコンは、ほんの少しだけ、いつもよりも温度を上げてある。裸で抱きあっても、神坂が寒くないように。布団には、二人の身体を隠すことを放棄させた。視界が悪い分、手のひらで神坂の肌をゆっくりと撫でまわす。なめらかで、毛の生えていない、女の子の格好がよく似合う男の身体を。 「あ……トラ、ん……っ」 「全部、食っちゃいますから。残しといて欲しいとこ、ありますか?」 「ない。骨までしゃぶれ」 「了解です」 食べ残すことなど、最初から無理な話だ。佐川はそう考えて、遠慮なく神坂を食うことにした。

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