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第27話
少し目が慣れてきて、ぼやけていても、間違いなく神坂の唇を捉えられるようになった佐川は、唇を啄ばむと、首筋にひとつキスを落とす。また、唇にキスを何度もして、次は反対の首筋にキス。そうやって、少しずつ神坂の身体を辿り始める。
大きな手で神坂の薄い胸を撫で回し、小さく控えめな突起を指で掠めると、神坂が少し大きな声を出した。その声は佐川に食われ、太い指は器用に動き、何度も神坂に甘い声を出させる。
佐川は久々に聞くその声に、頭に血が上っていく。
「トラ、あ……ん、そこ、あの」
「舐めていいですか?噛んじゃうかも」
「舐めて、噛んで。そう言おうと、したの」
指先でも、本当に小さいなと思っていた。色も薄くてささやかなその突起は、薄闇のぼやけた視界ではなかなか捉えられず、結果として佐川は神坂の胸を舐め回して焦らすような塩梅になる。焦れる神坂が、軽く佐川の髪を引っ張る。その仕草さえ、佐川にはかわいくて仕方がない。
ようやく佐川がそれを口に含み、舐めて噛んで吸い上げる。熱心に、左右交互に続けていると、食われなかった神坂の声が散らばっていく。
存在感のかけらもなかったそこは、少しずつ、愛撫を強請るように硬く尖り、小さいながらも主張を始めた。二つともを指で摘み、押しつぶしたり捻ったり引っ張ったりしながら、佐川は神坂の唇を塞いで舌を絡める。
佐川は神坂の名前を何度も呼んだ。神坂はただ呼吸を乱して、佐川に縋りつくだけだ。
「ここ、気持ちいいですか?」
「う、う」
「自分で触るのと、違いますか?」
「ううっ」
「好き?」
「好き……!」
佐川はその答えに安堵の息を吐き、神坂の背中と腰に両腕を回して強く抱き締めた。神坂のゆるく立ち上がった性器が当たる。嬉しくて眩暈がしそうだと佐川は思った。
「トラぁ……」
「はい。どうしました?」
「なんか、……想像と、全然違う……」
神坂は小さな声で、困ったような顔でそう言った。ドクンドクンとこめかみの辺りが脈打つ音と、心臓が暴れる感覚。最高に緊張して興奮しているのが、まるで他人事のようで現実感が湧かない。
神坂は、生まれて初めての経験を前に、少し怖いような気分だった。呼吸が落ち着かなくて息苦しい。慣れているはずの身体への刺激が、受け止めきれない。どこをどう触れば、どの程度感じるかなど、知り尽くしているはずの自分の身体が、別物に思える。
軽く混乱している神坂を落ち着かせるように、佐川は何度も頬にキスをする。
「どんなのを想像してました?もっと、ゆっくりな方がいいですか」
「ううん……トラは優しい。だって動画とかで、ラブラブでも、こんなに丁寧で優しい感じじゃなかった。でも僕、結構身体中開発したつもりだったけど、全然感覚が、違って」
「気持ちよくない?」
「そうじゃなくて……ごめん、僕だけだよな。トラは入れないと、気持ちよくないだろ?」
「すっごい入れたいですよ。でも、今も、史織くんを触ってるだけで、俺も気持ちいいです」
今もし、神坂に、今日はこれ以上はしたくないと言われたら、と佐川は考えた。自分は潔く優しく、彼を傷つけずに引けるだろうかと。
想像と違うと言うのは、神坂にとっては、今まで見たエロ動画と違うという意味らしい。すなわち、神坂のセックスの知識は、ネット上に散らばるポルノ業界の産物を参考にしたものがほとんどで、彼の趣味も手伝って多いに偏っている。
そんな彼の想像……期待と言い換えてもいいそれに、自分はうまく折り合いをつけられるのだろうか。そして、自慰よりも気持ちいいと思ってもらえるのか?
神坂を傷つけたり失望させるのは、本意ではない。望まれれば、AV男優のような振る舞いもして見せようと、佐川は密かにこころに誓う。
「あの、な、トラ」
「はい」
「触ってもいい?お前の」
「……だめです」
「………………」
「だめです。史織くんが腰抜かすほど、早いんで、俺」
「…………そうなの?」
「そうです。史織くんが俺のをちょんって触っただけで、多分イケます」
「早っ」
「はい。なので、今日は、俺のプライド的な問題で、かっこつけさせてください。終わったら触ってもらっていいですけど」
「うん……わかった」
佐川には、早漏コンプレックスがあった。結構根深いものだ。なので、さっき風呂と部屋とで一発ずつ抜いた。持続力は残念でも、回復力には自信があるので、ウォーミングアップみたいなものだ。それでもすでに、ガチガチに張りつめていて、さっき神坂に言った事は、誇張どころか控えめな表現だ。
今なら、ちょんっと触られるどころか、「舐めちゃうぞ☆」と神坂がチラリと舌を出しただけでイケる気がする。
神坂を満足させる前に、撃沈するわけにはいかない。
「トラ」
「はい」
「僕……自分で、しようか?お前、したことないだろうし」
「何をです?」
「お前が入れられるように、準備を自分でしようかって」
「ああ……教えてください。俺がします」
「でも、その」
「上手にできるように頑張りますから、教えてください」
「……うん」
佐川は腕を伸ばして、神坂の持参したボトルを手にした。神坂にキスをしようと顔を近づけると、彼が少し不安そうな顔をしていると気づく。
佐川は神坂の名前を呼び、唇を何度も重ねて、好きだと囁いた。神坂はそうっと佐川の頬に手をやって、慣れない素振りでキスを返し、僕もだ、と言ってくれた。
「え……っと。教えるのって、変な感じ……」
「はい。でも、史織くんに痛い思いはさせられないので」
「うん、ありがと。トラ、指太いから、一本ずつにして」
「はい。ローション、直接かけます?」
「シーツに垂れるぞ」
「洗いますんで」
「じゃあ、うん、ダラっと」
「はい。ダラっと」
神坂は上半身を起こし、ベッドに腕を突っ張って自分を支えて、膝を立てて脚を開いた。佐川は何度も見たはずの神坂の陰部に、自分でも意外なほど興奮した。毛がない分、観察しやすいそこは、少しうなだれている。経験から、潮を吹くほど感じていても、ギンギンにならないこともあると知っている。
佐川は神坂の脚の間にあぐらをかき、狙いを定めて、ローションを垂らした。
「ん……」
神坂がピクンと身体を揺らす。ぼやけた視界の中でも、彼は艶かしい。佐川は身体を倒して、神坂の胸や腹に何度もキスをした。
そして、ローションを辿るようにして、そこへ指を潜りこませる。想像以上に入り口は固く、そこを過ぎれば、中はとろりと柔らかい。
「痛くないですか?」
「……うん。は……ん……でも、ごめ、怖い……かも」
「俺が?」
「だって……ほんとに、自分以外の人の指が、僕の中に入ってるんだもん……」
「無理そうですか?」
神坂はふるふるっと首を振った。すると、解けかけていたリボンがスルリと髪を滑り、落ちてしまった。神坂もそれに気づき、取れちゃった、と呟く。
「かわいさ半減……」
「史織くんのかわいさは、満点です、いつも」
「トラの嘘は、今日も絶好調だ」
「嘘じゃないです」
「……もうちょっと、入れていい」
「はい」
慎重に、優しく、佐川は指を埋めていく。中指が根元まで入ると、柔らかい内壁がぎゅううっと締め付けてくる。神坂の自慰を思い出し、ゆっくりと抜き差しを繰り返し、入り口を内側からぐるりとなぞるように拡げるけれど、神坂は息を荒くするだけで、甘い声を出さない。気持ちよくないのだろうか?
「史織くん」
「あ……うん、いいよ。痛くないから、もう一本入れて」
「大丈夫ですか?」
「うん。緊張、しちゃって……」
神坂は内心慌てていた。痛くはない。でも、気持ち良くない。そんなはずはない、と自分に言い聞かせて、佐川に続きを強請るけれど、状況は変わらない。
入れてしまえば、繋がってしまえば、セックスしてしまえば、そうきっと、気持ちいいに違いない。さっきまで愛撫を受けていた時は、確かに気持ちよかったのだから。
神坂は佐川に、早く入れて欲しいと言った。
「本当に?もう入れられるんですか?」
「うん。だから、早くしてくれ」
「はい……ちょっと待ってくださいね」
「なに?早くしろよ」
「ゴムつけますから。あー見えない」
「僕がつけてやろうか」
「ダメに決まってるでしょ……」
佐川はコソコソと、枕とベッドの間に隠しておいたコンドームを取り出し、思いっきり目を眇めて確認する。
神坂はちょっと感激していた。佐川は、神坂が何も言わないのに、ちゃんと用意してくれていた。佐川もするつもりがあったのだという嬉しさと、自分を大切にしてくれているのだろうかという慣れない気恥ずかしさに、神坂は頬が熱くなる。
「それ、どうしたんだ」
「どう、とは」
「……誰かと使ったやつの余り?」
「今日、ハンドクリームと一緒に買いました。いずれ使うかなって思っただけで、まさかこんなに早く出番が来るとは」
「……ふぅん。別に、買わなくても、僕も持ってたのに」
「聞き捨てなりませんね」
装着を終え、佐川は神坂に覆いかぶさり顔を寄せる。余りなんか残しておきませんし、ましてや史織くんには絶対に使いません、ととりあえず言いたいことを先に伝えておく。
「史織くんが、どうしてコンドーム持ってるんですか?」
「ディルドに被せたり」
「……はぁ……」
「あと、コンドームつけて自慰して、ゴム出しする動画が割と好ひょ」
「はい、戻りましょうね」
ゴム出しって、興奮するのか?佐川には疑問だったけれど、世の中にはいろんな性癖があるものだ。っつーか、好評ってなんだよ。誰にだよ。
ものすごく納得いかないけれど、佐川は大事な初体験に気持ちを戻すことにする。
「ローション、追加した方がいいですか?」
「あ……うん。僕にじゃなくて、お前のに」
「はい。ねぇ、史織くん」
「なんだ」
「入れちゃいますよ。本当にいいんですか」
「お前以外と、する方が無理だ。早くしろ」
薄闇の中で、神坂はボスンとベッドに寝転び、佐川を見上げている。佐川は意を決して、ローションを自分のゴム付き性器に塗りたくり、手を添えて、神坂と繋がれる場所を先端で探る。
神坂は、枕の端をぎゅっと握りしめて、唇を引き結んだ。
「俺は、史織くんが好きです」
「知ってる」
「よかった」
強くて繊細なこの男を、本当にしみじみと、好きだと思った。佐川はそんな自分の気持ちを、彼が知ってくれているのが嬉しかった。
ゆっくりとペニスを埋めていく。佐川にとっても久しぶりのセックスで、相手は今までにないほど大事に思える神坂だ。抵抗は、張り出した部分を通過させる時が一番強く、こじ開けるという表現がぴったりなほどだった。大丈夫だと繰り返す神坂を信じて腰を進めるけれど、佐川は彼の負担が気になって仕方がなかった。そして、想像以上の快感が、背中を駆け上がっていく。
神坂はただひたすら、枕を握り続けた。恐怖に竦みあがる自分を宥め、高い温度を持ったものが、体内に侵入してくる感覚に耐える。痛くも辛くもない。ただとにかく、叫びだしそうに緊張している。怖い、と、言うべきかどうかさえわからない。不安に涙が滲む。
佐川は神坂が何も言わないのに、きっと見えていないのに、起こしていた身体を倒して、神坂の目尻に舌を這わせてきた。その優しさに箍が外れて、神坂は思わず、怖いから待って、と口走っていた。
「痛いですか?」
「平気、だ……」
「俺を見てください。怖くないですよ」
「トラ、待って……待って」
「待ちます。だから、こっち向いて」
佐川は神坂の手をそうっと枕から外して、自分の掌で握りこむ。目いっぱい力を入れていたのだろうか?指先が強張って冷たくなっている。神坂のその手を、佐川は自分の頬に押し付け、その上から自分の手を重ねる。少しずつ神坂の手に、ぬくもりが戻っていく。
「……は……本当に、痛くは、ない。トラ、全部入れて」
「史織くん」
「なんか、当たり前だけど、自分でするのと違うから、びっくりして」
「落ち着いてください。絶対に無茶しませんから」
「う、うん。ごめん、なんか、ほんとごめん」
「今度謝ったら、暴れますよ。史織くんの無事は保障できません」
「う」
「ゆっくり、です。最後まで入れますね」
「う」
ぬるりとしたローションの滑りを借りて、佐川は神坂の中に自分のペニスを根元まで埋めきった。お互いの肌が密着して、繋がっていると実感する。佐川は神坂の太ももや膝を撫でながら、まだ怖いですか?と聞く。
「……もう、落ち着いた。初めてで、人の身体の熱に、びっくりしただけ。それに」
「それに?」
「……ごめん。うまく、その、感じられなくて、焦ってる」
神坂は、佐川に内緒にするのが嫌だった。自分が我慢をしても、佐川にはきっと伝わってしまうし、知って欲しい。佐川なら、それで機嫌を損ねたりはしないだろうと思った。そんな自分を、たちまち嫌いになったりはしないだろうとも思う。
ただ、自慰であんなに乱れる自分を見せていたのに、いざセックスで不感であることがとにかく申し訳ない。神坂はもう一度ごめんと言おうとして、暴れられては困るので、その言葉を飲み込んだ。
佐川は、神坂の手にキスをして、無表情に優しい顔で、何度か軽くうなずいて見せる。
「お互い不慣れなら、そんなもんです。初めてなのに、らめぇええ!おかしくなっちゃううううう!とかには、あんまりなりません」
「そ、なの?」
「はい。だから、こんなもんだなって、リラックスしてください」
「うん……トラは?」
「俺の実力ならこんなもんかなって、思ってます。俺の力不足です」
「実力って」
佐川の言い回しに、神坂が少し笑う。佐川はそれで少しだけ、安心できた。さっきまでの神坂は、ひどく思い詰めた雰囲気で、必死に何かを我慢していたように感じた。気持ちを、状況を、話してくれたことが嬉しくてたまらない。
「え……っと」
「こっちだけでね、いっぱい気持ちよくしてあげるのは、今日は難しいと思います」
「うん」
「ちんこ、触ってもいいですか?あんまりガツガツも動かないけど、ちょっとだけしてもいい?」
「うん。トラの、好きにして」
待てと言われていつまでも待てるのは犬くらいのもので、あいにくトラにそのスキルはない。大きな肉球……ではなく、手のひらで、神坂を軽く押さえ込み、ちょっとだけ腰を揺らした。
片手で神坂の性器を握り、腰の動きに合わせてゆっくりと扱く。
神坂は頬を上気させて、は・ふ、は・ふ、と吸ってるのが吐いてるのかわからないような呼吸を繰り返している。佐川がおでこがくっつくほど顔を寄せて、その様子をじっと間近で見つめていたら、神坂が視線を上げ、佐川を見て、ほんのわずかに唇を動かして目を伏せた。
無言の求めに応じて、佐川が唇を合わせると、小さく開けた口からかわいい舌が出てきて、佐川の唇を舐める。同じように佐川も舌を出して、チロチロと舐め合って、唇を離す。
そうすると神坂は、また同じように甘い呼吸を繰り返し、少し落ち着いてはわずかに顎を上げ、佐川にキスをしようとするようなそぶりを見せる。佐川はその度に神坂にキスをして、チュ、チュ、と吸い付いては離すのを繰り返す。
佐川の手の中で、神坂の性器は硬く太く変わっていき、先端からは粘液がこぼれ始める。
「ト、ラ」
「はい」
「きもちいい……」
「俺もです」
神坂が身体を小さく震わせて俯くたびに、佐川の愛撫に身を捩って横を向くたびに、佐川は指先で、ゆるく握った拳で、彼の柔らかい頬をクイっと押して自分の方へ向けさせる。こっち向いて、と囁き、キスをする。
やがて神坂は横を向くことはなくなった。佐川の首にしがみつく格好で、絶頂の予感に何も考えられなくなっていたからだ。間断なく佐川とキスをして、小さな口から洩れるのはささやかで濃厚な甘い吐息だけ。自慰の時のような派手な喘ぎ声は出ないけれど、佐川は神坂が気持ちいいのだということを身体で感じていた。
「……い、く……!」
キスの合間の、たったそれだけの言葉が、佐川の胸を射抜くほど色っぽい。
佐川が早く強めに神坂の性器を擦ると、神坂が息を詰めて、精液を吐き出した。尻穴がキュンキュンと不規則に締まる。佐川はぐっと腰を押し付けるようにしてペニスを奥まで押し入れて、神坂の唇を塞いで柔らかい舌を絡ませあう。最後の一滴まで搾り取るように、ビクンビクンと跳ねる神坂のペニスを先端へ向けて何度も扱きあげた。
好きな人と繋がりながら、達することができただけで、神坂はしあわせな気分だった。想像していたセックスと大分違うけれど、考えていたよりもずっと、身体が熱くてこころが満たされる行為だった。静かな部屋の中で、自分の呼吸音がやけに大きく聞こえる。それが恥ずかしくて、神坂は、なんとか平静を保とうと躍起になる。
「トラ、は?」
「……とっくにいってます。すみません」
「そ、なの?」
「はい」
「あの、気持ちよかった……?」
「死ぬほど」
これも佐川特有の嘘なのだろうか。神坂は判じかねたけれど、無事に終わったらしいことが嬉しくて、佐川の首に抱きついた。佐川も、大事な神坂を抱きしめて、何度もキスをして、名残惜しくも身体を離した。途端にぬくもりが逃げて行ってしまう。神坂は思わず半分身体を起こして、薄い光の中でコンドームの始末をしている佐川に聞いた。
「えっと……今日はもう、おしまいか?お前は、満足できたか?」
「史織くん、なかなかの強気発言ですね。今日はもうおしまいにしましょう。すればするほど、ブレーキが利かなくなる気がします」
「トラの?」
「はい、俺の」
「じゃあ、触ってもいいか?」
「え?覚えてたんですか?」
「だめか?」
「いいですけど、俺も触りますよ?」
「うん。だから、触りっこだろう」
ああそうだった、と佐川は思った。触りっこがしたいのだと、神坂は言っていた。神坂はドキドキしながら佐川のほうへ腕を伸ばす。その手を佐川が掴んで、触られるのを阻止する。
「なんだ。往生際が悪いぞ」
「いや、触って欲しいくらいなんですけどね。そんな遠くから腕だけ伸ばされて弄られるのもちょっと変かなって」
「そう?」
「はい」
佐川は神坂の手を引っ張り、向かい合わせで自分の太ももの上に座らせる。そして、はい、どうぞ、と股間に導いた。
神坂は、指に触れた途端に、びくりと手を引っ込める。
「あれ?気に入りませんか」
「ばか。いや……ちょとびっくりしただけ」
「そうですか」
神坂は、恐る恐る手探りで、もう一度佐川に触れる。硬い毛の感触と、わずかなぬめりと、それほど高くないを温度を感じる。いつも自分のをするように握りこむと、むくむくと膨らんでいって、あっという間に握りやすく変化する。
佐川は神坂と同じように、神坂のペニスをやわやわと刺激している。
「……なんか、言えよ」
「好きです」
「じゃなくて。黙ってると、緊張するだろ」
「かわいいです」
「そうじゃなくて……」
太ももに座っているので、珍しく佐川が神坂を見上げている。ちょうどいい位置にある神坂の首筋に何度もキスをしながら、佐川は神坂への愛撫を続ける。神坂が、小さい声でもっと、と呟くと、佐川はカチカチの筋肉で覆われた太い腕で神坂の腰を抱き寄せて、肩に軽く歯を立てる。皮膚にゆるく食い込む感触が、ゾクゾクとした戦慄を呼ぶ。一瞬頭が真っ白になって、神坂は慌てて話題を探した。
「甘噛み、する?」
「ネコ科ですしね。甘噛みは得意かもしれません」
「いや、僕の名前が、甘噛みするって」
「うん?すみません、ちょっとよくわからないです」
佐川は神坂の肩をべろりと舐めると、首、鎖骨にも噛みつき舌を這わせる。決して強くない刺激なのに、神坂は呼吸が早くなるのを止められない。性器はどんどん張りつめていく。
「噛み過ぎ、だ。痛いのは嫌だ」
「甘噛みだから、痛くないでしょ。子トラを噛んで運んだりするし」
「お前が?」
「考えただけで、口の中が獣くさいし毛だらけです」
「もー、わけわかん、ない」
「しぃー……」
佐川は優しく神坂の唇を塞ぎ、口に入れられるところ全部にやわやわと噛みつく。神坂は必死で佐川のペニスを扱く。神坂よりよっぽど反応が大きいのは、若いからなのだろうか。佐川は神坂の腰を抱えていた腕を弛めて、神坂の乳首に吸い付き、音を立てて舐め始める。佐川の愛撫は、溶けそうになるほど優しくて気持ちがいい。神坂は、自分がさっきよりもずっと甘い声で鳴いているのにようやく気付いて、嬉しくなる。
「僕を食うのか」
「もう、いただきました。今、お代わりもらおうと思ってます」
「まだ、残ってる?」
「うん?俺の分は、残ってる……もう、俺の分しかないですよ」
「全部、食うって」
「言いましたね。一滴残らず、いただきます」
何度もお互いの唇を啄み、お互いの性器を擦った。
佐川の大きな分厚い手のひらで先にイカされて、神坂は、早くないじゃないか、トラはやっぱり嘘つきだ、とぐったりしながら抗議した。
佐川は、少し苦笑いをして、俺もイキたい、イカせてください、と神坂におねだりをし、神坂は佐川の真似をして首筋にたどたどしく舌を這わせながら、佐川を射精させた。そのころにはひどく熱くなっていた佐川のペニスが、自分の手の中でビクンビクンと震えて、彼の精液が自分に飛ぶ。そしてようやく、ああ、セックスしたんだ、トラも気持ちよくなってくれたと安心できた。
荒い呼吸を隠そうともせずに、神坂の名前を呼ぶ佐川は、射精直後の倦怠感を漂わせてすごく色っぽくてかっこいい。神坂は少しずつ柔らかくなっていく佐川のペニスを両手で撫でながら、彼と甘く優しいキスを繰り返して余韻を楽しんだ。
「シャワーは一緒に入りますか?」
「……各自で」
「えぇー……」
「そのうちだ!そのうち一緒に入ってもいいけど!」
「はい。じゃあ、今日はそれぞれで、寝るのは一緒で」
「……おう」
ちゅ、ちゅ、と唇を合わせてから身体を離し、佐川はスタンドライトの光量を少し大きくする。
神坂にティッシュの箱を渡し、汚れると困るなら、ネグリジェは着ずにバスルームへ行ったほうがいいと促す。そして、着てたので悪いですけど、と自分がさっき脱いだTシャツを神坂に被せた。自分は眼鏡を顔に戻している。
「でかいシャツだな」
「ですね。えっと……あ、リボン」
「ああ」
佐川は神坂がいなくなったベッドから、細い真っ白なリボンを摘み上げる。床に降り立っていた神坂は、振り返ってそれを受け取る。髪形を悩んでいたのが、ものすごく前みたいだ。神坂はリボンを握りしめてそんなことを考え、素っ裸でベッドに胡坐をかく、愛しい筋肉の塊を眺めた。そして、本当にいい男だな、と思った。
「ちょっと、こっち来い」
「はい?」
神坂は佐川に手招きをしてそばに寄せると、真っ白いリボンを佐川の首に掛けて、綺麗な蝶々結びにした。佐川はされるがままに、神坂をベッドから見上げている。神坂は出来に満足して、一つ頷いた。
「……似合います?」
「全く似合わない。でも、悪くない」
「はぁ」
「首輪だ。お前は、僕のトラだ。ウロウロすんじゃねぇぞ」
「がおー」
ちっとも似合わない白いリボンを付けた男は、無表情に嬉しそうに、眼鏡のブリッジを押し上げた。
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本編はここで終了です
番外編を3本挟んで、社会人編が少し続きます
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