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第29話
【番外編】夏真っ盛り
◆
その時たまたま、神坂は手洗いに行っていた。
チャイムが鳴り、佐川はモニタ越しに相手を確認して、開錠する。いつもの宅配便の配達員だ。こんなにも暑いというのに、彼はさわやかに荷物を差し出し、佐川のサインを貰うと頭を下げて走り去った。見習わねば、と考えながら、佐川は手の中の荷物のあて先を確認しつつ、ドアを閉める。
送り状は神坂宛になっていた。神坂はよく、インターネットで買い物をしている。日用品全般から仕事に関するもの、かわいい衣類ももっぱらネットでみつけているらしい。だから、神坂宛に何かが届くことは珍しくはない。この程度の、小さめな箱で何かが届くことも。
佐川がリビングに戻ると、神坂がソファに座ろうとしているところだった。
「誰か来た?」
「はい。史織くん宛の荷物でした」
「……うん、ありがと」
小箱を神坂に差し出し、それを受け取ったときの彼の表情を、佐川はじいっと観察した。神坂はその箱を手にして、片づけてくると言ってそそくさと自室へ引き取ろうとする。佐川はリビングの入口にのっそりと立ちふさがり、神坂を通せんぼした。
「何買ったんですか?」
「……いいだろう、別に」
「いつも、こんなの買ったんだーって、見せてくれるじゃないですか」
「……いいだろう、別に」
「……」
「……」
佐川はドアの前から退かず、眼鏡のブリッジを押し上げて、無言で神坂を見つめ続ける。こういうとき、大抵先に神坂が開き直る。案の定、神坂は小箱を腰の辺りに腕で押さえ、しらっと佐川を睨み上げる。
「いいじゃん別に。欲しかったんだもん」
「なんでバイブとか、今さら買ってんすか!?」
「僕はバイブは使わない。ディルド派だ」
「自慰界の派閥争いには巻き込まれたくないです!」
「争ってないし!お互いのいいところは認めてるし!?」
佐川はガオーっと吼え、神坂はキシャーっと威嚇する。佐川が知るだけでも、神坂はこういうサイズの荷物を受け取るのは今月で二度目だ。先月も、先々月も、神坂宛に、怪しげな小箱が届いた。佐川が不安になって問い詰めても、うるさいと言われる。服だのヘアピンだのは、頼まなくても見せてくれるというのに、だ。
「僕の趣味に口出すな!僕が一回でも、お前に筋トレすんなって言ったことがあるか!?」
「史織くんと俺との間に、筋トレの代替行為は存在しないでしょう!」
「自慰だってそうだ!アレとコレは別物なの!お前だっておっぱい大きい女のエロ動画見てんじゃねぇか!」
「見っ、見てな……い、ことも、ないですけどっ」
「はぁ!?見てんの!?お前、ふざっけんなよ!胸にふくらみがなくて悪かったな!」
「カマ掛けんのずるいです!それに、胸のふくらみを求めてるわけじゃ」
「うっさい!!そんなに気になるなら、開ければ!?」
「…………!!」
逆ギレじゃないのか、と佐川は思った。これまで何度も、自慰をするなら自分を誘って欲しいと訴えてきた。その度に神坂は、お前の前ではしない、とか、趣味だから性的欲求とは別だ、とか言って、あまり取り合ってくれない。
神坂が思う以上に、佐川にとっては深刻な問題だ。なのに神坂は、また、欲しかったんだもんという至極明快な理由で、アダルトグッズを増やしたらしい。まったく理解できない。すでにたくさん持っていて、最新テクノロジーを搭載するわけでもない張り型の、どこに目新しさを感じて欲しくなると言うのか。どうしてそれを我慢できないのか!?
神坂は、佐川の壁のように固い腹筋に、ベシッと小箱を押し付けた。佐川は腹立たしさに言葉をなくし、踵を返すと、リビングのドアを開ける。
「トラ!!」
「俺も趣味に勤しみます!!」
ギリギリ大きくない程度の音で、佐川はドアを後ろ手に閉め、足音高く自室へ行ってしまった。
残された神坂は、イライラしながらリビングのソファにどすんと腰を降ろし、どうでもいい、くだらないテレビ番組を人を殺しそうな目つきで睨みつける。もちろん、そんな時間は長くは続かない。神坂はああもう!と叫び、電気を乱暴に消し、佐川に負けないほどの大きな足音で廊下を歩く。
佐川の部屋の開いているドアを、ガンガンガンとノックし、腕組みをして部屋の中を睥睨する。佐川はベンチシートに背中をつけて、お化けみたいなバーベルを上げたり下げたりしている。
「……いつまでぶーたれてんだ」
今日も暑い。佐川は、トレーニング中は冷房を切る。つけていたところで、結局汗だくになるので、窓を開けて、自室のドアも開放して風を通して凌ぐ。その戸口に、神坂が腕組みをして肩でもたれて呆れている。
佐川は返事もせずに、ベンチプレスを続ける。トレーニング用のこのベンチは、佐川の誕生日に神坂が買ってくれたものだ。
「おい、基。いい加減にしろ」
神坂は時々ずるい。どれだけ感極まっても、佐川を名前で呼ぶことなどないのに、こういうときは躊躇わない。名指しで叱られれば、さすがに佐川だって動揺する。ガチンと鈍い音を立てて、バーベルを定位置に乗せると、意地で返事をせずにベンチシートから起き上がる。大量の汗が、ざぁっと流れていく。
「子どもか、お前は」
「……虎の子は大事にしないといけないんです」
「僕はお前のかーちゃんじゃない」
「じゃあなんですか。俺は、恋人だと思ってるのに」
「実際そうだろう」
近くに置いていたタオルを掴み、佐川はまた口を噤む。流れ落ちる汗を乱暴に拭って、大きなペットボトルから水を飲む。
付き合いだして数か月。どんどん距離が縮まって、仲が深まっていると思っていた。だけど未だに、神坂を満足に悦ばせられていないと感じていて、焦ってもいた。
自分は神坂が好きで好きでどうしようもなくて、彼にもっと好かれたい。求めて欲しい。求められる以上に応えたい。金も取り柄もないシガナイ大学生に、持てる武器は限られている。
数少ない武器なのに、佐川は自分のイチモツが役立たずなのが心苦しかった。自分がもっと床上手であれば、神坂が自慰に耽ることなどなくなるはずなのに。こんな風に苦しい感情を持て余すことも、なくなるはずなのに。
「……俺とのセックスに不満があるなら言ってください。俺が早いから、つまんないんですかっ」
「僕がいつ、早いだの小さいだの下手だの言った?」
「……流石に俺も、そこまで言ってません……」
神坂は過ぎた言葉を後悔した。しまった。ちょっと盛りすぎた。どんよりとした佐川のオーラがますます暑苦しい。
神坂は実際、一度も佐川とのセックスに不満を持ったことなどない。本人は早漏を気にしているようだけれど、神坂はそうは感じないし、もしも不満があれば、これほど頻繁に佐川に触られたいなどと思わない。
ただ、確かに、ローカル保存している動画とは違うんだな、とは思う。でも今は、あれは作り物で、全部演技なのだとわかっているから、ギャップに戸惑うこともない。
感じまくって善がりまくって、息も絶え絶えにイカされまくるなんてことは、ないようだ。こっちがイキっぱなしで、それをオラオラとどこまでも絶倫に責め立てるチンコなんて、そういう業界にしか存在しないっぽい。
だからこそ、自慰とセックスは別物なのだ。自分の好き勝手な妄想で、自分の好きなように好きなところを責めて、好きなようにイく。頭の中の相手はいつも佐川だけれど、現実に抱き合っている時には、ああしたい、こうして欲しい、なんて考えもしない。ただひたすら、気持ちよくて、しあわせな気分で、不満なんで欠片もない。
だから決して、セックスの不足を補っているわけではないのだ。
どうして佐川は、理解できないのだろう。同じ男なら、わかりそうなものなのに。
「トラとのエッチに、不満なんかない。本当に、アレはただの趣味なの。わかりづらければ、お前のオナニーと同じだと思っていい」
「俺のオナニーは、史織くん不足が原因です。現実の史織くんにできないような、言えないようなことを、おっぱい放り出して揺らしてるAV女優がしてくれるから、それを見て慰めてるだけです」
「……言えば?すれば?」
神坂はちょっと期待した。自分が思うような荒唐無稽なセックスを、佐川も望んでくれているんだろうか?
優しく抱かれて甘く囁かれて、たまらなく気持ちよくなる佐川とのセックスが好きだ。彼の人柄を感じるし、大事にされていると実感できる。だけど、時折見せる男っぽい佐川のままで、遠慮なく強く抱いてほしいと妄想することがある。乱暴にされたいわけではない。ただ、年上でわがままな自分に、気を遣わせているような気がしていた。
対等でありたいと望むのなら、自分を押さえつけてみろと、時には上位に立って見せろと、無責任にこころの中で煽ることもあった。もちろん、セックスの最中ではないときに、だけれど。
神坂の都合のいい卑猥な期待は、素直で真っ当な佐川には通じなかった。彼は戸口に立つ神坂を見ると、ひどく落ち込んだ顔で首を振った。
「……わかってます。史織くんは、自慰の方が満足度高いんでしょう」
「違う」
「俺だって、史織くんのこと、ぐちゃぐちゃにしたいけど、そんなテクニックも持続力もないんです!」
佐川の的外れな吐露に、神坂は呆れると同時にムカついた。
不満はない、性交と自慰は別だという自分の言葉を信じない佐川が、情けなく思えた。ちんちんの性能が何だというのだ。それとも、最中の自分は佐川を不安にさせるほど、不満げなのだろうか?うっとりと陶酔しているのが、独り善がりに過ぎたのかもしれない。そういえば佐川がどのくらい気持ちよくなっているかまで気が回っていないことも多い。だって、気持ちよくて何も考えられないから。でもそれって悪いわけ?
神坂は腕を組み直し、顎を上げ、冷ややかに佐川を一瞥する。
「トラは、僕としてる時、そんなことばっかり考えてるのか」
「……」
「僕は、お前のことしか考えられないのに、ずいぶん余裕だな。もういい……もういい!頭ん中で、おっぱいに挟まれて窒息しとけ!!」
「史織くん!」
「晩飯まで、お気に入りのディルドで遊びまくりだ!邪魔すんな!」
「ひどいです!じゃあ史織くんは、俺がテンガとか買って毎晩抜いてても平気なんですか!?」
「テンガが欲しいなら、まとめ買いした余りをやるから、好きなだけ使え!」
「史織くんの馬鹿ぁ!!」
「馬鹿はお前だ!グズグズ言いやがって、僕はお前とするのが好きなの!最高なの!それをなんだ!早いのなんのってどうでもいいことをいつまでも!!」
「どうでもよくないでしょ!?」
「うっさい!悩むのは勝手だけど、思い余ってネットの如何わしい広告、クリックすんなよ!」
神坂はビシリと佐川に人差し指を突き付けて警告すると、バカトラの大馬鹿野郎!と吐き捨てて自分の部屋へひきこもった。
「僕が悪いのか!?」
神坂はエアコンの効いた自分の部屋のベッドにダイブして、ボスボスボスッと枕を殴りながら呟く。
最近トラはしつこい。ぶっちゃけ、うざい。普段人の評価も気にしないし、自信満々とはいかないまでも、あんなふうにグズグズ卑屈なことを口にする男じゃなかった。どうしていつまでもどうでもいい事にこだわるのだろう。早いか遅いかなど、状況によって変わるし、早かろうが遅かろうが、相手がいいと言っていれば問題などないんじゃないのか。
それともそんな風に考える彼を理解できないのは、自分に経験が足りないからなのだろうか、と神坂は不安になる。
「昔の女に何か言われて、引きずってんのか?」
それはそれでムカつく。知らない誰かが佐川に、自分たち二人の関係に、影響を与えているのが我慢できない。デリケートな問題だとはわかっているし、もしそうなら傷ついたのだろうとは想像できる。
だけど、だったらいつになれば、そんな過去のことよりも自分を優先してくれるのだろう。不満なんかないと、神坂はちゃんと言葉でも態度でも伝えているつもりだ。それなのに、足りないのか。
「ばーか……」
さっき届いた小箱は、アダルトグッズの類じゃない。ただのヘアクリームだ。神坂は、佐川に買ってくれるなと言われてから、一度もそういうものを買ってない。佐川はよく神坂に触れてくれるから、自慰だって回数は激減している。
だからこそ、佐川が疑わしげに探りを入れてくると、神坂は必ず、わざと誤解されやすい態度を取る。うるさいと一蹴し、思わせぶりな台詞を撒き散らし、気になるなら開けてみろと啖呵を切る。
神坂にそう言われて、佐川が荷物を開けたことなどない。もしこれが逆の立場なら、神坂も開けないだろう。その代わり、大きく振りかぶって、力いっぱいゴミ箱に叩き込む。
それはやりすぎだとしても、佐川ももっと強く出ればいいのだ。そして、神坂を疑うのをやめればいい。信じてほしい。佐川のちんちんの性能に、不満など本当にないのだと。
一日が終わっていく。
佐川は夏休みに入っているけれど、学業と、たまのバイトであまり暇ではない。神坂は当然、三ヶ月近くにも及ぶ長期夏季休暇などなく、カレンダーどおりに出勤する毎日だ。一緒にいられる時間は、限られている。今日だって、暑いから出かけずに、家で一緒に録画していた映画を観ようと話しながら、昼飯を食べていた。なのにもう、夕方になろうとしている。
神坂は、何もする気が起きないまま、ベッドでウトウトしたり、佐川のことを考えて無為に過ごしていた。ほんのり陽が傾き始め、さすがに寂しくなって身体を起こした。髪がボサボサだなと、鏡を見てため息をつく。
このくそ暑いのに、佐川に触られたいがために結ばないことを、あのバカトラは気づきもしないのだろう。そう考えると、腹が立って、悲しくてしかたがない。殊、こういうことに関しては、佐川と上手くかみ合わない。だけど、好きなのだから仕方がない。
神坂はベッドを降りて鏡台の前に座り、髪を整えてから部屋を出る。
数歩先の佐川の部屋のドアはまだ開いていた。神坂が先ほどと同じようにドアに拳をぶつけ、今度は一歩中に入る。佐川は先程と同じように、トレーニングをしていた。
お化けみたいなバーベルではなく、小ぶりな……だけど多分相当重いダンベルを両手に持って、上腕筋を鍛えていた。神坂に気付いたからか、ノルマを終えたからか、佐川は息を吐いてダンベルから手を放し、代わりに大きなタオルを頭から被ってベンチに腰を下ろした。そのタオルは、遠めにも水分を含んで重そうだ。身に着けているTシャツもハーフパンツも、全部色が変わって肌に張り付いている。
佐川は荒い呼吸で、床に置いてある大きなペットボトルから、何度も水を口に運ぶ。それとは別に、空のボトルが転がっている。タオルから覗く肩や腕には、ひっきりなしに汗が流れ落ちていく。
神坂は何と言ったらいいかわからず、腕を組んで黙ったまま、立ち尽くす。
佐川はタオルでほとんど顔を覆ったまま、小さい声を出した。
「……洗濯機、回すんで、何かあれば」
「……ありがと。今は、ない」
「そうですか」
佐川は空のペットボトルを二本、小脇に抱えて立ち上がる。ベンチシートに敷いていたタオルも剥がし取り、戸口に立つ神坂に触れないように、身体を避けて部屋を出て行った。
すれ違うだけで、神坂はすごい熱気を感じた。エアコンの切れた部屋の室温のせいではなく、極限まで筋肉に負荷をかけて動かした、佐川の身体自体が発する熱。まるで、佐川の怒りに触れたような気になる。
暑くなると、佐川は昼間や朝に時間があっても、大体夕方や夜に洗濯機を回すようになった。その日使った衣類やタオル類を、その日のうちに洗いたいらしい。トレーニングをすればすごい量の汗をかくし、夏の日差しは強すぎて、洗濯物を瞬時に焼き、カラカラのゴワゴワになりがちだからだと言う。
「タオル、フカフカがいいんで」
佐川は、神坂がどうでもいいと思うことも、ちゃんと考えて行動する。一日に一回洗濯するのなら、神坂が快適に過ごせるタイミングに合わせる。夜干せば、朝には乾いていて、そうすれば、女物の衣類を外に干しても、神坂があまり気兼ねしなくて済む。タオルがフカフカかどうかなど、もちろん大切に考えてくれてはいるだろうけれど、本当はきっと二の次なのだ。
出逢ったばかりの冬でも、神坂が何も言わなくても、ヒラヒラした下着類は、シーツやバスタオルや、佐川の大きなシャツの影になるように干してくれていた。神坂は唇を噛んで、佐川の後を追った。
佐川はすでに洗濯機のスイッチを入れて、風呂場でシャワーを浴びている。洗濯機の作動音とシャワーの水音を聞きながら、神坂は脱衣所で、ドア越しに佐川を見ていた。凹凸のあるガラス戸で、はっきり見えないけれど、佐川は多分神坂がいることに気付いているだろう。シャワーの音が途切れた時、神坂はそっとドアに手のひらを当てて口を開いた。
「どうしたいんだ」
「……」
「前に、おかしくなったときも言っただろう。お前が引くと、成り立たないんだ」
「……」
「僕が、もう一人で自慰をしないって言えばお前は納得するのか?違うだろう」
「……」
「…………もう、いい。今日は外に食いに行こう。焼肉でいいか」
佐川には佐川の感情や状況があるのだろう。何もかも全部を理解しあうことは不可能だ。神坂は佐川と歩み寄ることを諦めた。佐川は頑固だから、居丈高に問い詰めようと、下手に出て懐柔しようと、靡かないだろう。
こういうときは美味い飯だ。食事をすれば、頭に上った血が胃に集まって、多少は冷静になれる。
神坂はドアから手を離し、手応えのなさに気落ちしながら踵を返す。佐川が爆発するまで、溜め込ませるしかない自分の無力さが、やりきれない。進歩がなくて、悲しくなる。自分は本当に、恋愛に向いていないと、申し訳なくなる。
焼肉でいいかと聞いておきながら、神坂は佐川の返事を聞かずに脱衣所を出ようとした。その時背後でドアが開き、湯気とともに佐川が現れた。汗まみれだったのが水浸しになって、不機嫌そうな無表情は男ぶりを上げている。
裸はだいぶ見慣れたけれど、一緒に風呂に入ったことはない。濡れた髪をかき上げる仕草が、あらわになる額が、見えにくそうに眇められた目が、いつもと全然違う男くささを漂わせている。
佐川はじっと神坂を見つめた。
「……なに」
「焼肉は、いいです。家で食いましょう」
「……あっそ。じゃあ、そういうことで」
目を逸らして出て行こうとする神坂の腕を、佐川が掴んで引き寄せる。よろけながら、強引に風呂場に連れこまれて神坂は焦った。しかし佐川は無表情にドアを閉め、神坂を壁際に追い詰め、丸太みたいな腕が、神坂の両側にバリケードを築く。
「なんだ」
「新しいオモチャの使い心地はどうでした?」
「……まあまあだな」
「ずっと遊んでたんですか」
「……ほどほどにな」
「嘘ですね」
佐川は神坂に顔を寄せ、まっすぐに目をのぞき込んでくる。壁についてた水滴を吸って、神坂の服の背中が濡れていく。
風呂場だからだろうか?真っ裸の佐川に詰め寄られて、なぜか服を着ている神坂のほうが恥ずかしいような気分を味わっていた。
もう、虚勢も張れない。神坂は佐川の目を見つめ返すしかできなくなった。見透かされていると感じる。
「嘘だ」
「……」
「史織くん」
名前を呼ばれて神坂は降参した。力なく目を伏せると、佐川が軽いキスをしてくれた。待っていたキスがもらえて、神坂は安心できた。視線を上げれば、佐川の目が幾分優しくなっている。濡れた大きな手が、そっと神坂の頬を撫でて、髪に触れてくれる。
「俺にもっと、優しくしてください」
「……ごめん。悪かった。でも、お前が情けないことばっかり言うから」
「本当に気にしてるんです」
「僕が、全く気にならないし、大満足だって言ってもか」
「史織くんを信用してないわけじゃないです。だけど、もっとって、考えます」
「ん……っ」
佐川の唇が、神坂の首筋を滑る。神坂は自分の着ているシフォンのタンクトップの裾をぎゅううと握った。ショートパンツから覗く足が震える。いつもと違うシチュエーションが、なんだか興奮する。佐川がちっとも抱きしめてくれないからかもしれない。不安が性欲を煽る。
「トラ……」
「服、濡れますよ」
神坂が佐川に腕を回そうとすると、低い声で制される。そのくせ、濡れた手で、するりと裾から入り込んで腹を撫でる。その感触に、神坂はびくりと身体を震わせた。耳にキスされて、あ、と声が出る。佐川の手が、肌を撫でながら這い上がり、乳首を押し潰す。
神坂はたまらず佐川の肩に手を置いて自分を支えた。佐川の身体はまだいつもよりも熱い。張りつめた筋肉を、冷やさなくていいのだろうか。そんな場違いな心配をしていたら、キスされて、何かもがどうでもよくなる。
音の響く場所で、殊更に音を立てて貪られて、神坂はわけがわからなくなりつつあった。仲直りできたのだろうか?佐川はもう、自分をないがしろにして悩んではいないだろうか?昨日よりも、自分を好きでいてくれているだろうか?
「ト、トラ……!」
佐川は散々神坂の口内を舐め回し、舌を絡め、プルプルと震える彼の身体を撫でまわした。好きだと、心底思う。かわいくて仕方がない。
自分しか見ないで欲しい。自分のことだけを考えて欲しい。神坂を快楽で泣かせるのは、自分一人であって欲しい。佐川は吹き荒れる独占欲で、眩暈がしそうだった。
甘い溜息を繰り返す神坂の前に跪き、佐川は彼のタンクトップの裾に隠れるショートパンツのベルトとホックを外す。ジッパーを引き下げられて下着をずらされて、神坂は漸く佐川の意図を悟る。
「え……待って、トラ、あの」
神坂は慌てて、佐川の頭を向こうへ押すようにして逃げを打つ。しかし佐川の大柄な身体は岩のように動かず、自分の背後は壁だ。佐川は一度、ちらりと神坂を見上げた。その眼差しに、神坂は自分の心臓が跳ねるのを感じる。佐川の色気に気を取られた隙に、神坂は初めての感触に襲われて、今度は身体が跳ねる。
「あん……っ!」
佐川に咥えられて、ゆっくりと舌で形を変えられていく。あまり見慣れないバスルームの天井をうつろに眺めながら、神坂はただ顎を上げて喘ぐしかできない。もう何度もセックスしたけど、フェラチオなんか初めてだ。ラブラブじゃないと、できないことなんだって読んだことがある。時々背中を駆け上がる鋭い刺激に、小さく悲鳴を上げながら、神坂は嬉しくて恥ずかしくて涙さえ滲ませ、佐川のフェラチオに感じまくっていた。
バスルームの中に、いろんな音が響いていて、それは神坂や佐川の頭の中でさらに増幅し、二人はひどく興奮しあっていた。極度の高揚は、あっという間に絶頂を呼ぶ。
「あ、あ……!離、せ、出る……!」
佐川は神坂の性器を咥えたままで顔を上げ、無表情に軽く首を傾げただけだった。それどころか、見せつけるように殊更ゆっくりとしゃぶり、自分の髪を引っ張り、肩を引っ掻く神坂の手を握りしめると、たどたどしくも強めに吸い上げ、尿道の入り口を舌でこじ開けるように刺激する。
神坂はあまりの快感にぎゅうっと目を閉じ、佐川の手を握り返し、息を詰めた。佐川はそれでも愛撫をやめず、張り出した部分の境目を執拗に舐め、唇で扱きあげる。神坂は歯を食いしばりながらも、我慢できずに射精した。
膝が笑うほど、気持ちよかった。身体中の血管が大きく脈打つのを感じる。射精直後に何度も身体が震え、神坂は小さく、ため息のような声を漏らしながら、全部を佐川の口の中に出してしまった。湯気のこもるバスルームでの突然のフェラチオに、神坂は汗だくで、呆然とするしかない。
佐川はゆっくりと神坂の性器を放すと、口の中の精液を躊躇いながらも嚥下した。その様子を目にしてしまった神坂は、腹の奥が捩れるような熱が、またこみ上げる。
名残惜しそうに、佐川は神坂の性器にキスをして、毛があるべき場所にちゅうっと吸い付いて、神坂の身体に初めてキスマークを付けた。神坂はちくんとした小さな痛みの生み出した赤い痕を、たまらない気持で見つめた。
無言で立ち上がる佐川と入れ違うように、神坂は背中でずるずると壁を伝い、その場にしゃがみ込んでしまう。呼吸は一向に落ち着かない。
佐川はバスルームのドアを開け、キャビネットからタオルを取り出して髪と身体を乱暴に拭いている。
神坂は一方的な行為と、佐川が無言であることが怖くなり、膝を抱えて顔を伏せたまま、佐川を詰った。
「お前……こんな、の、ずるいぞ……!」
佐川はこれで気が済んだのだろうか?この後は二人の夕飯を用意するつもりなのだろうか?自分はこんな状態で、彼に放り出されるのか?
神坂は今佐川に何をして欲しいのか、自分でもわからなかった。ただひたすらに、脚を抱え込んで、膝に額を押し付ける。ショートパンツが水を吸い、尻のあたりから徐々に濡れていくのがひどく不快だった。
「僕は……僕……お前、僕をこのまま放り出すのか。なんで」
神坂は自分が泣きそうになっているとようやく気付く。ああそうだ。佐川の体温が感じられないのが不安なのだ。抱きしめて欲しいと、そう言えばいいのか。神坂はなんとか呼吸を整え、佐川を呼んだ。
「なんで史織くんを、放り出すんです?」
意外なほど近くで佐川の声がして、神坂はぎくりと身体を強張らせた。腕を掴まれて、ようやく顔を上げる。佐川はバスタオルを腰に巻いて、眼鏡をかけて、神坂を見おろしていた。無表情だけど、ものすごく欲情して興奮しているのが伝わる。
「俺がこれだけで満足して、史織くんを解放してあげると思いますか」
「トラ……だって、トラが」
「立ってください。絶対に、放してやるもんか」
いつもよりずっと強引に、男くさい態度で、佐川は神坂を彼の部屋へ連れて行った。佐川の部屋は暑すぎて、とてもじゃないけれどセックスなんかできそうにもなかった。だけど、エアコンの効いていた神坂の寝室でも、二人はあっという間に汗だくになる。
「ダメです。こっち向いて」
「やぁ……!あ・あ・あ……!ああ……!」
「俺のこと見てください……ほら……気持ちいいですか?」
必死に佐川を見つめる神坂の目は、涙が浮かんでいる。それでも佐川の言葉に応えるようにコクコクと頷く神坂は、とてもかわいい。
何かがおかしかった。佐川は自分の身体の変化に驚いていた。風呂場ですでに硬く立ち上がっていた性器を、しっかり慣らした神坂の尻に挿入したと同時に、強烈な快感と満足感に襲われた。腕の中で仰け反る神坂を抱きとめ、うわ言のように彼を呼ぶ。
いつもなら、恐々と抜き差しを繰り返し、神坂の様子を窺い、納得がいかないままに、堪え切れずに達してしまっていた。なのに今日は、いつも以上の気持ちよさと興奮を感じているのに、佐川は先にイクこともなく、大事な神坂を翻弄し続けていた。
当然、神坂もそんな佐川に驚いてはいたけれど、自分の身体もいつもと違っていて、どうしたのかと問うことさえできなかった。佐川を受け入れてすぐに、頭が真っ白になるほどの絶頂を与えられたからだ。そこからは無我夢中だった。
佐川は最初、神坂の変化には気付けなかった。頭に血が上っていたのだ。まだまだ明るい窓からの日差しに反射して、神坂の肌がずいぶん濡れているなと、ふと思った。汗がこんなに……そう思って神坂の鳩尾から腹のあたりに手を這わせて、ようやく神坂がいつもと違う反応を繰り返しているとわかった。
まっすぐに背筋を伸ばしていたのを、佐川は神坂の顔の横に手を突いて身体を倒す。腹に貼りつくように勃起している神坂の性器をそっと持ち上げると、先端から白い糸を引いている。
びっしょり汗をかいているのではない。自慰の時には何度も見た、でも自分とのセックスでは見たことがなかった。佐川が内側を擦り、責め立てている間、神坂は何度も透明な体液を吹き出し、精液を掃き出していたのだ。
神坂の臍には白い小さな水たまりができている。さらりとしているのは、潮で薄まったせいか、もう薄いものしか出なくなったのか。
「ねぇ、史織くん……気持ちいい?かわいいな……本当にかわいいです」
「う……あ……!好き……いい、トラ、んあ……」
「俺も好きです。すっげぇ好き……たまんねぇ……」
佐川は圧し掛かるようにして神坂を抱き締め、唇を塞ぐ。神坂の腕が、自分を強く引き寄せてくれることが嬉しい。空気が混じる粘着質な音を立てながら、神坂の中を掻き回すと、自分の腹にも飛沫がかかり、佐川は神坂がまた達したのだと知る。いや、もうずっと、絶快の中に漂ったままなのだろうか。
佐川は神坂の耳に唇を寄せて、何度も好きだと囁き、その穴に舌をねじ込んだ。耳たぶに歯を立て、また囁く。神坂は震えながら、耳元で聞こえる佐川の言葉に、荒い息遣いに、愛撫以上の興奮を与えられる。
佐川は、ようやくセックスの最中に、神坂の自慰のことを思い出すことができた。彼がどういう動きで自分を弄っていたか。それを真似るように腰の角度を変え、遠慮を捨てて中を穿つと、途端に、大柄な佐川の身体が乗っているのに、神坂の背中が少し浮くほど反り返る。一瞬遅れて、甘い声ではなく、思わず漏れたようなうめき声が聞こえた。
「ぐっ……う……!んあああ!」
神坂の喜悦を確信して、佐川は身体を起こすと、前後に大きく腰を振り始める。身もだえる神坂の両手を、彼の太ももの下をくぐって握り、強く引き寄せながらさらに奥を、突き上げる。それほど時間を経ずに、神坂は自分の胸に飛ぶほど勢いよく潮を吹き出した。
長いまつげは涙に濡れ、目はとろりと佐川を見上げている。佐川は片方の手を離すと、自分の性器の上に中指を添え、ずるりと押し込んだ。さらに孔が広がったのが怖くなったのか、神坂の目が見開かれる。佐川は彼を安心させるように優しいキスをして、指で直接確かめながら前立腺を撫でる。キスに阻まれて、神坂の悲鳴は声にならない。
ペニスで奥を突かれ、中指で前立腺を探られ、さらに親指で会陰部を押され、神坂は身体全体に広がる快感と、強く突き抜けていく快感に溺れた。息もできないほど、経験がないほど深く感じて、意識が一瞬飛んだ。それを呼び戻したのもまた、強い快感だった。
佐川が大きな手で神坂のペニスを扱き始めたのだ。神坂は、どうして佐川がこんなに巧みなのかわからなかった。そして、どうして自分がこれほど箍が外れたようになるのかも。
佐川は指を抜き去り、神坂のペニスを扱きつつ存分に中を突き、大きく口を開けて痙攣している彼から、精液を絞り出させる。ペニスへの直接の刺激によって、普通の一回分程度の射精があったのに、佐川は動きを止めずに、そのまま神坂がもう一度吐精するまで続けた。
「も、や……も、やぁ……!」
強すぎる快感に身体を何度も貫かれて、神坂はほとんど自失に近い。終わらない絶頂に、何も考えられない。ただもう、喘ぎすぎて叫びすぎて、息が苦しい。乱れる呼吸は過換気状態で、頭がぼうっとして、視界が霞む。適温なはずの寝室で、汗がとめどなく流れていく。
「と、ら……!ああああ……!」
ベッドに座った佐川の太ももを跨がされ、史織くんが動いて、とねだられて、神坂は必死に応えようと腰を振るけれど、すぐにたまらなくなって佐川にしがみついて震えてしまう。
神坂は何度も佐川を呼ぶ。その度に佐川は、神坂の目を覗き込み、小さく首を横に振って優しくキスをする。神坂は、一瞬口を塞がれて、佐川の唇が離れると同時に、また声を上げてしまう。
「ん…………は、あ、んああ!トラ……あ、あ……!」
佐川を呼び続け、だけど彼に何を求めているのかもわからず、神坂は知らずに涙をこぼしていた。身体は勝手に佐川のペニスを貪るように動き、自分自身を追い詰めていく。
強く鋭い、太い針のような刺激が、その度に脳天まで突き抜ける。何度目かわからない吐精に、神坂はガクガクと不規則に身体を揺らす。佐川を呼び、また、佐川は顔を寄せて首を横に振って、神坂にキスをする。
「んぁあ……!…………っ!!」
無意識に膝に力を入れて、佐川の首に両腕を巻きつけると、神坂は佐川のペニスを自分の尻から抜こうと身体を浮かせた。佐川は神坂の乳首を擦りあげていた手を離すと、するりと神坂の腰骨の辺りを軽く掴み、それ以上神坂が身体を浮かせられないように止める。抜け切らない熱を持った硬さは、ちょうど神坂の弱点を押しつぶす。神坂はたまらず高く叫ぶと、上半身を佐川に押しつけ、体重全部を預けて痙攣する。ぐしゃぐしゃのシーツを捉えていた足先が、ぎゅうっと強張って丸くなる。
膝を崩せば奥まで突かれる。これ以上抜くことはできない。そんな状態で、一番いいところに当てられて、神坂はその刺激にパニックを起こした。
闇雲に叫びながら、佐川を押し倒さんばかりにもたれ掛かり、しがみつく。絶頂は続けざまに襲ってくる。
佐川は片手で神坂の腰を軽く掴んだまま、空いた手を自分の腰の後ろに突いて、二人分の体重を支える。そして、逃げようともがく神坂を、下からさらに責め立てる。佐川の腹は、神坂の体液でビショビショだ。
「あー!!あー!!あー!!」
すごい力でしがみついてくる神坂は、震えながら涙を流し、叫び続けるしかできなくなっていた。そんな神坂を器用に剥がし、佐川は彼の目尻に舌を這わせて、顔を覗き込む。
最初は佐川の視線にすら気づかないほど忘我に堕ちていた神坂は、やがて容赦無く自分を抱きなからも、優しく見つめる佐川の目を捉える。縋るように、佐川を呼ぶ。佐川は神坂の唇を親指で撫でて、首を横に振った。ああ、そうか。
神坂は、佐川の名前を口にした。掠れた声で、小さく。そして、途切れ途切れに、何度も。
佐川は神坂の腰を両腕で抱え上げると、そのままベッドに押し倒した。
「もう一回」
「あ……!は、じめ……」
「もう一回」
「はじめ……基……!あ、ああ……!」
「こっち向いて」
「基、好き……好きだ……ぼく、はじめが、好き……!」
「知ってます。俺も史織くんが好きです」
神坂は気づいていないけれど、佐川も興奮して声が上ずっていた。佐川は神坂を腕の中に抱いて、死にそうなしあわせと快感を貪った。やっと、安心できた。神坂は自分のそばにいて、自分は彼に求められている。
急激な絶頂感に襲われて、佐川はそれに抗うこともせず、小さく呻いて射精した。硬い腹筋をグッ、グッと何度も引き絞り、一滴残らず吐き出した。
「すみません……怖い思いをさせましたか?」
「へーき……」
流れる汗はまだ止まらない。シーツがしっとりと湿るほどだ。それでも、神坂はうつ伏せになって、佐川が髪を撫でてくれるのをうっとりと楽しんでいた。
「……俺のこと、嫌でしたか」
「なんで?」
「……意地悪だったから」
「は?自覚があったのか。そりゃ意地が悪いな」
「だって、史織くんが」
「僕のせいなんだろう?だから別に、お前がどんなに意地悪したって嫌じゃないし、お前自身を怖がったりしない」
「……」
「猛獣使いになった気分だ」
「はい。俺をちゃんと、躾けてください」
「ふ……そうだなぁ」
「史織くんの言うことは聞きます」
「嘘つけ。ぜんっぜん聞かなかったじゃないか」
「パスワードがなかったので」
「あっそ」
神坂はよいしょと腕をベッドに突いて身体を起こす。佐川はそれを支えて、当たり前のように身体が触れ合うほどそばに引き寄せてキスをする。
「おい、僕もするぞ」
「何をです?」
「フェラチオ!ちょっと、それ出せ」
「もう少し、色っぽく誘ってもらえませんかね……」
「早くしろ。まったく、好き勝手やりやがって」
ついさっきまでの、濃厚で淫靡な空気が霧散していく。神坂はおなかが減ったとも口走っていた。そんな彼は鼻歌でも歌いそうな様子で佐川にせがんでくる。ちんこを寄越せと。佐川は両脚を投げ出して、腰の後ろに両手をついて自分を支える。神坂の、こういうことへのさっぱりした考え方には苦笑いしか出ない。
はい、どうぞ。そんな風に無防備に、自分のちんちんを差し出すとは想像もしなかったことだ。昨日までの佐川なら、瞬殺されることに怯えて緊張し、実際あっという間に昇天させられただろう。
しかし今日からは違うのだ。何が原因なのかはわからないけれど、佐川の早漏は鳴りを潜め、ようやく神坂を満足させられたと思える。自信がついたのだ。佐川の漲る自信はペニスを勃ち上がらせる。
神坂は佐川の脚の間に四つん這いで寄ってきて、半勃ちの佐川のペニスを見つめてから、ふと真剣な表情になって佐川の顔を見る。佐川は、どうかしましたかと尋ねた。
「……僕は、本当に、今まで一度もお前とのえっちに不満なんかなかった。……でも、今日のは、別次元にその……気持ちよかった。お前は?」
「はい。俺もよかったです、怖いくらい」
佐川は、すっかり濡れてしまっている神坂の髪に触れ、頬を撫でて、史織くんとのセックスは、この世の天国ですと付け加える。しかしそんな佐川の軽口に、神坂はまだ神妙な顔をしている。
「でも、お前のちんすぺが高かろうが低かろうが、早かろうが遅かろうが、そんなこと、本当にどうでもいいんだからな。僕は、お前とするのが好きなんだ……お前が好きだから」
「ちんすぺ?」
「ちんこスペック」
佐川は微妙な顔をして、曖昧に頷き、とりあえず礼を言った。神坂は満足げに頷いて、おもむろに佐川の股ぐらに手を伸ばす。
彼の手が自分の性器に触れた途端、佐川は直感的にやばいと思った。慌てて神坂を止めようとするけれど、言葉が出ない。二人の間で佐川のペニスはどんどん大きくなっていく。
「えっと……興奮、してくれてる?」
「は、い、あの、ちょ」
「嬉しい。僕、基が好き」
神坂が、見とれるほどかわいい笑顔でそう言った。佐川は特大の矢が胸に突き刺さった気がした。そして、神坂が、あろうことか佐川のペニスにかわいい顔を寄せて、嬉しげに頬ずりをして見せたのだ。あまりの衝撃に、佐川は変な声を出した。そんな佐川をよそに、神坂は小さな口を丸く開け、いざ舐めんと舌を覗かせる。たったそれだけで、佐川は敢え無く射精した。しかも、神坂の綺麗な顔にだ。
「…………」
「…………」
「…………早いだろ」
佐川は両手で顔を覆い、言葉もなくシクシクと泣いた。泣きたいのは僕のほうだと、神坂は追い打ちをかけた。
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