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第7話

 今は繁忙期でもないし、残業するほどの仕事量ではない。もちろん、得意先から戻ってくる外回り営業を待たずに帰ったりはしないけれど、彼らは大体六時くらいに事務所へ帰ってくるので、そこからその日一日の業務の確認をしていても七時には退社できる。  今日も今日とて、僕は勉強に余念がない。あ、自分で言っちゃった。  すでにビッチ受の何たるかは熟知したつもりだ。彼らの主だった行動パターンも理解した。そして結局僕は、「攻の気を惹きたくて派」に属することを放棄した。「攻に愛されてるか不安なんだもん類」だろうと「怒った攻とのエッチがたまんない類」だろうと、その大前提にあるのは、付き合ってるということだ。そもそも浮気って、本気があってこそでしょう? 「なんか、切ない……」  片岡さんは萌えると言った。かわいいとも言ってくれた。だけど、好きだなんて言われないし、だから僕も言えない。使い古された「身体だけでも繋いでおきたい」なんて思考になるとは信じられないけれど、せっかく距離が縮まったのに、今さら付き合って欲しいとかどう思ってますかとか、言い出して彼の興を殺ぐのが躊躇われる。正直に言えば、ビビッている。  きっと片岡さんは、僕のことを新しいおもちゃくらいにしか思ってない。飽きられないためにも、ハイレベルなビッチ受になるしかない。僕は勝手に属性を作り出すことにした。オリジナルバラエティは「ミステリアスで浮気してそうなビッチ受」だ。……うん、無理があるのはわかってるよ。  だってさ、正直な会話をしていたらあっという間に経験値が低いのはバレるし、浮気なんかしたことがない。だから、片岡さんからの質問とかには極力明瞭な回答を避けて、だけど、浮気してるんだよ、結構手広いんだよっていうアピールだけはするっていう。どうかな?駄目かな?駄目だよね……でもがんばってみるよ。  ということで、インターネットで「どういうときに相手をミステリアスだと思いますか?」なんていう、世の中に溢れる誰が知りたいのかわからないランキングを検索する。なるほど、こういうときに役に立つんだね、こういう一見無益で無意味なアンケート結果って。 「二面性……うーん……ギャップ萌えか。純情そうに見えて実は淫乱とか、ビッチの必須スペックだよね」  まず純情そうには見えるだろう。僕の第一印象はだいたいが、おとなしそうだとか天然っぽいとかそういうのだし。ちょっと違うけど、まあ、同じ系列の評価だろう。実は淫乱ってのは、もう無理だ。うん。一回しちゃってるしね……慣れてないの、バレてるよー!  後付で淫乱スペック発揮するなら、ものすごいテクニック駆使したりとか淫語叫んだりとか所かまわず誘っちゃったりとか?あとで確認しよう。 「自分のことはあんまり話さないで、聞き上手……ま、これはいけそうだよね」  外回り営業の支援的な意味合いの濃い立場だから、日常的に彼らの意図を読み、自分の意見はさりげなく散りばめるのが僕のやり方だ。愚痴も結構聞いてあげるし。あ、片岡さんはあんまり愚痴らないけど。うん。    あれ?なんか片岡さんのほうがよっぽどミステリアスだよね?自分のことはあんまり話さないし、社内の一般的な評価や外見からは想像できない性的嗜好だし。ふー……相手は手ごわいな。 「あとは、なかなか約束してくれない……?誘いを断る……?ああ、浮気に忙しそうなフリってことかな」  家に帰ればほとんど外出しないような僕だから、例えば突然誘われても全く問題ない。だけど、あれから十日ほど経っているけれど、片岡さんからのお誘いは全部断っている。部内の私的な飲み会を片岡さんが計画して、他の人たちも来るからどうだと聞かれて、それさえ僕は曖昧に笑って断った。その時の片岡さんは、さすがに少し怖かった。決してミステリアスを演出したくて断ってるんじゃないけど、現状では誘いに乗れないし片岡さんにも乗っかれない。ということで、今僕必死。必死のパッチ。必死のパッチ穿いてる。重ね穿き。  僕はバイブルと化している「ビッチ受のススメ」を開き、【ビッチ受のスキルアップ】というページを開いた。 ■ ビッチ受たるもの、一芸に秀でていて損はありません。 また、「さすがビッチ受……!」と攻に白目を剥いてもらうためにも ただのセックス大好きマグロビッチではいけないと管理人は考えます。 分類した四つのパターンを例にとれば、職業ビッチ受は当然金銭が絡む仕事としてセックスその他を行いますので 指名・リピーター獲得のためにもより魅力的な技の数々を身につける必要があるでしょう。 真正ビッチ受と隠れビッチ受に関しては、その元来の性癖から自然と垂れ流される淫乱さがありますので それほど熱心に策を弄したりする必要はないかもしれません。 ただし、より深い快楽を得るための努力は惜しむべきではないと考えます。 趣味ビッチ受のみなさんは、そのさまざまな属性にもよりますが 攻を魅了し、「抱くならビッチ受」と言わしめたいところです。 次のページでは、簡単にできる魅惑的なポーズや 臨機応変な淫靡な切り返しなどを紹介していきます。 ■ 「何回読んでも、ハードル高いんだよなぁ……」  すでに読んだページではある。自分でできることから始めようと言うことで、先日紹介されているエロイ下着を通販で買ってみた。ちなみに、青たん痛子さんの解説によれば、自分の体形やキャラによって、身につけるべき下着は選ぶようだ。僕みたいに外見が何の変哲もない平凡なタイプで、身体も小さくて筋肉も少ない男の場合は、ものすごく被覆率の小さい下着か、拘束系がお奨めだそうだ。拘束系というのは、いわゆるおパンツも肌に食い込むぴっちりとした伸縮性のないものを選び、同じ素材で上半身を戒める、特殊な紐を身につけることだ。乳首をうまく挟むように身体に掛けていき、脱がされる頃には乳首が臨戦態勢になっていて、股間部分もすでにはみ出している感じがいいらしい。さらに、射精をコントロールするグッズも併用するといいと書いている。  上半身をぐるぐると縛るような紐状の下着は難易度が高そうだったので、僕が買ったのはぴっちりとしたケツ割れブリーフだ。穿いたままでもケツ穴に挿れてもらえるという、便利かつ前のめりな感じの下着だ。お尻が直接洋服にサワサワ触れて落ち着かないんだけど、それがいいのだろう。  よく女性の下着にヒモパンなるものがあるけれど、男性用のヒモパンは結構恥ずかしい。紐に御大事様を通すためのリングが付いてるだけとか、さらには紐を交差させて御大事様用のポジション枠を設けただけとか、とにかく何にも隠してない。御大事様だけを隠す袋と紐だけってのもあるんだけど、なんかもう、感染病棟に入るときの厳重なマスクみたいだから萎えるんだよね……。あ、御大事様っていうのはおちんちんね。青たん痛子さんがよく使うから真似してみたよ。  小さいフロントと細い紐のTバックっていうのも考えたんだけど、お尻の割れ目に紐が挟まるのが気になりそうかなって。あと、どっちが片岡さんが好きかなって考えたら、ヒモパンみたいな頼りないのより、ケツ割れの方が……とか。なんとなく。  そんな勝負下着を手に入れたけど、ちなみにグッズは買ってない。次に僕は、【ポージング】に進む。そこにはおねだりポーズやお誘いポーズが何パターンか掲載されている。実際の漫画や映画やドラマのワンシーンから載せているので、わかりやすい。一応僕は、全部できるように練習している。身体がかたいから難しいのもあるんだけど、鏡で確認したら大分サマになってきた。結構腹筋とかも使うんだ。今日も一通り復讐をして、今度は【萌え台詞】のページを開く。 ■ たった一言で、あなたのビッチ受値が知れます。 落としたい攻がいるのか、何度も関係を持っている間柄なのか、誰でもいいから誘いたいのか? 基本的には、あまり取り繕った台詞は評判がよくないようです。 「僕のトロトロケツマンコにずっぷんして、種づけしてええぇ!!!」といった、 いわゆるあへ顔ダブルピースに繋がるようなセリフは避けた方がいいでしょう。 あなたは雌豚ではなくビッチ受なのですから。 ■ 「オーソドックスな方が言いやすいよね」  突飛なセリフを言うつもりはないけれど、決め台詞は仕込んでおきたい。青たん痛子さんは、あまり気負ってやらない方がいいのは、ビッチ受も普通の恋愛も同じですと言っているので、「君の瞳にダイビング」的なセリフはチラ見に留めて、「ねえ、運命感じない?」とか、「僕の身体、忘れられないんでしょ?」とか、「あなたのあそこにズームイン☆」とか、ボチボチ使えそうなやつをメモりつつ覚えていく。  そういえば、片岡さんは結構かっこいい台詞を言っていた気がする。「可愛いビッチちゃん」とか、お仕置きするぞ」とか。はあ……やっぱり片岡さんに釣り合うのは難しそうだ。  あとはベッドでのテクニックだ。これは自主練ができないから結構手ごわい。相手の協力も要るし、おかしなことをすると職業ビッチみたいになってしまう。ビッチ受の基本は騎乗位と後背位だと青たん痛子さんは語っている。騎乗位で主導権を握るか、後背位で攻をノせるか。幸い僕はどちらも好きだから、不慣れで動けないということはなさそうだ。この間の時は、ほとんど正常位だったけど、騎乗位の嫌いな男はいないだろう。  僕は念入りに情報を仕入れ、トレーニングする数日を経て、ようやく片岡さんを誘う決心ができた。幸い明日は金曜日だ。  誘い文句も考えてある。  よし!がんばるぞ!

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