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第8話

「あの、」 「ん?」  僕は外回りに出掛けようと事務所を出た片岡さんを追いかける。  彼は首だけで振り返り、僕と目が合うと身体ごと反転して立ち止まってくれた。 「なんか忘れたか?」 「あ、いえ、えっと」  どうしよう。用意したはずの誘い文句が思い出せない。今日乗っかっていいですか?……いや、今日は勝負パンツだぞ☆か?違う、それも考えたけど、そもそも今朝寝坊して、例のパンツ穿いてくるの忘れたし。 「日野?」 「片岡さん、今日お時間ありますか?」  あー違うのにっ!!もっとビッチ受臭プンプンのセリフを考えたのにっ!!  焦る僕は、とりあえず、ビッチ受たる者、笑顔は常に忘れちゃダメだという青たん痛子さんのアドバイスを実行する。  片岡さんは何とも言えない表情で指先で鼻の頭を触りながら僕を見おろしている。ちょっと急すぎたかな。仕事や予定があるのかもしれない。案の定、彼は煮え切らない返事を口にした。 「……今日か?そうだなぁ……」  僕はしょんぼりしたことを必死に押し殺し、笑顔を死守したままで少しだけ首を傾げた。片岡さんを困らせちゃいけない。気を使わせちゃいけない。今でも待っていてくれるなんて、限らない。 「そう、ですか。気にしないでください。僕も急に時間ができて……すみませんでした、お引き止めして」 「待て待て。断ってないぞ、俺は。断って欲しいのか?」 「断って欲しかったら誘わないですよ!」  片岡さんは笑って、僕のおでこを指で突っつくと、「飯食おうぜ、予約しとけ」と言い残して出て行ってしまった。背中越しに手を振る仕草とか、マジかっこいいんですけど!!!やだなにときめくー!!  僕はその日一日テキパキと仕事を片付けて、昼休みには会社の近くの、だけど誰もいかなさそうな落ち着いた感じの無国籍料理屋さんを予約しておいた。無国籍料理って、どこの国のものでもないってことなのかな?いろんな国ってことなのかな?いろんな国なら多国籍だよね。  あ、ちなみに席に戻ってから自分の手帳を確認したら、今日用意した誘い文句は「僕のお尻、可愛がりたくないですか?」だった。第二候補は「もう一回、片岡さんのアレを楽しみたいな」だ。  はあ……せっかく考えたのにな。次の時使えるかなぁ。  片岡さんは何食わぬ顔でいつもよりも早めに帰社してきて、その日の持ち帰った書類仕事をこなしている。社内にいるときは、ブルーライト対応眼鏡をかけている片岡さん。少し離れた席からでも、すっごいかっこいい……って、見つめてる場合じゃない。置いていかれたら困るから僕も頑張る。  定時を過ぎて、うるさいのが帰ってくる前にと僕たちは退社した。いつもは担当営業が帰ってくるのを待つ僕だけど、たまにはいいだろと片岡さんが言ってくれた。  はっきり言おう。僕はその後の、ありていに言えば性交渉に対する意気込みと緊張と期待で、せっかくの片岡さんとの食事なのに味なんてわからなかった。ただ、片岡さんがいつもより穏やかで、僕はただひたすら、彼の話に笑顔で頷いて、続きを、彼の声を聴きたくて、先を促していた。 「出よう」 「あ、はい」  あの日のように、片岡さんは大通りに出たところでタクシーを捕まえ、僕は促されるままに同乗した。着いたのは前と同じホテルの裏口。片岡さんの御用達なのかな。……いつも、他の人と。 「日野……?」 「ダメですか?」  今だけは、独り占めしたい。  二人でエレベータに乗ると、僕は片岡さんの手をそっと握った。流石に笑みを消し、片岡さんを見上げる。片岡さんは何も言ってくれなくて、エレベータはフロアについてしまった。  僕は彼から目を逸らして、すみませんと呟いて指を緩めた。指先が離れるその瞬間、片岡さんはぐっと僕の手を握り直して力強く引っ張ると、閉まりかけたエレベータのドアをガツンと手で止め、僕たちが借りた部屋へ大股で向かった。  片岡さんのセックスは、相変わらずめまいを覚えるほど情熱的だった。逞しい身体に抱き込まれて、骨っぽい大きな手で肌を撫で回される。すごく激しいのに、余裕綽々で。僕の顔を覗き込むその目線は優しくて。僕が快楽に耐えられずにトロトロになっちゃって、甘えたような喘ぎ声を口からダラダラと溢れさせているの見ると、可愛いなって言って熱いキスをしてくれる。  片岡さんに、溺れそう。  この時間を、手放せない。  二度目の逢瀬で僕は、自分が如何に片岡さんに執着しているかを思い知った。 「ちょっと、寝ててください」 「ん?」  部屋に入ったと同時になだれ込むようにベッドインして、片岡さんにメロメロにさせられて、ようやく落ち着いてくる。片岡さんは僕を胸に乗せて、髪を撫でてくれている。前回よりも早めにチェックインしたから時間はある。それに二度目だし、僕は一生懸命予習してから今夜に臨んでいる。よし、やるぞ……!  僕はベッドサイドからローションのボトルを取り上げて、自分の側に転がした。さらにコンドームを一つ手にして、片岡さんの足の間に座り込む。 「着けるから、じっとしててね?」  前の彼氏に唯一褒められたのがフェラチオだった僕は、他に何か喜ばせたくて、コンドームを口で着ける練習を一時期していた。時々破いちゃうんだけど、破いたらお仕置きだとかで、そのままされちゃって、中でゴムが捩れておかしなことになったりもした。ああ、そういえば片岡さんにお仕置きされてないな。まあ、まだ二度目で決定的な失敗をしてないからかな。僕はそんなことを考えながら、さっき僕を昇天させてくれた片岡さんのアレをしゃぶる。勃ちあがってきたとことろで、口から出して、片岡さんに笑顔を見せる。 「お前……」 「あむ……」  これね、たっぷりフェラしてる最中にコッソリやると、ゴムつけたって気づかれない時もあるんだよ。でも今夜は騙したいわけじゃないから、ちゃんと片岡さんが見えるようにパッケージを破って取り出したコンドームを唇で咥え、先っちょに優しく乗せて、舌で空気が入らないように押さえながら、一気に被せていく。うん、多分うまくできた。僕はゴム付きのペニスを手で擦り、さらにかたくなるように促す。 「……上手だな、ビッチちゃん?」 「本当ですか?よかったぁ」  片岡さんが褒めてくれたので安心した。だけど、新技はこれからだ。僕は身体を起こして、転がしておいたローションのボトルを傾けて、手のひらにたっぷりと垂らす。片岡さんは腹筋で軽く上半身を起こして、自分の背中と頭の下にさらに枕をいれて、僕のすることを眺めている。  僕は緊張しながら片岡さんのペニスをローションまみれにしていく。 「ヌルヌルで手コキか?」 「だーめ。じっとしてて、ね?」  僕の手を掴もうとした片岡さんを制し、僕は意を決して体勢を変える。くるりと反転して、片岡さんにお尻と背中を向けた状態で彼の腰を跨いだ。  目の前には、片岡さんの長い足が二本。真下には、彼の股間。僕は自分のお尻の方へ手をやって彼のペニスを掴み、自分の尻孔に宛がった。  ふう、と息を吐いて、僕は腰を少し沈めて、片岡さんのを身体に受け入れる。さっきさんざん出したり入れたりされたけれど、自分でするのはそれとちょっと違って……怖いぐらい大きく感じる。  だけど、新技を披露せねば。 「ん……っ」  僕は少し身体を前に倒して、片岡さんによく見えるようにした。その、つまり、あそこを。片岡さんのを挿入している、一杯に拡がった孔をだ。 「エロい眺めだな……」  片岡さんがそう呟くのを、背中で受け止める。楽しんでくれてるかな?ビッチっぽいかな。  僕は片岡さんのカリ高のペニスを、にちゅりという音とともに抜く。孔をペニスの先端にキスさせたまま、ぬるぬるの手で彼の竿を撫で上げた。そしてまたゆっくり、カリの部分だけを銜え込んで意図的に孔を締めたり弛めたりして、刺激を加える。括約筋を拡げられて、ぬぽんと出したり、ぐぷんと入れたりするのを繰り返し、時々手のひらで全体を撫でまわす。掴んだりせずに、手のひらの柔らかさと窪みでゆるく優しく。 「はぁ……すっげぇ、気持ちいい……」 「本当?じゃあ、もっとサービスしちゃうね」  僕は自分の尻を両手で掴んで、さらによく谷間の奥が見えるようにして、一気に腰を落とした。片岡さんの腰骨の上に座り込むように根元まで咥え込み、さらに押し付けるように尻を振る。自分でしといて、脳天に突き抜ける刺激に嬌声を上げてしまう。 「ああん……!」 「く……!」  僕は天井を見上げながら、ふるふると身震いして、たまらない愉悦をやり過ごす。浅く荒い息を吐きながら、下を向き、さっきより近づいた彼の股間に手を伸ばし、パンパンに膨らんでいる陰嚢にローションを追加して、揉み解すように手のひらで転がす。 「あ……ちょ、日野……」 「気持ちいい?」 「濃厚なサービスだな?たまんねぇ」 「ビッチだもん。こんなの、得意なんです」  神サイト「ビッチ受のすすめ」に紹介されていた、いくつかの性技を組み合わせてみました。ローションプレイと騎乗位と後背位と手コキと玉遊び。好評みたいでよかった。僕今すごく必死だけど、背中を向けてるから片岡さんにはその表情を見られなくて済むし、振り返るときは顔作ってから笑って。うん、不慣れなのはバレテない、よね。  僕は肩越しに片岡さんを見て、笑みを浮かべる。そして、後ろに両手を回し、ゆっくりと腰を上げ、僕の中から抜けて現れてくる彼のペニスを、十本の指先でくすぐるように撫で、手のひらで挟み、指で輪を作って擦り……とにかく、思いつく限りの手淫を施す。もちろんケツ孔はきゅううっと締め上げて、お尻のほっぺたを寄せ合うように力を入れて、全力で片岡さんのを抜けないようにして、でも腰を上げて、こう、摩擦が大きくなるようにした。おかげで背中が反り返るほど感じてしまう。でも手も腰も中も一生懸命動かした。  ローションの層ができるほどねっとりと濡れたペニスを出し、カリだけを銜え込んだ状態できゅんきゅんきゅんってあそこを締めて、腰を振ってからまた奥まで挿入する。  そんなことをしてたら、気持ちよすぎて口の端から涎が垂れた。僕はそれに気付かなかったんだけど、片岡さんを振り向いたとき、指摘された。 「エロ顔だな、日野。涎垂らして、こんなにたっぷり俺のちんこ味わって……おいしいか?」 「ん、んん……あは……すっごい、おいし……」 「お前ん中、すごい動いてる。がっちり締めたかと思ったらトロトロになって……」 「あああ!!!?」 「ふ……奥突いたら、びくびく痙攣する」  片岡さんは、僕の腰を掴んだかと思うと、思いっきり下から突き上げてきた。予想外の行為に目の前に星が飛ぶ。膝の力が抜けて、浮き上がった彼の腰に体重をかけて、一番奥まで受け入れてしまう。 「エロビッチが……やらしいサービスだな。何人にした?俺は何人目だ?」 「あ!あ!あ!」 「言えよほら。浮気性のビッチちゃん?最近は何人としてるんだ?」 「ちが、ちがう、の、あ!僕、片岡さんが、三人目で、あああん!!」  僕の腕を後ろから掴み、容赦なくずぽずぽと激しく突きながら、片岡さんが何か聞いている。僕は快感で無我夢中で、嘘も誤魔化しも口にする余裕がなくて、思わずあなたが三人目なんだって白状してしまっていた。元カレが二人で、身体を重ねたのは三人目。三人目の彼氏、ではないけれど。  髪を振り乱して、片岡さんの上で踊らされるように弄ばれて、僕はぐううっと背を逸らして射精した。ものすごい奥まで、熱い塊が入っていて、それを感じながら思いっきり。顎を上げて、涙で霞む目で天井を見ながらの絶頂は長く続いた。その絶頂が終わらないうちに、身体を起こした片岡さんが後ろから抱きしめてくれた。そのまま乱暴にガンガン掘られて、おかしくなる。 「日野が付けたゴムん中に、出すぞ」 「や、あ!あは……!あーーー!僕、も、また来る……!イクイク!」 「ほかのやつより、いっぱいイカせてやるよ……ん!」  ずっぽりと突っ込まれた片岡さんのが、ビックンって大きく跳ねた。あ、いってる……片岡さんが僕の中でいってる……すごい、しあわせ……。  ベッドに這わされて、小さくかたく立ち上がった乳首を強く抓られたり、うなじや肩に噛みつかれたり、お返しとばかりに玉まで弄られて、僕は入れられていない孔がうずいて仕方がなくて尻を振りながら懇願した。ちょうだい、もう一回ちょうだいって。まあ、記憶は曖昧だけれど。 「スキモノだな?日野……俺の指でもイケるな?」 「やだ、やだぁ……!片岡さんのちんちんが、欲しいです、いれてよぉ……!」 「二週間で三人は、お前にとって普通か?」 「え?なに?わかんな……」 「その割には、本当によく締まるな。色もきれいだし、形も変わってないし……優しく抱かれてるんだ?」 「あ、指、や……!やあー……!指で、いっちゃ、いっちゃうよぉ!」 「ほら、いけよ。誰の指でも、いけるんだろ?」  自分の声と呼吸音で、片岡さんの声が遠い。肌は熱っぽくて、身体の中は溶けるように熱い。それよりも高温に感じる快感の鋭い針が、腰の奥からパシンパシンって飛び出してくる。正気でいられない。  僕はそのあたりから意識がなかったような気がする。  一生懸命考えた新技は、片岡さんを悦ばせることができたようだし、相変わらず情熱的なセックスで数えられないほど達した。  次にまともに頭が動いたのは、バスタブの中だった。僕が沈まないように片岡さんが後ろから抱きしめた状態で湯の中にいた。 「片岡さん……」 「ん?大丈夫か」 「……はい。すみません、なんか、トンじゃった……?」 「ちょっと無茶させたかな。……ごめんな」 「ううん。すっごい、よかった、です。……片岡さんは?」 「よかったよ。…………毎日でも、したいくらいだ」 「……」  それは無理。新技仕込むのに時間かかるし、今回思いつく限り全力の合わせ技だったから、次を考えないといけない。僕は顔を上げて、片岡さんの頬にキスをした。 「また、誘ってもいいですか?」 「……また待ってろってことか」 「だめ、ですか?」 「出るぞ」  片岡さんはそっけないような態度で、たくさんのお湯を纏いながら立ち上がった。おかげで僕はしぶきでずぶ濡れになる。  嘘をついている報いのような気がした。

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