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第9話

 事後、一緒にお風呂に入るくらい接近したのに、僕のこころは晴れなかった。  翌日の土曜日は、身体がだるくて一日中ふとんの中でゴロゴロしていたし、日曜日も何もやる気が起きなかった。 「はぁ……」  片岡さんが好き。だけど、恋人同士にはなれそうにもない。ただひたすら、彼に好かれたい一心で努力しているつもりだけれど、彼の言葉や態度に傷つく自分がいる。 「あれ、そういう意味だよね……」  セックスの最中、後半は記憶が曖昧だ。なのに耳に残っている言葉。 「ほかのやつより、いっぱいイカせてやるよ」  僕はそれを思い出して、また少し気分が沈んだ。  片岡さんが抱く、ほかのやつってどんな人なんだろう。僕はその人たちよりも上手にできてるのかな。その人たちはきっと僕と違って、ちゃんとしたビッチ受で、だから嘘偽りなく片岡さんとのセックスを楽しんでいるんだろう。上手い誘い文句と甘い声で囁く淫語。猥らなポーズと彼を受け入れるあそこ。  頑張ったって、本物のビッチ受に勝てるなんて思えない。そして帰り際、片岡さんはあまり優しくなかった。疲れたのかもしれないし、僕に飽きたのかもしれない。 「……来週は、行ってみようかな」  ビッチ受値を上げるために、僕はハッテンしようと考えていた。いつまでも付け焼刃の知識じゃ片岡さんに申し訳ないし、捨てられちゃうのも時間の問題のような気がする。僕は気を取り直して、普段のこころがけが大事だと考えた。片岡さんの前だけじゃなくて、ベッドの中だけじゃなくて、普段からビッチ受の気概を持って生活しよう。 「日野、帰るぞ」 「…………ええ!?」  月曜日。通常通り仕事をし、片岡さんをはじめ、担当営業者の帰社を確認して申し送りやリクエストを聞いて、明日の段取りを組む。さあ帰ろうというタイミングで、片岡さんに通勤バッグを奪われて促された。隣に座っていた朝倉が黙っているはずもない。 「あー!!片岡さん、抜け駆けっすよ!日野さんは俺の大事な先輩なんですからね!」 「おつかれさーん」  僕はぎゃんぎゃん騒いでいる朝倉の頭を一発しばいてから、小走りに片岡さんの後を追いかけた。彼は会社の前でタクシーを止めている。 「片岡さん?」 「乗れ」 「はい」  訳も分からず乗り込んで、片岡さんが運転手に告げた行先は例のホテル街だ。え?え?マジで?今日もなの?  動揺している僕に、片岡さんは僕のカバンとゼリー飲料を寄越した。 「後でちゃんとした晩飯食うけど」 「はあ……」  十秒チャージで二時間キープ。二時間……休憩?僕は何のネタもないのに舞台に上がろうとしている漫才師のような心境で、そのゼリー飲料を一気飲みした。勢いよく吸いすぎてほっぺたの内側が痛い。片岡さんも同じように、黙ってパッケージを握りつぶしながら中身をあけている。  どうしよう。上手く誤魔化せるかな。  僕は、せっかく好きな人が誘ってくれているこの状況で、考えることが誤魔化す方法である事実にひそかにため息をついた。  いつもの手順で部屋に入る。前と違うのは、僕がするよりも先に片岡さんが手を握ってくれたことだ。嬉しい。僕はぎゅっと握り返した。  ベッドに押し倒されて、キスをされて、頭の中がボーっとする。日中外回りをしていた片岡さんに抱き付くと、かすかに汗のにおいがする。仕事をしてる男って感じで、興奮する。 「日野」 「ん……はい」 「…………かわいいな、お前は」  片岡さんに間近で囁かれて、まさに骨抜き。トロンと情けない笑顔で嬉しいですと返すと、片岡さんの手が次々に僕の服をはぎ取っていく。  …………やばい。やばい!!! 「あ、待って。あの、シャワー」 「後でいいだろ」 「だめ、なの。ダメなんです。あ、だめ、だめ……!」  片岡さんはわたわたと抵抗する僕をほぼ無視して、いいように身体を転がして、ワイシャツの袖を抜くと同時にうつぶせにさせられる。僕の膝裏に片岡さんが乗るから、逃げられない。ベッドとの隙間に手を突っ込んでベルトと前立てを外されて、ぺろりとスラックスを下ろされて尻が曝される。  …………そう、今日の僕の下着はケツ割れブリーフなんだ……。  突如として現れた生尻に、片岡さんの手も止まる。 「あ、あの……」 「へえ……?これはこれは」 「ちが、あの、これはっ」  恥ずかしい。僕は恥ずかしさにシーツに顔を擦りつける。普段からビッチ受らしく振舞おうと、試しに穿いて出勤した僕が馬鹿だった。なんの心づもりもないのに、こんな下着を身につけているところを見られるなんて、何の羞恥プレイですかーー!!! 「お仕置きのし甲斐があるな」 「…………え?」 「言ったよな?浮気には、お仕置きするって」 「片岡さん?」 「俺が強引に浚わなかったら、今日は誰と寝るつもりだったんだ?四番目の男か?そいつの趣味か、この下着は」  片岡さんは僕の上からどいて、ころりと僕をあお向けにさせる。目が、笑っていない。僕はただ必死に、首を横に振り続けた。片岡さんは自分のカバンの中から何かを取り出し、僕のスラックスを完全に取り去ってケツ割れブリーフ一丁の僕の足首を掴むと、膝を曲げさせて大きく股を開かせる。 「かわいいビッチちゃん。今日は泣いても許してやらない」 「何……それ?やだ、怖い」 「怖くないし、痛くない。気持ちよくなろうな」  片岡さんは僕の肌にぴったりと貼りつくブリーフをずらして、手にしていた器具を僕の股間に取り付けた。怖くて身じろぎもできない僕は無抵抗にそれを受け入れてしまう。ひんやりとした感触と重さに、まさかと思ったけれど、何をされたのか確認できないままに、片岡さんはいつも通り情熱的に僕を抱き始めた。あっという間に何も考えられなくなって、僕は彼に縋りつく。「好きです」という言葉だけは絶対に口走らないように自分を戒めて、気持ちいい、もっとして欲しいと強請りながら甘える。  そして違和感の正体を知る。 「や……片岡さん、やだ。これ、や……」 「言っただろう?許してやらないよ。浮気ばっかりするビッチには、お仕置きが必要だ」 「やだ、イキタイ……いきたいよ、外して……!」  片岡さんはステンレス製のリングを僕の性器に取り付けていた。正確には、陰嚢の根元を留めていた。よくペニスの根元にはめるコックリングがあるけれど、あれの友達みたいなものだ。陰嚢の根元を押さえられると、タマタマが上がらない。そうなると、射精ができないのだ。  ほら、椅子に座った状態で、正面からおでこを指で押さえられると、小さな力なのに立ち上がれないでしょ?あんな感じ。……伝わらないよね、うん。  穿いたままのケツ割れブリーフから半分飛び出している僕のペニス。つるりとした質感の金属は、最初は大した締め付け感もなかったのに、ブリーフの中で僕の性器の一部に食い込んでいる。おかげで血流が阻害されて、勃起率は通常に対しておよそ百五十パーセント。体感的には二倍で、張りつめた亀頭はわずかに触れられるだけで悶絶するほど敏感になっている。にもかかわらず、威力甚大なそのリングのおかげで射精を抑止されているわけだ。辛い。死ぬほどつらい。思わず泣きが入る。 「我慢しろよ?いくと、お前が辛いぞ。いくなよ」 「やああーーー……!!!」  片岡さんと仕事のやり取りで、こんなに一方的に無理を強いられたことはない。片岡さんの太くて熱いものでズンズン掘られて、乳首もコリコリ擦られて、いかないなんて無理に決まってる。喉の奥からおかしな声が漏れる。声というよりはすでに唸り声に近い。頭の中が真っ白で、視界の周囲がぐるりと光ってる感じ。それなのに片岡さんは容赦なくて、彼の腰の動きは激しくて滑らかだ。すごい腹筋。どうやったらそんなに前後に早く動くの?そんなにされたら、ぼく、もう、だめ。 「はうっ…………!!ぐ、あ、あ……ああ……っ!んああああ!!!」  我慢したよ。したけど無理だった。全身の毛孔から、何かが溶けだすみたいに快感が襲ってきて、耐えられなかった。背中を浮き上がらせて、達した。だけどやっぱり重たいリングは無情にも僕の精液をせき止めた。経験したことのない感覚に、全身が粟立っていく。熱を吐き出せない絶頂は、僕を混乱させた。 「あーあ……派手にいったな?辛いだろ?」 「も、やらぁ……!」 「死ぬほど気持ちいいだろ。ハマるやつはハマる……ハマれよ。俺ならいつでもしてやるから」  片岡さんが耳元でいろいろ言っているけれど、返事はおろか理解さえできない。片岡さんの骨ばった大きな手が僕のペニスを撫でた時、一瞬息が止まって気を失うほどの刺激を受けた。高圧の電流が走ったみたい。快感を通り越して、危険を感じるほどの強い痛みにも似た感覚に、僕はすでに正気を手放していた。 「うあ!うああ……!…………!!…………!!ひっ……!!」 「俺以外としないって言いな。外してやるから」 「やめて、やめてぇ!もう、さわらないで、いやあああ!!」  こめかみのあたりが締め付けられるように痛む。耳鳴りがする。片岡さんの声は聞き取れず、ただひたすら解放して欲しいと懇願し、声を出して叫ぶことでこの状態から逃れようと必死だった。やがて、いつもと違う感覚が性器に集中してくる。僕の身体は、勝手にぶるぶると震え始めた。 「や……やあ……!お潮、でちゃう!だめ、お潮来ちゃう!ハメ潮噴いちゃうよお……!」 「この、エロビッチが……!」  片岡さんは猛然と腰を振り、僕の弱いところをゴリゴリしまくった。おかげでグロテスクに腫れ上がった僕のペニスからは、透明な液体が噴きこぼれ、僕は地獄のような天国を見た。  僕の射精を留めていたリングは、環状ではなく開閉できるものだったようだ。唐突に締め付け感がなくなり、どっと流れ始める血液で自分のペニスが倍ほども膨れ上がったような錯覚に陥る。表面に走る血管が脈動し、ぼくは思わず自分の股座を覗いた。  慰めるように片岡さんに撫でられたそこから、ものすごい勢いで飛び出てきた精液は、ものの見事に僕の顔に直撃した。身体のかたい僕には不可能だと思っていたセルフ顔射ができたことにちょっと感動した。  片岡さんは、僕が誘うのを待つということを拒否したようだ。その後も、唐突に僕を連れ去り、いつものホテルで抱かれる。多分、他の人との兼ね合いかなって思う。あの時僕が急に誘ったから、予定がずれたんだろうなって。だから、片岡さんの方から時間を見て誘ってくれているんだろう。  僕はそのいつ来るかわからないお誘いに備えて、毎晩必死でネタを作り、練習する。だけどそう簡単に次々新ネタなんてできないし、最近の片岡さんは、あんまり普通に抱いてくれない。相変わらず情熱的で、ものすごく激しくて、ただでさえメロメロになっちゃうのに、タマタマリングもたまに使うし、一度は軽く拘束された。おかげで結構な頻度で意識が朦朧となって、数少ない持ちネタである淫語を言うのも忘れるし、イキ顔を作るのも忘れるし、ネットで仕入れたちょっとしたご奉仕プレイも披露できない。情事の最中に、甘く囁き合うのとか好きなのに、自分のことで手いっぱいで片岡さんの声も耳に入ってないことが多いし、言葉にならない声でアンアン言ってるのが関の山だ。はっきり言ってきっと、その状態の僕は可愛くない。  それに、片岡さんは僕の唯一の特技であるフェラチオをさせてくれなくなったのだ。  そんなこんなで、僕は毎回、ビッチ受じゃないってバレるんじゃないかってヒヤヒヤしている。  やがて僕は、片岡さんに抱かれた日の晩は、彼を騙している自分が嫌になって眠れなくなってきた。

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