13 / 20

第13話

「ねぇ、どうして今、風間君は怒ってるの?」 「……え?」 俺の自分勝手さに腹を立てているのかと思ったけれど どうやら違うらしいし だったらなんで怒ってるんだろう 風間君は一瞬驚いたように目を見開いて 苦い顔でサラサラの髪をかき混ぜながらそっぽを向いた 顔がいいからそれでもかっこいい ほっぺたがちょっと赤い どっかりと背もたれにその均整の取れた身体を預けている 「……鈍いくせに、なんでそういうさぁ……」 「え?」 風間君は大きいため息を落として 白くて綺麗な手で自分の顔をゴシゴシすると 頬杖ついて俺をみつめた 「あのさぁ、何回も俺、高木さんが好きだって言ってたでしょ」 「あ、うん……」 「俺、どうしようもない軽率なヤリチンだけど、好きじゃないやつ相手にしないし、相手を見下して穴扱いもしない」 「やりちんって、あなって」 「確かにヤリたかっただけだけど、ちゃんと好きだったんです」 「……ありがと」 嬉しい やっぱり好きだって言われるのは嬉しい 俺だって嫌な人とはしない 身体だけって百パーセントは難しいよね 風間君の目がじっと俺を見てくれて 俺も彼が好きだと思った 風間君はもう一度ため息をついて 早口でまくし立てる 「だから、いざもう俺の相手してくれないんだって思ったら、やっぱり嫉妬するの。面白くないの。だから今日は飲むの」 「うん……ごめん」 「騙されてたくせに、俺が悪かったね、なんて年上ぶっちゃって、高木さんが無理するたびに自分が馬鹿なガキだって思えて自分に腹が立つの」 「ごめんね」 「泣くほど悩んでたくせに、ちょっと俺が暗い顔したらさぁ」 「ごめんね」 「やめてくださいよ」 「ごめん」 「……好きなんだよ、ちゃんと。高木さんのこころが揺れて、寂しくて、それを紛らわせたいだけでも、俺につきあわないかって言ってきてくれたら嬉しくて即OKしちゃうくらい、好きになっちゃってるの」 「風間君……」 「だから、もう謝らないでください。付け込むよ?」 「うん」 「飲むから」 「うん」 「……泣かないでください」 「うん」 風間君のタオルで涙を拭く 俺だって好きだよ 小阪さんを諦めて君とって考えるくらい どうしようもなくダメな大人なんだよ だから 「風間君も、俺に優しくしないでよ」 「好きだから無理」 「付け込むよー!」 「どうぞどうぞ。大歓迎でーす」 風間君にいつもの笑顔が戻る 俺はそれにつられて笑う いつも俺を助けてくれる やっぱり君も王子様だね 料理を片っ端から平らげながら 俺たちは冗談みたいな量を飲んだ 飲まないとやっていられなかった なんだか寂しくて間違っている気がして 「告白、しちゃうんだ?」 俺はそう聞かれて 自分を奮い立たせて頷いた もう、決めたんだから 風間君が薄っすら目の淵を赤くして 珍しく酒が回っているみたい 酔っ払っても王子様 子どもの癖にちょっと仕草が色っぽい 「……しちゃおうかなって、ね」 「そっかー」 「そうです」 「好きなんですね」 「そうみたいだね」 「ですか~」 風間君とも俺とも違う 大人で逞しくて優しい頼りになる人 理想の人 好きだって言わないと もう二度とあんなどストライクの人には会えないと思うから 「高木さん、絶対うまくいきそう」 「え?勝ち目ないよ」 「勝ち目ないのになんで言おうとするの?」 「……そんな気分なの」 彼がどこかへ行っちゃうから そう言ったら勘のいい風間君には 俺の好きな人が小阪さんだってわかってしまいそうだ 風間君はですか~と呟きながらジョッキを傾ける 「玉砕しても、慰めてあげますから心配しないでくださいね」 「やめてー本当に頼っちゃいそうだからっ」 「うまくいってもお祝いしましょうね」 明るく太陽みたいな爽やかな笑顔で どっちに転んでも身体は繋げておこうと誘ってくるあたり やっぱり俺が思うほど風間君はピュアじゃないのかも…… 見る目ないからな、俺 「相談乗りましょうか?告白の場所とか落とし方」 「えー……」 「どこに住んでる人?」 「ああ……知らない」 「知らないの!?」 住んでいるところどころか 正確な年齢も連絡先も知らない ……でも風間君に聞けば知ってるよね 「協力したかったのになぁ」 「なんで?俺がフラれちゃえば現状維持かもしれないのに」 「俺、そういうのやなんです。幸せそうな人とイチャイチャしたいんです」 君とのイチャイチャで幸せが壊れることもあると思うんだけど まあいいや じゃあ協力してもらおうかな でも小阪さんだって言うのもなぁ…… 「とりあえず、二人っきりで出かけたほうがいいですよ」 「うーん……誘いにくいよねぇ」 「なんで?相談が~とか、教えて欲しいことが~とか、いくらでもあるでしょ」 「……」 ……もしかして風間君気づいてる? まさかだけどひょっとして 俺が小阪さん狙いなの、とっくにバレてる!? ありえるーーー!! 隠して話してヒヤヒヤしてる俺が馬鹿だったねっ! 「……あのさ、風間君」 「はい?あ、ビールでいいですか?」 「うん、お願い。じゃなくてさ」 「なんですか?」 「……俺、小阪さんが好きなの」 ですよね、知ってますよ そう言ってにっこり笑ってくれるかと思った いつもの癒される可愛い王子様スマイルで なのに風間君はドリンクメニューから顔を上げると 目を見開いて口を閉じて固まったまま動かなくなってしまった 「あ、あの?風間君?」 「……マジで?」 「え?うん……」 大きな深いため息 そして追加のビールが到着して それを置いた店員さんが部屋の扉を閉めるまで 風間君は頭を抱えてテーブルに突っ伏していた 「あの、ごめん、なんか俺」 「……あの人は、ダメでしょ」 「あ……そう、かな」 ダメでしょって…… 風間君とこんなことになっちゃって そのくせ本命が彼と同じ職場の人って 確かに俺のしてる事は手当たり次第もいいところ 身体を起こした風間君の呆れ顔が胸に痛い それともやっぱり小阪さんはノンケなのかな 風間君は小阪さんの彼女の話とか聞いてるのかも どっちにしたって望みがないって事なんだろう やばい、泣きそう でもきっと風間君の方が傷ついてる 「ダメ、かな……だよね、うん。ごめん、ダメだ」 「高木さん」 「今の、なし。なしなし!飲もう!」 「高木さんとあの人は、無理だと思うよ」 「なしだってば~!ほら、これも食べて!」 「だってあの人バリネコだもん。高木さんもでしょ?」 ……え? なんですって? テーブルの上の料理をどんどん風間君の前へ移動して 飲もう!食べよう!!と空回る俺に 風間君が言い放った 「二人がつきあったって、欲求不満で死んじゃうよ。共倒れ」 「……えええ!!!???」 「あ、でも俺がそこに混ざればいい感じかも?」 「ちょっと待って!ちょっと待ってっっ!!!」 「どうしたの?」 「小阪さんっ!ゲイ!?ネコ!!??」 「前から思ってたんですけど、高木さんって本当に見る目ないんですね」 そうみたいですね!? 確かに小阪さんがゲイだったらいいなーって思ってたよ! でもどっちかなんてわかんなかったし ましてやネコなんて!バリネコなんて!! 抱いてくれないなんてーーーー!! じゃああの逞しさはどう有効利用されるわけ!? 風間君は呆れ果てて疲れたのか 俺にかわいそうな人を見るような視線を送ってくる 俺はといえば両手で自分の顔を挟んで 声にならない叫びを上げていた 「なんでわかんないのかわかんない……めっちゃオーラ出てるでしょ」 「わかんないっ見えないっ」 「最初の薬剤師もそうだけどさぁ……」 「知らないっ聞こえないっ」 「俺だってそうでしょ。普通こんだけ歳離れてて、しょっちゅうご飯とか誘います?ケツ狙ってるに決まってるじゃん」 「ケツ!王子はケツって言っちゃダメ!!」 「よりによって克彦さん……ウケるし……」 「ウケてる場合じゃないよーーー!!!」 こういうのも失恋!? 俺がタチやればいいの!? 無理です、したことありません!! 俺は抱かれたいの! だからネコなの! ネコまっしぐらなの! 俺は八つ当たりにも似た気持ちで目の前の若く優しく親切な王子様を睨みつける 王子様は俺と小阪さんの間にどう入るか考えているらしい 「風間君だって、気づかなかったじゃん!」 「何をです?」 「俺が小阪さんが好きなこと!普通、ちょっと考えたらわかるじゃん!?」 「全く考えませんでしたので。ありえないもん」 「ありえないってありえないって」 「だっていっつも楽しそうに話してたでしょ?大人で優しくて逞しくて頼りになって」 「そうだよ!だから」 「だから俺、てっきり会社の大森さんって人が好きなんだと思ってた」 ……え? 虚を突かれて 俺はきょとんとしてしまった なんで今大森さんの話が出るの? 風間君はぐびぐびジョッキを傾けている 俺のジョッキは汗をかきながら待ちぼうけ 「……大森さんが、なんだって?」 「だから、高木さんの片想いの相手、大森さんでしょって」 「小阪さん」 「自覚がないのか、本当に克彦さんなのか、どっちでもいいですけどね」 「小阪さん……が、好きなんだ」 「そうですか」 「だって、王子様みたいで」 「俺もですよね」 「風間君もだけど、俺の理想は」 「大人で優しくて逞しくて頼りになる人」 「そうだよ、だから」 「大森さんじゃん。いつも俺にそう話してたよ?」 「違うって……」 「克彦さんは年上で優しいし身体は逞しいけど、高木さんの理想とは違いますよ。知ってるでしょ?」 知らない 俺は小阪さんのことほとんど知らない だけど王子様みたいな人で 出逢った瞬間に恋に落ちたんだ そうだよね? 理想の人が現れたんだって 「今日はもう、その話はおしまい。お酒入ってるからロクなこと思いつきませんよ」 「待って、でも」 「ああ。もしかして克彦さんが異動するから告白しようと思ったんですか?」 「そう……会えなくなると、寂しいから。好きだから、でしょ?」 「さあ?俺、高木さんよりはあの人のこと知ってるけど、大人じゃないし頼りにならないよ」 頼りになるよ だって筋トレ教えてくれて 俺が具合悪くなったら助けてくれて駅まで送ってくれて 「俺と克彦さん、どう違うの?年齢だけじゃないの?」 「風間君と、小阪さんは、全然違うよ」 「でも、俺だって筋トレ教えてあげるし、具合悪くなったら抱っこして家まで送って朝まで添い寝してあげますよ」 家まで? そういえば 入社してすぐに環境変化のストレスから体調を崩した俺を 大森さんは会社には内緒で家に送ってくれたことがあった 自分と同行して直帰したことにしてくれて だから俺は安心して休めたんだった いつも俺を心配してくれる 仕事で困ってたらちゃんと見守ってくれる どうしようもなくなる手前で助けてくれる 大人で優しくて逞しくて頼りになる 一度もめんどくさいって言われたことなんかない そうだよ 大森さんに出逢った時からずっと好きだよ あの人が理想なんだ でも 「……大森さん、ノンケだから」 だからきっと目を背けてきた ずっと何年も好きで 毎日一緒にいても好きで でも絶対に実らない恋ならしたくない 浜中と三人で楽しくいられればそれでいい 諦めてるんだ 諦められるんなら、そんなに好きじゃないよね だから二番目に現れた理想の人に 「ふーん。でも高木さん見る目ないからね。ノンケ情報は信憑性ないでーす」 「彼女いるって、言ってたもん……」 「高木さんは?カレシのこと、カノジョって言わない?適当に周りと話合わせて」 「風間君、違うんだ。俺が好きなのは小阪さん。告白するの」 「ふーん。じゃあ、克彦さんにいいですよって言われたら、つきあうんだ」 「好きなんだもん。会えなくなるんだもん。きっとフラれるし」 告白するんだと騒いでいるくせに 俺は焦燥感と喪失感しかない うまくいきますようにとも思わないし ましてや本当につきあうことになるなんて思えない ただ言いたいだけ ずっと言いたかった人に言えない一言を 言ったって何も変わらないのに 「大森さんに会えなくなったら?」 「え?」 風間君は皿に残っていただし巻きをお箸で上手にカットして おいしそうに頬張っている この数ヶ月、間近で見てきた可愛い顔が 優しく笑いながら俺をみつめている 「月曜日に会社行って、俺、異動なんだって大森さんが言ったら」 「そんな急なの、うちの会社にはないよ」 「じゃあ、俺、会社辞めるんだって言ったら」 「やだよ!」 「ふーん」 「困るよ……大森さんがいないのは」 「克彦さん、流されやすいですからね。高木さんが勢いよくつきあって!って言ったら頷くよ」 「俺の、好きな人は」 「俺だったらよかったのにね」 きっと俺が一番いいのに 高木さんって本当に見る目がないんですね 風間君がそう言って笑ってジョッキを掲げてみせる 俺はただつられるように重たいジョッキを持ち上げて カチンという音を聞いた 「高木さん、俺、飲みすぎちゃった」 「……え?ああ」 「今日泊まってもいい?」 「いいよー」 「今日奢ってくれます?」 「いいよー」 「一緒に寝ましょうね」 「そうだねー」 「はは。あぶねーなぁ、この人」 危ないのかな もうよくわからない 風間君の言う通りまともに頭が働かない 二人ともいつもの倍近く飲んで ベロベロに酔っ払って ゲラゲラ大笑いしながら俺の家になだれ込んで 次の日の昼まで爆睡していた

ともだちにシェアしよう!