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第14話

日曜日は久々にどうしようもなくだらしなかった 普段ならジムに行くか仕事してるのに 昼過ぎに起きてデリバリで小腹を満たして シャワーを浴びてからまたベッドに逆戻りなんて しかも若くてイケメンの王子様と一緒に 何も考えたくなかった 生まれもっての抜群の肝機能で二日酔いなんてゼロで よく寝てクリアな頭は昨夜の話を考え込みそうになる 風間君はそんな俺に笑顔でヤリ納め~とか言いながらくっついてくる 「かざまくん……かざまくん……!」 「好きです、高木さん。大好き」 「ん……あぁ……」 「こんなに、変わるんだ。すごいね」 風間君が笑っている 俺の身体がおかしい いつもダメだと思いながらも風間君に溺れていたのに 身体は気持ちいいのに頭が冷えている 快感が欲しいのに別の何かを求めている 何度しても何度イかされても 前みたいなセックスが出来ない どうして 「泣かないで、高木さん」 「ごめ……ごめん……」 「十分気持ちいいです。高木さんは?もうやだ?」 「離れないで、お願い……風間君」 「うん。他のこと考えててもいいよ。身体が欲しいだけです」 綺麗な身体が俺を抱き寄せる 触れ合う肌は熱いし繋がったところも溶けそう なのに苦しい 誰か助けて 「大丈夫ですよ。大丈夫」 「風間君……」 「俺がいるでしょ?だから、ちゃんと好きな人に言いなよ」 「俺、風間君が」 「好きになってもいいよ、俺を。失恋してからね」 小阪さんの声を思い出す 笑いじわと柔和な表情 分厚い胸板と長くて太い腕 引き締まった腰と細い脚 それから? 妄想さえ働かない 自分の弱さに窒息しそう 俺は誰も好きじゃないんだろう だからハッピーなことが起きないんだ 見る目がなくてその場しのぎで来たから 俺の手には何も残らない こんなに優しい王子様を選ぶことさえ出来ない 本当に好きな人に好きだって言えない 「風間君」 「はい?」 「……帰って」 「はーい」 もうすぐ夕飯の時間 俺はベッドで膝を抱えて顔を伏せたまま バスルームから戻ってきた風間君にそう言った 何のためらいもなくいつもの声で 風間君は返事をくれた 笑顔かもしれない でも俺は確認できない もう顔もあげられない 自己嫌悪で限界でーす 「帰りますね」 「うん」 「お風呂、掃除したから」 「そう」 「今度から自分でしなきゃダメですよ」 「はい」 「高木さんは何も悪くないよ。見る目がないだけでーす」 ぎゅっと膝を抱える腕に力を込めて俺は涙を堪えた 小さく縮こまる俺を風間君が長い腕で抱き締めてくれる 優しいね 「見る目ないから俺みたいなヤリチンに引っかかるんですよ」 「……見る目、あるもん」 「ですか~」 「ジム、やめるね」 「メールしますね、また」 「ジム、やめるから」 「高木さんもメールしてください」 「もう、会わないもん」 「返事ないと、スパムメール並の送信量になりますよ」 「帰って、もう、ダメだよぉ……」 「了解でーす」 離れていくあたたかさ ドアが閉まる音 セックスしまくってドロドロの身体 俺にはそんなものしか残ってない そんな俺にも月曜日はやってくる 「……以上。じゃあ、今月も一ヶ月、がんばりましょう!」 月の最初の月曜日は朝礼で始まる 最悪の週末を過ごした俺は 今月どころか今日を乗り切ることさえ難しい 暗い気分で席に戻り今日の予定を確認する 今日はどのくらいサボれるかを 「はぁ……」 「やーめーてー!朝から辛気臭い!」 「ごめん……」 「和弥、今度は何のため息だ?」 「……なんでもないです」 大森さんの顔が見られない 昨日ずっと考えていた 考えれば考えるほど大森さんが好きなんだって思った 小阪さんが代わりだったわけじゃないけれど 告白する気はなくなっていた だからって今さらどうするの 「ちょっと~。本当に大丈夫?ご飯食べに行く?」 「ありがとう。でもいいや」 「じゃあジムでガンガンエアロやって汗かいて!」 「エアロか~いいかも~」 俺は上の空で相槌を打っていた 浜中は心配してくれているんだろう でも今は誰かとご飯食べたりする気分になれないし ジムにだって行きたくない ああ、これ 薬剤師に捨てられた頃よりタチ悪い状態かも 「和弥」 「……はい」 大森さんの真面目な声に思わず顔を上げてしまった ぶつかる視線 大森さんは珍しく眼鏡だった コンタクトの調子悪いのかな すごい近視で眼鏡だと辛いはず 「具合悪いのか」 「いえ……全然でーす」 言ってからまた自己嫌悪 ダメだこりゃ 俺はふ!と勢いよく息を吐いて立ち上がった 「いってきます」 「え?ちょっと高木君?」 「深夜明けの師長さん、捕まえたいんで。もう出ます」 俺は適当なでまかせをばら蒔いて 満足に準備もしないまま会社を出た 何もする気が起きない だからと言って何もしない時間も辛い 俺はダラダラと運転して得意先を回り ただただいつものように納品業務だけをこなした ああ……ダメな俺…… 失恋よりもタチが悪い 俺は車の中で無理やりどうでもいいことを喋った 声だけでも出さないと 自分の中でグルグル色々止まらなくなる 「小阪さん、ネコかぁ。意外~一緒じゃん」 庇護欲かき立てられるタイプとか 身体の小さな人がネコになるわけじゃない だからあの逞しい小阪さんがネコでも不思議はない 俺がああいう身体がでかくてムキムキした人に抱かれたいだけで…… 「……って、ダメダメ」 そこまで考えて俺は頭を振った 抱かれたい誰かを思い浮かべそうで 「ダメなの!大森さんはノンケなの!当たって砕けろ作戦も使えないの!」 職場恋愛はダメだ 薬剤師で懲りた 気持ちだけでも伝えたい、なんてそんな自己満足で 今の居心地のよさを失いたくない 大森さんに迷惑を掛けたくない 後輩として可愛がってもらっている それだけでも 「十分……でしょ」 探せばいるよ 小阪さんも風間君もゲイだった 今のジムを辞めたって他に行けばいい ムキムキパツンパツンの兄貴とお近づきになって 優しくしてくれる年上の人を 今度こそしっかり見極めて 「……大森さん……」 泣けてくる その日はやっぱり全然仕事にならなくて 定時になるかならないかという外回りとしては普通じゃない時間に帰社し 業務報告だけをさっさと終わらせて家に帰った もう少し落ち着くまで大森さんと顔を合わせたくない 面倒見のいい大森さんに心配されるのさえしんどい 俺はその日からしばらくそんな行動を繰り返した ジムに行きたい一心で身につけたスキルを 事務所にあんまりいないで済むために費やし続けた 朝早く出て夕方早くに戻って 誰にも咎められないように商談だけは必死でやって あえて苦手なオペ室回りをしてみたり そうしていると余計な事を考えないで済むから なのにどうして 「おかえり」 「……ただいま、戻りました」 なんでこんな時間に大森さんが事務所にいるの 俺は気まずい思いで席に座る 斜め前で大森さんはいつも通り大きな身体で姿勢よく座って 小さく見えるキーボードをカタカタやってる 「最近はぇえな。ジムか」 「……はい」 「そうか」 絶対嘘だってばれてる ため息をつきそうになるのを必死で堪える まだ誰も戻ってきていない営業部は妙に静かで 事務の女性たちも定時で帰ったところだからガランとしている 何か、言わないと 「……大森さんも、早いですね」 「俺は見積もり。今日中にって急にな」 「そうですか」 「この間、SPD業者の不祥事があっただろ?アレで取引切った病院から、同等品の見積もり出せって声掛かったんだ。マッチングするだけでも一苦労だよ。ある程度は事務の子にやってもらったけど」 「そうですか」 「お前んとこの得意先でも同じような話が出るかもだから、今回調べた同等品リスト、メールしとく」 「あざっす」 「で?お前はなんでこんなに早いんだ」 タンと小気味よくキーをひとつ叩き プリンタが動き出すと同時に大森さんが俺を見た いつの間にか彼の横顔を見つめていた俺は 大げさであからさまな動きで目を逸らした ダメじゃん! すっげぇ不自然じゃん! 何かフォローしないとおかしいって! 焦る俺を他所に大森さんは席を立つ 壁際に置かれたプリンタの吐き出した見積書を取りに行き そのままそこから俺を眺めている 距離は離れたのに威圧感が増すってどうなの どんなトリック?遠近感?わけわかんない 「……えーっと。俺は、別注品の依頼を」 「そうか。最近、本当に頑張ってるもんな」 「そうでしょ?浜中を追い抜く日も近いかも」 「浜中となんかあったのか?」 「……え?」 大森さんはゆっくりと席に戻って腰を降ろし 俺の方を見ずに聞いた 浜中と? 何それ? 「お前、最近おかしいだろ。朝も無理やり早く出るし、こんな時間に戻ってくるし」 「……仕事、してます」 「浜中が、心配してたぞ」 「……」 「あんなに仲良かったのに相談もしてくれないって」 「……」 「和弥」 「なんでもないです。浜中には心配するなってメールしときます」 「……そうか。じゃ、そういうことで」 「はい」 ああそうか 大森さん、浜中が好きなのかな いつも楽しそうに話してるし 飲みに行くのだって俺と二人って一度もない 絶対に浜中を誘うし三人揃わないと行かない そっかそっか お似合いかも?いいかもー 「さっさとしろ」 「……はい?」 気がつけば大森さんはプリンタ横のfaxで 作ったばかりの見積書を送信している え?今の俺に言ったの?faxに言ったの? 戸惑っているとくるりこちらを向いて 送った書類をファイルに入れながら今度こそ俺に向かって言った 「飯食いに行くぞ。予約の時間があるんだよ」 「はい?飯って、予約……浜中は?あ、先に行って」 「サシだ。行くぞ」 「え?ええ?!大森さん!」 俺は立ちあげた端末を切るので精一杯 大森さんは早くしろと俺を急かしながら 捲くっていた袖を直して 外していた時計を腕に巻いて 帰り支度の出来上がり 俺は取るものも取りあえず彼の大きな背中を追った

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