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第21話

 首都への旅は、ジュリの言ったとおり丸四日の行程だった。夜の幕営や日々の食事や休憩の際に、ラヴィソンらに向けられる視線が監視のためだけのものではなさそうだということに騎士が気づいて、それをジュリに問えば苦笑いが返ってくる。 「興味があるんだ、あんたらに。俺たちは国王陛下を戴く国軍だ。だから、王家に連なるものを護衛するあんたと立場は似ているし、俺たちがお守りする王族の方々にその子供は近く感じるから、自分たちの縮図を見るような思いがするんだよ」 「我々は罪人であり、この国に迷惑を掛けている」 「まったくもってその通り。だからおおっぴらに友好をということは出来ない」 「……親切にしてくれるのはそのせいか」 「そうだな。行いを、肯定はできない絶対に。だが、まあ、同情の余地があるというか」 「そうか」 「俺たちのような人間は、任務が遂行できないことが一番堪える。だからあんたがその子供を守ることを邪魔しないようにはしたい。悪さは見逃さないが」 「ありがとう。この方に危険がない限り、絶対におとなしくしている」 「中々怖いことを言うよな」  ジュリだって中々怖いところがあると騎士は思っていた。私語を装った情報収集とはよく言ったもので、彼と話しているとなんの抵抗もなくこちらの実情を話してしまう。ジュリが得た情報を悪用することはないと信じるしかないが、気を緩めてはいけないこともまた事実だ。今はまだ旅の途中であって、使命を果たせるかどうかもわかっていないのだから。  ラヴィソンは移動の二日目になって、宣言どおりにお菓子を食べると言い出した。おいしいお茶などあいにく行軍の手荷物にもないし要求できもしない。そのことを残念に思いながらも、ラヴィソンは手ずから包みを開けると、騎士とジュリにも分け与えるという行動に出た。あまりの驚きに騎士は馬車の天井に頭をぶつけたほどだ。 「いえ、これを受けとることは致しかねます。これは」 「よい。あの者は、私だけに食べよと持たせたのではないと考える」 「でもさ、俺までお相伴させてもらうのは悪いよ」 「よい。配慮に感謝している。そのくらいしか与えることが出来ぬが許せ」 「子供はさ、そんなに気を使わなくてもいいんだよ?」 「私は子供のふりをしているだけで、子供ではない」  ふりしてたのか。騎士はラヴィソンの言葉にきょとんとさせられたけれど、ラヴィソンが自分で顔布の中に手を差し込んでお菓子を食べたので、それに倣うほかはないようだ。ジュリと無言で顔を見合わせ、あの家族のことを思い出しながらありがたくいただく。どうやらラヴィソンは、お菓子を食べるときは顔布を外さないものだと思っているようだ。 「おいしいなー。でもちょっと甘いか?」 「甘いほうがよいと、私が申した」 「ああそう。子供はみんな甘いお菓子が好きだからな。俺らにはちょっと甘すぎる。だろう、フォール?」 「え?ああ……子供云々はさておき、あの母親がお口に合うようにと作ったのですから、やはり我々にお与えになられることはもったいないことかと存じます」 「……さようか」 「は。大変おいしく頂戴いたしました。ありがとうございます」 「うむ」  ラヴィソンは騎士にその包みを渡し、残りは明日食べると言った。騎士は丁寧にその包みを元に戻してラヴィソンの手に返し、馬車は勢いよく首都へ向かって疾走していく。  自国では、王がいる場所を含む中心都市を王都と呼んだけれど、ヴィヴァンでは首都と呼ぶらしい。首都の中心部にあるのは王宮で、国王と政に携わるもの、彼らを支えるもの、護るものがそこに集まっていて、その王宮の周辺に都市が形成されている。さらにそれを取り囲むように高い城壁がぐるりと立っていて、それは昔の名残であり今はただの壁でしかないと言う。  城壁を抜けて首都に入る際には関所でやり取りがあったらしく、隊列は長い間動かなかった。ジュリも馬車を降りてしまったので、残されたラヴィソンと騎士は、首都に入れてもらえないかもしれないという不安で少し消沈していた。尻と腰が痛くなった以外快適だった移動は、二人にこれから先段取りよく物事が進むような気持ちにさせていたので、そううまくはいかないものだと知らしめる時間となった。 「……我々が、邪魔であるのだろうか」 「わかりかねますが、何も友人として招待しようというのではないのですから、この隊のものが咎められるものではないと思うのですが……」 「普通は地元の警察組織が処理するものであると言っていた。例外は常に、批難に晒されるものである」 「は」  実際馬車の外では揉めていた。関所にいるのは首都を護る組織の人間らしく、ラヴィソンたちを連行してきた水軍とは別物だから、指揮系統が異なる。。今日ここへ来ることは前もって知らせてあるし、大きく見れば同じ国王軍であり階級による序列は厳しいものだけれど、だからといってすんなりというわけには行かないらしい。そんなことは総大将にとっては想定内らしく、馬上から冷静に状況を確認していた。 「隊長はいないのか?」 「は。隊長はただいま第四隊のほうへ出向かれておられ、ご自身の不在時に水軍将軍ご到着の場合はお待ちいただくようにとの指示を受けております」 「何あいつ。私を待たせてどうする気?」 「は。わかりかねます」 「だろうな。我々をここで足止めしていると往来に支障が出るから通せ」 「恐れながら。隊長は、将軍がそのようにおっしゃられてここを突破されるだろう事も予想されて」 「何あいつ。私の事どんだけ好きなの?」 「は……」 「よい。わかりかねるのだろう」 「いえ。ものすっごく好き、であるとお察し申し上げております」 「あ、そう。通せ。あいつの執着に付き合ってはいられん。これは正当な任務である。あと、今は将軍ではない」 「は!」  総大将の一声で、ようやく関門通過のための正式な作業が始まる。一個小隊全員の身分を確認し、首都のどこへ行き何をするのか、滞在はどの集落かなどの書面を交わし、いよいよ馬車の中を確認するという運びになった。  総大将は、これで馬車の中が空っぽだったら面白いことになるのだがとぼんやり考えてはいたけれど、もちろんそんなことは起こらず、関所を担当する隊員が馬車の扉を開ければ、そこにはちゃんと二人の罪人が納まっていた。  フードと顔布を外せという指示にも二人はおとなしく従い、隊員はラヴィソンをひと目見て、水軍連中の無言の擁護の原因の一端を察した。ラヴィソンをしげしげと眺める隊員と騎士が衝突しなかったのは、ジュリが騎士に大丈夫だから絶対に敵意を見せるなと言い含めておいたからである。騎士もラヴィソンのためを思えば敵意も殺意も隠すことが出来るし、そもそも元来は穏やかな性格なので、所在なさげに腰掛けていろと言われればそれも可能だ。それでももちろん、無骨な男がいつまでもラヴィソンを眺めていることは許しがたく落ち着かないことではあった。 「完了いたしました。門を開きます。全員、敬礼!」  関所に詰める隊員数名は列を作り、首都へ入る門を全開し、完璧な敬礼でもって一行を首都へ招きいれた。動き出した馬車に飛び乗ってきたジュリは些か不機嫌そうだったので、騎士は気遣わしく思った。 「ジュリ、面倒を掛けたようだな。すまない」 「え?あんたらに迷惑なんか掛けられてない。面倒くさいやつはこの場にいなくても面倒で腹が立っただけだ」 「え?」 「なんでもない。このまま王宮へは入れないし、我々は首都では自由ではない。今から首都に常駐している軍の施設に入る。簡易ではあるが寝泊りできるから、そこを拠点に王宮とやり取りをすればいい」 「ジュリたちは、どこへ」 「そもそもの任務を遂行する。あんたらを護送するのはついでであって、我々は首都に用があるんだ」 「ああ、そうだな。うん、ありがたいことだった。とてもよくしてもらって感謝している」 「…………」  ジュリはこの二人の先行きが非常に気がかりだった。総大将はなぜか彼らに肩入れしていて、彼らの首都での身分を保証するとまで言っていた。多分王宮側にも働きかける気だろう。彼らの目的が本当に"国王陛下に親書を渡すこと"だけならば、それはあまり遠くない将来に達成され、その重責から解放されるはずだ。  なのになぜか、首都が近づくにつれて彼らの、特に護衛である騎士は消沈していくように思えたし、すぐそこにある旅路の終わりに浮き足立ちもしない。美しい子は美しいままに馬車に揺られていて、その佇まいに変化は見受けられなかった。  これが終わりではないのか?  親書を国王に渡すのが目的だと聞いたけれど、その親書が嘆願の類であれば返事が必要だろう。その返事がよいものでなければ母国に顔向けできず、帰国もままならないのかもしれない。内容を知らないという二人だけれど、実はそれを承知していて、これから何かよくないことが起きると予想しているのだろうか。もしくは不本意ながらも彼ら自身が何かを起こさざるを得ないのか。  確かに彼らは悪人ではない。しかしこれ以上この国の秩序を乱されるのは避けなければならない。ジュリは自分の上官の厚意が仇となることのないよう、密かに気を引き締めなおした。  到着した施設は、簡素ではあるけれど清潔で、活気に満ちていた。横付けされて停まった馬車から降りるようにとジュリに促されて、騎士はラヴィソンのフードと顔布を念入りに整えてから外へ出た。その騎士の背に匿われるようにして、ラヴィソンも軽やかに降り立つ。首都を護る組織の人間たちの目は、罪人に厳しかった。  総大将は馬から降りて、出迎え並んだ男たちに命令し慣れている様子で口上を述べる。 「先だって知らせたとおり、国境付近で密入国者を二名拘束、連行した。通常と違う扱いにしたのは私の判断だ。その説明はお前たちの上官に今から行うから指示を待て。それまでの間、この二人は私の管理下にあるのでそのように扱え」 「……は」 「不満か?」 「……いえ」 「出来る限り迅速に、お前の納得できる説明と指示が下りるようにしよう。ジュリ」 「はい」  総大将は飄々とした威圧感を持って首都の人間にラヴィソンらの扱いを説き、ジュリに後はうまく計らえと指示を出している。その様子と、ラヴィソンたち二人を、首都を護る男たちは交互に胡乱な目で見ていた。  彼らは紳士的だろうか。丁寧に扱われなくてもかまわないから、ラヴィソンを脅かすことだけは阻まねばならない。騎士はそんな風に考えながら、必死で殺気と敵意を隠してラヴィソンを背に立っていた。  総大将からの指示に頷き、ジュリをはじめ水軍の連中が再び馬上の人となった総大将を敬礼して見送る。その背中が見えなくなってから、ジュリはラヴィソンたちのほうへ近づいてくると案内するから来いと声を掛けた。 「フォール、こっちだ」 「ああ」 「なぜ水軍の人間は、罪人とお友達なんだ?」  誰かがそう揶揄した。揶揄だろうと、騎士にでもわかるいやらしい言い方だ。ジュリは何も言わずにそいつを見つめる。騎士は何か説明しようかと思ったけれど、差し出がましいだろうかと思って黙っておいた。 「四日も掛けて移送してきたのがただの密入国者二人だなんて前代未聞だ。警察組織で取り締まるべき対象をわざわざ首都に持ち込む理由は仲良くなっちゃったから、じゃないのか?」 「……前代未聞であることは承知しているし、そちらに厄介を掛けることも」 「まあ、あんたが言えば水軍は何でもするだろうから?好き放題だよな」  騎士は、ジュリがそんな権力者だったとは知らなかったので驚いた。しかし権力者に対する態度にしては、その男は少々不真面目に思える。ジュリはどうでもいいことのようにひらひらと手を振って、そいつの話を遮った。 「総大将の命令に従わないのはそちらの自由だ。それこそ好きにすればいい。ただし我々にとってこれは任務だ。軍施設や設備を使うことを邪魔させない。もちろん、任務の妨害などすれば」  必ず排斥するから覚悟しろ。  その言葉だけは彼を強く睨みつけて放ち、ジュリはラヴィソンたちを促して施設に入っていった。薄暗いけれど清潔な廊下を進みながら、騎士はジュリに申し訳なかったと謝罪する。 「謝られる筋合いはない。我が国の格好悪いところを見られて落ち込んでいるだけだ」 「いや……我々の扱いが通常と違うせいでジュリたちが謗りを」 「俺は何もしなくても謗られちゃう体質で、あいつらは気になる人間に意地悪したくなる体質なんだ」  自嘲ぎみのジュリの冗談を耳にしたラヴィソンは、思わず騎士越しにジュリを見て心底心配そうな声を出した。 「それは大変な体質である。彼らも含め、自愛致せ」 「ぷふっ。そうだな、ありがとう」 「礼には及ばぬ。国民の心身の健康は国力に等しい、大切なものである」 「そうだよなー健康第一だよなー」 「さようである」  ジュリは苛立ちが少し収まって、機嫌がよくなった。自分のことを心配してもらえるというのは無条件にうれしいものだ。騎士はいかなる時でも他人を思いやれるラヴィソンの優しさが誇らしい思いだった。  誰ともすれ違うことなく、建物の中の入り組んだ場所にある部屋の前に着いた。扉は頑丈そうで、お世辞にも歓待を受ける場所とは思えなかったけれど、それでも破格の好条件であることは間違いない。ジュリがその扉を開け、二人に先に入れと言う。騎士はラヴィソンが入室するのを遮って中を検分してから、問題ないようでございますと頭を下げた。それを見てからラヴィソンは悠々と足を踏み入れ、ジュリはその後に続いて扉を閉める。窓がなく、その代わりのように天井が高い部屋だった。寝台が二つ並べられていて、ランタンが壁に固定されている。廊下よりも薄暗い部屋だったが、不衛生ではないようだ。 「まあ、あれだ。残念ながらフォールもその子も客人ではないからな」 「ああ。しかし十分すぎるほどだ」 「外からしか鍵の開閉は出来ないから出入りは自由ではない。食事は運ばれてくるだろうし、誰かが見張りに立つか巡回に来るかするだろうから何かあれば言えばいい」 「ああ」 「俺は任務に戻る。総大将が戻られたらこちらへ来られるだろう。色々と気持ちの急くこともあるだろうが、とにかくおとなしくしていてくれ」 「ありがとう、ジュリ。本当に世話になった」  ラヴィソンと騎士は、二人きりになってから安堵と緊張の息を吐いた。ようやくここまで来られたのだ。そして、必ず使命をまっとうしなければいけない。  陽はまだ高く、のんびりと機会を待つという気にもなれない。騎士はラヴィソンの外套を脱がせて椅子に座らせると、許しを得てから少し脚を揉み、まずはこの外鍵での施錠をどうにかする必要があると考えていた。ここへ護送してきたジュリたちほど親切ではなさそうな、極めて常識的な態度をとるこの施設の人間が、自分のような罪人の希望を聞き入れてくれるだろうか?しかしことは一刻を争う。ラヴィソンも同じようなことを考えているのか、騎士に脚を揉ませながら、チラリチラリと戸口のほうに目をやっているようだ。 「次に誰かがここへ来たら、王宮との交渉のために外出したいと願い出ます」 「ああ」 「荒っぽいことは避ける必要がありますので、時間が掛かるかもしれませんが」 「この国に、これ以上迷惑を掛けることのないようにせよ」 「は」  そのとき近づいてくる気配を感じた。騎士がラヴィソンを背中に庇うように立ち上がったのと扉が開かれたのは同時だった。部屋に入ってきたのは水軍の総大将と、見知らぬ男が一人。 「相変わらず仕事熱心だな、護衛」 「……これまでの諸々に感謝している。こんな部屋まで与えていただき主ともども驚いているところだ」 「私の独断のおかげで、ここのやつらと揉めそうになったとか。報告は受けている」 「いや……武器も向けられず拘束もされなかった。我々には過分に十分な対応をしてもらっている」 「罪人だからな。でもまあ、こいつを味方につけてやろう」  総大将は自分の後ろに控えている男を指差し、テナシテだと紹介した。この施設に常駐する人間をまとめる立場にあるという。よく引き締まった身体のようだけれど、背は高くなく全体的に細い。なんだかひ弱そうに思えたけれど、戦闘要員ではなく指揮官として在籍している頭脳派なのかも知れないと騎士は考えた。 「フォールだ。我が主は名乗ることが出来ない。雑事においては私に言って欲しい」 「……ふーん」  ふーんとはなんだ、ふーんとは。あまりにも子供じみた反応に、騎士は少し苛立った。総大将は呆れた様に苦笑いをしている。テナシテは腕を組み、戦闘や威嚇には無縁に思えるほど小奇麗な顔で騎士を睨みつけた。 「名乗ることは出来なくても、顔くらい見せられるだろう」  総大将はテナシテを味方だと言った。いくら態度が横柄であっても刃向かうようなそぶりは得策ではない。騎士は内心業を煮やしつつも、そっと身体を横にずらしてラヴィソンの後ろに回って控えた。ラヴィソンは目の前に現れた居丈高な男を無言で睥睨している。生まれついて高貴である人間と対峙して、落ち着いていることは難しい。案の定テナシテもラヴィソンの美しい容姿と佇まいに怯んでしまい、意味もなく大きな声で、罪人の癖に生意気だ!とキーキー言っている。総大将はまあよいではないかと彼を宥める。 「首都における彼らの身分は私が保証し、何かあればすべての責任を負おう。テナには、私が彼らの面倒を見られない間、世話を頼みたいのだ」 「……第三隊の隊長のこの私に、わざわざ罪人の世話をしろとご命令ですか」 「他に頼れる者を知らないのでな。だから四つある関所のうちの、わざわざテナの管理にある西から入都したのだ」  テナシテは腕をほどいて腰の後で組みなおし、ピシっと背筋を伸ばして総大将の正面に立つ。その顔は少々にやけているようで、先ほどまでの不遜さは微塵も見えない。 「お言葉ですがシャルルー閣下。第三隊は暇ではありません」 「承知している。だが、無理を承知で頼みたい。実は……内緒の話だが」 「……内緒の」 「そう、ここだけの」 「……お聞きいたします」 「ああ。彼らはどうも、かの国の王族に連なる人間のようで、口には出せない事情があるようなのだ」 「はあ」 「わが国王、アンソレイエ陛下への謁見が叶えば仔細が詳らかになるかもしれないけれど、今の時点で彼らは身元不明の密入国者である」 「は」 「だからといって無下には出来ない。それでわざわざテナを頼りにここまで連れてきたのだ」 「……私を、頼りに」 「そうだ」 「……恐れながら。閣下にはお近くにまとわりつくようにウロチョロしている部下がおられると承知しておりますが」 「ん?ジュリのことか?」 「……は。その者にさせてはいかがでしょうか」 「ジュリには護送中の警戒をさせたので事情は伝わっているが、こういったことはやはりテナがよいと考える」 「その理由を、お聞かせ願えますか」 「それはもちろん、テナがかわいいからだ」 「ですよね!?ジュリより僕のほうがかわいいですよね!?僕のほうが好きですよね!!!」  相手は子供だから、見た目がかわいいほうがよかろう。総大将が付け加えたその部分を、テナシテはもう聞いていなかった。頬を染めてラヴィソンの方に振り向くと、僕がいるからもう安心していいぞ罪人め!と笑顔で叫んでいる。危害を加えられる様子はないけれど、騎士はそうっと再びラヴィソンを背に庇った。テナシテはそんなことはもうどうでもいいようだ。  総大将は騎士に頷き、少し辛抱していろと言った。 「お前たちが王宮の人間と話す機会を作る。いきなり陛下とお会いできるはずもないが、きっかけにはなろう。あとは自分でなんとかしろ。押し問答くらいはかまわんが刃傷沙汰だけは避けるように」 「待ってくれ。そこまで世話になっては、あなたの立場が悪くなるのではないか」  総大将は一瞬きょとんとして、あははと声を上げて笑った。そんな彼にテナシテがうっとり見惚れている。 「ありがたいことに、私の地位はこの程度で悪くなるほど脆くはない。そんな遠慮は無用だ。自身の主人のために、利用できるものはなんでも使うがいい」 「……ありがとう」 「私は私の仕事がある。もう二度と顔を見ることはないかもしれないが、見事本懐遂げてみせよ」 「必ず」 「そうすればきっと、風の噂でお前たちが何者であるか知るだろう。達者で……その子を大切にするがいい」  騎士は強く頷き、自国の作法にのっとって最上の敬礼を示した。総大将は笑顔でそれに応えると、颯爽と去っていった。  薄暗い廊下を歩きながら、総大将はほんの少し気分が塞いでいた。ジュリからの報告どおり、目的達成を間近に控えたはずの彼らはあまりに悲壮に思える。彼らの先行きは暗いものなのだろうか。その運命から逃れられはしないのか?  美しい子はきっとかの国の王子なのだろうと想像できる。それなのに彼を守る護衛の男と二人、自国の後ろ盾をまったく感じないのはなぜなのだろうか。彼らが渡そうとしているのは現王の治世の転覆を狙う密書なのかもしれない。それであれば秘密裏な行動には合点が行く。だけどあの二人にそれは似つかわしくないような気がした。よく知らないが、彼らは清廉で、痛ましいほど利己を切り捨てている。護衛には王子だけがすべてで、王子の目にはなんの希望も見えない。そんな彼らが、何か自分の望みを叶えたいがために行動しているとは思えないのだ。それどころか、将来のすべてに期待していないとさえ見える。 「ジュリ」 「は」  いつの間にか後ろを歩いていた部下は、本来の任務の段取りが恙無く進行しているから早急に戻って欲しいと言う。それに応と返して総大将は少し足を速める。ジュリはまったく同じ速度でついていく。 「あの二人は、テナに任せる」 「は」 「あれだ。テナはかわいらしい見た目だから、あの子も怖がらずに済むだろう」 「……」 「ああ見えて意外と気遣いの出来る男だし、首都にいるだけあって戦闘能力は高い」 「……」 「……何か言え」 「特に申し上げることはございません、閣下」 「………………とにかく、あの二人にいつまでも関わっていられない。我々にも任務がある」 「テナシテ隊長が聞けば、自分も暇ではないとお怒りになるでしょう」 「ああ、そう言っていた。しかしあの二人には協力者が必要だ。それもある程度力のある」 「ええ」 「お前の言うとおり、あの二人はどんどん追い詰められたような表情になっていくな」 「……ええ」  ジュリは俯き、自分たちの能天気さと対極のような、冷たく暗い彼らを思う。たった二人で何もかもを乗り越えてきた様子なのに、彼らの間にさえ甘えがない。必要以上の戒め。そんな印象ばかりが強く残っている。  不思議なもので、総大将もジュリも、なぜかあの二人の目的が果たされて、その使命から解き放たれればいいと願わずにはいられなかった。

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