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第47話

 最近ラヴィソンは考える。フォールが帰ってしまうのが残念だと。  フォールは非番の日の朝、ラヴィソンの朝食が終わった頃に訪れる。それからラヴィソンの望むように一緒にいる。昼餉を共にし、午後からもまた、馬に乗ったり、お茶を飲んだり、雨の日にはただ静かに、その音を聞いて過ごす。陽が落ちてから食堂でゆっくりと夕餉を楽しみ、食後の会話が済めば、フォールは屋敷を辞する。  楽しみにしていた一日が、本日もやはり楽しいものだったと、そう思えば思うほどに、フォールが帰ってしまうのが残念で惜しい。できればもう少し共に。そしてラヴィソンは、夜の帳が降りた後、誰かをそばにと望むときの方法を思い出したのだ。 「今宵、夜伽を望む」 「は。ありがたい御下命に、精一杯つとめさせていただきます」 「うむ」  フォールはいつも通り、ラヴィソンの望みを叶えることしか頭にないので、聞き返したりはしない。座ったままとはいえ礼儀正しく頭を下げ、承知いたしましたと答えるのみだ。ラヴィソンは、些か緊張しながらであったので、フォールが即座に承知してくれたことに安堵し、頷いた。  驚いたのはもちろん側仕えたちだ。ダンは思わず「えっ!?」と声を出してしまった。ゼンとアンは衝撃のあまり言葉を失い、ラヴィソンが立ち上がろうとしているのに椅子を引くことも忘れたし、本日の食事の感想を聞くことも忘れた。  いつもと違う動きをする彼らを不思議に思いつつ、ラヴィソンはダンを従えて自室へ戻った。アンは正気を取り戻すと、大慌てで二人を追いかけた。残ったのはゼンとフォール。そしてようやくフォールは、与えられた任務に思いが至る。 「……夜伽……?」  そうか。ラヴィソンも健康な青年だ。性的な処理も必要なのだろう。なんであれ、お役に立てることはありがたい。しかし、身分の高い方に対するそういう場合の接し方を知らないので、無礼があると困るなと、フォールは思案した。 「フォール殿」 「はい」 「…………失礼ですが、そういったご経験は、どのような」 「はい。身分の高い方へのご奉仕など全くわかりません。ましてラヴィソン様は元王族。どうすればいいのか想像もつかない状態です。もしゼンさんに教えを請えるのであればありがたいのですが」 「そうですか……」  考え顔で顎のあたりを指で擦りながら自分の方を見る大きな男を、ゼンはため息とともに見つめ返す。一瞬の期待は、やはり間違いだったようだ。美しい主人の意図は不明だけれど、少なくとも彼ら二人が想い合って睦み合うわけではないらしい。残念だ。でもまあ、前進だろう。ゼンたちは、フォールにこの屋敷に住んで欲しいくらいなのだから。 「坊ちゃまの生家の習わしというものを承知しておりませんので、私の方から差し上げられる助言はないようでございます」 「そうですか」 「はい。ですが、普段のご様子を拝見する限り、フォール殿はいつも通りでよろしいかと」 「いつも通り」 「ええ。いつも通り、坊ちゃま第一で」 「ああ、それはもちろんです」  フォールは力強く頷く。そんな彼を促して、ゼンは客間へ案内する。フォールが控えるのにたまに使う部屋だけれど、いつ何時フォールが宿泊してもいいように、彼の夜着などの用意もある。そんなことを知らなかったフォールは恐縮しきりだ。 「いつでも、お泊りくださっていいようになってますので。お休みの日が続くことがあればぜひ」 「はあ。お気遣いに、申し訳なく思います。お世話をおかけして」 「いえいえいえ。ほら、お泊りになれば、夜遅くまで、翌朝は早くから、坊ちゃまのお傍にいられますしね」  ラヴィソンの存在を出せば、フォールはなるほどと大真面目な顔で納得している。まあいい。物事は徐々に進んでいく。それよりも今は、今夜の大事件に対応せねばならない。 「湯浴みをどうぞ、フォール殿。坊ちゃまもきっとそうなさっておられますから、ごゆっくり」 「え?そんなことまで」  この国において、自宅に湯船付きの風呂場があるのは珍しい。ほとんど公衆浴場に出かけるし、自宅では身体を拭く程度だ。ラヴィソンは毎晩大きな湯船に湯を湛えている。屋敷の主人なのだから、そのくらいの贅沢は許される。しかし、いつ使うかわからない客人用の湯殿の用意まであるのには驚いた。豪勢なことだ。一人で湯船を使うなど、初めてだ。  フォールがゼンとそんな風にいる間に、ラヴィソンはいつも通り自分の湯殿で、ダンに湯浴みを手伝ってもらっていた。ダンとしては、今からラヴィソンはフォールと夜を過ごすのだから、これまでにないほど念入りに丁寧にラヴィソンを磨き上げる。 「坊ちゃん、どこか、気になるところはありませんか」 「気になるところとは」 「あ、いえ、なければいいのです。失礼を致しました」 「突然のことで、フォールを困らせただろうか?僕が今気になるのはそのくらいである」 「坊ちゃんが何かをしたい、して欲しいと望まれることで、フォールが困ることはないと思います。ご心配には及びません」 「さようか」  ラヴィソンがダンによって泡まみれになっている頃、部屋ではアンが大急ぎで様々な準備を整えていた。  まーなんてことでしょ!急に!ああ、私ったらどうしてもっとしっかり備えておかなかったのかしら!  そんな風に独り言を言いながら。それでもあっという間に色々なものがテキパキと揃えられていく。  側仕えの三人にとって、慌ただしい時間だった。当事者二人はどこか気の抜けたようなところがあるけれど、彼らはとにかく恙なくこの夜を過ごして欲しくて必死だ。誰も口には出さないけれど、フォールはともかく、ラヴィソンにはそういった経験がなさそうだと思っている。だから、とてもとても大切な夜になるに違いないのだ。  ピカピカになったラヴィソンが、いつもと違う夜着を着せられて部屋へ戻り、見慣れたはずの寝台の周りが違う設えになっているようだと気付いたとき、頃合いを見計らったゼンに連れられて、夜着を纏ったフォールがやってきた。側仕えたちは完璧なお辞儀をして一斉に部屋を辞した。 「今宵は、大変光栄な御下命を拝し、恐悦至極でございます」 「うむ。僕は夜伽の経験がないので、それがどのようなものなのか実際のところはわからぬのだが」 「は」 「夕餉が済んだらフォールが帰ってしまうのが惜しかったので、引き止めようと思った結果である。許すがよい」 「どのようなことであれ、ラヴィソン様より何かを命じられることは、私の何よりのしあわせでございます。許すなど、そのようなことは恐れ多く、考えもしないことでございます」 「さようか」  ラヴィソンは跪く大きな男を立ち上がらせると、すたすたと寝台に寄り、そこで両腕を軽く上げた。フォールは声を掛けて頭を下げてから、彼の夜着に手をかける。自分に着せられたものもそうだけれど、触れたこともないようなトロリとした感触の生地だ。  寝台周りのあちこちに置かれたひそやかな灯りを頼りに、状況を確認する。普段はない凝った意匠の脚のついたテーブルが置かれていて、その上にも灯りがある。そしてそれと一緒に、熱い湯の入った陶器製の桶が、冷めないように蓋をされて分厚い布にくるまれて載せられている。その隣には同じ桶があり、そちらに蓋はなく、中はお湯ではなく真っ白の手ぬぐいと懐紙だ。その他、香油の入った小瓶がいくつか、喉を潤す水差しと硝子の杯は銀の盆に揃えられ、端には花の活けた花器まである。やはり身分の高い人の住む家というのは、万事において準備万端なのかとフォールは感心した。 「どうぞ、寝台へおあがりください」 「うむ」  ラヴィソンの夜着はあっさりと脱げてしまう作りで、腰ひもを解けばその下は何も身につけていなかったので、ラヴィソンは全裸で寝台に上がった。敷布が、いつもと違う。手慰みにポスンと叩いた枕は、どうやら乾燥させた花が詰まっているらしい。先ほどから漂う香りはここからだったのか。  フォールはどうしたものかとこの時点で躓いていた。ラヴィソンの寝床だ。そこへ自分が上がるのは不敬にもほどがあるだろう。どうすれば恙なく使命を全うできるだろうか。 「近う」 「は」  様々考えを巡らせはするけれど、ラヴィソンの言葉は絶対だ。躊躇いつつも、フォールは寝台に上がった。ラヴィソンは大きく沈む寝台に、フォールは重たいのだなと感心した。そして、沈黙。  いきなり性交ということはおかしいだろう、多分。ラヴィソン様は溜まったものを吐き出せればいいのだろうから、手か口でご奉仕をするというのが正解ではないだろうか。  フォールはそう考え、目の前に座る全裸の美しい人に頭を下げる。 「精一杯、ご奉仕させていただきますが、至らぬことと存じます。何か御不快なこと等ございましたらお知らせくださいますようお願いを申し上げます」 「うむ」  胡坐をかくラヴィソンの股ぐらに、顔を突っ込むことは躊躇われた。やはり手淫か。あまり近くでご尊顔を見ては失礼だろうから、後ろからというのはどうだろうか。  フォールがそのように思案していると、ラヴィソンは自分の股間を見おろし、ふむ、と呟いた。元気がない。一昨日だか、いつものようにダンが抜いてくれたからまだ溜まっていないのだろう。目の見えない時からずっと、湯浴みを手伝ってくれるダンが、時々ラヴィソンの様子を確認しては手早く吐き出させてくれるのだ。祖国にいた頃はもう少し厳かな雰囲気で係の医師がそうしていたけれど、ここではそれが当たり前になっていた。ラヴィソンにとって、自分ですることは思いつかない程、他人にされるのが普通なのだ。 「失礼いたします」  そう声を掛け、フォールは自分の太ももの上にラヴィソンに座ってもらい、背中から腕を回す。これなら、必要以上に触ることも、ラヴィソンの顔を見ることもない。  ラヴィソンは変わった体勢だとは思ったけれど、如何せん夜伽の経験がないのでフォールに任せるしかない。フォールは香油を手に取って温めつつ、目の前にある美しい背中を見ていた。そこに傷ひとつないことが嬉しかった。  ラヴィソンは自分の両脇から太い腕が二本出てきて、大きな掌が自分の股間を弄るのを不思議な気持ちで眺めた。腰を下ろしたフォールの脚の感触は、まるで裸馬の背に乗っているような気がする。  ダンがラヴィソンの処理を手伝うのは、湯浴みの時に兆したのを見た時だけだ。出しますか?と聞かれてラヴィソンが頷けば、コツを知っているのかあっという間に終わらせてくれる。そしてきれいに洗ってくれるのでなんの痕跡も余韻もないし、爪を切ってもらうのとあまり変わらない。だから、まだ何の変化もない陰茎を、薄暗闇の中、特別誂えの寝台の上で、いいにおいのする香油まで用意してわざわざ手淫をしてもらうのは、自分が所望したとはいえなんだかおかしいような気分だ。 「ん……」  ラヴィソンは、小さく息を吐いた。知らずに詰めていたらしく、少し苦しかった。手のやり場に困り、結局フォールの夜着の袖を握る。フォールが自分の指や手のひらを使って刺激を与えてきて、優しく撫でられて、さすがにラヴィソンの陰茎の形も変わりつつある。だけれど、それが何だかされたことのないようなやり方で、ラヴィソンは自分の呼吸が乱れていくのを感じた。静かな部屋で聞こえるのは、香油が肌に絡む小さな音と、自分の吐息。他に何も、聞こえない。 「フォール」 「はい」  呼ばれてフォールの手が止まる。ラヴィソンは黙ったままのフォールの存在を確認したくて呼んだだけだったので、返事が聞こえてほっとして、なんでもない、と呟いた。  フォールはと言えば、何かを我慢しておられるのだろうかと危惧した。しかし、なんでもないと言われればそれまでだ。ゆっくりと慎重に行為を再開する。フォールが今まで相手をしてきた男女とは比べ物にならない程尊く美しくい青年に、できればわずかも不快な思いをさせないように。握った彼の性器をゆるゆると触り、あまり早く終わるよりは多少時間をかけた方がいいような気がして、性急な動きは慎む。  ラヴィソンはその緩慢にも思えるやり方に困惑した。肌が火照るような感覚。時々背筋を這い上がる小さな射精感。なのに、決定的な刺激がなく、気をやらないままにどんどん昂ぶっていく。張りつめた自分の一部が、あつくて溶けてしまいそうだ。思わずふるりと震えた。  フォールはそれが寒いのだろうかと思い、夜着を脱がせたことを悔い、今さらどうすることもできないから、次があるなら部屋を暖めておいてもらうと考えた。とりあえず、美しい背中が自分の胸に軽く触れる程度に主を抱き込む。これで少しはマシだろうか。 「ご不快ではありませんか」  夜伽の経験などなく、それでもこういった状況で妄りに話しかけることは配慮に欠けるだろうことは理解できる。だから、フォールがラヴィソンに塩梅を尋ねたのは今宵はこれっきりだった。その問いにラヴィソンはゆるゆると首を振って答える。不快でなどない。揺れる身体を預けられて楽だし、薄闇の部屋でどことなく心細かったのが治まった。背中があたたかい。  フォールは一安心を得て、さらに香油を足して、ラヴィソンの股間を撫でまわす。ぶら下がるまろみが重くなってきていて、そろそろだろうかと少しだけ動きを早めた。すっかり昂ぶり切ったラヴィソンには、その刺激はとても強く、身体が跳ねる。フォールの腕の中にいるので倒れたりはしない。けれど、背中を反るようにフォールにもたれかかったので、彼の肩を滑り落ちた長い白金の髪がラヴィソンのむき出しの肌に触れ、思いがけないその感触に、あ、と声を上げてあっけなく果ててしまった。あっけなくとはいっても、ラヴィソンにとってこんな風にじっくりと愛撫を受けたことなどなく、いつもよりも身体の奥の方から、いつもよりも大量に放った、そう感じるほど大きな絶頂だった。  フォールはラヴィソンが吐き出す直前に手元に用意していた懐紙を宛がって、白濁を受け止めた。紙越しに伝わる熱に、ほっと息をつく。ラヴィソンは荒い呼吸が治まらないまま、頭の中がぼんやりとしている。  夜伽とは、こういうことなのか。祖国にいた頃、酒池肉林の日々に溺れる為政者の話を学ぶこともあった。なるほど、これほどの快楽を知れば、自分を律するのは難しいのかもしれない。脱力しながらラヴィソンはそう考えた。フォールは大切な主の身体を難なく支えつつ、テキパキと懐紙を始末し、改めて手のひらに香油を乗せてあたためる。健やかな青年が、一回出した程度で満足するはずはないだろう。勢いを失いつつある性器を、おもむろに握る。ラヴィソンはびっくりして、しかしどうしていいかわからず、結局フォールにされるがままに続けざまの手淫を受けるのだった。  ◆  側仕えたちは、いつも自分たちが食事をする部屋で額を付き合させていた。突然の事態だけれど、すでに二人が部屋に引っ込んでしまっては何もすることはない。食事の後片付けなどの諸事も済んで、普段であれば情報を共有したり、明日以降の予定を確認したりしながらお茶を飲み、程よい時間になれば屋敷中の戸締りなどを見回りして各々就寝する。しかし今夜は、それどころではない。  ラヴィソンが夜伽を望むなど予想だにしていなかった。でもそれを受けた相手がフォールでよかった。うまくいっているだろうか。何か足りないものはなかっただろうか。  三人は様々考えつつ、時折目を合わせてはため息をついて茶器に手を伸ばす。 「お邪魔をいたします」  そんなところへ、フォールがひょっこり現れた。ちょうどお茶を口にしたところだったゼンは盛大にむせ、色々言いたいのにガフゲフと咳き込んでいる。アンはどう言えばいいのかわからずちょっと赤面しているので、とりあえずダンが口火を切る。 「お、おう、よう、フォール、どうした?」 「ラヴィソン様の寝支度のお世話をお願いしたいのだが」  寝るの!?もう寝るの!?なんで!?  夜伽が恙なく行われたのかどうか、それを問うわけにはいかない。でも、想定されるよりずっと短い時間しか経っていないし、なんというか、こう、うん、どうなの?そう言いたいけれど、今は仕事だ。  ダンは部屋に作り付けの棚から新しい寝具を掴み出し、アンに何か飲み物を用意してくださいと頼んでからラヴィソンの元へ走る。アンは厨房へ向かった。少し前と同じく、フォールとゼンが残った。 「……フォール殿」 「はい」 「えー……その、……首尾はいかがでございましょうか」 「はい、ありがたくも、ご苦労であったとそのようなお言葉を頂戴でき、この度の御下命をなんとか果たせたのではと安堵しております」 「さようで、ございますか」  全くわからない。うまくいったのかどうなのか。ただ、目の前に立つ大きな男に、情事の余韻のようなものは感じない。夜着や髪に乱れもない。探るようにあれこれ観察することは失礼だとは思いつつも、ゼンはフォールを眺めてしまう。 「それで、私もこれで失礼を致したく」 「……さようで、ございますか」 「ええ、夜更けまでお邪魔を致しました」  礼儀正しくゼンに頭を下げ、フォールは客間へ引き取っていった。きっと着替えて、静かに自分の住まいへ戻るのだろう。ふう、と息をついたらアンが角盆を携えて速足でラヴィソンの部屋へ向かおうとしているのが見えた。 「持ちましょう」 「あ、あらあら、ありがとうございます。お飲み物と、お腹はいかがでしょうかね、その、空いていらっしゃるかしら?」 「お伺いしてみましょう。いつもながら、完璧なこころづかいであると思いますよ」  盆の上に載った用意を眺めて、ゼンは穏やかに微笑む。アンはほっとして、一緒にラヴィソンの部屋へ急いだ。  一足先に部屋についたダンは、薄暗いままの部屋の中に足を踏み入れ、寝台に近づきつつ声を掛ける。 「失礼いたします、坊ちゃん。ダンです」 「ああ……」  恐らくフォールがしたのだろう、きちんと夜着を身につけて寝台にまっすぐに横たわり、腹の辺りにアンが用意した総刺繍の掛布。パッと見には先ほどまで愛を確かめ合う行為が行われていたような様子はない。それでもラヴィソンには常にない佇まいだ。ダンは軽く咳払いをして、お加減はいかがですかと問う。 「うむ……少し疲れた」 「さようで、ございますか。お休みの前に、軽く湯浴みをなさいますか?お辛いようでしたらこのまま休まれた方がよろしいかと」 「……少し汗をかいたので、湯を」  ラヴィソンは少し間をおいて、ゆっくりと身体を起こした。それをダンが支える。身体が重い。今までにこういう倦怠感を、ものすごいだるさを、味わったことはないように思う。しかも自分は全く身体を動かしていないと言うのに。世の中にはまだまだ自分の知らないことがあるものだ。  しかしラヴィソンは、この夜はいい夜だったと思った。フォールと過ごした時間が今までよりも長かったからだ。慣れないことをすれば疲れるのは当たり前だし、まして、フォールも不慣れだと言っていた。今後回数を重ねれば、もう少しうまくやれそうだとも、思った。  慎重に湯殿へ連れて行って、ラヴィソンの汗を流すダンは、どうしてもそういう痕跡を探してしまう。しかし、全く見つけられなかった。そのことにホッとしたような、うまくいかなかったのだろうかと心配になったような、どうにもよくわからない気分のままお世話を終え、いつもよりもずっと遅い時間にラヴィソンは就寝を見届けた。  その日以降、ラヴィソンは時々フォールを引き留めるようになった。夜伽を望むと、そう言うのだ。フォールは毎回、深々と頭を下げる。すでに段取りを心得た側仕えたちは鮮やかに支度を調える。  初めての時に寒い思いをさせてしまったと思っているフォールは、密かにダンに、部屋を暖めることはできるだろうかと相談していた。もちろんできるけど、暑いだろうとダンが変な顔をすると、ラヴィソン様が裸で寒くはないだろうかと重ねて相談する。 「……寒いわけないと思うけど」 「そうだろうか」 「今度聞いとく」 「ああ、頼む」 「いや、フォールこそ、坊ちゃんを頼むな」 「ん?ああ」  夜伽という名の逢瀬のような時間を、二人がどのように過ごしているのかはわからない。しかし、フォールは相変わらずラヴィソンに忠実で、ラヴィソンはそんなフォールを近くに寄せる。だからきっと、これでいいのだろう。側仕えたちは、彼ららしいことだと、笑いながらお世話を頑張るのだった。

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