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第49話
「尻は使わぬのか」
「私の尻でよろしければ、いつでもご随意にお使いください」
ある日の晩。
いつものようにフォールが屋敷へ来ていて、ラヴィソンが夜伽を望み、部屋で支度が着々と進んでいる頃。
アンとダンがラヴィソンの部屋を辞する前にフォールが入室して来て、その姿を見たラヴィソンが開口一番そう述べた。そしてフォールはそう答えた。アンとダンは大いに動揺し、聞いてはいけないことを聞いてしまったと半泣きになる。
尻って!尻って!!使ってなかったの!?ちょっと待ってもう謎すぎるってー!!
側仕え二人は涙ぐみながら、それでもきちんと支度を終えてお辞儀をしてから、支えあうようにして出ていった。
その間ずっと、少し離れた場所で立位で控えていたフォールが、失礼いたしますとラヴィソンの傍に寄り、その場で跪く。
「僕の尻を使うのではないのか」
「は。私は夜伽の知識に乏しく、ラヴィソン様のお考えをお聞かせいただきたく、お願いを申し上げます」
「先日、少し考えていたのだ。それで、確か、僕の尻を使って身体を繋げる方法を習ったように思う」
「は。それは、祖国ででございましょうか」
「さようである。我々王族の身につけるべき素養の一つとして、そのような時間を設けられていた。教える者と、それを実践する者たちとがおり、それを見ながら学ぶのだ」
「見ながら」
「さようである。平民は、学び舎で習うのか」
「いえ……その……年上の者に聞いたり……」
「口伝か。悪くない。フォールも?」
「……私の場合は、実践で培った我流でございます」
「ほう」
「でございますので、ラヴィソン様のご存知の方法とは、異なるかもしれません」
「まぐわいに、様々な流儀や流派があることは聞き及んでいる。案ずることはない」
「は」
ラヴィソンは本当に他意なく、純粋に自分が学んだことを思い出し、それを伝えたまでだ。第三王子という立場と母親の面影色濃いその容姿。それらを勘案し、ラヴィソンは政に携わるよりも婚姻その他によって国に貢献すべき人材だと目されており、兄らが教えられなかった、男を相手に身体を繋げる方法も学ばされていた。同性愛が異端である大国において、ラヴィソンはそう考えてはいなかったけれど、それは必要とあれば悪趣味な有力貴族や豪商の慰み者に徹する訓練に等しい。実際、彼はこの国の権力者に貢物として送り込まれたのだ。そのように扱われなかったのはただ運が良かったからに過ぎない。
しかし、フォールは無垢で清潔なラヴィソンに、そんなことをする必要があるのだろうかと躊躇う。相手が男であれ女であれ、ラヴィソンが選んだ人としたいようにすればいいのではないのか。自分は許されたこのひと時に、性の処理の一端を賄うだけなのだから。
黙るフォールの額の辺りを見おろしながら、ラヴィソンは首を傾げた。
「僕はおかしなことを言うただろうか」
「とんでもないことでございます。ひとえに私の不徳の致すところであり、力不足でございます」
「毎度、夜伽には満足している。しかし、別の方法もあると思いだしたことと、褒められたことではないかもしれぬが少し興味があることと、こういったことはフォールに頼みたいので申した」
「は」
「僕は側仕えを除いて、フォール以外にこの身を任せる気にはなれぬゆえ」
ラヴィソンはそう言うと、くるりと踵を返して寝台へ歩み寄り、いつものように軽く両腕を上げた。フォールはさらに深く頭を下げてから立ち上がり、ラヴィソンの夜着の腰ひもを解く。
何かを任せられることは、フォールにとって一番の喜びだ。お前だけだと言われて、奮起しないはずがない。年相応の好奇心ももちろん理解できる。いつか現れる誰かとの経験も大切だろうけれど、今、今宵、ラヴィソンが望むのであればフォールに否やなどあるはずもない。
「では、今宵はそのようにさせていただきたく存じます」
「うむ」
「いつも以上にラヴィソン様の御身体に触れますことをお許しください」
「うむ」
「苦痛でございましたら、すぐお止めくださいますようお願いを申し上げます」
「うむ」
ラヴィソンは全裸で寝台に上がり、フォールを呼ぶ。フォールはそれに従う。最近はいつも向かい合わせになり、フォールはラヴィソンの乳首を救出しつつ、手淫で数回射精を促すのが常だ。
ラヴィソンはフォールが自分の乳の先を出すことに拘っているようだから止めなかった。乳の先が出るまで熱心にフォールが自分の胸を舐めたり吸ったりすると、背がゾクゾクする。軽く、ほんの少し歯を立てられたらそれだけで達してしまう。乳の先が出れば出たで、無防備なそこはいくらでも快感を生み出すのだ。だからラヴィソンは、フォールが毎回そうすることに満足していた。
フォールは目の前にある滑らかな胸を眺めつつ、香油を自分の指に念入りに塗り込む。そして、今宵は股間ではなく尻の間に指を這わせながら、いつも通りラヴィソンの乳首の救出を開始した。
ラヴィソンは尻を使う方法を学んだとき、慣れれば痛みはなくなるので、男根を受け入れることを恐れる必要はないと聞いていたし、フォールがする事なので何も心配していなかった。だから、フォールの指が自分の尻穴を押したり撫でたりしても平気だった。馴染みの乳首への刺激に息を弾ませ声を上げるだけだ。触れられていない陰茎が立派に立ち上がり透明な粘液があふれ出していることも気にならない。
ラヴィソンの乳首が左右両方顔を出し、引っ込む気配もないほど固く立ち上がった頃、フォールの指はラヴィソンの尻の穴を拡げつつあった。そこに指を入れられたとき、わかってはいてもびっくりして身体が強張った。内側を暴かれるというのは正直、受け入れがたいような拒否感がある。行為を中断して欲しい気もした。でも、普段は最低限しか触れてこないフォールの手のひらが、ラヴィソンの気を紛らわせるように腰のあたりを軽く撫でたりトントンと叩いたりする、それがなんだか悪くなくて、違和感を我慢してしまう。乳の先も繰り返し舐められて、それは相変わらず気持ちがいい。そうこうしていたら、尻の準備は整えられたらしい。ラヴィソンはもう、諸々どうでもよくなっているのだけれど、フォールは生真面目に物事を進める。
「……本当に、よろしいのでしょうか」
「よい」
「は」
慎重にゆっくりと致さなければラヴィソンの苦痛が大きくなる。フォールは、自分の太ももにペタリと座り込んでいるラヴィソンに見えないように注意しながら夜着の前を割って自分の性器を取り出し、軽く扱いて硬さを足し、たっぷりと香油を塗り込める。
「少し、腰を上げられますか」
「腰、を」
「身体を倒すようにしてくだされば」
「うむ」
フォールの両肩に手を置いたラヴィソンは、ゆっくりと肘を曲げて、自分の手の甲に頬を乗せるように身体を倒す。そうすれば自然と腰が上がる。ラヴィソンは腰が上がったことよりも、フォールに体重をかけていると楽だとしか思わなかった。
自分の首元でふうと深く息を吐く美しい青年の身体を気遣いながら、フォールは自分の性器を彼の尻に宛がった。腰を下ろしてくださいと頼もうと思ったけれど、ラヴィソンの背がガチガチに緊張しているので、フォールは黙ってその背を撫でてラヴィソンが落ち着くのを待った。陰茎はわずかに入り込んでいて、でもほんの少しだ。この程度でこんなに力んでいては疲れてしまうだろう。心配しながらも、ラヴィソンがフォールを先導することはこの行為の間は難しいのだから、自分が進めて、終わるしかない。
ラヴィソンの身体を支えながら、慎重にその腰を下ろさせて、徐々に中へ。少し入ってはそっと戻してもう一度押し込む。それを本当にゆっくりゆっくり繰り返していたら、一番太い部分がとうとうラヴィソンの中に納まった。自分の肩を掴むラヴィソンの手はさっきから爪を立てていて、その瞬間はさらに強く彼の指が食い込んだ。たいして痛みはない。ただ、それほど辛いのだろうかと心配が増すだけだ。しかし、自分さえうまくやれば、美しい主に多少はよろこんでもらえるはずだと、フォールは励む。
ラヴィソンは、もう何がどうなっているのかわからなかった。身体が勝手に震えるし、やはり痛みもある。我慢できない程ではないけれど、この先どんどん痛くなったらどうしようという恐怖も感じる。とにかく一度休みたくて尻の孔を締めて侵入を拒もうとするのに、どれだけ力を入れても香油のぬめりを得たフォールの陰茎はぬるぬると抵抗なく滑り込んでくる。幸い痛みが大きくなることはなかったけれど、どこまで入ってくるのかわからないからやはり怖い。フォールの夜着を破りそうなほど爪を立て、声も出して、それでもダメだった。初めての感覚に気が動転して、もう嫌だと言いそうになる。
そうしたらまた、フォールの手のひらがラヴィソンの背を優しく撫でてくれて、喉の奥に詰まっていた空気をはふっと吐き出せた。ほんの少し、身体が楽になる。たどたどしくもフォールが撫でるのに合わせて息を吐き出していたら、混乱もおさまり恐怖も薄まっていく。
ラヴィソンは殊更大きく呼吸をして、しがみついていたフォールからゆっくりと身体を起こす。フォールは気づかわしげに、彼の動きを支えた。
「お辛くは、ありませんか」
「…………慣れぬことであるので、このようなもので、あると、思う」
「は」
ラヴィソンのうっすらと汗をかいた額に髪が貼りつく。フォールはそれを失礼いたしますと律儀に声を掛けてから指で除ける。その頃にはフォールの男根が根元近くまで埋まっていたので、フォールはラヴィソンの腰を手で掴み、そっと持ち上げるようにして半分ほど抜き、そしてまたゆっくりと降ろすのを繰り返した。抜けていくのも入ってこられるのも、どちらもなんとも言えない心地だった。ラヴィソンが再びギリギリと爪を立てるので、フォールが気を紛らわせようとラヴィソンの乳首に吸い付き陰茎を撫でると、あ、と短い悲鳴を上げてラヴィソンが達した。それでようやくフォールも少しだけ安心した。今宵はもうこの青年をよろこばせることはできないかもしれないと考えていたからだ。ラヴィソンはと言えば、思いがけず気をやってしまって、混乱し、一気に身体の感覚がおかしくなった。今、何が気持ちよかったのだろうか。乳の先か、いつも通り陰茎か、それとも尻の中か。頭を整理しようにも、精を放った余韻は大きく考えがまとまらない。そして夜伽は終わらない。
フォールは幾分緩んだラヴィソンの尻の孔と自分の陰茎の周りに香油を足した。続きをしようと思ったのだけれど、彼がぐったりと弛緩してしまっているので先ほどのような動きは難しいようだ。フォールは美しい主を自分の肩にもたれさせて支え、あまり触れないように両腕で大きく抱え、ゆらゆらと小さく腰を揺らした。出したり入れたり突き上げたりしなくても、フォールの一物はラヴィソンの中を穏やかに刺激し、また、ラヴィソンにとってそれは十分すぎるほどの刺激だった。自分の身体の、自分でも知らない部分を触れられ、知らない感覚を教えられ、それが恐ろしいほどの快感で。行為そのものは優しく静かなのに、フォールとの初めてのまぐわいはラヴィソンにとって前後不覚になるほどのものだった。
◆
ラヴィソンが我に返ったのは、一眠りしてからだった。わずかに開いた窓掛の隙間から月明りが射している。意識が浮上し、大きく息を吐く。夜伽の後、フォールが風呂に入れてくれた。力尽きるようにゆらゆらと覚束ないラヴィソンを、湯船でも支えていてくれて、寝巻を着せられる間も目を閉じていたように思う。水は自分で飲んだ。寝台にたどり着いたところで、ふつりと記憶が途絶えている。多分眠ったのだろう。そして今、自分の隣に大きな男が横になっている。それがなぜなのかはわからないけれど、ラヴィソンは非常に満足して、もう一度眠りに落ちた。
初めての性交は、美しい青年には重労働だったようだ。フォールは疲れ切った様子の彼をどうにか清めて寝台に寝かせ、安堵の息を吐く。起こさないようそっと離れようとしたら、できなかった。ラヴィソンの手が、フォールの白金の髪を掴んでいたからだ。その内手のひらが開くだろうとそのまま待っていたけれど、一向に離してもらえない。それどころか、寝返りを打つものだから引っ張られるようにして寝台に上がってしまった。主の睡眠の邪魔などしたくはないけれど、おかしな体勢にも限界はある。髪を切るわけにもいかない。もう二度と、主の許しなしには。こころの中で何度も詫びて、フォールはラヴィソンの隣に横になった。しばらくしたら、ラヴィソンは目を覚ましたようだった。フォールは、彼の言葉を待った。まだいたのか、下がるが良い、と。しかし彼はうっすらと目を開けて、一、二度まばたきをして、また眠ってしまった。フォールの髪はそのままだ。フォールは、朝が来たらきちんとお詫び申し上げようと決め、そのままでまんじりともせず過ごすことにした。
ラヴィソンの寝相はよく、時々寝返りは打つものの、寝息も静かで穏やかだった。しかし、夜の闇が一番濃くなる頃、彼は小さく丸まって震え、何か譫言を言った。
だれか
フォールの耳が聞き取れたのはその一言だけだった。たった一つのその言葉は、救いを求めているように聞こえた。
まだ足りないのか。
欲しい力は、きっと訓練で培われるものではないのだろう。どんなときでも眠りの中でも、こころも身体もすべて守って差し上げたい。彼は今、何に苦しんでいるんだろうか。
フォールはそっとその細い身体を背中から包み込んだ。慎重に、できるだけ優しく。彼が握りしめ抱きしめる上掛けごと、すっぽりと。
「……今は大丈夫です。何卒、ご安心ください」
起こさないように遠慮がちに囁いて、今あなたを襲う脅威はないのだと伝える。フォールの腕の中で震えていたラヴィソンは、いつの間にか深く穏やかな眠りに落ちた。
◆
翌朝、空っぽの客間を見て驚き、急ぎ足でラヴィソンの部屋に入ってきたアンは、寝台でフォールの腕の中に捕まえられているラヴィソンを目にして声を上げそうになった。しかしフォールが慌てて人差し指を立てて静かに、静かに、と伝えてくる。ラヴィソンはまだ眠っていた。アンは今さらながら、彼が眠っているのを初めて見たと気づいた。そっと寝台に近づいてみれば、歳相応のあどけなさと無邪気さで、ラヴィソンはくーくーと寝息をたてている。もう少し、眠らせてあげたい。
アンは嬉しいような叱りたいような気分でフォールのほっぺたをぎゅっと抓ってから、ラヴィソンが起きたら呼べと囁いて部屋を出た。すでに馬小屋にいたダンはアンの話を聞いて、最高ですねぇと笑い、馬たちに抱きついた。
その後目を覚ましたラヴィソンは、いつもよりずっと寝坊をしてしまったことと、朝なのにフォールがまだいることにびっくりして、昨夜何かあっただろうかと考え込んだ。
「……色々、確認したきことはある。しかしフォールは時間がないのではないか」
「は。その……さようでございます」
「覚えがないのだが、僕が引き止めたか、何か無理を言うたのだろう。すまぬことをした。仕事には間に合うだろうか」
「ラヴィソン様におかれましては、昨夜もいつもと同様、大変ご立派で素晴らしいお振る舞いでいらっしゃいましたことを慎んでお伝え申し上げます。何一つ、そのようにおっしゃられるようなことはございませんでした。お許しもいただかず夜通しお傍に侍りましたこと、伏してお詫びを申し上げます」
「フォールが傍にいる時間は長ければ長いほうがありがたいので、そのことは構わぬ。ただ、まだ少し、寝起きで……頭の整理がつかぬ……次に会うときまでに思い出しておく。今は、己れの職務に励むが良い」
「は。寛大なお心づかいに感謝いたします」
寝台で髪も整わないままに座るラヴィソンに辞する旨を述べ、フォールは深々と頭を下げて部屋を出て、一目散に支度をして、お側仕えたちに笑顔で見送られながら職場へ急いだ。幸い仕事に遅れることはなかった。
その日以降、フォールが屋敷に泊まることが時々ある。
ラヴィソンと一緒に寝ることはあの夜以来一度もないけれど、湯浴みを終え、綺麗に整った寝台に横たわると、美しい青年が時々言うのだ。
「明日の朝、フォールの馬にも僕が水をやろうと思うがいかがか」
「明日の朝、フォールが好きなふわふわのたまごをアンが焼いてくれる」
なんだかそのような事を、ウトウトしながら。つまりは明日の朝もう一度フォールの顔を見るぞと言う決意を述べている。フォールにすれば、出来る限り主のそばにあるのが自分の務めのような気持ちだし、馬の世話をするのに起きるラヴィソンに合わせれば仕事には間に合う。だからいつも、かしこまりました、そのようにさせていただきたく存じますと頭を下げて、客間で眠る。
たまにラヴィソンが夜伽に疲れ切ってしまって、そんな話をする前に眠り込んでしまうと、もちろんフォールは帰ってしまう。請われなければ、控える。ただひたすら、ラヴィソンの言うままに。フォールの行動は非常にわかりやすい。
ダンは、もううちの家の人になっちゃえばいいのにさーとフォールを口説く。アンもそうよねー、そのほうが楽しいわよねーと笑う。ゼンに至っては、客間では不自由がございましょうから、その時は坊っちゃまのお部屋のそばにフォール殿の寝起きする部屋を設えますねと真面目な顔をして言う。フォールは彼らの好意を本当にありがたいと思いながらも、首を縦には降らない。もしラヴィソンがいつも近くに控えているようにと言えば、フォールはそうしただろう。つまり、ラヴィソンがそう望まない限りは、しない。
ラヴィソンは、フォールの日常を尊重したいという理性があるので、彼が自分に会いにきてくれる日を大人しく待つ。以前を思えばそれで十分すぎるほどなので、これ以上自分に尽くせとは言わないようにしているけれど、最近は少し、側仕えたちの意見を参考にしながら、フォールを引き留めたりする。朝までここにいても、フォールは仕事に間に合いますよと教えられたので、たまにはよいだろうかと、遠慮がちに。それは甘えが過ぎるとはわかっているのだけれど、フォールは、仕事に間に合えばどんなことも問題ないと言うので、つい希望を述べてしまう。側仕えにしてみれば、そんなのはささやか過ぎると思うし、なんというかもうちょっと親密?進展?そういうのを期待しているのに、二人はまったくいつまで経っても主従のままなのだ。常に最大の敬意を持って頑ななほどラヴィソンを大切にするフォールは信用できるし安心感がある。怠惰な関係は、ラヴィソンには似つかわしくない。だから今の距離感は、二人にちょうどいいのだと思う。でももうちょっと、お互い自分を甘やかしてもいいのになぁ。側仕えたちは今日も笑顔でそう言い合っている。
ラヴィソンの言うところの、尻を使って身体を繋げる行為を行うようになって幾晩か過ぎ、お互いに少し慣れてきて、段取りが良くなってきた。受け入れる側のラヴィソンの身体的な負担は随分と軽くなり、痛みや恐怖が、初めてのあの時よりも大きくなることはないのだと確信できたから、心配が減った。緊張が小さくなり、無駄な力が抜け、だから快感の量が増えた。フォールはそれでも毎回、お加減はいかがですかと問い、すべてのことに細心の注意を払う。傷も痕もつけることは許されない。宝石のごとき主は、どれほど夜を一緒に過ごしても、フォールにとっては尊く大切なままだった。
今宵もフォールは、ラヴィソンに寝台で奉仕をする。フォールの目から見ても、美しい青年は性交のコツを掴んだらしい。慎重に身体を繋げ、ゆっくりと動けば、声を上げてくれる。苦しさや痛みは、もうあまりないのだとはっきりと聞いているので安心はしているのだけれど、それでも激しいことはしない。得られる結果、つまり射精する事さえ達せられればいいのだし、体積で言えばフォールの半分にも満たないだろう美しい青年の身体は、どれだけ丁寧に扱っても丁寧すぎるということはない。ここのところ食べる量が増えて、馬にも乗るから肥えたのだと言うけれど、それは以前のラヴィソンが細すぎただけだ。だから優しく穏やかに、慎重に。
乳首はすでに救出され、一度射精を果たしたラヴィソンは、上気した頬で荒い呼吸を繰り返している。非番が一日飛んでしまって、久々だった。だからだろうか、ラヴィソンの出した精液は多かった。いつもなら用意された懐紙を手元に寄せておくのだけれど忘れていたので、フォールは一度陰茎を抜いて、寝台脇に手を伸ばす。少しお待ちくださいと、寝台に寝かされたラヴィソンは、ふうと大きな息を吐く。いつもフォールの太ももに跨るので、序盤は自分で、途中からのフラフラと力の抜けた身体はフォールの腕が支えてくれるのだけれど、こうして寝転がっていると、とても身体が楽だった。これは気づかなかった。
「フォール」
「は」
「僕がこのように横になっていてもよいだろうか」
「どこか、具合がお悪いのでしょうか?」
「楽なのだ」
フォールは言葉に詰まる。ラヴィソンの身体が楽なのであれば、それが最良だと思う。しかし、そうなると自分は彼に覆いかぶさったりすることになる。それは恐れ多くて遠慮したい。手にした懐紙でラヴィソンの腹を拭いながら、どうしたものかと思案した。
「行儀が悪いのだろうか」
「いえ、そのようなことはございません」
「フォールに跨るのが正式なやり方なのであろうが」
「いえ、その」
私の目線が、あまりにも高すぎる体勢になってしまいます。
フォールは正直にそう言った。そもそも寝台に上がるのも恐れ多いのに、横たわる主を上から眺めるなどできない。恐縮するフォールに、ラヴィソンはなるほど、と納得した。
「では、起きる」
「…………」
「僕はすでに平民であるので、目線の高さは気にならぬと思う。頭が高いなどと、言ったりはせぬ」
「は」
「しかし、フォールの矜持もあろう。夜伽の恙ない進行に協力は惜しまぬ」
「ご高配に、感謝を申し上げます。……一度、試してみてもよろしゅうございますか。ご不快であれば、すぐに別のやり方を考えますので」
寝ていたいとラヴィソンが言うのであればそうすべきだろう。下半身を繋げて、顔の方を覗き込まなければいいのだ。そう、いつも通り乳首に集中していればいい。ラヴィソンはありがたいと頷いて、改めて頭を枕に載せなおし、天井を見上げる格好で手足を投げ出した。とても楽だ。そんなラヴィソンに、失礼いたしますと声を掛けてから、フォールが膝で近づく。ラヴィソンは、自分の足をフォールに抱えられて、結構開くものだなと考えていた。そして、熱く緩んだ尻孔に再びフォールに押し入られて、何も考えられなくなった。
今宵二度目とはいえ、挿入は必ず慎重に行う。ゆっくりゆっくりだ。根元まで入ってから、ラヴィソンの浮き出た腰骨の辺りを掴んで軽く揺する。小さくトントンと突き入れる。たったそれだけで、ラヴィソンは身も世もないくらいに喘いでしまう。腹の奥から強烈な快感が背筋を昇って脳天を突き抜けていく。毎回毎回強くなるその快楽は、フォールがいるから怖くはないけれど、受け止めきれずに身体が強張り、つま先が丸まる。度を過ぎれば太ももから爪先までピンと伸び、小刻みに震えるほどだ。それでも、寝ているから身体がとても楽で、いつもよりは余裕があった。余裕は、快感に塗りつぶされていく。だからやっぱりいつもよりもより深く快楽に溺れた。
のたうつラヴィソンを上から眺めるのは申し訳なくて、フォールは自分の背を丸めてラヴィソンの乳首を口に含む。ラヴィソンが寝ていてくれるのであれば、身体を支える手が空くので、その分陰茎も丁寧に愛撫できる。ラヴィソンは大きな声を上げて細い足で空を蹴り、フォールの夜着を掴んで引っ張ったりと大暴れだ。身体を屈めたフォールの白金の長い髪がスルスルっと滑り落ちてきて肌を撫でようものなら、それをきっかけに極めてしまう。やがてフォールの太い腕がラヴィソンの腰の後ろに差し込まれて少し抱え上げ、さらにしっかりと奥を嬲られる。優しくゆっくり丁寧に。悲鳴さえ上げることなく、背を反り、ラヴィソンが達する。精液はほとんど出ず、少し垂れ落ちる程度だった。
ラヴィソンは夜伽について、詳細を指示しないので、やめ時の見極めが難しい。そこで、フォールはラヴィソンの精液が出なくなるまではつとめようと励むようにしている。今宵も何とかそれを終えられたらしい。ホッと安堵しながら、フォールは慎重に自分のを抜き去る。ラヴィソンは最後の大きな絶頂からまだ立ち直れず、身体が時々小さく跳ねるし、頭がぼうっとして呼吸しかできない。それでも、見上げた先に、大きな逞しい男がいて、彼の髪が薄闇の中でキラキラしているのが綺麗だなと思った。
フォールはまず懐紙でラヴィソンのあちこちを軽く拭き、それから夜着を掛けてその裸体を隠す。横になってくれているのでやりやすい。そうしておいてから、勃ったままの自分の陰茎を雑に扱いてさっさと射精する。ほったらかしていてもいいのだけれど、いつまでも勃起しているのも見苦しいだろうし邪魔だ。自分の下半身の始末をつけると、手を拭い、いつも通り着たままだった夜着を調え寝台を降りてから跪き、美しい青年に湯浴みはいかがなさいますかとお伺いを立てる。
「……参る」
「は」
ラヴィソンは疲労困憊で、湯殿までさっさと歩くことは少ない。フォールが遠慮がちに支えたり、無理そうだと判断すれば、運ばせて戴きたく存じますと申し出る。本日はラヴィソンが寝台に身体を起こしてペタリと座り込んだ時点で、フォールが失礼いたしますとその身体を抱き上げた。眠いのか辛いのか、身体がユラユラと揺れていたからだ。
湯殿ではラヴィソンはただ座っているだけだ。フォールが、ダンとは違って少したどたどしく、ラヴィソンの身体を綺麗にしてくれる。泡のついた手で撫でられては夜伽の余韻を残す肌が震えるのだけれど、追い詰められるようなことはないので脱力していられる。気がついたら湯船に入れられていて、背後の隅っこの方でフォールが自分の身体を洗っているようだ。その頃には頭もすっきりしてきて、倦怠感はあるものの、疲れを癒そうと湯の中で手足を動かした。最近は夜伽にも慣れ、食事の量が増えたからか体力もついてきて、回復は早い気がする。水音がして、フォールが湯浴みを終えたようだと知る。以前はさっきまで着ていた夜着を再び羽織ってラヴィソンの寝支度をしていたフォールだけれど、ここのところ夜着は結構汚れてしまうので、自分が汗を流し終わった後は用意されている新しい寝巻を恐縮しながら着こみ、湯船でぬくもるラヴィソンのお世話に取り掛かる。自分のことはほとんど無頓着なままで、ラヴィソンに対しては湯船から出るのを支え、丁寧に水気を拭きとって新しい寝巻をきちんと着せる。黙々とお世話に没頭するフォールを眺めながら、ラヴィソンは時々、手近の手ぬぐいでフォールの頬や髪につく水滴を拭う。初めてされたとき、フォールはびっくりしすぎて主をまじまじと見てしまった。
「フキフキである」
「……は」
「あの宿屋の主が言うていた意味を最近学んだ。自分ではなく、相手を拭いてやるのだ」
「は」
「僕はすでに平民であるので、これしきの事はできる。先日は、ダンの手が濡れていたのを拭いた」
ラヴィソンは妙に誇らしげな顔で小鼻を膨らませてそう言った。フォールはそれ以来、ラヴィソンがそういったことをすると、さすがでございます、ありがとうございますと頭を下げてから微笑む。それを見て、ラヴィソンは満足げに頷くのだった。
着替えを終えたラヴィソンにつき従って寝室へ戻る。長椅子に座ってもらって水を差し出し、テキパキと寝具を取り換えて整え、支度が出来たらラヴィソンに頭を下げる。もの凄く疲れていると長椅子で微睡んでしまい、フォールが抱えて寝台に移したりもする。その時に髪を握られて以来、そういうことにならないように注意するようにしている。今宵はラヴィソンは比較的元気だったので、自分でさっと立ち上がって寝台へ上がり横になった。フォールは新しい上掛けを、丁寧に彼の上に掛ける。
「一つ確認がある」
「は。何なりと」
「フォールは知らぬのかも知れぬが」
「何をでございましょうか」
「男同士では子をなすことはできぬ」
「……は」
「であるから、子種を外に出す配慮は不要であると考えるがいかがか」
ラヴィソンは不思議だったのだ。自分は好き放題射精していて、夜伽とは望んだ者がそうなるための行為であると承知しているのでそれはそれでいいのだけれど、相手、すなわちフォールはなぜ射精しないのだろうかと。祖国で学んだ夜伽では、相手が先に射精した場合や、相手が女だった場合に自分が射精する際の注意点なども聞いた。男は誰しも性交時には射精するのだ。それを躊躇うべきは望まない子ができる可能性があるときだ。ラヴィソンは、フォールがそういったことを考慮していつも我慢しているのではないかと思い至った。我慢は身体によくない。ラヴィソンは射精を我慢などできない。それほど強烈な欲求で、だからそれを辛抱するなど至難の業だし負担も大きいだろうと。
フォールはすでに綺麗に整った上掛けの端を、太い指でちまちまといじりながら動揺していた。まさかの中出し許可。別に孕ませる危険を考慮していたわけではない。男相手に例え腹が膨らむほど中出ししたところで孕まないことは知っている。ただ、自分の精液を大切なラヴィソンの身体の中に……ということは憚られる。それに、そういうことを制御できた。勃起自体もそうだし射精もそうだ。そもそもラヴィソンへの奉仕に必死で、正直自分の快楽を拾う余裕もあまりない。何と返答したらいいのか、フォールは口ごもり、頭を下げた。
「ご高配、痛み入ります。無理をしているわけではなく、私の場合は体質のようです」
「さようか。くれぐれも厭うがよい」
「ありがとうございます」
気がかりが一つ消えたようなホッとした気分で、ラヴィソンは目を閉じた。フォールは灯りを消し、静かに立ち去ろうとした。
「明日の朝、フォール」
「は。ラヴィソン様に明日の朝、ご挨拶申し上げてから失礼させていただきたく存じます」
「……うむ」
フォールの方から、明日の朝また顔を見せると聞かされて、心底からの安心感を得て、ラヴィソンは眠りに落ちた。
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