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第51話

「でございますから、ここに書いてある数が、大きい方が価値が高いという事でございます」   「うむ。承知した。では、常にこの一番大きい数の紙幣を出せば、不足はなかろう」   「おっしゃる通りでございます。ですが坊ちゃま、それはあまり得策ではございません」   「なぜか」   「受け取った方は、貰いすぎた分を返さなければならないからです。お釣と申します。お釣は、もちろん用意されていますが、あまりたくさん必要になるような支払い方はよろしくないのです」   「なるほど」   「このたびの坊ちゃまのお出かけ先では、それほど高額な代金を支払うことはございませんでしょうから、小さい数字のものをたくさんお持ちになった方が使いやすかろうと存じます。一枚で足りなければ、二枚三枚と出せばよいのですから」   「ではそのように支度をしておくれ」   「はい、坊ちゃま」      とうとうその日は明日に迫っている。フォールが、自分の住む村へ案内してくれるのだ。今回はダンも来ず、フォールが朝屋敷まで迎えに来てくれて、二人で出かける。ラヴィソンは、本などで知っている平民の生活を体験したいのだが、お金が必要だろうかとゼンに相談した。ゼンはにっこりと笑って、お金のことを教え、フォールが一緒だから心配はしていないのだけれど、忘れたり盗られたりしないように肩掛けの小さなかばんを用意し、そこに札入れに入れたお金を仕舞う。支払う段になるまでは、むやみにお金を触ってはなりませんよと注意しながら。 「無駄遣いをするつもりはないが、何か、とても欲しい物があったら買い求めてもよいだろうか」 「もちろんでございます、坊ちゃま。このお金は坊ちゃまが仕事をして得た報酬です。それに、欲しい物を買うのは無駄遣いではありませんよ。何かいい物があればぜひ」 「さようか」 「お昼のお食事はお店でなさるのでしょうから、少なくともその代金は支払う機会があるかと存じます」 「フォールの分も僕が支払いたいが、よいか」 「うーん、そうでございますねぇ」 「いつも、世話になっているので、お礼である」 「フォール殿とご相談なさった方がよろしいでしょう。自分の分は自分でとおっしゃったら、それはそのようになさるのが、お互いへの思いやりでございますよ。働いている者は、自分の分は自分で支払うのが通常でございますから」 「承知した」  ラヴィソンは、うまく出来るだろうかと考えを巡らせる。読んだことのある本の中では、今日は自分がと、相手の分の勘定も支払い、ご馳走しあっていた。親しい者同士のやり取りのようだった。できればそれがしたい。しかしそもそもラヴィソンはいつお金を払うのかわかっていないから、咄嗟にそれを提案できるかは不明だ。まあよい。ラヴィソンは知っているのだ。相手の勘定を支払うことが出来なくても、取るべき次の一手があることを。 「もしフォールが自分の分を払ったら、では今度は僕が払うと、そう伝えておくとよいのだ。そうすれば次の機会にはそのようにできる」 「ええ、さようでございます、坊ちゃま」 「不慣れではあるが、わからぬことはフォールに教えてもらい、徐々にうまくできるようになればよいと考える」 「ご立派でございます」  ラヴィソンは小首を傾げ、ゼンはニコニコと笑って頷き返した。  アンは明日着せる服を夜遅くまで悩み、ダンはまたしても湯殿で、村での見どころなどをいくつか教えた。ラヴィソンは明日が楽しみ過ぎて眠れそうになかったのだけれど、早々に横になって目を閉じ、朝が来るのをドキドキしながら待った。  ◆ 「おはようございます、ラヴィソン様。本日は随行をお許しいただき誠にありがとうございます」 「僕はフォールに案内をしてもらう立場であるので、感謝すべきは僕の方である」  空は高く澄み上がり、風は穏やか。ラヴィソンが出かけるには最高の日和だ。玄関には側仕えが揃って並び、フォールと美しい青年とのやりとりを見守っている。 「コパンの機嫌はいかがか」 「は。ラヴィソン様のご尊顔を拝見でき、喜んでいることと存じます」  フォールの新しい相棒の名は、とても悩んだ。サージュも立派だったけれど、この度の馬は殊の外大きかった。体高は大柄なフォールの背と変わらないほどで、四肢は太く、光の加減で体毛の色が変わるような感じの不思議な馬だった。今は朝日の当たるところは緑のようで、影の部分は暗い茶色に見える。目だけは、ラヴィソンと同じ漆黒だった。独特の風貌から名をつけるのは難しく、しばし猶予をと、ラヴィソンは数日も悩んだのだ。コパン、と名付けた時、フォールはありがたいと深々と頭を下げ、コパンはちょっと首を傾げた。 「気に入らぬか。よく考えてのことである。受け入れてはくれぬか、コパン」  ラヴィソンがそう言って高い位置にある目を見つめると、コパンはふんふんと頷き、大きな口を開けて、あろうことか、ラヴィソンの頭をカポッと甘噛みした。歯ではなく唇で挟む程度のものだったけれど、フォールたちは大いに慌て、馬とラヴィソンを引き離した。少し距離を置いたところからラヴィソンはその馬をまだ見つめていて、危険を感じなかったので、笑った。 「その名で、構わぬということであろう。フォールが選んだだけのことはある。賢い、良い馬である」 「大変なご無礼をどうぞ許しくださいっ!」 「よい。コパン、僕の馬を紹介いたそう」  それ以来ラヴィソンはコパンをすっかり気に入り、首を撫でてやるのも一苦労なほど大きなその馬を、自分の馬と変わらないほど大切にした。コパンは、遠くに暮らす二頭やこの屋敷にいる二頭とも違う、個性あふれる馬だった。あまりに大きいので乗る者を選び、また、本当に賢いのだろう、売り物とされていた時分には、訪れる客を一瞥さえしないこともあったという。  売れ残るコパンを、フォールに紹介したのはテナシテだ。でかい図体してるんなら、でかい馬がいいんじゃないの?と。テナシテにはもう愛馬がいたけれど、店頭にいるコパンを見るにつけ、いい馬だから早く相棒が見つかればいいのにと、少し気にしていたのだ。テナシテはコパンがまともに目を合わせる数少ない人間だった。  フォールがその話を聞いてコパンに会いに行き、しばらく無言で見つめ合い、それを三日繰り返して引き取りたいと店主に申し出た。もう、騎士ではない。だから穏やかで面白い馬がいい。コパンは軍用に耐える訓練を受けてはいたけれど、彼と戦地を駆けることはないだろう。そして、フォールが最も大切にする人とうまく付き合ってくれればいい。  フォールの希望はコパンによって全て叶えられた。コパンは自分と同等と判断した人間しか認めないようだけれど、幸いラヴィソンの屋敷にいる人間も受け入れた。そして、同等だから、従うという概念はないらしい。まるで自分が馬であることを忘れているのではないかと思うほど、人間の言葉を正確に理解しているのではないかと思うほど、彼は自由で、正直で、優しく面白い馬だった。ラヴィソンの事は、小さな守るべき弟分のように考えているようだ。パルトやトラヴァとも、うまくやっている。 「コーちゃん、坊ちゃまのこと、お願いね」  アンにそう声をかけられ、コパンは心得たというように、小さくプヒンと返事をしてアンを笑わせる。ラヴィソンがパルトに跨るをの手伝うと、フォールは側仕えの三人に改めて頭を下げた。 「それでは、出かけて参ります。陽の傾く頃には、こちらへ戻る予定でございます」 「はい。あまり心配はしておりませんが、どうぞ気を付けて」  三人と一頭に見送られ、ラヴィソンの初めての村へのお出かけは始まった。  ゆっくりと景色を眺めながら、フォールを従えて村への道を進む。季節が変わっても、いつも花が溢れているような気候であることは変わらず、だから道端にも軒先にも、今日も花がたくさん咲いていてラヴィソンの目を楽しませる。 「ラヴィソン様。遠くに見えます、あの塔が、村の中心でございます」 「さようか」 「塔の下には広場があり、周囲には生活に必要な様々な店が軒を連ね、近くには川が流れていて村人が憩う場所でございます。こちらから見ておおまかに、塔の向こう側一帯が住宅地、右側が軍関連の住宅や施設になります」 「左や、手前は何があるのか」 「左は畑などが多くございます。手前は大きな公園と、王宮の持ち物の建物が多くございます」 「さようか」 「通りがてら、私の分かる範囲でご案内申し上げます」 「うむ」  ラヴィソンの些かの緊張も意に介さず、パルトは上機嫌でパッカパッカと歩いている。久々の遠出で嬉しいのだろう。大きな友達も一緒だから尚更だ。やがて、形だけではあるけれど立派な門が現れ、そこから先が村の敷地であることが知れた。ラヴィソンは馬を止め、その大きな門を見上げる。左右の石柱に支えられた上部は木造。扉のないその門には、愛を犠牲に勝ち取りし平和と栄光、そう刻まれていた。遠い昔の誇りと痛みを伝えるために。 「参る」 「は」  村は活気にあふれていた。村人全員がほとんど知り合いのような状況で、もちろんフォールはすでに馴染みで、だから彼が従う美しい青年を目にすれば、誰もが、それが何者なのかを察した。噂以上に、予想以上に美しい。風に揺れる艶やかな髪と同じ色の黒馬を操り、遠目にも完璧なその美貌を惜しげもなく晒し、衆人の耳目を集めることに臆さない堂々とした振る舞い。すっきりと伸びた背は、彼の心根を表すかのようだ。彼の斜め後ろを行くフォールが、時々控えめに、村の中を説明している。  平民の暮らしを知りたいと、それに倣いたいと、ラヴィソンはよく口にする。実際の生活は地味なものだけど、門からまっすぐに塔まで伸びる大通りを歩けば、徐々に人は増え、商店も増え、賑やかになっていく。ラヴィソンは興奮し、手綱を強く握りしめて、キョロキョロと辺りを見渡すのに忙しい。 「ラヴィソン様」 「何か」 「まず最初に、馬を預けたく存じます」 「誰にか」 「村にいくつか、預かり所があるのですが、本日は知り合いの預り所へ参りたく存じます」 「なぜか」 「馬はとても便利ですが、徒歩のほうが店にも気軽に入ることができ、ご随意の散策ができるかと」 「さようか。ではそのように」  そう話している間に預り所に着き、フォールはさっと馬を降りて、預り所の人間に声を掛ける。コパンはまるで自分が預ける側のような態度でフォールの隣に顔を突き出して、時間や料金の話にも頷いている。それを後ろから眺めながら、ラヴィソンはワクワクが大きくなりつつある自分の気持ちを落ち着けようと大きく息を吐いた。そして、界隈を歩く人たちが自分を見ているような気がして、実際に見られているのだけれど、顔に何かついているだろうか、装いに不届きがあっただろうかと少しソワソワし、手慰みに愛馬のたてがみを撫でる。 「どうぞ、お手を」 「うむ」  話がついて、フォールがラヴィソンの下馬を手伝う。ひらりと軽やかに降り立ち、大冒険の始まりの予感に身震いがする思いだった。天気は相変わらず爽やかで、ラヴィソンは持ち慣れない鞄の位置がしっくりこなくて、シュルシュルと前後に動かした。 「私が、お持ち致しましょうか」 「よい。僕の荷物であるから、自分で管理をするのだ」 「は。差し出がましいことで失礼を致しました」 「そのようには思わぬ」  コパンはパルトに兄貴面で話しかけていた。お前はここにいるんだぞ、俺はあいつらと一緒に村ン中散歩してくるから。ま、お守っつーかつきあいっつーか、あの小さいの、手がかかるみたいだからさー。そんな話をしている最中にフォールにお前もなと背を叩かれて、信じられないと顎を落としていた。ように見えた。 「すまぬな。おとなしくしているのだぞ。知らぬ人に、ついて行ってはならぬぞ」  ラヴィソンは二頭を代わる代わる撫で、声を掛けて、馬を預かってくれる男にこの国の言葉でよろしく頼むと言い置いて、フォールとともに歩き出した。唐突に、周囲に音が溢れ、その喧騒に飲み込まれるような感覚だった。 「お疲れになられましたら、お知らせください。休む場所はたくさんございますので」 「さようか。しかし、本日はアンが歩きやすい服と靴を用意してくれたので、問題ないと思う」 「は」 「これからどちらへ向かうのか」 「ラヴィソン様が大変な読書家でいらっしゃるので、本屋をご案内いたしたく存じます。いかがでございましょうか」  ラヴィソンの目がピッと見開かれ、代わりに花びらのごとき唇がキュッと噤まれる。そしてとても深く頷いた。大変結構であると。 「本が、たくさん置いてあるのだな」 「さようでございます」 「どんな本でもあるのだろうか」 「村には三軒の本屋がありまして、それぞれに専門が違うようでございます。ここから一番近いのは、おとぎ話や私小説の類の店でございます」 「それは楽しみである」  本を貸してくれる店もあるのだという。内容や装丁によっては、本は非常に高価で、だから自分の物にはできないけれど、小さい額で数日間借りて読む。また、王宮所有の図書館があって、そこでは無料で本が貸してもらえるらしい。 「本を読むのは、とても素晴らしいことである」 「はい」 「知らぬこと、知らぬ世界、知らぬ感情を教えてくれる。本を読む時間は、とても贅沢で豊かで、僕の大切なものである」 「はい」 「ありがたいことに、僕は本をたくさん与えられているけれど、無料や、少しのお金で借りられたりする仕組みはとても良いものであると考える。本を読む楽しみを、生活の貧富に関わらず持てるのだから」 「はい」 「図書館へは、本日は行かぬのか」 「参りましょうか?貸し出しには登録が必要でございますので、本日すぐには難しいのですが、見学ぐらいは可能でございます」 「フォールの考えてくれている段取りもあろう。もし、時間があれば、そのように」 「は」 「…………次回でも、よい」 「は。さようでございますね。いつでも、何度でも、ご案内いたします」  ラヴィソンは、もうすでに大満足を得たような気分だった。まるで、羽が生えたような、道がどこまでも続いていき、自分はどこへでも歩いて行けるような、そんな解放感とある種の万能感を覚える。浮かれてしまい、走り出してしまいそうなほどだ。それは我慢したけれど、辛抱たまらず、ぴょんと一つ、両脚で跳ねた。 「とても、楽しいことである」  後ろにいるフォールを振り返り、ラヴィソンは心底からの笑顔でそう言った。  馬の預り所から本屋まではそう遠くなかったのだけれど、道中の店々をラヴィソンがじっくりと眺めるものだから移動には時間がかかった。だからと言って、フォールは全く気にならなかったし急ぐ必要はなく、ラヴィソンは何もかもが新鮮で楽しくて、驚いたり感心したりするのに忙しい。  ようやく本屋に着けば、見たことのないほど美しい客に店主がど肝を抜かれているのを他所に、ラヴィソンはため息とともに店内を見回した。 「この中から、人は自分の好きな本を選び、買って行くのか」 「さようでございます」 「なんと楽しい時間だろうか……僕も、何か買い求めても良いだろうか。ゼンは、お金を使っても良いと言っていた」 「もちろんでございます。いい品が見つかると良いのですが……相談を、なさいますか?店の者に聞けば、ラヴィソン様の希望にそうような本がどれか、いくつか提案してくれると思います」 「ぜひ」 「は」  フォールに促されて、痩身の店主は前掛けをモジモジと弄りながらラヴィソンのそばに寄り、どんな本を探しているの?と尋ねてみた。彼が噂の、異国から来た薄幸の青年であるだろうことは確信しつつ、顔見知りのフォールの従者っぷりに驚きつつ。 「あのね、お友達同士が仲良くして、一緒に冒険とかするのがいいの。あるかな?」  清廉で利発そうな薄い表情のまま、発せられる可愛らしい口調に店主は面食らう。言葉がうまくなかっただろうかと、ラヴィソンが心配げに首をかしげると、我に返って自分の頭を掻きながら、店主は必死にラヴィソンの言うような本を思い出す。 「えーっと……冒険ね……短い話がいくつか載ってるのと、長い話と、どっちがいいかな」 「そうだねぇ」  フォールの見守る中、ラヴィソンは店主に色々と希望を伝え、店主も途中からは勘を取り戻して次々に本を紹介していく。店の前には人だかりができていて、他の客は遠慮して入って来ず、ラヴィソンはゆっくり買い物ができたし野次馬たちはゆっくりとラヴィソンを眺めることができた。  結局ラヴィソンは本を二冊に絞り、どちらも諦めきれなかったので両方を買い求めた。お金を支払う段になり、店主の言った金額を覚え、札入れから慎重に紙幣を取り出して、足りるように数え、渡す。店主はそれを受け取ったかと思うと、すぐにきっちりとお釣りを返して来た。ラヴィソンは感心し、また、支払いを済ませることができたことが嬉しかった。もらったお釣りを丁寧に仕舞うと、かばんに戻し、手に入れた本も丁寧にかばんの中へ。そうして蓋を閉めて顔を上げると、店主ににっこりと微笑んだ。 「本当にありがとう。この本、大事にするね」  ラヴィソンの生まれて初めての買い物は、とてもいい買い物になった。店を出ると集まっていた人たちに少し驚いたけれど、それどころではない。自分は、自分の働いたお金で自分の好きな本を自分で選んで買ったのだ。なんという達成感だろうか。ラヴィソンはフォールを見上げると、しあわせそうに笑った。 「すごいでしょ」 「すごいです」  ラヴィソンがへろりとこの国の言葉を使うものだから、フォールも思わず平たい返事をしてしまう。まずいと思ったけれど、ラヴィソンは気にすることもなく、かばんの肩紐を握って、これがしあわせの重みだろうかとニコニコとしている。たった二冊の小説。ラヴィソンにとってそれは、そこに描かれている冒険譚よりもよほど大きな冒険の成果に思えた。  順調な滑り出しで、二人は集まっていた人をかき分けるようにしてまたぶらぶらと散歩を再開する。色とりどりの花を売るお花屋さんや、ラヴィソンの大好きなお菓子屋さん、天井からたくさんの生肉がぶら下がるお肉屋さんなど、ラヴィソンは自分の生活の登場するすべては、誰かがこうして売ってくれて、側仕えたちが買い求めてくれて、自分の目の前に差し出してくれているのだと知り、つくづく感謝した。 「ここは何の店か」 「は。薬屋でござます。医者にかかるほどでもない体調不良などの相談にも乗ってくれます」 「素晴らしいことである」 「腹痛ですとか、ちょっとした怪我ですとか、そういう場合はここで薬を買って自分で治します。あとは、石鹸や手荒れに塗る軟膏などもございますね。精油も置いています」 「見ても良いか」 「もちろんでございます。……どこか、お加減がよろしくないのでしょうか?」 「いや、僕ではない」  ラヴィソンはその店に入ると、本屋とはまた違った作りにキョロキョロし、棚に整然と並べられた商品をじっくりと眺めた。そして、またしても珍客に驚き固まっている店員に話しかける。 「あのね、手のカサカサに効く軟膏はありますか?僕じゃなくて、お家の人が使うの」 「あああ、あれね、あれはね、ありますありますあるあるある」  ラヴィソンはその店で、アンに手荒れに効く軟膏を、ゼンとダンには疲れに効く精油を買い求めた。使い方もよく聞き、覚えようとするラヴィソンのために、店の人は紙に書いて一緒に袋に入れてくれた。自分以外の人のことを思いやる青年が微笑ましかった。そばにいたフォールも同感で、なんてお優しいのだろうかと感激している。 「ありがとう」 「こちらこそ、ありがとう。また来てね」 「うん」  ラヴィソンはまたしても支払いを済ませることができ、安堵のうちに商品を受け取った。小さい物なので、それらもかばんに仕舞う。しあわせが増えたような気分だった。  店を出るとまた人がいたけれど、もう気にもならない。ラヴィソンはフォールの方をじっと見て、とても真剣な顔で言った。 「フォールにも、何か、そう思ったのだが」 「恐れ多いことでございます。お気持ちだけで、私にとっては十分すぎることでございます」 「なんだか、これだ、とそう思うものがなかったのだ。いずれ、見つかれば」 「どうぞ、そのようなことは」  フォールは恐縮しすぎて汗をかくほどだった。主から何かを下賜されるのは名誉なことで、だけどそれは今の自分とラヴィソンの関係においては少し不自然だ。それに、ラヴィソンのこうした買い物に随行できるだけでも本当に充分フォールはしあわせだった。嬉しそうな表情や、お側仕えのことを思いながら品選びに悩む主など、なかなか見られるものではない。自分が忠誠を捧げている美しい人は、こころの奥底まで美しいのだと、それが改めて知れる。とてもありがたい経験だ。

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