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第3話

「つっ!」灯真のほうが微かな声をあげた。 雫の口中に鉄のような味が広がった。指に噛み付いてしまったようだった。 が、灯真は指を銜えさせたまま、腰の動きをさらに強めてきた。 「んっ!」「んっ!」突き上げられる衝撃に喉の奥が鳴る。 こんなことをされるために、自分は呼ばれたのか。 こんな主のことを、少しでも可哀想とか綺麗だとか思った自分が腹立たしかった。 早く。早く終わって! 足の指が、痙攣しながらきゅっとまるくなった。 うなじに、灯真の舌が這う。重なったからだが、びくん、と一瞬震えた。 ふいに、灯真はすっと体を離すと、なんの余韻もなく雫の中から出て行った。 自分の血と、雫の唾液で濡れた手を、雫の背中にこすりつけて拭き取ると、 「すんだ。出て行け。」と無機質な声で言った。 「は・・・。」呆然と動けない雫に、「邪魔だ。もう寝る。」とさらに言う。 のろのろと体を起こして、ベッドサイドに脱ぎ捨てた自分の衣服を手探りでかき集め、 ドアを開ける。 廊下の灯りが部屋をぼんやり照らす。 灯真はベッドの上に全裸で仰向けになり、見えない眼で天井を睨みつけていた。 薄明かりのなかで服をつけて、少し迷った後 「おやすみなさい」と声をかけた。 どんなに酷いことをされても、自分はこの主人のところにいるしかないのだ。 返事は返ってこなかった。 自分の部屋に帰る途中で、お抱え医師の長瀬に見とがめられた。 「怪我したのか。」背中についた灯真の血が、シャツに滲んでいた。 「いいえ・・・」自分が灯真の指を傷つけた、と話すと、長瀬は眉間にシワをよせた。 が、優しい口調で、「炎症をおさえる塗り薬をあげるよ。君も痛いところがあるだろ。」と言った。 思わず俯いて目をそらした。恥ずかしくて泣きそうになった。 きっとこの人はなにもかも知っているのだろうな。 知っていて・・・。酷いひとたち。 けれどなぜか、灯真も長瀬も他人をいたぶって喜んでいるようには感じられなかった。 「いつか・・・・。」長瀬はすこし遠くを見るような眼をした。 「あの子を救ってくれる子が現れるんじゃないかと・・・。」 「え・・・。」 「ああ、すまない。なんでもない。あとで部屋に届けるから、シャワーを浴びて、  それから薬をつけなさい。」 「・・・はい。ありがとうございます。」

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