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第5話
そういえば・・・。
この前の夜、雫の身体中に唇をはわせた灯真だったが、キスはしてこなかった。
そのことを灯真に尋ねると、彼は無表情でこう応えた。
「キスは、愛しているものにするものだそうだ。」
体を求めるだけ。愛してはいない。おまえはただのおもちゃ。・・そう言われているようだった。
うつむく雫に灯真が問うた。
「おまえこそ、なぜここまでする?」
返答に困った。
「ぼくは・・・灯真さんのお世話が、仕事ですから・・・。」
考えた末そういうと、灯真はなぜか少し傷ついたような表情を一瞬見せて、
「もう寝る。・・次からはちゃんと自分で食べるよ。」
というと横になって背を向けてしまった。
灯真はほんとうに体が弱くて、しょっちゅう熱を出して寝込んだ。
雫を抱くときは、よほど体調がいいときなのだとわかってからは、
「夜伽」を申し付けられると少しほっとするようになった。
かといって行為そのものはまったく好きにはなれなかった。
第一、灯真の雫に対する仕儀は甚だしく一方的で、自分勝手なものだった。
自分が昂れば挿入し、果てれば終わる。相手のことなど頓着しない。
欲望は満たしたいが、コミュニケーションをとる気は全くないのだと雫は思った。
雫のほうから何かしようとすると、体に腕をまわすことすら拒否された。
「余計なことはするな。」人形のようにしていろということか。
でも。普段の灯真こそ、人形のようだった。
放って置いたらいつまでも窓辺にぼんやり座っていたり、家庭教師による授業中も、
聞いているのかいないのか。
食べることにも消極的だった。
彼が能動的に動くのは、雫の肌を弄ぶときだけ。
それもまるで、子供が一人遊びをしてるみたいに。
しかも全く楽しそうでなかった。
「絵がね、好きだったんだよ。」長瀬医師が教えてくれた。
「母親の形見の絵の具があって。」
「幼いころから弱視だったけれど、とても綺麗な絵を描く子だったんだ。」
母を亡くして孤独なこどもが、大好きな絵を描く事もできなくなった。
もう誰と、どうやって遊んだらいいのかわからない。
そのまま、体だけ成長してしまったのかな。
少しつらそうに、長瀬はそう言った。
まだそのこころに寄り添うことはできない。
けれど雫は灯真のことが気にかかってしかたなかった。
昼間はまるで存在を忘れているかのように無視されていても、
彼のそばにひっそりと付き従った。
手を伸ばして触れれば壊れてしまいそうな、透き通る頬。
血のような紅い瞳。さらさらと衣擦れの音をたてる白銀の髪。
何度見ても見飽きない。美しい少年。
暗がりでいたぶられるとき、その姿を脳裏に想い描く。
そのとき生まれる恍惚を、不思議なもののように雫は感じた。
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