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第7話

灯真は一瞬、体の動きを止めた。 「寝ぼけてるのか。それとも馬鹿にしてる?」 乱暴に突き上げられて、一瞬止まった呼吸を整えた。 「見えなくても、きっと灯真さんなら描ける。僕も手伝います。  絵のことはわからないけど、でも、灯真さんの描いた僕を見たい。」 形になんかなっていなくていい。 あなたのその「眼」に、自分はどんなふうに映っているのか。 見たい。見てみたい。 「ふん。」灯真は鼻で笑った。そして「もう黙れ。」といって、行為を続けた。 雫もそれ以上は逆らわずに口をつぐんで、灯真を受け止めた。 けれど。 その夜灯真は、果てたのちもしばらく雫を傍らに置いて、じっと虚空をみつめていた。 しばらくして、灯真はしまいこんでいた昔愛用の絵の具をひっぱりだしてきた。 手探りでふたを開けるとお得意の舌で色を「見分けて」みようとして、 長瀬医師にこっぴどく叱られることとなった。 「ヴァーミリオンは硫化水銀だし、カドミウムレッドにいたっては、  君なら2gで致死量だよ。」 あわてて灯真の顔や指にべっとりついた絵の具を拭き取りながら、 「僕が色を憶えます」と雫がいうと、 「だめだ。それじゃまどろっこしい。」とにべもない。 「ほんとうに描く気なのか。」長瀬が呆れたように言った。 「発色は落ちるけど。」そして折れた。 「安全な材料の絵の具を探してあげよう。お絵描きはそれからだ。」

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