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第8話
画材が揃うまで、まずはデッサンだ。灯真はそう言って、雫の服を脱がせた。
暗闇で絵のモデルをするのは不思議な感じだったが、たしかに灯りは必要ない。
厚手の紙に、先を鈍く尖らせた木の棒をあてる。
紙がへこむので、指でラインを確認できる。
灯真は雫の体をまさぐりながら、彼の姿を紙に写しはじめた。
最初は思うようにいかなくて、何度も癇癪を起こしたが、
そのうち、思った線がひけるようになってきた。
正直、抽象画のようなものを想像していた雫は驚いた。
灯真の描く線は、かっちりと人の姿を形作っていたのだ。
「みんなすぐにいなくなる。」描きながら灯真がつぶやく。
「最初はへらへらおべっかをいうんだ。でも目がさめたらいなくなってる。
見えないから、いないことにも気付かなくて。名前を何度も何度も呼んで。
ばかみたいに。」
「先生に、あの子はもう辞めたんだよ。っていわれて、はじめて気付くんだ。
そしてまたかわりの子が来る。」
めずらしくその日の灯真は饒舌だった。
「とうさんも僕には近寄らない。かあさんはもう居なくなったし。」
実の母親は病死だと聞いた。父親は若い後妻とともに今諸国を漫遊中だ。息子を置いて。
「雫は、・・・・この絵が出来るまでは、ここにいるよね。」少し不安そうな問い。
長い睫毛が震える。
ああ、だから描く気になったのかな。灯真の孤独に触れて胸がきゅっと音をたてた。
「僕は」雫は自分の肌をすべる灯真の指先をあたたかく感じながら答えた。
「ずっとここにいます。」
「そう。はじめは、みんなそういうんだ。みんな嘘つきだ。」
灯真は頑なだった。
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