11 / 72

第11話

その夜、仰臥した雫に重なりながら、灯真は初めて自分から唇をよせた。 あたたかく濡れる舌に誘い出されるように、雫も舌を絡める。 あまい疼きが、体の芯を走り抜ける。しっとりと濃密に溶けあい求め合う。 闇の中に、しばらくお互いを貪る音と、熱いため息だけが響いた。 「しずく。」ようやく唇を離した灯真が荒い息で囁いた。 「どこにもいかないで。ずっとそばにいて。」 「灯真さん。」雫は驚いた。灯真のこんな話し方は初めて聞いた。 「抱いていい?」雫はおずおずと自分の腕を伸ばして灯真の背中に触れた。 「うん。」灯真が素直に頷く。 そのまま、痩せたからだに初めて腕を巻き付けた。 ガラス細工のような、壊れそうな体。 「どこにも行かない。ぼくも灯真さんのそばにいたい。」 手のひらで、そっと髪を撫でた。「ほんとう?」湿った声。 「うん。」短く、でもはっきりと応えた。 再び重なる唇。さっきより、ずっとやわらかに、ゆるやかに。 相手をかき抱くように動いていた手は、いつしか指と指を絡めて重なった。 長い長い口づけと愛撫のあと、雫は灯真の下でからだを開いて、彼を迎えいれようとした。 いつものように声を殺している雫の耳元で灯真が囁く。 「声・・・声出して。聞かせて」 いいの?の問いが喘ぎに変わった。官能の予感に肌が震える。 「うん。雫の声は信じる。」そう言いながら、灯真が入ってくる。 「んっ・・。」控えめな声がもれる。 「もっと。」 「でも恥ずかしいよ。」今まで出すなって言ってたくせに。 けれど今夜の灯真は、これまでのように自分勝手ではなく、雫の反応を読んでくる。 「あっ」「ん!」知らず知らずに声を引き出される。 「は・・・んっ・・。」しっかりと繋がったと同時に、首筋に、灯真の舌を感じた。 「あっ・・・、そこ・・。」「きもちいい?」「ん・・・。」 灯真の舌が、雫を煽る。「あっ・・・ん・・。」「ああっ」 そして、次第に艶をます雫の声が、逆に灯真を煽った。灯真の動きが激しくなる。 「こんなふうに」灯真がうわずった声を出した。 「ほんとはいつもこんなふうにしたかったんだ。」 「とうま・・さん?」 「でも、そうしたらもっと好きになるから。」「ん・・・っ。」 「言葉には嘘があるのに。でもいつも声を交わすともっと好きになってしまう。」 「あ・・・。」 「好きな人が・・好きになった人がいなくなるのは、もういやだ。」 雫はもう一度腕をまわして、荒い息をつくその細い体を抱きしめた。 「ぜったい。どこにもいかない。約束、します」 「灯真・・灯真さん!」 ねえ。もう、ひとりよがりでひとりぼっちのさみしい夜はおわり。 二人で一緒に、高みまで昇ろう。 愛おしさが溢れる。灯真。灯真。名前を何度も呼んだ。 君のすべてが、僕のすべてであるように。 ーーーー僕のすべてが、君のすべてでありますように。 翌朝、いつまでも起きてこないのを訝って、長瀬医師が灯真の部屋を訪れてみると、 二人はベッドのなかで、子猫のように四肢を絡めて抱き合って眠っていた。 医師は一瞬面食らった表情を見せたが、無心に眠る彼らの穏やかな寝顔に、 ふっと頬をゆるめた。 彼は小さく肩をすくめ、二人の体にそっとシーツを掛け直してやると、 静かに部屋をでていった。 第1部・完

ともだちにシェアしよう!