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第14話

乾きを癒し、飢えを満たすように、雫の肌を灯真の舌が這う。 雫の体のすみずみまで、灯真の意識がはりめぐらされているようで、 いつも雫は感嘆してしまう。 「ああっ。」艶やかな声を引き出されながら、全身がびくりと跳ねる。 「ふふ。」雫の肌を味わいながら灯真が会心の笑みをもらす。 彼の快楽を統べている喜びにひたっているようだった。 でも。やはりすこし寂しい。僕のこんなに感じてる顔を、 灯真さんは見られないのだ。 「ふ・・・・んっ!あっ・・・。」 灯真の昂りが、雫を貫く。ああ。今このときの僕を見て。 体中であなたを感じているときの、この顔を見て欲しい。 雫は全身で反応を示しながら、これまで何度も何度も考えていたことを 今また、思うのだった。 『僕の目を、灯真さんにあげられたらいいのに。』 結局二人で果てたあとも、3週間分を埋めるようにベッドの上で裸のまま、 途中でキスや愛撫を挟みながらじゃれあって、夕食の時間を迎えてしまった。 「まったく。また風邪をひいたらどうするんだ。」 長瀬医師のお説教に二人して首をすくめる。 灯真は食が細くて好き嫌いも多かったが、雫が来てから少しずつ、食べる量が増えて来た。 それでも健康な雫のほうが成長が早いと見えて、2歳年下なのに、身長も変わらなく なってきていた。灯真は体も細いので、知らない人が見たら雫のほうが 年上に見えるかもしれない。 「これ、おいしい。」雫がわざと大げさに言ってみせる。 料理人がうれしそうに「鯛をマリネにして、バジルソースをかけたものです。」と 説明すると、フォークを持つ灯真の手をとって料理の皿まで導き、 「ほら、灯真さん、これだよ。食べてみて。バジルのいい香りがするよ。」と促す。 「鯛の身が透き通ってて、ピンクのところがとっても綺麗だよ。」 「あっ、こっちはまだ熱いから気をつけて。」 暗闇で少しでも不安なくものを口にできるように、気遣いを怠らない。 長瀬はいつも感心して雫を見ていた。 「ああ、そうだ。」医師が突然思い出したように言った。 「あす、旦那様が戻られるそうだ。」 一瞬、咀嚼をとめた灯真は、またすぐ顎を動かしながら、 「そう。」とだけ言った。 「あの人も一緒だよね。」無表情で聞く。 「あの人・・・ああ、千景さん。もちろん。」 「そう。」 急にこわばった表情をみせる灯真を、雫は不安そうな顔で見たが、黙っていた。 灯真を部屋に送ってから、雫はダイニングでグラスを傾けている長瀬に聞いた。 「灯真さんと旦那様って、仲が悪いんですか。」 「うん・・・・。」長瀬はグラスを揺らしながら眉間に皺をよせた。 「旦那様は、この家の未来の当主としては、灯真を見限ってる。」 「・・・・・。」 「体が弱いし、目が不自由だからね。でも息子としては可愛がってると思ってたんだ。」 「思ってた・・・。」 「千景さん・・・後妻さんも、灯真と仲良くなろうとしてたんだよ。  でもいつのころか、旦那様とも千景さんともぎくしゃくしはじめて。」 「なにかあったんでしょうか。」 「灯真の目が、完全に見えなくなったのもその頃なんだけどね・・・。」 雫の胸にかすかな翳りが芽生えた。 灯真の傍若無人、不遜な態度、全て裏返せば、不安と絶望と哀しみだった。 ならば、きっとこれにも理由があるに違いない。 けれど、今無理に聞き出すのもよくない気がした。

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