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第19話

「なんということだ・・・・。」 雫の話を聞いて、長瀬医師は頭を抱えた。 「わたしがついていながら、気付かなかったとは・・・。」 悔しそうに拳で自分の太ももを殴りつける長瀬の姿を、雫は複雑な思いで見た。 前から感じていたけど・・・・、このひともきっと、灯真さんのことを すごく愛している・・・。もしかしたら僕なんかより強く。 「だがそれで、得心がいくこともある。」呻くように長瀬が言った。 灯真は着替えなどの際にも、メイドに触れられるのをひどく嫌がった。 長瀬や雫がそばにいなければ、近づくことさえ許さなかったのだ。 「使用人たちに聞いたのだが、千景さんは結婚当初から、旦那様のことは  あまりよく思っていなかったようだ。」 あの方は、わたしのことを跡取りを産む道具としか思っていないのよ。 そんなことを言っていたらしい。 同じ駕篭の鳥どうし、灯真にシンパシーを感じたとでもいうのだろうか。 千景の真意はわからなかったが、それにしても。 あまりに乱暴すぎる。 「最近・・・わかってきたことらしいんだが。」 長瀬が苦しそうな顔で言った。 「虐待をうけた子供は脳の機能が部分的に悪化するそうだ。  ・・・たとえば暴言を浴びせられ続けた子は聴覚野が縮小する。  自分の心を守るために、脳が殻をつくって閉じこもるんだろうね。」 「先生?」 「研究では・・・・。性的虐待は、視覚野を著しく縮小させる。」 長瀬の言葉に、雫の中の軸がふっ、と揺らいだ。 世界が急に歪んで傾いたように感じて、よろめいた。 灯真の光。 まだ少し見えていた。・・灯真の目。 堪え難い現実をなかったものにしようとして、灯真の脳は一切の映像を拒否した。 その代償になったものは、灯真が見るはずだった美しい風景やひと、もの。 あの人が・・・・奪ったのか。 「・・・・とにかく、灯真に彼女を近づけないように、気をつけよう。」 長瀬が呻くように言った。

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