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第22話

目の前の千景から吹き出る血が、雫の全身を朱に染めていた。 驚いてはっと自分の手元を見た。 果物ナイフが。 べっとりと赤く染まった刃先をぬらぬらと光らせている。 視線をゆっくりと目の前に戻すと、血の吹き出る首筋を手で押さえた千景が、 まるで死神と出くわしたような顔で雫を凝視していた。 「ひっ・・・・!」 一気に下半身から力が抜けて、床にへたり込んだ雫を目で追いながら、 千景はゆらりと足を踏み出した。 尻で後ずさるようにして壁際に逃げた。 手を、朱に染まった手を、雫のほうに差し出して、何度かぱくぱくと口を動かし、 獣のようなうなり声を絞り出したとたん、千景はうつぶせにどさっと倒れた。 「・・・・・・!!」声が出ない。 カチカチカチと歯がなるのが止められない。 恐ろしくてなにも見たくないのにまぶたも閉じない。 なにより、右手に握りしめた血まみれのナイフが、どうしても離せなかった。 いったいなにが起こったのか。どんなに記憶をまさぐっても、 肝心なところが白く焼け落ちたようになって思い出せない。 でも、この状況。明らかだった。 僕が・・・・・。刺した。 目の前の千景は、もうぴくりとも動かなかった。 首筋からはまだとろとろと血が流れでて、体の下に血だまりを作っていた。

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