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第28話

たしかに、なんの見返りもなく、罪人を匿え、というのは不自然な話だ。 そして、金品を持っていない雫に出来る事は限られていた。 が、雫は、これは長瀬が自分に下した罰なのだと思った。 「いいんだな?」 雫は静かに頷いた。熊みたいなこの男に、好きなようにされる。 「はい。かまいません。」唇が震えた。自分はそれだけのことをしたのだ。 「ふん。」 千田は雫の腕を掴むと持っていた荷物をひったくって床に投げ捨て、 その体をベッドに仰向けに倒した。 シャツを脱いで、筋肉質の引き締まった上半身を晒すと、にやりと笑う。 「ダッチワイフのなぎさちゃんじゃあ、物足りねえと思ってたんだ。」 灯りをつけたまま服をはがされた。 雫は千田にされるがまま、ただ、そっと目を閉じた。 だが、千田は思っていたよりもずっと紳士的だった。 息は酒臭かったし、手はごつごつと節くれ立っていたが、触れ方は優しかった。 人肌がひさしぶりらしく、ひととおりなで回されて唇をつけられた。 雫は声も立てずにただ、刑に服するような気持ちで堪えた。 膝で雫の太ももを割って、自分の下半身を割り込ませた千田は、 まったく反応を示さない雫に物足りなさを感じたのか、 両腕を頭の上で組ませると手首を押さえつけてぐいとのしかかってきた。 「これじゃ、人形とかわんねえじゃん。  なあ。もうちょっと声とかあげてくんないかな。」 そういわれたとたん、 ーーーーーー声、声出して。聞かせて。 灯真の囁きがふいによみがえった。 ああ、あれは灯真さんが、ぼくの絵を完成させた夜の。 封印が解かれたように、灯真との思い出が次々と胸にあふれた。 ーーーーーー雫の声は信じる。 しよう、雫。 そう言って甘えてきたときの。    へたくそ。そう言って笑ったときの。灯真の顔。 僕のすべてと思って来た。灯真の白いからだ。銀色の髪。ながい睫毛。 ・・・・しずく?・・・しずく?・・・ 雫を求めて手を伸ばす灯真の姿が浮かぶ。さまよう細い指。 押さえこんでいた激しい哀しみが堰をきったように溢れ出して来た。 しずくと一緒に行く。離れたくない。そう言ったひとを置いてきた。 もう二度と、逢えない。触れられない。声も聞けない。 どうして。どうしてこんなことになってしまったのか。 ぼくがあんなことしたから。取り返しのつかない、大変なことを・・! 灯真。灯真さん。ごめんなさい。 涙が零れる。あとからあとから流れ出してシーツを濡らした。 ーーーーーーずっとそばにいて。どこにもいかないで。 そう。どこにもいかない、そばにいるって、約束したのに! 喉の奥から嗚咽が漏れた。 僕は・・・・嘘つきだ。大嘘つきだ。 どうか神様。僕を地獄に落としてください。 ついに声をあげて泣き出した雫に、千田はひるんだようだった。 「お、おい・・・なんだよ。そんなイヤなら・・・。」 「ごめんなさい。続けてください。」泣きじゃくりながら謝る雫。 「続けてくださいって言われてもなあ・・・・。」 千田は完全に興を削がれた様子で、体を起こすと、 雫を押さえつけていた腕を離して、自分の頭をぽりぽりと掻いた。 「まいったなあ。ガキはやっぱめんどくせえや。」 「止めないで。これは罰なんです。僕は罰を受けなきゃ。」 雫は千田の腕を掴んでひきとめた。が、その言葉にかえって鼻白んだ様子の千田は 「勝手に人を刑の執行人にするな。・・・・これもう、ほら、萎えちゃってんじゃん。」 自分の足の付け根を指でちょんと指し示し、雫の頭をポン、とはたくと、 「もう、今日はゆっくり寝ろ。」と言った。 「でも。」 「ああしつこい。この次は泣こうが喚こうが掘ってやるからケツ洗って出直せ。」 そのままスタスタと部屋を出て行ってしまった。 雫は裸のまま、身を捩って泣いた。こんな優しさはかえって酷だった。 ますます自分が情けなくて、哀しくなった。 いっそぼろぼろになるまで(なぶ)られたほうが、きっと気が楽だっただろう。 ほとんど夜通し泣いて、明け方泣きつかれてうとうとしたら、 今度は血まみれで迫って来る千景の夢をみて悲鳴とともに飛び起きた。 ああ・・・・そうだ・・・。僕はひとごろしだった。 絶望感とともに改めてそう思った。

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