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第33話
千田の計画を聞いた雫は、最初目を大きく見開いて
「ほんとにそんなことできるんでしょうか。」と言った。
「長瀬の手紙によると、警察も屋敷まわりにはもう注意を向けていないらしい。
あとは・・・おまえ次第だな。」
千田の言葉に雫は「はい・・・。」と考え込み、しばらくして
「やります。」ときっぱり答えた。
その日から千田は、「俺も木はあんまり詳しくないけど・・・。」
と言いながら庭木や花についての知識を、知っている限り雫に教えた。
「まあひととおりわかったら、あとは向こうのじいさんに直接習えばいい。」
「はい。」
「長瀬は、このことは知らない。上手くやれ。」
「・・・・はい。」
「それで・・・顔のことなんだが。」
「千田さんが言ってた方法でいいです。」
「やるときは麻酔かけるけど、あとが痛いぞ。」
「大丈夫、ガマンできます。」
「いや・・・・やっぱりどっか形成の専・・・。」
「千田さん。」雫に目で諌められて、小さくため息をついた。
他に頼めば手術の記録が残る。それはたしかにリスクが大きかった。
自分に形成外科のスキルがないのが悔しかった。
「じゃあ、明日、予定通りやるぞ。」
「はい。お願いします。」雫は晴れ晴れとした顔で微笑んでみせた。
その夜、これを最後にする、といって雫を抱いた。
灯真のもとに戻る決心をした雫と寝るのはどうか、と思ったが、
やはりどうしても、気持ちがおさまらなかった。
雫の綺麗な顔をみる、最後の夜だ。
雫が、本来の雫でいられる最後の夜だ。だから俺がそれを看取るんだ。
大きく開かせた太ももに唇を滑らせる。
「あっ・・。」ちいさく呻く声を聞きながらさらに中心にむかって責める。
「うんっ。」敏感なところに触れられて、背中をしならせる体を
片腕で抱えて、もう片方の手を雫のなかに滑り込ませる。
「はぁっ・・・。」足の間から上半身を上に乗り出して、喘ぐ唇を捕らえた。
下から指で、上から舌で。同時に責め立てる。
「う・・・・ん、せんだ・・さ・・。」ああ。まだ俺だと認識してるな。
それを確認すると、引き抜いた指のかわりに、自分自身をあてがった。
片方の太ももをぐいと持ち上げて、斜めの体勢をとる。
「あっ。ん!」
「雫、目開けろ。」
「ん・・・・。え?」
「目あけて俺を見ろ。」
押し開けた瞼の向こうに切なげな表情の千田の顔があった。
ぐっと押し入ってくる。
「あっ。」
「閉じるな。見ててくれ、俺の顔。」
「は・・・い。」
雫は両手を千田の肩に巻き付け、しっかり目をあけた。
そのまま、至近距離で見つめ合ったまま、荒い息を吐きながら奥深く繋がった。
「綺麗だよ、雫。お前の顔、すごく綺麗だ。俺が覚えておくからな。」
「せ・・・んださん・・・。」
「貴之。」
「え?」
「たかゆきだ。千田貴之。」
雫が喘ぎながら微笑んだ。「たかゆきさん。」
「うん。」
「たかゆきさん。」
「しずく。」
胸が締め付けられそうになって、雫の体をかき抱くと、彼の体を突き上げた。
壊れ物のように思う気持ちと、折れるほど強く抱きたい気持ち。
突き放したいような、閉じ込めておきたいような。
上手くやれ。いや、失敗すればいい。
帰って来るな。・・・・いいや、帰ってこい。
行ってしまえ。ああ、違う。行くな。・・・・行くな。行くな。
突き上げ、また戻る心に翻弄されて、雫は切れ切れの喘ぎをきかせていたが、
千田が果てるのに合わせたように、ぐったりと脱力した。
かくんと落ちた頭を支えてやろうとして、千田は雫の唇が音もなく動くのを見た。
その唇はやはり、千田の名を形作ってはいなかった。
「ほんとうにいいんだな。雫。」
翌日、雫はベッドに横たわって千田を見上げていた。闇で手に入れた麻酔薬で、
もうすでに半分眠りかけている。
「はい。でも千田さん、目だけは・・・。」
「わかってる。絶対に目と視神経は傷つけない。」
久しぶりに着る手術着に手袋。だけどこれは悪魔の手術だ。
自分で言い出した事とはいえ、千田の心は重かった。
ああ、俺の悪夢のレパートリーが増えちまうな。
やっぱり抱くんじゃなかったか。
昨夜の官能が気持ちを塞がせた。
せめてなるべく痛みが少ないように。俺にはそれしかできない。
千田も腹をくくった。
手術後、麻酔から醒めた雫は、激しい痛みを黙って耐えた。
熱をもった患部を冷やしてやると、すこしとろとろと眠り、また激痛に
目を醒すことを繰り返した。千田は雫のかたわらに座ったまま、手を握って眠った。
拳を握りしめる気配で目を覚ますと、そっと冷やしたガーゼをとりかえてやる。
そのとき覗く傷口に胸をえぐられる想いがした。
苦しそうな寝息をたてる雫の髪をそっと撫でながら、「ごめんな」と呟いた。
数日後、痛みが引いて来ると雫は農作業に出ようと起き上がった。
「おい、まだ無理だろう。」止める千田に、
「これ以上寝てたら体が・・・。」といいかけて、自分の声に驚いたように黙った。
「声帯も傷つけたから。」辛そうにいう千田に、雫は笑って見せた。
「はい。ありがとうございます。」
余計に辛かった。その笑顔が、痛々しく引き攣れていたから。
最後の夜は一緒に眠った。
千田は雫をただ抱きしめて、自分の手でめちゃめちゃにした雫の頬に
何度も唇をつけながら髪をなでた。
愛する人のそばにいるために、これからずっと日の当たらない道をゆくことになる、
彼のために祈りながら。
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