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第35話

あとは黙ってたたずむ庭師の気配に、なぜだか落ち着かない気持ちになった。 どうしてだろう。胸がヒリヒリする。 鼓動が早まった。 喉が焼け付く気がして、唇を少し舐めた。なぜ。これはなに? ・・・・なつかしい。 ああ。そう、泣きたいくらい    なつかしい気配。 灯真は思い切って庭師に声をかけてみた。 「庭を・・少し歩きたいんだけど。」 庭師は少しとまどったような様子で、だがしばらくして言った。 「かしこまりました。足元が危ないですので、お手を。」 庭仕事でかさかさに荒れた冷たい手が、灯真の手をとった。 手を引かれて一歩、また一歩花の中を進む。 少し地面のくぼんだ場所、木の枝が張り出しているところ。 さりげなく彼を誘導し、安全に歩けるように導く手。 そう。この・・・・・。 この手。 何度も何度も夢に見た、あのなつかしい手。 ああでは、これは夢?  灯真のうなじがざわりと粟立った。 いや、違う。 僕は今、確かに「この手」を握っている。 甘い香りを放つ花の中で、灯真は唇を大きく震わせた。 頭で気付いたときにはもう泣いていた。 光を映さない双眸にみるみる涙があふれ、堪えきれずにぽたぽたと落ちた。 灯真の異変に気付いた庭師が、あわてて 「と・・・、坊ちゃん、どうされました。どこか痛いところでも?」 と、しゃがれた声で訊いた。 「しずく・・・・。」 ふるえる声で、愛しい名前を呼んだ。

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