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第36話

はっ、と、息を吸う気配とともに、とっさにふりほどこうとした手を強く握りとめる。 「しずくだ・・・。そうだね?」 「いえ、わたしはそのような名では。」 メイドが話していた庭師の風貌のことをはっと思い出し、狼狽する庭師の手から腕、肩へと 順にまさぐった。 ・・・体はずいぶんがっしりしてる。背も少し高い。 でもそれはきっと、離れてすごした年月のせい。 両手で顔を捉えた。 「ぼっちゃ・・・」 指先にケロイドのつるつるした凹凸と、ひきつった皮膚の皺が触れる。 まるで人ではないような感触に、一瞬ひるんだ。 けれど。 その奥の、骨格。耳の形。 つぶれた声を出している、顎から喉のライン。 そして、かさかさにひび割れているけれど、なつかしい、唇。 あふれる涙を拭うのも忘れて、灯真は庭師の顔に指を走らせた。 「こんな!・・・こんな火傷くらいで、僕をごまかせると思うのか!」 思わず叫んだ灯真の強い口調に、抵抗していた庭師の動きが止まった。 「お前のことならなんでもわかる。なにひとつ忘れてない。しずく!」 灯真の慟哭に応えるように、庭師の喉の奥で、嗚咽がもれた。 「灯真、なにしてる?」 長瀬の声と、駆け寄る足音が聞こえた。はっとしたように庭師が身を引く。 灯真の指が虚空をさまよった。 「先生!しずくを捕まえて!」悲鳴のような叫びをあげる灯真。 駆け去ろうとする庭師を長瀬が追った。 「待ちなさい。」 肩を捕らえて引き止めると、振り向かせた顔をみて息を呑んだ。 「雫なのか。ほんとうに?」目をすがめて問い直すが、答えは返らない。 だが、その焼け爛れた頬は涙で濡れていた。 「わざとやったのか・・・その顔。」 喉の奥で唸るように長瀬が呟いた。 「千田の仕業だな。」 庭師の膝が崩れた。 がっくりと地面に座り込む庭師の腕を掴んだまま、長瀬は嘆息した。

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