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第37話

大庭の真ん中に、花に囲まれるように立つ東屋(あずまや)に、雫は二人を案内した。 「段があります。気をつけて。」 さっきから腕を掴んで離そうとしない灯真の手をとって、エスコートする。 主を挟むように、長瀬と雫も腰をおろした。 「まったく、なんて無茶なことを。」長瀬の表情は硬い。 「・・・・ごめんなさい。」 俯いて詫びた雫は、だがすぐに顔を上げてまっすぐに長瀬を見つめた。 長瀬はまだ彼の顔が直視できず、微妙に視線を外した。 「先生。お願いします。絶対にご迷惑はかけませんから、このまま、庭師として   灯真さんのそばにいさせてください。」 「先生。」灯真も、雫の腕を掴んだまま声をあげた。 長瀬は唸った。 この少年は、灯真のもとに戻る、ただそのためだけに、おのれの声も名前も、 顔すら棄ててきたのだ。そして黙って、盲目の主のために花の香を届け続けた。 そのこころに今更ながら胸が詰まる。 それでもこのままそばにおくことへの不安は大きかった。 かといって、またこの二人を引き裂くようなことは・・・。 「僕はひとごろしです。」 ざらざらした声が雫の喉から流れ出る。 「その罪は一生消えません。でも、罰ならあとでいくらでも受ける。   腕でも足でも、差し出せといわれればそうします。だから今は、 灯真さんのそばにいさせてください。この人との約束を守らなくちゃ。 僕は灯真さんのそばから離れないって、そう約束したんです。」 傍らで俯いていた灯真の瞳がきらりと光った。 涙をひとしずく落として、灯真は顔をあげた。 「僕のせいだ。」 長瀬がその言葉に驚いた表情を見せる。 「雫が罪を犯したのも、その罪を償えずにいるのも、全部僕のせいだ。」 「灯真さん、それは違う。」雫の声を遮って灯真は続けた。 「違わない。僕が弱かったから。辛くて哀しいのは自分だけだと思って。   周りの人や先生が優しいのをあたりまえだと思って。 自分が弱くて守られてばかりなのも、当然だと思ってた。」 灯真の手がまた雫の顔を探り当てる。震える指で頬を撫でる。 「僕が雫を、こんな目にあわせた。」 雫が大きくかぶりをふって、灯真の手をとった。 「今度は僕が雫を守れるように強くなる。そして罰なら、一緒に受けるよ。」 「灯真さん・・・。」 泣きながら抱き合う二人に長瀬はかける言葉がなかった。 灯真を甘やかして、あげく雫を放逐したのは自分だった。 わたしは何をしてきたのか。自分の愛情は間違っていたのか。 そう打ちひしがれながら、それでも今、目の前で自分の気持ちをはっきり 言葉に出した灯真の姿に、喜びも感じていた。 そしてああ、やはりわたしは、雫にはかなわないのだ、という寂しさも。

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