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第43話

「お前のほうこそどうなんだ。諒。」 「なにが。」 「お前、灯真のこと。前逢った時、一生守ってやりたい存在があるって。」 「うん。」 長瀬はまっすぐ千田を見た。千田も見つめ返す。 「僕はずっと変わらないよ。あの子の幸せだけ考えてる。でも。」 自嘲ぎみに笑って眼をそらす。 「雫にはかなわない。」 自分は灯真の保護者であればいいと思っていた。 気持ちを伝えるつもりもなかった。しかし自殺をはかった灯真に思わず 愛していると言ってしまった。 そのことで、さらに灯真を混乱させて、結果彼は自分の殻に閉じこもってしまった。 雫が戻ってこなかったら、はたして自分は灯真のこころを取り戻せていたのか。 ああ、不器用なのはお互い様だったか。 黙り込んだ長瀬をうながして床に座らせた。 ローテーブルに長瀬が持って来た酒瓶を置いた。 「なんだ、俺らふたりして、若いやつらに振り回されてんのか。」 「そういうことになるかな。」 「あほらしい。飲むか。」 「うん。」 適当につまみを用意して千田も尻を落とした。長瀬と差し向かう。 グラスの触れる音が部屋に軽く響く。 お互いの近況。灯真のこと、雫のこと。あっというまに夜はふける。 千景の話をするときに、長瀬は少し泣いた。 「気付いてやれなかったんだ。ホームドクター失格だ。」 「悟られたら嫌われると思ったのかな。自分が悪いんだって。」 千田も心が痛んだ。 新しいつまみを用意して、酒もまた出して来た。 まだいくらでも飲めそうな気がした。 が、やはり少しづつ酔ってきていたのか、干し肉をかみしめたつもりが、 千田の口のなかで「ぶつっ」とイヤな音がして激痛が来た。 「いってえ!」 前に口の中を噛んだところ。少し腫れて膨らんだようになっていた部分を、 また思い切り噛んでしまった。 「なんだ。どうした。」長瀬がグラスから顔をあげた。 顔をゆがめて千田が呻いた。 「噛んだ!!」 「どれ。」 医者の性分から、長瀬が体を浮かせて右手をのばし、千田の口元に触れた。 「いや、いいよ。」 「見せてみろって。」 親指と人差し指で千田の唇をつまんでめくってみる。 顔を近づけて覗き込み「あー。これは痛いだろ。・・・塗り薬持ってないのか・・」 ふいに千田が長瀬の手首を掴んだ。はっ、とした顔をする長瀬。 視線が絡み合う。千田の瞳が艶を帯びるのを見て、長瀬はあわてた。 千田は、まだ自分の唇にかかったままの長瀬の親指を、ちろりと舐めた。 さらに唇で甘く噛むように銜える。 「・・・よせ。」手を引こうとするのを、さらに強く手首を握りしめる。 親指を解放したと思ったら、顔をぐっと近づけてきた。息がかかる。 千田とはかつて、深く長い口づけをした。たった一度だけ。 それ以上は踏み越えなかった。踏み込ませなかった。 ・・・・怖かったから。 この男の情熱に焼かれるのが。その熱に触れて自分を見失うのが。 そして傷つくのが。 千田がさらに上体をこちらに傾けてきた。体重をかけられたら負ける。 躱すように後ろに下がった。だが手首を掴まれているので二人の距離は離れない。 「貴之、よせ。」

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