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第44話

千田が焦れた苦笑を見せる。 「お前あいかわらずだな。」 「お前こそ、その直情的な性質なんとかしろ。」 「あ?直腸?」 「ち・が・うっ!」 もう片方の手が伸びて肩を掴まれそうになるのを必死でかわす。 揉み合うような恰好になり、体格の差で長瀬が徐々に劣勢となった。 押し倒される!と思った時、それまで部屋の隅で存在を消したように 大人しくしていたアカネが、二人の間に割って入った。 ふたりの太ももに、片方づつ前足をかけて、おろおろしたように 交互に顔を見る。だらんと舌を出した口から、はっはっと呼吸音が漏れた。 「アカネ。」気勢をそがれた千田が間の抜けた声をあげると、 なだめるようにその顔を舐め回した。 「わ。やめろ。アカネ!わかった。わかったから!!」 思わず長瀬の手首を離す。 「喧嘩じゃねえから!まったく!」 長瀬は体勢を整えて、千田から少し離れて座り直した。 アカネを抑えながら、少し傷ついたような表情をみせる千田に、 「そうやって考えなしにつっぱしるから。あの時も。」と小さな声で言った。 「あの時?」千田の視線がさまよった。 「1年くらい前、あの船に乗ってたやつと偶然、会ったんだ。」 長瀬の言葉に、千田の眉間にきゅっと皺がよった。 「もう時効だろうって。そいつが言って。」 「・・・・・。」 「あのとき、正論ばかり吐く小生意気な若医者に、お仕置きしようって  計画が、船の連中の間であったそうだな。」 「なんのことだ。」 「次の港で連れ出して、数人で・・・。」 「知らんな。」千田はアカネを抱いたまま顔をそむけた。 「お前、それ止めようとしたんだろ。それで首謀者のあいつ・・・。」 「知らねえよ。あいつとは前から反りがあわなかったんだ。」 狭い船内で口論から殴り合いになった。拳が綺麗に入って、相手は仰向けに倒れた。 打ち所が悪かった。一旦は起き上がって悪態をつきながら自室に戻ったが 翌朝冷たくなっていた。急性硬膜下血腫。 計画性も殺意もなし。傷害致死。深く反省もしている。 実刑だったが刑期はそう長くなかった。千田は出所してから、この田舎で ひっそりと暮らしていた。 「小生意気な若医者って、僕のことだろ。」長瀬が呻くように言った。 「だからそんな話、知らねえって。」 千田は頑としてそう言った。長瀬は肩を落としていった。 「雫が、返り血にまみれてるのを見た時、目の前が真っ暗になった。  そしてすぐにお前の顔が浮かんだ。」 「・・・・・・。」 「雫が戻って来た時、灯真が言ったよ。自分の弱さが、雫に罪を犯させたって。」 「あの事件とお前は関係ない。何度も言わせるな。」 千田が大きな声を出した。アカネが耳を寝かせて千田の顔を凝視した。 「・・・・・すまない。」 小さくつぶやくようにそう言うと、長瀬はそのまま黙りこくった。

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