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第46話(千田スピンオフ・完)

翌朝長瀬が、少し腫れぼったい眼に、それでも晴れやかな笑顔を浮かべて 帰っていき、また千田の日常が戻って来た。 アカネの存在が徐々に大きくなっていくのを感じながら。 畑仲間にはなにも報告しなかったが、もう全員が、アカネは千田が 引き取ったものと了解しているようだった。 自分が死なせた男の命日には、船を出して海に花を投げた。 毎年一人だったが、今年はアカネも連れていった。アカネは不安定な 船の上で、尾を下げながらもおとなしくしていた。 花束が波にもまれてたゆたう海面に静かにこうべを垂れる。 赦しは望まない。ただただ己の罪と向かい合うだけだった。 畑での作業を終えて、夕焼けの空を見ながら帰り支度をしていると、 海のみえる斜面に座ったアカネが、突然まっすぐ空を向いて 「オオオオオオオォォォン」と遠吠えをした。 はじめはカラスにでも威嚇しているのかと思ったが、そうでもなさそうだ。 「どうした、アカネ。」声をかけたがアカネは千田のほうを見向きもせず 「オオオオオオオォォォン」と声をあげる。 ひどく物悲しい、心が締め付けられるような声。 「あ。」突然ことんと胸に落ちた。今日、シゲばぁ四十九日だ。 「オオオオオオオォォォン」 これは、アカネとシゲばぁの、最後の別れのあいさつなのかもしれない。 今日空へ還る、大切な人へ。弔いの咆哮。 千田はそっとアカネの隣に腰を下ろした。膝を抱えて三角座りをして、 顎をぐっとそらして喉を絞った。 「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん。」 息が続く限り高く長く、声を絞り出す。 なんだか、いろんなもやもやが晴れるような気がした。 「オオオオオオオォォォン」 「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん。」 シゲばぁ!アカネのことは心配するな。茜の空に心で語りかける。 「オオオオオオオォォォン」 「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん。」 諒!頑張れ。また辛くなったらいつでも来い。 ずっと、「ともだち」でいてやるから。 「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん。」 雫!大切な人をあきらめるな。そして必ず、幸せになれ。 「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん。」 俺は・・・・。俺は。えーーと。あれ。 ふと気付くと、吠えているのは自分だけで、アカネは舌をだらりと出して、 千田の顔をきょとんと眺めていた。 「なんだよ!お前につきあってやってんのに!」 俺バカみたいじゃねえか。ていうかバカだ。 アカネの顔がぬっと近づいて、べろりと頬を舐められる。 「だから俺は泣いてねえって!」 アカネの首を抱き寄せてあたたかい額に顎を乗せた。 「お前がいるから、寂しくねえよお。」 しばらくそのまま、アカネの体をぎゅっと抱く。 ああ、なんでこいつはこんなに、あったかいんだろ。 「うちに帰ろう、相棒。」 アカネをひょいと抱きかかえて、千田は立ち上がった。 ラベンダー色の空に、一番星がちかり、とまたたいた。 完

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