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第63話

薄暗い倉庫。後ろ手に縛られたまま二人は座らされている。 マスクをとられた雫は、殴られた際に切れたらしく、唇に血をつけていた。 むき出しのコンクリートの床が冷たい。 電話を終えた男が腹立たしげに雫に近寄ると、頭をはたいた。 どさりと床に倒れたところを踏みつける。 「やめて!」叫ぶ美風に一瞥をくれると、雫の胸ぐらをつかんで引き起こした。 「おまえんとこのあの若造、なんなんだよ。条件だとか抜かしやがって    あっちから電話切りやがった。」 「え?どういうことだ?」ほかの二人が目を剥く。 「こっちの妹には身代金払わねえんだってよ。こっちの化けもんには払うそうだ。」 雫と美風がちらりと眼を合わせた。灯真は何を考えているのか。 「はあ? 同じことだろ、二人でも一人でも。」 「それがだ。先に女を返さねえと交渉そのものをしねえってさ。」 ちっ。舌打ちしながらも、それぞれが己にとっての得策を考えはじめた。 「たしかに人質がふたりもいると、こっちも身動きとりくいのは確かだ。」 「こいつバラして死体を送りつけるか。」雫をまた小突く。 「いや、だから、妹には金払わねえって。」 「かっこつけてるだけだろ。」 「ちょっとかわいがって映像送りつけるとか。」 美風を見る男達の下卑た眼に雫の肝が冷えた。 「先に電話切るようなやつだぞ。」 「ていうか、あいつ目が見えねえんだろ。」 「あ、そうか。」 雫には、灯真の考えていることがわかったような気がした。 とにかく美風を解放させる。そうだね、灯真さん。 「・・・あの人は本気だよ。」足元の雫の声に、三人が視線を向ける。 「あの人が一番大事にしてるのは僕だ。この子に人質の価値はない。」 「だったらなんで無傷で返せとか抜かす。」 「あなた方が、取引相手として信用できるかどうかを試してる。」 三人が顔を見合わせた。 「じゃあなんで逆にしねえ。男を先に返せって言って、妹を見捨てりゃ    金はいらねえだろ。」 「そうなったらあんた方はどうする?」 「そりゃこいつぶっ殺して海にでも放り投げるだけだ。」 美風がひくっと喉をならした。 「お金は?あきらめる?」 「んなわけねえだろ。次はあの当主ひっさらってやる。」 「・・・・って考えるだろうって。」 「読んだってのか。」 「あのひとは馬鹿じゃない。それにお金は持ってるから、約束は守ってくれると思うよ。」 「・・・・・。」 「これは取引なんだろ?」 灯真と同じセリフ。男は大きく舌うちすると「気に入らねえ。」とうそぶいた。 リーダーらしいその男は、鬱憤のはけ口を雫に求めるようにまた頭を小突いた。 「だいたい、おまえが当主の恋人ってところがまず信じられねえ。」 「恋人ぉ?うへえ、なんだよそれ。この化けもんが?」 「男だろ?きめえ。そりゃ信じろっていわれてもなあ。」 「そうだ。それともなんか証拠でもあるのか。」 そうだ。そこを信用させなければ・・・。 体を起こした雫はふっと笑ってみせた。 「なに笑ってんだ。」 精一杯、艶っぽい目で男達を見上げる。 こんな演技、したことないけど、通用するんだろうか。 いや、させなければ。 「恋人の証拠っていわれても困るけど・・・僕が男を悦ばせられる証明なら。」 「なんだそれ。」 「あんたらを・・・口でイかせてやれる。」 「なんだと。」 リーダーらしい男が目を細めてじっと雫を見下ろしていたが、 いきなり衿をつかんで乱暴に立たせた。 一瞬、美風と眼があう。 彼女は紙のような顔色で、眼を見開いて雫を見ていた。 美風にかすかに頷いてみせる。君はここでおとなしくしてて。 口を引き結んで連れて行かれる雫を、美風は声もなく見送った。

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