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第66話

駅前の拉致された場所で、目隠しと拘束を解かれた美風が車外に放り出され、 自力で屋敷に戻って来たのはさらわれてから5時間後だった。 泣きじゃくるばかりの美風を長瀬にまかせて、灯真は電話の前に陣取った。 コールが鳴ると同時に受話器をあげる。 耳にあてるなり相手の怒声が響いた。 『なんなんだおまえら! ふざけやがって!!』 「・・・・・どうした。わかるように話してくれ。」 『こっちは言われたとおりにしてんだろうが!』 「ああ。妹は確かに帰って来た。・・・なにがあった。」 大きな舌打ちが聞こえた。『あいつ舌噛みやがった。』 その言葉を聞いた瞬間、 ふっ、と意識が遠のきそうになって体がぐらついた。なんとか踏みとどまる。 「・・・・死んだのか。」自分の声なのに、どこか遠くから聞こえるような。 『・・・・なんとか生きてるよ。またやったら面倒だからタオル噛ませて縛り上げた。  ・・手間かかる化けもんだ。』 「それはすまない。とりあえず死なせないでくれ。」 雫。ああ。生きていた。安堵のため息を呑み込んで平静を装った。 体の震えが声に響かないだろうか。 灯真は空いているほうの腕で、強く自分を抱いた。 『くっそ。もっかいしゃぶらせてやろうと思ってたのによ』 「・・・なんだと?」 『あんた、ずいぶんいいおもちゃに仕込んでんじゃねえかよ。』 いやらしい含み笑いが灯真の耳にねっとりとまとわりついた。 いったい雫になにをしたんだ!大声で問いつめたい衝動を、灯真はぐっと堪えた。 美風を無事に戻すために雫が払った代償。 無駄にする訳にはいかない。断じて。 やつらの挑発には乗らない。大きく息を吸うと話を戻す。 「下衆な会話に興味はない。金はどうすればいい。」 『ちっ。お高く止まりやがって。気に入らねえな。・・・・。     まあいい。金はお前が一人でもってこい。場所は・・・・』 「なんだって!」長瀬が声をはりあげた。 「君が一人でって、そんな無茶な!!」 「向こうは約束を守って美風を返してきた。ここは従うべきだ。」 「しかし、灯真!」 「先生。」 灯真は長瀬の頬に手のひらをあてた。灯真の最上の愛情表現。 長瀬の胸が詰まる。 「言えなくなったら嫌だから、今言っておくね。  今までほんとうにありがとう。そしてごめんなさい。」 「灯真?」 「ずっと、迷惑ばっかりかけちゃったね。」 「・・・・・。」 「もし。もし僕が戻らなかったら。また先生に迷惑かけるけど」 「よしてくれ灯真。」 「お願いします。家のこと。会社のこと。父のお尻ひっぱたいて、ちゃんとさせて。  従業員が困らないように。そして・・・美風のこと。」 「灯真。・・・。」長瀬が耐えられない、といった表情でかぶりを振る。 「大丈夫、もしもの話だから。」長瀬の体に腕をまわして、優しく抱いた。 「先生。だいすきだよ。あなたがいたからここまで来れた。感謝してる。」 耳元でそう囁くと、さっと体を離して顔をあげた。 「白杖を!」

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