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第三話 ずっと長い間忘れていた夢(前編)
ウィリアム
「………失礼します。」
三階建ての建物程の高さはある重い扉を開け、薄暗く霞んだその部屋の天井はどこまでも高く、巨大な黒い石のテーブルに設けられた十二脚の椅子と椅子の間隔が、隣同士の話す声が聞こえないんじゃないかというくらい離れている……。
その中の一人が、地鳴りのような低い声で話しだした。
ケルス
「ウィリアムだな、お前が今日ここに呼ばれた理由を教えよう。」
ウィリアム
「はい。」
椅子に腰かける全員がフードを深く被っていてその顔が見えない。返答を一つ間違え彼らの癇に触れてしまえば、恐らく次の瞬間己は息をしていないだろう。とてつもない緊張感の中、ウィリアムがゴクリと息を呑む。
ケルス
「その歳にしてゴーダの一員として活躍をみせ、モズの中の何人かにも一目を置かれているそうだな、ウィリアムよ。」
ウィリアム
「いえ、そんな……恐縮です。」
ケルス
「どうだ?……モズに入ってみたいとは思わんか?」
ウィリアム
「………僕が、モズに………?」
ケルス
「…………左様。」
死神界の最高位ケルスからの急な勧誘。……こんな事がありえるのか?何と返したらいいか分からず、ウィリアムは必死に頭を働かせる。
ケルス
「もちろん、タダでは入れんぞ。」
ウィリアム
「…………?」
ケルス
「こちらが出した依頼を受けてもらう。話はそれからだ。」
ウィリアム
「依頼……とは?」
ケルス
「バンクーテンという古代の遺跡が集まる集落に、奇跡の子が産まれた。その赤子が持つ特殊能力が我々はどうしても欲しくてな。ウィリアム、お前にはその赤子を生きたままここに連れ帰ってもらう……期限は半年、それだけだ。簡単だろう、引き受けてくれるか……?」
ウィリアム
「えぇ、その赤子の名は……?」
ケルス
「我々が把握している限りでは、その名は………」
ケルス
「セス。」
それから三か月間、ウィリアムは血眼 になってそのセスという赤子が居ると言われているバンクーテンという集落を探した。やっとの思いで行き着いた、森の奥のトルグという小さな村の村長から、その山を抜けて大滝の流れる水に隠れている崖の切り抜け道を通ると見えるバンコテンという集落の話を聞いた。
ウィリアムは早速その集落に出向く。密林の中に巨大な遺跡がいくつも隠れて存在し、どの遺跡も少なくともニ千年は経過しているであろう、古くくすんだ石版に、意味不明な古代文字がいくつも描かれている。
ウィリアム
「あのおじいさんはバンコテンって言ってたけど……きっと現地の人たちはそう呼んでるのかな?」
見渡しの良い場所に、とその付近で一番高い遺跡の頂上に瞬間移動をし、集落らしき開けた場所を探すが一向に見つからない。すると突然、何か甘い匂いが漂う……。
「何を探してるの?」
ウィリアム
「…………!!!」
驚いて後ろを振り返ると、そこにはブロンドの髪に金色の瞳をした性別も分からない幼い子供がちょこんと座ってウィリアムを見つめていた。
ウィリアム
「嘘だろ……。ここには上がって来れる階段なんて無いぞ……。」
「お兄ちゃん、何を探しているの?」
ウィリアム
「あ、いや……ていうか君、どうやってここに上ってきたの?」
「分からない……。お兄ちゃんの事を感じて……気が付いたらここに居た。」
ウィリアム
「……君、名前は何ていうの?」
「………クリス。」
ウィリアム
「だよね、いくら何でも都合が良すぎるか(笑)」
「クリス・セス・レイフィールド。」
ウィリアム
「……………!!!」
ウィリアムは自らの目を疑った……。ケルスからは “赤子” と聞いていたからだ。クリスに兄弟や親せき、知り合いでセスという名前の赤子がいるかと聞いたところ「そんな赤ちゃんは知らないよ」と返ってきた。完全に行き詰ったウィリアムが、残りの三か月でどうやって探し出そう……と悩んでいると、クリスに手を掴まれた。
ウィリアム
「…………?」
クリス
「良い物見せてあげる、ついて来て。」
そう言って前を向いて歩き出すクリスの後をついて行こうとした時、クリスの姿が消えた……焦って辺りを見下ろすと、遺跡の入り口でこちらに向かって手招きをしている。
ウィリアム
「ど、どうやって?!瞬間移動が出来るのか?」
急いでクリスの元へとワープし、どうやってやったのかと聞くと「知らない」という答えが返ってきた。間違いなく普通の子供ではない。そして人間ではない。唯一年齢だけが引っ掛かる……特徴が多少被っているというだけで、人様の子を攫って行く訳にもいかない。
前を行くクリスに続き、ウィリアムは遺跡の中に足を踏み入れた。中心部の開けた空間にはそこら中に老朽化して崩れた岩があった。建物の中にはツタが生い茂り、いかにも遺跡らしい雰囲気を醸 し出している。
ツタで入り口が隠された奥の小さな部屋。彼がそのツタをめくり上げなければ、その中に部屋があった事になど気付きもしなかっただろう。突き当りにある古代文字が刻まれた壁の向かいに、人一人程が入れるだけの間隔を空け教壇のような石板が置かれている。その昔にこの部屋で儀式でも行っていたのか?古代文字が刻まれたその石板の上に、クリスが手を置いて何か呪文のような言葉を唱えている……今まで聞いた事の無い言葉だ。何をしているのかと首を傾げて見つめていると、上から下までびっしりと文字が彫り込まれている奥の壁がズズズ……と重い石を引きずる様な音を立ててゆっくりと開いていく………。
ウィリアム
「そんな、まさか……」
開かれた壁の向こうには、石段が下に向かって続いていた。そう、それは壁ではなく隠された扉だったのだ。クリスがなんの躊躇いも無くその階段を降りていく。
クリス
「何してるの?早くしないと閉まっちゃうよ。」
ウィリアム
「……あ、うん!」
罠なのか?半信半疑のまま取り合えずクリスの後については行くが、コキっコキ……と指の関節を鳴らし、対戦準備は整えておく。階段を降り切り、突き当りにある木製の扉を開ける……その先にあるまたもや古代文字の描かれた石の扉の両サイドに、ミイラ姿の男が二人、片方はその手に大剣を、もう片方はその手に長い槍を持ちじっとその場に立っている。どうやらその扉を死守しているようだ。
クリス
「通して。」
その声と共に、ミイラ男二人が石の扉を開けた。その扉の向こうに広がる光景に、ウィリアムは息を呑んだ………。
ウィリアム
「……地下都市……?」
呆然とその場に佇 むウィリアムの方を振り返り、クリスが両腕を広げて言った。
クリス
「………ようこそ、バンコテンへ。」
「こっち」と案内されたのは、地下都市の中心に堂々とそびえ立つ大きな神殿の様な建物だった。中に入ると、そこには大勢のミイラ達が居た。楽しそうに会話をしたり、料理をしたり、子供たちが駆け回っていたり……ウィリアムが想像していたミイラのイメージとはかけ離れていた。
クリス
「お友達を連れて来たよ。」
クリスがそう言ってウィリアムの事を皆に紹介する。お面は外さずに、フードだけを外しコクっとお辞儀をした。そんな彼を、ミイラ達は微笑んで歓迎した。「座って、くつろいで」と言われ、目の前の長椅子に腰をおろすと、出来上がったばかりのスープがテーブルに置かれ、包帯姿の上にロングワンピースをきた女性らしきミイラがボウルの隣にスプーンを置いた。騒ぎ声を聞き、隣の部屋から出てきた小振りのミイラが、杖をつきながらこちらに向かって歩いてくる。「大丈夫ですか?」とウィリアムが立ち上がり手を貸すと、そのミイラは「すまないね」といって有難くその手を取った。
「来客は、何百年ぶりかな?よく来てくれたね、わしの名はトゥコテ。この部落の長を務めておる。知りたい事があれば何でも申すがよい。」
ウィリアム
「……ご親切に、ありがとうございます。ここはいったい……?」
トゥコテ
「ミイラ達が安全に暮らせる場所だよ。」
ウィリアム
「…………?」
トゥコテ
「まぁそう言うても、この閉鎖空間が嫌になり出て行く者もおるがな。」
ウィリアム
「ミイラの始まりは、この場所なのですか?」
トゥコテ
「そんな訳があるまい、わし等の歴史は怪物の中でも上位を争える程。……君は死神だろう?」
ウィリアム
「…………!!」
長老がその言葉を口にした時、部屋が一瞬にして静まり返った………。駆け回っていた子供たちは皆親や兄弟の後ろに隠れ、台所で料理をしているミイラ達は刃物を手にする………。
ウィリアム
「初めから分かっていて俺をここに?」
トゥコテ
「………はて、何の事かな?」
ウィリアム
「とぼけるな!!罠だという事は初めから勘付いていた。そのクリスという子を俺の元に差し向けたのもそれが狙いか?」
クリス
「違うよ、僕が勝手にここを出てお兄ちゃんのことを探しに行ったんだ。」
ウィリアム
「クリス君、君は良い子なのかもしれない……だけど僕も命が掛かってるんだ……申し訳ないけど、君の言う事を全て鵜呑みにすることは出来ない。」
そう言ったウィリアムが手袋を外して呪文を唱えると、手のひらに真っ黒くモヤがかかったように風穴が開く。その穴から、まるで手品の様に大きな鎌が出てきた……。ミイラ達が悲鳴をあげながら部屋を出て行く。
トゥコテ
「ドーナは元気にしとるか?」
ウィリアム
「………………!!」
動揺していることを察されないように、表情を変えずに問い返す。
ウィリアム
「……何の話だ」
トゥコテ
「グリフィンはどうしとる?」
ウィリアム
「…………!!!なぜその名を知っている?」
ほっほっほ……と杖の持ち手に付いている|翡翠《ひすい》を撫でるトゥコテは、ウィリアムの鎌を見ても全く動じはしない。
トゥコテ
「古き良き友じゃよ。」
死神界のトップ、ケルスの十二人のうち、二人の名前を言い当てた事がただの偶然とは思えず、迷った末にウィリアムは長老にいくつか質問をした。
ウィリアム
「ケルスとは、どういう関係だ?」
トゥコテ
「昔共に戦った戦友でもあるな。なに、大昔のことよ……お前さん、クリスを連れて行く気だろう?」
ウィリアム
「……なぜ貴殿には全てが筒抜けになっている?この作戦も、全て極秘であったはず……まさかケルスにスパイが?いや、それは考えにくい……ではモズの中に?」
トゥコテ
「ハっハっハ、若いのう、お主……そんなちんけな脳ミソを使ったところで見える物などたかが知れておる。若者は若者らしく、ただ鎌を振り回しておけばよい(笑)」
ウィリアム
「何か呪術が使えるのか?」
トゥコテ
「だから若ぇのは頭を使うなと言っておろうに……連れて行きたくば連れて行け。」
ウィリアム
「…………??」
トゥコテ
「安心しなさい、罠などではない。その子はな、神の子よ。ケルスとはいえど、たかが死神。影が光に勝てる訳が無かろう。良い奴もおるんだがなぁ……ケルスには。だがあやつらは、ちと貪欲すぎるの。強き者は絶えず飽きずに更なる力を求める……いつの時代も、それが争いの源。お主……覚えておきなさい。最後の最後に信じるべきものはケルスでも無ければ無限の力でも無い……己の心だ。そしてその心を導く一筋の愛。」
ウィリアム
「………覚えておこう。クリス君、僕と一緒に来てくれるかい?」
クリス
「…………わかった。」
揺れる馬車の荷台で、ウィリアムが心配そうにクリスに話し掛ける。
ウィリアム
「本当に良かったのかい?皆に別れを言わなくて……」
クリス
「………うん、平気。前から気付いてたんだ、僕……普通とは違うんだって。」
ウィリアム
「………。」
クリス
「僕には簡単に出来る事が、大人の皆でも出来やしないんだ……皆笑って話してくれてるけど、本当は気持ち悪がってた。いつか出て行きたいって思ってた。だからいつも外を散歩して、誰かが僕を遠くに連れて行ってくれればいいのにな。って願ってた………お兄ちゃん、ありがとう。」
ウィリアム
「…………!」
荷台の床を見つめて、ウィリアムは今の自分を酷く恥じた。名誉のため、昇進のためにこんなに幼き子供を攫い、家族から引き放し、生まれながらの故郷から遠ざけた……。思えばいつから組織に入る事を夢見始めただろう……自分にもこんなに幼い時があって、もちろんわがままを言って周りの大人達を困らせただろう。
………ではなぜ、今でも生きている?
答えは一つ、誰かしらが守っていてくれていたから。腹を空かした時に、食べ物をくれたから。眠くなって目を閉じた時に、風邪をひかないようにと毛布を掛けてくれたから………。
クリス
「お兄ちゃん、何で泣いてるの……?」
ウィリアム
「…………!」
涙………?何のために?その雫は気付かない内に頬をながれたらしい。それが夜風に当たりひんやりとしたことで、やっと自分が泣いていることに気が付いた。
クリス
「大丈夫……?」
なぜ組織に入ろうと思った?自分がクリスぐらいの頃に思い描いていた夢は何だった?こうして他者を欺きその者の行く末に目を瞑り、昇進することか……?
ウィリアム
「………とっても怖いおじさんたちが居てね?その人たちが、君のその特別な力を欲しがってるんだ。それでね?お兄ちゃんはそのおじさん達に、君を連れて行けばもっと強いチームに入れてあげるよ。って言われたんだ。」
幼いクリスにでも分かるように、簡単な言葉に言い換えて説明をした。
クリス
「………うん。」
ウィリアム
「……それでね?さっき君を連れてバンコテンを出る時まで、お兄ちゃんは……君をそのおじさん達の元に連れて行こうと思ってたんだ。」
クリス
「…………。」
ウィリアム
「……でもやっぱりやめた。こんな事をしてまで、俺はモズに入りたいとは思わないよ。」
クリスのキラキラと輝くブロンドの髪の毛を優しく撫でる。
クリス
「でもそうしたら、怖いおじさん怒っちゃうよ?」
ウィリアム
「君はそんな心配はしなくて良い。これからは、俺と一緒に暮らそう……あんまり綺麗な家じゃないけど、気に入ってくれると良いな。」
そう言ってニッコリと微笑んだウィリアムの胸に、クリスが抱きついた。
クリス
「お兄ちゃん大好き!」
ウィリアム
「あはは、可愛い(笑)いい子いい子。疲れただろう?一緒に寝ようか。」
荷台の床に寝そべり、着ているコートを脱ぐとそっとクリスに掛けてあげた。ウィリアムの引き締まった二の腕を枕代わりにして、クリスが目を閉じる……。そんな彼の額に、ウィリアムがそっとキスをした。
ウィリアム
「お休み、クリス。」
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