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第四話 それでも明日は来るから(前編)

 その日はアレンの出勤日。……一日中待ち遠しかった。他のゴーダのメンバー二人と共にアリスの入隊式に出席したウィリアム。入隊式ではジュディ、ゴーダから各三名以上が出席するよう義務付けられている。大体の場合こう言った面倒事には下っ端のウィリアムが駆り出されるのだ。「お前どうせ暇だろ?ちょっと行ってきて。」あの隊長からのそんな命令とも言えない命令に従った。 三万人ほどは収容できるであろう巨大な円形の建物。そのステージの後部に目立つように設置された高座の一席、そこにはケルスが座り、その席を中心にして左右にモズが二名、その右側にゴーダ、左側にジュディの隊員が座る。今期の新入隊員の人数は14,000人弱。例年に比べると今期は大分数が少ない……近い内に戦が起こると噂になっている事も原因の一つだろう。誰でも愛する者を戦地に送り出すことには気が引けるものだ。 「ふぅ……。」首を左右に傾け一息ついた。長時間座っていたために麻痺している尻の感覚がほぼ無い。式が終わり、会場を出て行くケルスとその背中に続くモズ。……やはりかっこいい。死神界の組織に居る者なら皆、一度は憧れる地位だ。  仕事を終えたウィリアムがアレンの働くバーに向かうために噴水広場を横切ろうとした時、いきなり手を掴まれた。 ウィリアム 「…………?」 アレン 「お疲れさま。」 ウィリアム 「……あれ?今日は出だったんじゃ……」 アレン 「へへ……休んじゃった。……デート、行こ?」 ウィリアム 「うん!行こう!」  好きな女の子と手を繋ぎ、夜の街を走り抜ける。疲れてしまってはいないか、何度も振り返って確かめる。自分が死神だという事も、組織の事も、任務の事も……今なら全て忘れてしまって、ただの男で居られるかもしれない。ウィリアムの心が躍る、高鳴る。息を切らして走りながら、ウィリアムは振り向かずに背中から彼女に話し掛けた。この込み上げる様な熱い想いを、彼女を心から大切に想う気持ちを……今、伝えておきたかったのだ。 ウィリアム 「アレン……俺は君のことが好きだ。君と一緒に居る時、俺は光の中にいるような気持ちになれる。このままずっと、これからもずっとそうして……俺の光で居てくれるかい?」 「…………そうダな、俺ラ死神には光が必要ダ。」 ウィリアム 「……………!!!!」  繋いでいた手は確かに、アレンのものだった。声も、振り返った時に見えた笑顔も、全て間違いなく彼女だった……だが今ウィリアムが繋いでいるその手は、どす黒く骨ばった悪魔の手。ウィリアムはバっとその手を払い、距離を取る……そしてその者に怒鳴った。 ウィリアム 「誰だお前は!!!アレンをどうした!!!」 「……檻の中。タスケテ、助けて、叫んでル……。」 ウィリアム 「……………!!!」 「俺の名ルシファー……ルドルフの右テ。」 ウィリアム 「どういう事だ。」 ルシファー 「お前嘘ツキ、報復ノ時、クル………直ぐ、クル………」 ウィリアム 「初めから罠だったのか?ケルスは何を企んでいる。」 ルシファー 「お前にソレ知る価値無シ……」 ウィリアム 「ふざけるな!!!!」 ルシファー 「ルール、簡単………」 ウィリアム 「…………??」 ルシファー 「赤子、渡ス……女、戻ル……ソレだけ」 ウィリアム 「断ったら?」 ルシファー 「答エ、簡単………」  長く鋭い爪を、自らの首に当てスーっと横にずらす。 ルシファー 「女、死ヌ…………」 ウィリアム 「……………。」 ルシファー 「三日待ツ………赤子、連れテ来イ、三日後、大蛇の墓場………」 ウィリアム 「お、おい!!待て!!!」  消えていったルシファーの残像を眺めながら、ウィリアムは放心状態でその場に立ち尽くす。愚かであった……死神界の秘密組織、その特殊部隊ゴーダに身を置きながら平凡な日常など……恋など、出しゃばった望み。この浮かれた心が視界を濁し、一つの無実な命を巻き込んだ。ならば今、やるべき事はただ一つ……… 己の身が滅びようと、アレンを助け出す。  疲れて眠るリリの身体に毛布を掛け、ベッドから起き上がる。浴室で身体を洗い流し、拭き終えるとコートに腕を通した。台所に行き食器棚から取り出したコップに半分だけ酒を入れ、ガタ……と後ろの椅子に腰かけた。 ダニエル 「何の用だ。」 ウィリアム 「やっぱり、気付かれましたか……。」  ダニエルの背後でウィリアムは隠していたその姿を見せ、その場所に立ったまま話し始めた。 ウィリアム 「なぜあなたがここに?」 ダニエル 「俺の女に……何の用だと聞いている。」 ウィリアム 「……そうでしたか、それは気付きませんでした。アレンがケルスに攫われました。三日後に赤子を連れて行かねばアレンを殺すと、ルシファーと名乗るルドルフの使いの者から告げられました。」  ダニエルは一度寝室に目をやり、持っていたコップをテーブルの上に置いて席を立った。 ダニエル 「場所を変えるぞ。」  郊外の人気の無い平地で、ダニエルは足を止めた。 ダニエル 「場所は。」 ウィリアム 「大蛇の墓場。」 ダニエル 「…………だからあの時俺に赤子の事を言ってりゃ良かっただろうが!!この能無しが!!!」 ウィリアム 「……返す言葉もありません。」 ダニエル 「畜生……何であいつの妹なんだよ……。」 ウィリアム 「お言葉ですが、俺はまだ……あなたの事を完全に信用していません。トップと言えど、たかがゴーダ。モズでもないあなたが何故ケルスとあれ程までに仲が良い?なぜ俺の極秘任務の事を知っていた?あんたは一体何を隠しているんです?」 ダニエル 「そのうちに分かるっつってんだろ。」 ウィリアム 「俺は多分死にます。ケルスを相手に、生きて帰れる訳が無い。……それでも俺はアレンの元に行きます。」 ダニエル 「赤ん坊渡しちまえばいいだろ、何をそこまでこだわってる。」 ウィリアム 「あの子は、ただの普通の子として生きたがっています。子は産まれて来る環境を選べません。ですが、大人が適切な環境を与えてあげる事は出来ます。俺が死んだ時は、あの子の事をお願いします。」 ダニエル 「俺のことを信用して無いんじゃなかったのか?」 ウィリアム 「もう、時間が無いんです……」 ダニエル 「いいか?これから俺が言う事をよく聞け………」 ウィリアム 「…………?」  説明を終えた後に一旦ウィリアムと別れ、そのままその足でルドルフがよく現れる廃墟に向かった。扉をノックすると、ボロボロな布を身にまとい、カクカクと動く不気味な人形がドアを開けた。合言葉を伝えると、その人形はダニエルを屋敷の中に入れた。中央の立派な階段を上がり、正面にある観音開きのドアをノックせずに開ける。 ルドルフ 「……何の用だ?」 ダニエル 「ケルスにバラされたくなければ今すぐにアレンを開放しろ。」 ルドルフ 「ふふふ……貴様が来るのを待っていたぞ……」 ダニエル 「…………?」 ルドルフ 「……また新しい術を思いついてな、だがしかし、本物の魔女の魔力がどうしても必要不可欠なのだ……願わくば上級の……まぁ少なくとも中級の者が好ましい……あの小娘には姉がおったな。」 ダニエル 「…………!!」 ルドルフ 「姉と交換するとしよう……ダニエル、貴様がそれでいいのならな……ふふふ……」  ダニエルが手の平をルドルフに向ける………。 ルドルフ 「悔しいか?今すぐにこの首を胴体から切り離してしまいたいだろう?ふふふ……だがな、わしにもしもの事があった時、あの可愛いドールが瞬時に小娘の首に鎌を振り落とす……。おっと、こっそり身を隠して背後に近付いても無駄だ。僅かな魔力でも感じ取れば同じくあの者の首は飛ぶ……ただの人形では無いのだよ……優秀であろう?我の操り人形は。」  舌打ちをしてギロリとルドルフを睨め付ける。何食わぬ顔で非道な行いをするこの者が自分等の頂点に立ちケルスなどと名乗っていることが許せない。 ルドルフ 「どうだ?究極の選択であろう?早くあの女に知らせてやるが良い、自らその身を差し出すであろうて………ふふふ………」  ガタンっ……!!勢いよくドアを開け、屋敷を出た。事態は最悪の方向へと向かっている。移動をしている際も「どうするべきか……」と考え込む。ケルスの真の狙いは何だ?奴らは何を隠している?思っていたよりも事は深刻だ。頭をフル回転させた所で自分一人で出来ることには限りがあるだろう。情けないが、正直に伝えるしか他にない。 リリ 「きゃぁあ!……びっくりした!何よいきなり!!」  台所の小窓から急に出てきた死神の顔に、リリが一瞬悲鳴を上げる。 ダニエル 「大事な話がある……。」 リリ 「…………??」  珍しく不安そうな表情をしてそこに立つダニエル。何か不吉な予感を察したリリは、取り敢えず中に入れと彼を家の中へ招いた。 リリ 「なーに?そんな死神みたいな顔して……」  そんな冗談を言いながら食事の前にダイニングテーブルを拭くリリの肩を掴むと、振り向いた彼女を抱きしめて言った。 ダニエル 「アレンがケルスの一人に攫われた。」 リリ 「…………。」 ダニエル 「お前とアレンを交換しても良いと言っている……。」 リリ 「……何やってんのよ……早く殺しなさいよ、そいつを……。」 ダニエル 「それが出来たんならもうとっくにやってる。ルドルフのドールがアレンを見張っている以上、こちらも迂闊(うかつ)に手出しは出来ない。もしくはアレンの首が飛ぶ。」 リリ 「あんたも、関わってるの?」 ダニエル 「俺は関わっていない。信じるのは無理だろうな……だが、俺はお前には嘘は付かない。」  こんな惨事を招いたのは死神。初めから分かっていたはず、関わるべき類の生き物では無いという事を。愛する妹の命を(おびや)かしているのも死神。そして、今この身体を強く抱きしめているこの男も同じく……死神なのに、なぜ自分はこの男をここまで信頼できるのだろう?彼ならその身を捨ててもきっと、自分達を守ってくれると、アレンをきっと守り切ってくれるとそう確信している自分がいる。 リリ 「私が行く。行って、代わりに人質になる。だからアレンを確保したらすぐにそのルドルフを殺して。その後私がどうなったって構わない。」 ダニエル 「……俺にお前を見殺しにしろと?」 リリ 「ええ、慣れっこでしょう?そんな事……死神のあんたなら。」 ダニエル 「断る。」 リリ 「あんたに決定権なんて無いわ。私は行く……もしここでそいつを仕留めなければ、何度だって同じ事を繰り返すわよ、そういうタイプの奴って。」 ダニエル 「俺はお前以外どうなったっていい。」  その言葉を聞いたリリが間髪入れずにダニエルをひっぱたいた。正直嬉しかった……彼からの愛を真っ直ぐに感じたからだ。だが同時に、愛する妹の価値を無視されたようで腹が立ったのも事実。 リリ 「私を本当に愛しているなら、見殺しにして。」 ダニエル 「………………。」 リリ 「またすぐに見つけられるわよ、良い人。」  そう言って寂しく微笑んだリリが、真顔に戻りダニエルの目を直視した。 リリ 「でも私には………あの子の代わりは居ないの。」 ダニエル 「……随分勝手な事を言うじゃねぇか、俺にだってお前の代わりなんか居ねぇよ。死神だから慣れてるだ?愛した女を見殺しにした経験なんか無ぇよ。大事な部下が死のうとしてんだよ。でもそいつには死んでも守りたいもんがってよ。……じゃあ分かったよ、俺はあいつのために、あいつが死んでいくのをただ見てるよ。そんで何だよ、今度はお前か?今度はお前がてめぇの命よりも大事で守りたいもんがあるからお前が死んでいくのを黙って見つめてろってか?………どうでもいいもんなあ!!お前らはてめぇの事で精一杯だもんなあ!!死んでいくお前達を見てる俺の気持ちなんて知ったこっちゃねぇよな!!………守りたいもんがあり過ぎてよ、どれを取ったらいいか分かんねぇんだよ!!!」  いつも冷静に物事を思考するダニエルが激しく動揺している。彼の立場も胸に秘めているその不安な気持ちも、痛い程よく理解できた。そんな彼の優しさに、こんな風に甘えてしまっても……いいだろうか? リリ 「……選ぶ必要なんて無いって言ってるでしょう?選択肢なんてそもそも存在しないの。あなたが救うべきなのはアレンだけ。私と入れ代わったアレンを安全な場所に避難させるの。……私が頼んでいるのはたったそれだけ!それのどこがそんなに難しいのよ!!あんたがアタシをそこまで愛してたって言うんなら言わしてもらうわ!アタシはあんたの事なんて愛してない!初めっから……あんたの事なんて愛して無かった!!」 ダニエル 「うるせぇ!!!強がってんのは見え見えなんだよ!手が震えてんじゃねぇか。泣いてんじゃねぇか。怖くてどうしようもねぇんだろ?自分だって死にたくなんかねぇんだろ?……ならハッキリそう言えよ!慣れてもねぇのにくだらねぇ嘘付こうとしてんじゃねぇよ馬鹿な女がよ!!!」 リリ 「黙れぇえええええ!!!!」  テーブルの上に置いてあったマグカップをダニエルの顔面に向けて思い切り投げつけた。 「あああああああああ!!!」怒りを抑えきれずに震えて怒鳴るダニエルが片手で椅子を掴み、振り上げた。そして真っ直ぐに彼を睨め付けるリリから狙いを外し、部屋の隅に投げ飛ばした。ガシャアーン!!凄まじい音を立て、椅子に当たって割れた置物や花瓶の破片が部屋中に散らばる……。 トス……。リリがその華奢な手でダニエルのローブの胸元を優しく掴み、額を彼の胸に置いた。 リリ 「お願いよ……お願いだから、私を見殺しにして。」 ダニエル 「………………分かった。」  首に腕を回すリリを抱えて寝室に行く。ベッドの上に彼女を寝かせ、その服を優しく脱がした。自分の着ているローブをバっと脱ぎ捨て、彼女の柔らかい肌の上にダニエルがその素肌を重ねた。不安で押し潰されてしまいそうなリリの瞳を見つめて頬を抑え、何度も何度も優しくキスをする……。 ダニエル 「何も考えるな………今はただ、俺を欲しがれ。」

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