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第四話 それでも明日は来るから(後編)

 三日後 、指定された大蛇の墓場にウィリアムは到着した。その沼地には動物さえも近付こうとはしない……まさに生き物の墓場。突如現れた真っ黒な砂が、空中のある一か所に集まっていく……そして目の前に姿を現したルシファー。彼は操り人形とは思えない程完成度が高く、一見は普通の死神だ。さすがに知能まではないであろう、きっとどこかからルドルフが遠隔操作をしているに違いない。ウィリアムがそんな思考を巡らせていると、ルシファーが不気味な声で言った。 ルシファー 「赤子、出セ………」 ウィリアム 「俺はこの任務を降りる、今日はそれだけ告げに来た。」 ルシファー 「…………?」 ウィリアム 「任務を降りる、そうルドルフに伝えておけ。」 ルシファー 「女、死ヌ………正気か」 ウィリアム 「アレンは死なない。ルドルフは……俺に勝てない。」 ルシファー 「……………?」  - 三日前 - ダニエル 「いいか?今から俺が言う事をよく聞け……」 ウィリアム 「…………?」 ダニエル 「三日後、お前一人で大蛇の墓場に行け。赤子の存在は知らせるな……ただ、任務を降りるとだけ伝えろ。それ以外、何も口にするな。余計な事を口走ればお前もアレンも死ぬことになる……それだけは覚えておけ。」 ウィリアム 「でも、それでどうやってアレンを……?交換条件なんですよ?赤子を渡さないと、アレンは……!!」 ダニエル 「……いいから黙って俺の言う事を聞け!!!」  ダニエルの一喝で、慌てふためくウィリアムが口を閉じた。 ダニエル 「ルドルフは恐らく単独だ。あの時お前が見た他のケルス11人は全員幻……ルドルフは幻覚使いのベテランだ。どんな物でも自在に創造する事が出来る。」 ウィリアム 「じゃあ、あのルシファーとかいう死神は………」 ダニエル 「造り物だ。」 ウィリアム 「じゃあ、一体どうやってアレンを………?」 ダニエル 「そこが面倒な所だ。本来幻覚使いが生みだす創造物は、姿だけを見せて他者を怯えさせたり混乱させたりする事しかできない……だがルドルフの幻覚は、実際に物体に触れる事が出来る。すなわち、殺める事も出来る……ケルスに入れるだけの才能は持ち合わせているって訳だ。」 ウィリアム 「じゃあやっぱり、アレンはこのままじゃ………!」 ダニエル 「お前さ、組織に入って何年になる?」 ウィリアム 「620年………ちょっとですかね。」 ダニエル 「そう言えばお前って士官学校から入ったんだっけ………だから飛び級なのね。通りで地位の割りに無知で経験が浅ぇ訳だ。」 ウィリアム 「………それはどうも失礼しました(怒)」  飛び立つカラスを眺めた後、ウィリアムに視線を戻して言った。 ダニエル 「お前がしくじらなきゃアレンは助かるよ………赤子もな。」 ウィリアム 「……………!」 ダニエル 「死ぬのはただ一人………」  ダニエルが組んだ手の親指と親指を合わせる。そしてその眼はこちらを見つめた。 ダニエル 「お前だけ。」  - 三日後 - ウィリアム 「ルドルフ………!!居るんだろ、お前もここに!!」  相変わらずその場に佇むその不気味な人形を無視し、傍でそれを操っているであろう持ち主に語り掛ける。 ウィリアム 「聞こえたはずだ!……俺はこの任務を放棄する……契約解消だ!!」  しばらくの間沈黙が保たれた後、朽ちた木の陰からルドルフがその姿を現した……。 ルドルフ 「何の真似だ?」 ウィリアム 「そのまま言った通りだ、俺はこの任務を降りる。」  ウィリアムの言葉に「正気か?」と目を細める。その表情からして、恐らくこれは彼も想定してはいなかった展開の様だ。 ルドルフ 「………女が死ぬぞ。わしはどちらでもよい、お前が選べ。」 ウィリアム 「俺の気は変わらない。」 ルドルフ 「………良かろう、ならば女が死ぬ姿をその目に焼き付けるが良い。」  「アレンが死ぬ」そんな事にはならないと分かっていても、実際にその言葉を聞くとどうしても気持ちが揺らいでしまいそうになる。そっと目を閉じ、三日前にダニエルから言われた事を思い返す……。 ウィリアム 「……俺が、死ぬ……でもそれでアレンが助かるんですね?」 ダニエル 「俺ら死神協会の特殊部隊は昇級する度にもちろん仕事の難易度も報酬も責任も、その全てが比例して上がっていく。ケルス直属の部隊モズとなれば尚更、簡単にケルスからの依頼に二つ返事で返す事など出来ない……相当な命知らずの奴は別にしてな。」 ウィリアム 「…………。」 ダニエル 「下の組織とは違ってケルスは命令をしない。奴らは依頼をする。お前もルドルフにこの話を持ち掛けられた時、やれだとか命令だとかは言われなかったろ?何故だか分かるか?……契約だからだ。死神界の頂点に君臨するケルスの元で働く以上、それ相応の責任と信頼が必要になる……お互いにな。内通者防止の為でもある。」 ウィリアム 「でも……契約書なんて、俺は……」 ダニエル 「本来なら各依頼ごとに少なくともケルスの中の半数、6人以上での話し合いの末、その依頼をモズかもしくは指名の死神にする。そして一度依頼先が承諾した場合、その言葉が自動的に契約書にサイン代わりとして書き込まれるシステムになっている。」 ウィリアム 「そ、そんな………!!」 ダニエル 「組織やケルスの事を深く知らなかったお前が、ルドルフに一枚食わされたって訳だ。」 ウィリアム 「契約を破棄した場合は……」 ダニエル 「依頼主すなわち、その依頼をしたケルスがその契約破棄を認めた瞬間、内容は帳消しにされ、サインした者は瞬時に命を落とす。」 ウィリアム 「……アレンが助かるって、なぜ言い切れるんです?契約破棄を認める前にアレンを殺してから破棄を認めれば、俺もアレンも一緒に殺せるでしょう?」 ダニエル 「別に言い切ってはねぇよ。でも俺が思うに、もしこれが仮に本当にルドルフの単独行動だとして、他のケルスには内密にお前に契約をさせたのなら、それは違反行為だ。事がバレればルドルフには罰が下るはず。それにだ……お前らを殺した所で何になる?奴の狙いはあくまでも赤子だ。お前らはそれを入手するための駆け引きの品にすぎない。奴が元からお前らを殺す事が目的ならば今頃お前はもうここに居ない。問題は奴の操り人形が何体アレンを見張っているのかだ。それが把握できない以上、無理矢理連れ出す事も、こちらから攻撃を仕掛ける事も出来ない。」 ウィリアム 「……契約後に、契約内容を変更もしくは更新したりする事って可能なんですか?」 ダニエル 「…………?」 ウィリアム 「契約時に言われた期限は半年………赤子を見付けたのはそれから三ヵ月後、そしてそれから一ヵ月半が経ちました。でもさっきルシファーから言われたトレードの期限は三日………」 ダニエル 「契約後の内容の変更は認められていない。恐らくしびれを切らしたか、お前が他者に口外して事がバレる危険を感じたのかは分からんが……三日後に大蛇の墓場に行かなかった所で、お前がその瞬間に死ぬ訳ではない。だがそうなれば、ルドルフは間違いなくアレンを殺すだろう。要するにこの件はあくまでも、お前が受けた依頼とは全くの別の話だ。お前がアレンの事さえ無視できれば、この件でこちらが怯える要素など無い。」 ウィリアム 「アレンを無視する?そんな事、俺にできる訳ないでしょう………!!」 ダニエル 「だからこそルドルフはアレンを攫ったんだよ。あいつが今のお前にとって最大の弱みだと確信してな。」 ウィリアム 「………どの道、俺に残されたのは死のみ。」 ダニエル 「お前は欲張り過ぎなんだよ。アレンの命も、赤子の命も、双方を同時に救おうとすればそれ相応の何かを失わねばならぬのは必然。それが俺ら死神の根底にある道理なのは、お前もよく分かっているはずだ。」 ウィリアム 「……俺が契約破棄をしたとして、アレンをどうやって救い出せば……?」 ダニエル 「俺に考えがある。」  ウィリアムは瞼を開き、懸念を払拭するように悪を真っ直ぐに見据える。その悪に向かって、そして怯える自分自身に向かって、彼は言った。 ウィリアム 「ルドルフ、お前にアレンは殺せない。」 ルドルフ 「……………?」 ウィリアム 「契約を破棄しろ、俺はその瞬間に死ぬ。だが俺は、最後までお前の言いなりにはならない。俺は光を見つけた………その光を守るのは、影の俺の役目だ。」 ルドルフ 「何をそんなに勝ち誇ったような顔をしているのかは知らんが、ダニエルには何もできんよ……ふふ……」 ウィリアム 「契約を、破棄しろ。」 ルドルフ 「チっ……良かろう。」  ルドルフがそれを認めた瞬間、この心臓は止まる。……あと、何秒後だろうか?一……、二………。 ウィリアム 「アレン…………。」 ルドルフ 「契約を破棄する。」  ドクン…………………。  死ぬ時……心臓の音はこんなにも大きく聞こえるのか……息が……力が、入らない……。アレン………。 ウィリアム 「愛してる…………。」  バシャっと音を立て、ウィリアムの身体が沼の水溜りの上に倒れる。瞳孔が開いた目が悲しく夜空を見つめていた………。 ルシファー 「次、女………」 ルドルフ 「あぁ、分かっている。」  ルドルフとルシファーがある廃墟の地下にある牢獄へと移動をした。螺旋階段の降り、牢獄へと続く扉をギギギ……と開ける。突き当りの牢まで来ると柵の鍵穴に鍵をさし、カチャっ……と開けた。ガシャン……。大きな音を立て、柵の扉がゆっくりと開く。アレンの首に鎌の刃先を付けていたもう一体のルドルフの操り人形が、ルドルフの合図と共にその鎌を彼女の首から離した。 ルドルフ 「やはりダニエルは自らの女を差し出す事を躊躇ったか………ふふふ………そうだ………それでいい………だからこそ面白い、愛とは己を破滅にまで導くことのできる強~いお薬だなぁ………なぁ、そうだろう?お前の恋人は今、息絶えた……ぁあーそんなに悲しい顔をするな、安心しなさい、一瞬で逝ったからな………ふふふ………次は、お前の番だ。」 ダニエル 「……じゃあ遠慮なく……」 ルドルフ 「……………!!!」 ダニエル 「………静止………」  その言葉と共にダニエルの手の平から出てきた青白く光る鎖が、ルドルフと操り人形二体の身体を縛り、締め付けた……。 ルドルフ 「くっ………!!!」 ダニエル 「………続いて、監禁………」 ルドルフ 「やめろぉおおおお………!!!」  ルドルフはその身体を締め上げる鎖と同じ色をした球体の中に消えて行った………。 ダニエル 「………チャンスはあの一瞬しか無かった。」 アレン 「……………………。」 ダニエル 「ウィルの事……すまなかった。」 アレン 「…………連れて行って」 ダニエル 「…………?」 アレン 「……あの人の身体がある場所に、連れて行って……」 ダニエル 「見ない方がいい。どんな死に方をしたのかは俺にも分からない……」 アレン 「いいの、いいから早く………」 「連れて行って…………。」  ダニエルは力の抜けたアレンを担いで大蛇の墓場にワープした。怪しく霧がかかった沼地の端に、見慣れたコートを着た男が倒れている……。 ダニエル 「…………クソ…………!!!」  ダニエルはそんな変わり果てた部下の姿を見ていられず、視線を逸らした。 三日前にウィリアムに策を伝え終えた後、彼と少し話した。同じチームに居ながら、向かい合って話す機会があまり無かったことを後悔したものだ。………あの時彼はまだ、生きていた。「ダニエルさん……!」そう言っていつも後ろについてくる部下。「もう俺知りませんからね!!」すぐにふてくされる可愛い部下。たった三日前、今は泥まみれになりピクリとも動かない彼がまだ………生きていたのだ。 ダニエルはそっと目を閉じ、あの時ウィリアムと過ごした最後の時を思い返した。 ウィリアム 「ダニエルさん、最後に、伝えておきたい事があって………」 ダニエル 「…………?」  そう言ったウィリアムが一歩ずつ力強く、たくましく、そして迷いなく……ダニエルの方に向かって歩いてくる。 ウィリアム 「あなたは俺にとって、戦場に掲げる旗でした。組織で生きる中で、何度も道を見失ってしまいそうになりました……でもその度にあなたのその頼もしい背中を見て、俺はまた前を向き、自分の歩むべき道を再確認することができました。あなたは俺の自慢の隊長です。」 ダニエル 「立派になったな。あんなひよっ子だったお前が、自分の人生を自分で決められるようになったか……ウィル、お前を部下に持ったことを、俺は誇りに思っている。」 ウィリアム 「…………!!」 ダニエル 「最期まで、誇りを持って生きろ。心臓が止まるその時まで、一人の女を愛し抜いた男として……そして俺らゴーダの仲間が誇る、ウィリアム・ブロックとして。」 ウィリアム 「はい………!」  必死に涙を堪えるウィリアムを、ダニエルがそっと抱きしめた………。 ダニエル 「愛しているぞ、兄弟………。」  ダニエルの口から出たその言葉に、堪えていた涙がこぼれた……。 ウィリアム 「今まで………本当に、お世話になりました………!」 ダニエル 「………馬鹿野郎………。」  もう、あの時には戻れない。 アレン 「………ウィル?……ねぇ、ウィルってば……」 ダニエル 「………………。」 アレン 「苦しかったね……ずっと一人っきりで闘ってきたんだね。……帰ろ?もう、沢山頑張ったもんね。……疲れちゃったよね。」  アレンが彼の頭をそっと優しく撫でる……。そして彼の顔についた泥を、シャツの袖で拭った。強くはなくとも、自分に実力がなくとも、愛する者全てを守るためにたった一人で闘い抜いたウィリアム。その生き様は、愚かであろうか? アレン 「あなたはまだ、こんな所で死んじゃいけない。………ダニエルさん、一つだけ、頼みごとをしてもいいですか?」 ダニエル 「…………??」 アレン 「昔住んでいた村で魔女狩りがあったんです。母を庇って殺された父を、母がその命を使って蘇らせました。今までずっと分からなかった……なぜあの時母は、私達を選んでくれなかったんだろうって………でも今なら分かる気がします。これから私は、この命を代償に禁術を使って彼を蘇生させます。」 ダニエル 「…………!!!」 アレン 「だけど……私はまだ見習いの魔女。完全に生き返らせることは出来ません。多分、もって一週間……魔法の効果が切れると、彼の心臓は再び止まります。」 ダニエル 「………やめろ、それじゃこいつが命を掛けてお前を助けた意味が無いだろ!!」 アレン 「あの子を隠さないと……元居た場所へ戻さないと……その場所を知っているのは、彼だけです。」 ダニエル 「俺が見つけ出す。俺が命を掛けて赤子を守る。そんな事のためにお前が犠牲になる必要はない!」 アレン 「もう誰にも、あの子に関わってほしくないんです……ダニエルさんにも。」 ダニエル 「……頼みとは?」 アレン 「生き返った彼に、愛していると伝えて下さい。それと、あの子を守り切ってくれと。私達の事をパパ、ママって呼んでくれた……私はあの笑顔を守る。彼もきっと同じ気持ちです。やっと分かった……お母さんも、あの時こんな気持ちだったんだね。あと、ダニエルさん……」 ダニエル 「……………?」 アレン 「姉のこと、よろしく頼みます。」 ダニエル 「……早まるな!まだ他にもいくらだって方法はあるはずだ!!リリなら、もっと上手くその魔法を使う事ができるんじゃないのか?死なずに成功するんじゃないのか……?」 アレン 「母は、上級の魔女でした……そんな彼女でも命を落としました。そしてリリはまだ中級。死後から時間が経過するごとに、蘇生していられる時間も短くなります。急がないと……もうこれしか方法はありません。」 ダニエル 「チっ………クソ………本気か?お前は本当にそれでいいのか?」 アレン 「私の人生は、私が自分で決めます。」 ダニエル 「………他に遺言は?」 アレン 「お姉ちゃんに、本当にありがとう、愛してるよって伝えておいてください。」  キラキラと輝く涙を流し振り向いたアレンは、そう言って微笑んだ。 ダニエルはウィリアムの身体を乾いた地面まで運び、土の上にそっと寝かせる。アレンがウィリアムの身体を中心にして、その周りに大きな陣を描く。呪文の一文字一文字、そしてしなやかにしっかりと伸びてゆく線……微塵の迷いもないその手の動きが、彼女の意志の強さを物語る。アレンは陣を描き終えると彼の着ているコートの胸元を大きく開け、切った指先から滴る血で彼の肌に呪文を書いた。 アレン 「よろしくお願いしますね、ダニエルさん……。」 ダニエル 「あぁ、任せておけ。」 アレン 「禁術魔法………リバイブ………」  天から指す一筋の光が、ウィリアムの全身を包む……。暗闇に生きる死神のダニエルにとって、これほど綺麗に輝く光景を目の当たりにしたのは初めてだった。光が二人を包み込み、そしてアレンの背中からでてきた魂が弧を描くようにウィリアムの胸へと移っていく。 ……リリには何と、説明しよう?目の前で死んでゆくお前の妹をただ見つめていたんだ。その光はとてもとても、美しかった…………そう、伝えようか?  輝きと天からの光の筋が消えたと同時に、アレンの身体がドサっとその場に倒れた。  …………ガタンっと扉が開く。そこに立っている全身ずぶ濡れの男はその右肩に同じコートを着た男を、左肩には女を……それぞれ両肩に担いでいる。 女の遺体を床の上に寝かせ、その上にシーツを被せた。テーブルの上に置手紙を残し、再び男を担いでリリの家を出て行った。 ウィリアム 「……ここは……」 ダニエル 「俺の家だ。」 ウィリアム 「………………!!!」 ダニエル 「黙って聞け。」  ベッドの上で目を覚ましたウィリアムに、彼が死んだ後の事を詳しく話した。……ウィリアムは終始シーツを握りしめ、歯を食いしばりながらダニエルの話を聞いた。 ダニエル 「お前、家で例の赤子を匿ってるんだろ?アレンが死ぬ前に、俺が赤子と関わる事を断固拒否した。お前の手で元の場所に返してあげてほしいと……だからお前の家には行かなかった。」 ウィリアム 「俺が蘇生してから、どれくらい経ちましたか?」 ダニエル 「まだ半日しか経っていない、早く家に帰ってやれ。」  ウィリアムがブーツを履き、ベッドから立ち上がるとダニエルから紙切れを手渡された。 ウィリアム 「…………?」 ダニエル 「アレンからの遺言だ。書いたのは俺だが、言葉は全てアレンからのものだ。忘れないよう、書き記しておいた。」  折られた紙切れをそっと広げる。今は亡き、愛する恋人からのその言葉に、ウィリアムは口を抑え震えて泣いた……。 どうしてこの二人でなければならなかったのか、なぜこんなにも純粋な、心優しき若者でなければ………。ダニエルが強く握りしめたその拳もまた、同じ様に震えていた。  玄関のドアを開け、クリスの姿を探す……リビングにもキッチンにもその姿は見当たらない。最後に寝室のドアを開けると、そこにはクリスがウィリアムのシャツを抱きしめたままベッドの上で眠っていた。ウィリアムがそっとおでこにキスをして、クリスを起こす。 ウィリアム 「クリス………クリス、起きて、出かけるよ。」 クリス 「ん………ウィル……どこ行ってたの………?」  眠そうに瞼を開けては閉じてを繰り返すクリス。支度を済ませ、クリスを彼のお気に入りのブランケットで包み、抱き上げた。そのまま家を出て馬車に乗り込む。 クリス 「………どこに行くの?」  どこか不安そうに問いかけるクリス。どんな言葉で伝えれば、彼を必要以上に悲しませずに済むだろうか。 ウィリアム 「君の故郷に戻るんだよ。」 クリス 「………何で?!」 ウィリアム 「あの場所が、一番安全だからだよ。」 クリス 「……僕を嫌いになったの?」  クリスが泣き出しそうな顔をしてウィリアムの着ているローブの袖を掴んだ。バンコテンから彼を連れ出した時、「この子を一生守っていく」そう心に決めた。……その誓いを果たせぬまま、彼を一人残し、自分は旅立たなくてはならない……アレンが待つ場所へと。 ウィリアム 「そんな訳ないさ。ただ、俺はもう………」 クリス 「……………?」 ウィリアム 「………いや、何でもない。ただちょっと、遠い所に行かなくちゃいけないんだ。とても遠い所に……お仕事でね。」 クリス 「僕、まってられるよ!あの家で、一人でも平気だよ!」  必死に強がるクリスの頬を、大きな温かい手が優しく包みこんだ。 ウィリアム 「君は幸せになるんだ。これから先、辛い事もあるだろう。意地悪な事をされたりもするだろう。だけどね、クリス………」 クリス 「……………?」 ウィリアム 「君は一人じゃない。」  数えきれない星屑がキラリキラリと自分達の光を「気付いてくれ」とでも言っているかのように、その星の命を一生懸命に燃やし、輝かす………。優しくこの唇を撫でるウィリアムの指が僅かに震えている。彼はどうしてそんなに悲しい顔をしているのだろうか?遠くに行ったって、仕事が終わればまた会えるのに……。 そして彼はそのままクリスにキスをした。その瞬間、クリスは不思議な感覚を覚えた……なぜなら、一瞬アレンの匂いがしたからだ。ウィリアムの唇を確かにこの唇の上に感じるのに、同時に額にも同じように温かい何かを感じる………。ウィリアムの頬を流れる涙を見つめるクリスの目からも、スーっと一筋涙が伝った。 ウィリアム 「いつだって、俺とアレンが君の心の中に居る………。それを決して忘れないで。」  …………クリス、どれだけ辛いことがあろうと……それでも明日は必ず来るから。  Dusk to Dawn 第一章 始まりの章  第四話 ー それでも明日は来るから ー  - END - その命と引き換えにウィリアムを蘇らせたアレン。そんな彼女の命を懸けた魔法の効力も尽きる……。「ダニエルさん……」長い間ずっと共に戦ってきた、時を共にした大切な部下との二度目の別れ。そんな彼がどうしてもダニエルに伝えたかった事とは………? 次回、Dusk to Dawn 始まりの章 第五話  Tears of Blood 血の涙に誓う お楽しみに!

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