13 / 15
第六話 コーヒーの産地、モルナード(前編)
魔女
「……今でも分からない。あいつがどうしてあの時、私を気絶させてアレンを見殺しにしたのか……あの時『分かった』って言ったのに……私に嘘は付かないって言ったのに……」
リリがアレンの話を打ち明けた後、クリスが自分の涙を拭いて彼女を抱きしめた。
ミイラ男
「……そんなに辛い事があったなんて……リリ今まで何も言ってくれなかったんだもん」
魔女
「ごめんね、私自身、思い出したくなかったのよ。」
寝ころびながらベッドの上で肘を立て、二人の会話を聞いていたジョシュアがこの時口を開いた。
ドラキュラ
「クリスがもし、その時君が言った事と同じ事を言ったとしたら………」
ミイラ男、魔女
「……………?」
ドラキュラ
「俺もリーパーがした事と同じ事をしただろうね。」
魔女
「……………!!」
ミイラ男
「………なんだジョシュ、起きてたの?」
ドラキュラ
「まぁ一年の殆どはずっと寝てるからね、一度起きたらそう簡単には眠らないよ。目を休めたりはするけどね、意識はちゃんとあるよ。」
ミイラ男
「へぇー、特殊体質!」
魔女
「………どうして、そう思ったの?」
リリがジョシュアを真っ直ぐに見つめて問う。
ドラキュラ
「ん?簡単だよ。」
魔女
「………………?」
「よっこらせ。」っと起き上がり、ベッドの上であぐらを組む。ぐ~っと伸びをした後、リリを見つめ返して言った。
ドラキュラ
「君の目に見えているものが全てでは無いからだよ。」
魔女
「…………!」
ドラキュラ
「あいつは頭が良い奴だから、きっと色々と考えたんだろうね。でもやっぱり男として、自分が惚れてる女をそう簡単に諦められる訳でもないし………苦渋の選択だよ。もしアレンちゃんが一人生き残ったとして、愛する人も、姉も、自分のために死んでいってしまったんだって思いながら生きていくのって、どれほど辛いだろうね。生きていれば何とかなるって皆思いがちだけど、生き地獄って言葉があるように、生きてたって苦しいだけの奴らも確かに居るんだよ………世界にはね。」
ミイラ男
「ジョシュ………。」
魔女
「……で、でも……!!」
ドラキュラ
「もしこれが、逆の立場だったら?」
魔女
「……………?」
ドラキュラ
「君のために、アレンちゃんが悪 にその身を捧げようとしたら………君は本当にそれで幸せかい?笑って喜べるかい?」
魔女
「………………。」
ドラキュラ
「君が思っている以上に、アレンちゃんはもう立派な大人だったんだよ。そんな彼女が、自分の意志で自分の人生を決めたんだろう………そして彼女をそんな立派な大人に育て上げたのは他の誰でもない………リリ、君だよ。それは紛れも無い事実。リーパーはそう言うのも全部含めて、君を守りたかったんだろうね。あいつは良く頭が切れる奴だけど、不器用だから上手く伝えられずに居たんだろう。」
リリの目から溢れ出す涙………クリスが急いで腕の包帯を解き、その涙を拭った。リリはそんなクリスに抱きつき、もう周りを気にしたりはせず、思い切り泣いた。
狼男
「……………大丈夫??………何かあったの??」
リリの泣き声で目を覚ましたウェアが、心配そうにムクっと起き上がった。
ドラキュラ
「……ってかお前何で寝てんの?番犬の意味ねぇじゃんよ。」
狼男
「噛み殺すぞ(怒)昼間ちょっと頑張り過ぎて疲れちゃったんだよ……」
「ふぁ~あ」と大きなあくびをして、腕を頭上に真っ直ぐ伸ばし伸びをした。
リリがひとしきり泣いて気が済んだ頃、クンクン………とウェアが何かの匂いを嗅ぎ始める。
狼男
「…………何か、香ばしい匂いがする。」
クリスが真似をしてクンクン……と嗅いでみるが、何の匂いもしない。
ミイラ男
「匂いなんてしないよ?」
狼男
「え、こんなきっついのに?」
ドラキュラ
「お、やっと番犬らしくなってきたじゃん!」
狼男
「……………(怒)」
ミイラ男
「やめろよジョシュ、ウェアはそりゃあちょっと……犬っぽいとこあるけど……でも……」
狼男
「犬じゃない、狼だ!」
ドラキュラ
「うわ出た出た、その謎のプライド。犬も狼も一緒だろ。」
狼男
「じゃあお前、コウモリと一緒にされて喜べるか??」
ドラキュラ
「は?何でコウモリなんだよ。」
ミイラ男
「え、ヴァンパイアってコウモリに変身できるんでしょ?」
ドラキュラ
「何それ、また迷信??てかさっきから何でコウモリなの?じゃあ聞くけど、もしお前らがハイ、じゃあ今から何にでも変身できますよーって言われて、ん~……じゃあネズミになろうかな!とかって思う?思わないよね?」
クスクスと笑い出すリリとクリスの隣で、ウェアが負けじと続ける。
狼男
「吸血コウモリからきてんだろ?お前らも噛んで血ぃ吸ってんじゃん!吸血鬼じゃん!同類だろ!!」
ドラキュラ
「うん、その理屈でいけばお前も同類だけどな?」
狼男
「なっ………俺らは血ぃ吸ったりしねぇよ、気持ち悪ぃ!!(怒)」
ドラキュラ
「あぁそうか言い間違えた、お前らは噛んでペロペロするのか。」
狼男
「……………(怒)(怒)」
腹を抱えて笑うリリとクリスが「もうやめてくれ」と二人の可笑しすぎる言い争いを止める。
互いに睨みながら耳を引っ張り合うウェアとジョシュアを背景に、リリはふと窓から空を見上げた。
魔女
「………会いたい。」
ミイラ男
「………………。」
風に髪をなびかせ、小さな声でそう呟いたリリ。そんな彼女が今恋しいと想う相手は、亡くした妹のアレンなのか、それとも全てを背負い込んで彼女を守ったリーパーなのか……クリスはあえてその質問はせず、何も言わずに彼女の肩を抱きしめた。
御者
「………まもなく、モルナードという街に着きます……一度馬車を止めますか?それとも先を急ぎますか?」
ドラキュラ
「休憩する、その街で止めてくれ。」
御者
「………かしこまりました。」
しばらくした後、ガタガタっという揺れと共に馬車が止まった。御者が扉を開け、「いってらっしゃいませ」と四人を見送った。
ミイラ男
「うわぁ~!すごーい!」
大きな風車の塔を中心にして、街が栄えている。レンガ造りの建物が並ぶその街の背景には、何かの果樹園が丘一面に広がっている。
ミイラ男
「………何かの果物みたいだね、ブドウとか?」
ドラキュラ
「ん?モルナードって言えば確か……何かで有名だった気がするなぁ……」
この時間帯に開いているのは酒場か宿屋くらいで、ほとんどの店の店頭にはCloseの看板が下がり店内の明かりは消えていた。取り敢えず、と四人は一番最初に目に入った酒場に入っていった。
扉を開けると同時にガランガランっと鐘がなる。思っていた以上に店内は広々としていて、カウンターに肘を付きながら向かいに座る客とゲラゲラと話をしている大柄の男が、鐘の音に気付き「いらっしゃい!」と響き渡る声でジョシュア達を歓迎した。
三人の飲みたい物を確認したジョシュアは「先に席についてて」と言いカウンターに居るマスターの元へ注文しに行った。
魔女
「何だか良い雰囲気の街ね。」
クリスとウェアもその意見に同感した。壁に掛かっている大きな鹿の角の突起の数を数えていると、向こうから名前を呼ばれた。
ドラキュラ
「クリスー、ちょっと手伝ってー。」
急いでカウンターに行き、樽のジョッキに入っているビールを二つ、両手に持ち席に戻った。ゴトっと片方をウェアの前に置き、ジョシュアは赤ワインを片方リリに手渡した。「かんぱーい!」と互いに交差してコップを合わせる。
ミイラ男
「………で?この後どうするの?」
ドラキュラ
「そうだな、せっかく街に来たんだから二日くらいはゆっくりするか。」
狼男
「……何かあのカウンター席の女の子達、めっちゃこっち見てるんだけど……ジョシュの知り合い?」
ドラキュラ
「あぁーなんかね、注文してる時にナンパされた。」
ミイラ男
「あ!浮気!」
ドラキュラ
「何でだよ(笑)てかそう言ってる割にあんまり気にしてないよね?普通にビール飲んでるし……」
ミイラ男
「何て言われたの?」
ドラキュラ
「え?……背、高いですねって。」
ミイラ男
「それナンパとは言わねえだろ………で?何て返したの?」
ドラキュラ
「君たちが小さいだけだよー。って返した。」
ミイラ男
「何そのクソつまんねー会話………。」
狼男
「あはは(笑)」
魔女
「………ダニエルから、何か聞いてるんでしょう?」
三人が笑いながら酒を飲んでいる中、リリだけは真剣な顔をしている。
ドラキュラ
「……しばらくリリの事を頼むって言われたよ。」
魔女
「他には?」
ドラキュラ
「………特には。」
ミイラ男
「ちょっと俺トイレ行って来る。」
店の奥に見える『RESTROOM』のサインに従って角を曲がると、廊下の奥に隣り合わせでドアが二つある。その片方には赤い文字でLadies、隣には青い文字でGentlemanと書かれており、クリスは迷いなく青い文字のドアを開けた。
用を足し、水道で手を洗っていると後ろのドアが開いた。鏡越しにさり気なく確認すると、後ろを通り過ぎるウェアと目が合った。
ミイラ男
「ウェアって彼女いるの?」
狼男
「え?居ないよ。」
ミイラ男
「どんなのがタイプ?」
狼男
「ん~……俺あんまりこだわらないかな。強いて言えば、優しい子!」
ミイラ男
「ウェアっぽい(笑)ウェアカッコいいし優しいから、絶対モテるでしょ!」
狼男
「ん~そうでもないよ。最後彼女居たの30年くらい前かな?」
ミイラ男
「へぇー!結構前だね、何で別れちゃったの?」
狼男
「………ちょっと禁断だったから、かな(笑)」
ミイラ男
「え!何それ………気になる!」
狼男
「あはは、そんなに大した話じゃないよ(笑)」
いつもニコニコとしているウェアが禁断の恋をしていたというだけで、もう十分にクリスの好奇心を掻き立た。手を洗い終わった後も、クリスは席に戻らずウェアと一緒に戻るために後ろの壁に寄り掛かって彼が手を洗うのを待った。キラキラと目を輝かせ、その話をもっと聞きたそうにしているクリスを鏡越しに見たウェアが眉を困らせた。
狼男
「………知りたいの?(笑)」
ミイラ男
「うん!!」
「しょうがないな」と言いながら、ウェアは話し始めた………。
ドラキュラ
「遅いな………」
魔女
「……混んでるんじゃない?」
クリスを心配し始めるジョシュアがテーブルの上のコースターをせわしなくひっくり返す。
魔女
「クリスとはどこまでいったの?普通にキスはしてたけど……」
ドラキュラ
「それ以上何もしてないよ……正直男同士で何するのか分かんないし……」
魔女
「何であの子を好きになったの?」
ドラキュラ
「………何か、甘い匂いがするんだよあいつ………」
魔女
「甘い匂い?」
ドラキュラ
「うん、一緒に居て匂わない?」
魔女
「あの子からそんな匂いしたこと無いけど。」
ドラキュラ
「匂いというか、何て言うんだろう……感覚??何かボーっとしてくるんだよね……」
魔女
「ミイラ独特の何かかしらね?」
ドラキュラ
「うん…………。」
ガタン……。トイレの戸を開け、テーブル席に座る二人の元へと戻るウェアとクリス。
ミイラ男
「え!オジロジカと付き合ってた?!」
狼男
「うん。」
驚いた表情で口を押え、こちらに向かって歩いてくるクリスをジョシュアが首を傾げて見つめる。
ドラキュラ
「どうしたの?遅かったじゃん。」
ミイラ男
「いや、何でもないよ、ちょっとウェアと話してて……」
「ふぅ~ん」と意味ありげにウェアを見つめるジョシュアに、ウェアが肩をすくめた。ガシっとクリスの腰を抑え自分の体に寄せたジョシュアが他の二人の目の前でクリスにキスをする。
ミイラ男
「……何だよいきなり!(怒)」
ドラキュラ
「狼なんて、こわくないっ、怖くないったら怖くないっ。」
ウェアを見て嫌味ったらしくジョシュアが三匹の子ブタの歌を歌い出した。
狼男
「お前噛み殺すぞ(怒)」
ドラキュラ
「うわ!猛犬注意!ちょっと皆、レンガの家に逃げて!」
腹を抱えて笑うクリスの隣で同じように笑うジョシュアに、ウェアが呆れ笑いをしながら「悪霊退散だ!」と言い、おつまみのピーナッツを投げつける。言い合う二人に背を向け、クリスがリリの隣に座った。
ミイラ男
「大丈夫?リーパーの事、心配?」
魔女
「うん……ちょっとね。」
ワイングラスを大きく回し、グラスの中のワインの波を見つめながら言った。
魔女
「あいつはいつも何も言い返してこないから、つい甘えて……責め続けてきた。」
ミイラ男
「…………。」
魔女
「…………もう遅いのかな?」
リリが泣きそうな顔でそう問いかけた。
ドラキュラ
「リリには何も言うなって言われてたから言うつもりは無かったけど………言わなかったら言わなかったで君もおかしな方向に突っ走っちゃいそうだから教えるね、あの時俺がリーパーから伝えられた事を。」
- 出発前 -
ドラキュラ
「何?急に改まって、二人きりで話がしたいだなんて……俺に告白でもするつもり?ダメだよー、俺にはもうクリス君がいるんだか……」
死神
「しばらくここを離れる。」
ドラキュラ
「…………?」
ジョシュアが住まう街外れの丘の上の古びた教会。その最後列のベンチに座り腕を組むリーパーが、少し真剣な面持ちで三列前のベンチに寝そべるジョシュアに話し掛ける。
死神
「………ケルスと話してくる。ついでにあいつの顔も見て来る。いつ戻るかは分からない……リリには、任務が入ったとだけ言っておいてくれ。」
ドラキュラ
「自分で言えやいいじゃん、俺いつから伝書鳩になったの?」
死神
「リリが禁術を使おうとした……妹のアレンを蘇らせるためだ。」
ドラキュラ
「蘇らせるって……何百年前の話だよ、もう遺体だって骨になってんだろ。」
死神
「黒魔術を使おうとしていた。」
ドラキュラ
「…………。」
死神
「ルドルフを生かしておいているのはもちろん俺の意志では無い……ケルスから追放された今、ソルの監視の下、奴は牢獄でひっそりと生きながらえている。奴は反逆者と言えど、いっぱしの魔術師。魔女界とも交流が深いはずだ……何とかアレンを蘇らせる方法を探ってみる。」
ドラキュラ
「………仮にそいつが方法を知っていたとして、そんな詐欺師みたいな奴がタダで教える訳無いのはお前もよく分かってるはず……何を交換条件にするつもりだ?面倒事に巻き込まれるのはご免だからな。」
死神
「最悪は俺の命をくれてやる。」
ドラキュラ
「はぁ………全くもう馬鹿ばっかりだな………。リリもリリだよ、大事な妹ちゃんが亡くなったのは辛いだろうけど、もう忘れて前向くしかねぇだろ。一体の死体を蘇らせるために生きてる奴がもうすでに一人死んで、今度はそいつを生き返らせるために更にもう二人死のうとしてんの、馬鹿げてると思わない?」
死神
「どれだけあいつの気を紛らわそうとしても、俺と居る今を見つめさせようとしても、効果は無かった。あいつの心を闇から救えるのは、俺では無かった。」
リーパーは顔色一つ変えず、淡々とそう話した。辛い現実であっただろう、愛する女の心が真に必要としているのは自分では無いのだと確信した時、いくら死神の彼であっても、いや、同じ男として、そのやり切れない悔しさはジョシュアにも痛いほど良く分かった。
ドラキュラ
「………で?俺にどうしてほしいの?お前のガールフレンドのお守 り?」
死神
「俺が死んだ時は、リリを頼む。」
ともだちにシェアしよう!