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コミュニケーション装備ゼロ2
なんとかむせる喉を落ち着けて、葵は苦し紛れにうなった。
「ち、違います……」
あまりにも苦しすぎる。
目も合わさず、ぼそりと否定する姿はほぼ肯定。
しかし、酒屋はあれー?と言って自分の頭を掻いていた。
「聞いたことある声だと思ったんだけどなぁ」
「なんだ、そんなに有名な人なんか?」
「ゲーム実況メインでやってる配信者なんですよ。俺結構見てて」
酒屋はスマホで動画をだし、マスターに話し出した。
早くここから立ち去りたい。
グラスが汗を掻き、焦るかのようにテーブルを濡らしていく。
葵はオレンジジュースをごくりと飲み下し、小さく息をついた。
「特にFPSが上手くって。俺結構ゲームするんで勉強になるんですよね~」
「FPS?おっさんが分かるように説明してくれよ」
「えーと……なんていえばいいんだろ」
「一人称視点のシューティングゲームのことですね。キャラクター視点で撃ちあいなどを楽しめるゲームを言いま……す」
早口で急に話し出してしまった葵は、最後尻すぼみに頭を下げた。
やってしまった。さすがにまずい。
きょとんとしている酒屋から逃げるようにオレンジジュースをまた一口煽る。
「ふぅん?そのゲームが上手いってわけだ。そのー、上名?って配信者は」
「はい!武器って短距離用とか遠距離用とかあるんですけど、どれも上手いんです!」
「こんなに種類あんのか」
「これらの武器を駆使しながら戦略も考えて、立ち回りを判断して……奥深いんですよね」
はやくこの話が終わってほしい。
終わらないなら自分が帰ろう。
しかし、どこか話を聞いていたいと思う自分もいて、葵はオレンジジュースをちびちび煽っていた。
そんな葵を気にせず、酒屋は話を続けている。
「もちろん、ゲーム上手いのも良いんですけど、上名さんはリスナーとのやりとりが良くって」
「ゲーム出来たら良いわけじゃないのか」
「ちょっと口悪いところも笑っちゃうんですよ」
「まあゲームしてたら自然と言葉も強くなるか」
「でも、リスナーのこと本当に大事に思ってくれてるっていうか、好きだからこその愛のプロレスみたいな?楽しいんですよね~!」
穏やかに耳を傾けるマスターに、酒屋はずっと眩しい笑顔で話しかける。
たかが1配信者にこんな思いを持ってくれているなんて。
ずっと寄せていた眉間と共に、口も緩んでいたらしい。
「ありがとう」
一瞬、誰が言ったのか分からなかった。
そして、自分が言ったことに気づくと、葵は静かに頭を抱えた。
「やっぱり、上名さんなんですね!?」
「違います」
「えー、嬉しいです!こんなところで会えるなんて!」
「違います」
「マスター、俺にも一杯!」
「違います。何横座ってんだあんた」
初対面の年上にこんなぐいぐい話しかけてくるとは、こいつ陽キャだな!!?
酒屋は見えないしっぽを振るほど嬉しそうにカウンターに腰を落ち着ける。葵はただ押されるしかなかった。
にやにやしながらカクテルを作るマスターは、最初から酒屋の言う配信者が葵だと確信していたのだろう。
やられた……とため息をつく葵には、このまま立ち去るほどの度胸はなかった。
「俺、結構前からチャンネル登録してるんですよ。ほら!」
「はぁ……それはどうも」
「特にこの配信が好きで~、この辺りのプレイングが最高です!」
「うわ、本人前に動画流すな」
「本人だって、認めてくれましたね?」
「最悪……」
正直とても逃げたい。
しかし、自分が配信者の上名だとバレてしまった以上、変な噂を流されても困る。
葵はどうすることもできないまま、酒屋の陽キャオーラを浴びる羽目になった。
「きみ、まだ仕事してんじゃないの」
「俺は親の手伝いしてるだけなんで、仕事終わったら自由なんです」
そういうと酒屋はマスターからカクテルを受け取り、葵の方へ傾ける。
「なんで、一杯付き合ってくれませんか?上名さん」
薄暗い照明の中、酒屋が葵にさらりと笑いかける。
大人とは言い切れない幼さを残すその笑顔に、葵は軽く頷くしかできなかった。
おずおずと酒屋の方へグラスをさしだすと、キンッと軽い音ともに乾杯する。
「嬉しいな、もうずっと見てたんで。あ、登録者数20万人おめでとうございます」
「ありがとう」
「事務所入ってないのにこの数字、さすがですね」
「どうかな、あんまりその辺り気にしてないから」
嘘だ、今日家を飛び出したのだって数字に押しつぶされそうになったからだ。
事務所という後ろ盾がなく、配信同接者は毎回4桁をキープ。
それを続けることは、葵にとって少しずつプレッシャーになっていっていた。
楽しくて続けていたことは、仕事になると重荷になってくる。
「俺、柴犬って名前でいつも配信見てるんですけど、覚えてます?」
「あぁ……よく見てくれてるよな。覚えてる」
「俺、結構FPSゲームしてるんすけどガチ勢が周りいなくて。いっつも上名さんの動画見て練習してるんですよ~」
「それはよかったです」
……こいつは俺に何を求めているんだ。
配信者なんかネット弁慶の代表だぞ。少なくとも俺は。
よく喋る酒屋に対して、葵は一言ふたことぽつりと返すだけ。
マスターは話すことも仕事のうちで、それが分かっていれば葵もするする話せるのだが
酒屋は葵にとって、ズカズカと隣に座ってくるただの陽キャだ。
誰もが初対面のやつと会話が弾むと思うなよ。
葵は自分のファン相手に、勝手に闘志を燃やしていた。
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