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コミュニケーション装備ゼロ3
「上名さん、顔出ししたことないですよね?最近ゲーム配信者でも顔出しの人も増えてきてるのに」
「あれは、顔出しするほうが利益が出る人しかしないだろ」
「そうかなー?」
「はっ、俺みたいな暗いやつの顔、あろうがなかろうが変わらないだろ」
「そんなもんなんすね~」
自嘲気味に笑う葵に、フォローをいれるわけでもなく酒屋はカクテルを飲む。
こいつは俺に興味があるのかないのか分からないな。
美味しそうにカクテルを飲む酒屋は、葵の視線に気づくと笑みを浮かべながら首をかしげる。
あどけなさの残る丸い目に見られると、葵はなんだか落ち着かなかった。
大げさに目線を外すと、酒屋は面白そうに肩を揺らす。
「なにが面白いんだ」
「いや、ずっと見てたのに知らない上名さんがいて面白いなって」
「……顔出ししてないのに何で分かったんだ」
「上名さんが上名さんだってこと?うーん、それだけ配信見てたってことですよ」
ここまでファンアピールをされると、まんざらでもなくなってくる。
葵は緩む口元がバレないように、グラスに口をつける。
うと
「急にこんな話しかけちゃってすみません。でも、俺ゲーム上手くなりたいんで色々聞かせてください」
「動画見たほうが早いだろ」
「動画はずっと見たんで、質問タイム、みたいな?」
配信者はリスナーとずぶずぶにつながり、食い荒らしている……というイメージがあるかもしれない。
しかし、それはあくまで一部の配信者たちだ。
少なくとも葵はリスナーとつながることはほぼ無かった。
だから少し、怖かったんだろう。自分のファンである酒屋がどう変化していくのか。
合コンが如く酒屋の質問タイムは続く。それをマッチングアプリのトークを捌くが如く、葵はのらりくらりと躱していた。
面白がっていたマスターも次第に閉店準備を始め、酒屋のドリンクも残り少なくなっている。
もういいか、と葵は腰を上げ財布を出す。
「マスター、遅くまでどうも」
「上名さん、もう帰っちゃうんですか?もっと話したかったです」
「そんなこと誰にでも言ってんだろ」
「そんなことないですって」
自分が名前を教えていないからだ、そう分かっていても「上名」と呼ばれることが鬱陶しい。
適当にマスターへ紙幣を渡し、葵はじとりと酒屋を睨む。
「俺は上名だけど上名じゃない。配信で見るような俺を求めてるんだったら帰って動画見たほうが楽しいぞ」
葵はもう色のないグラスを見つめて酒屋を突き放した。お釣りを受け取るまでのこの時間が、バーに立ち寄って一番居心地が悪い。
ファンに向かってその態度は何だ!SNSでばらしてやる!なんて怒るだろうか。それとも殴られるだろうか。
酒屋のアクションをいつまで待っても帰ってこない。動く素振りが感じられない。
思わずちらりと様子をうかがうと、酒屋は丸い目がより丸くして葵の間抜けな顔を映していた。
「……どういう感情?」
「あ、いやぁ難しいこというなぁって」
「いやそのままだろ」
「だって、今目の前にいる人と、配信している上名さんて同じ人間でしょ?配信モードはあると思いますけど、スキルとか考え方って変わらないじゃないですか。俺はあなたと仲良くなりたかったんですけど、それっておかしいですか?」
「……うわ」
絞り出せたのはその2文字だけだった。どこまで思考回路が陽なんだろうかこいつ。俺の気持ちは置いてけぼりか?
画面に向かってよく回る口も、人間相手には勝手が違う。葵ははくはくと口を動かし返す言葉を探し、諦めた。
葵自身と仲良くなりたいと言われてしまっては、突き放す言い訳がなくなってしまった。
「おーい、釣りいらねぇならひっこめるぞ」
マスターの声は鶴の一声。葵は急いでマスターからお釣りを受け取り財布へと仕舞う。
「次はいつ来るんですか?」
「そんなのいちいち教えない」
「えー、じゃあ毎日ここへ通わなきゃいけないか」
「そこまでするか普通」
「それくらい上名さんと会えて嬉しいってことですよ」
チャリチャリチャリーン
マスターから受け取った小銭を思い切りぶちまける。
「だ、大丈夫ですか!?」
「おーおーそんなに酔ってるのか?」
「大丈夫です、すみません」
葵は慌ててテーブルの下に落ちた小銭を拾う。
「これ、テーブルに落ちてた分です」
「あ、ありがとう」
小銭とともに、葵の手の平に酒屋の指が触れる。
酒屋の手は部屋を出ない葵の手よりも日焼けしていて、節が目立つ男の手だ。
そんなゴツい手が自分の手の平に乗っている様子が、なんだか犬のお手のようで葵は思わず口角を上げた。
「……もうすぐ大会もあるし、しばらくは来ない」
「えー、残念。また会いたいです」
「そりゃどうも。じゃあ、マスターごちそうさまです」
「またいつでもどうぞ」
奥のバーテンダーがスッと会釈をするのを横目に、カウンターから離れる葵。
その背中に向かって、酒屋は最初のようにはきはきとした明るい声を投げる。
「俺、赤柴涼 っていいます!上名さん、また今度~~!」
「……あー、もう!葵!」
「え?」
勢いよく振り返る葵に、涼はひらひらと振る手を止める。
「嶺井葵 !絶対外で上名って呼ぶなよ」
「葵さん……綺麗な名前!」
「うるせー」
「ていうか本名教えていいんですか?」
「なんだ、言いふらすのかお前」
「言いふらさない!絶対!」
「ならいい」
「……葵さん、そんなんだからコメントで「チョロい」って言われるんすよ」
「それ今関係ないだろ!まぁ、もう会うこともないだろうけど」
「えー!」
やっぱり見た目より軽い。
不服そうな涼の声を背に、今度こそ葵は店を出た。
生温い夏の風が、再び体にまとわりついてくる。
暑い、あつい、熱い。
葵は下手くそな舌打ちをうって、足早に駅へと足を進める。
冷房で冷えた手を頬に当てて何とか熱を逃がそうとする。
サンダルがペタペタと音を鳴らすのが、なんとも情けない。
「早く帰ろう……」
自分がチョロいことを、葵は自覚していた。
だからこそ、これ以上隣にいると危ないと線引きすることができたのだ。
ちょっと優しく声をかけてきたからって、調子に乗るな。
好きになるな、ちょっと顔が好みで、そこそこいい男だった。
一晩のラッキーな出会い、くらいに留めようと葵は自分に暗示をかけながら駅へ急いだ。
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