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第2章 柴犬も懐けば食を運ぶ
『うるせぇなお前ら!俺に指示してんじゃねぇぞ。
もしマッチングしたら完膚なきまでに打ちのめしてやるからな……』
物陰に2人、違うチームが向かいの建物に3人。
比べてこっちはすでに仲間は2人とも撃たれて1人。
コメントでは
「もうこれはやり直せ」
「物陰2人を先に片づけよう」
「建物に侵入して3人が先だろ」
と指示厨がコメントの流れを加速させていた。
コメント欄の様子を見て、葵は口角を上げる。
鼻歌を歌い始めそうな様子で、コントローラーを握りなおす。
『ここはやっぱり漁夫を獲りに行こうぜ~~』
敢えてゲーミングチェアに深く腰掛ける。
まずは物陰のやつらだ。
目立つところに誘いこむように。
しかし、こちらにダメージが入らないように。
一発だけ相手に撃ちこむ。
開戦の合図だ。
『ほーらこっちこっち』
建物から銃声が鳴り響く。
さっきの物陰に身を潜める。
応戦しつつも注目されないように。
目立たないことは得意だ。
1人、また1人……あと一発で……。
誰だ、あと何人敵がいる。外?建物内?撃ち逃していたなら…。
『よっしゃ!対ありぃ!!』
1対1になった途端、建物内に侵入。
撃ち逃していた最後の1人を片づけてチャンピオンの出来上がりだ。
「gg」
「なんやかんや上手いんだよな、上名氏」
葵は流れていくコメントと、チャンピオン画面を眺めながら眼鏡の位置を戻す。
はらりと長い前髪が目の前に落ちて葵の視界を邪魔した。
ゲーム中は長い髪は邪魔になる。
葵は100円ショップで買ってきたヘアバンドで、乱雑に視界をクリアにさせた。
『ほらほら、見当外れの指示してたやつ、息してっか~?はは、俺とチーム組んだらキャリー頼むわ』
「煽るねぇ!!」
「いつまで配信やるの」
「今日何時まで?」
『あー、まだ2時か。大会までそんなに時間ないし、今日は朝までかな。予定あるやつはさっさと寝ろ~?できれば配信つけっぱで寝ろ!』
「数稼ぎ乙」
『同接もゲームの順位も、数字が無きゃ証明できないだろーが』
あぁ、楽しい。ゲームをしてコメントと言い合っていると、自分が生きていることを実感する。
バーで涼と出会った日から1週間が経った。
もうすぐ実況者たちのFPS大会が近く、葵は連日長時間の練習配信を続けていた。
もちろん、生活リズムは狂いに狂いきっている。
夕方に起きて朝方まで配信。泥のように眠って陽が落ちるころまた目覚める。
「ちゃんと飯食えよ」
「ただでさえガリガリのオタクくんなんだから食え」
『うるせぇ!てか夏って飯食えなくね?全然量食べらんねぇわ』
まだまだ残暑は厳しく葵の食欲は削られていく一方だった。
摂らないといけない栄養が蓄積される中、それを摂取する体力もまた削られていく始末。
家から出ないことも相まって、最近の食生活は基本1日1食。
その1食もなんとか食べて半分までという不健康まっしぐらコースだ。
「部屋の中でもぶっ倒れるぞ」
「今の無茶は後からくるからな……」
『怖いこと言うなよ。しゃーねぇ、今日はちゃんとしたもの食べるか~』
適当に配達サービスのアプリを眺めて料理を決める。ピザ、豚丼、カレー…どれも重たいか?
お届け予定時間は30分後。
そのころにはもう少しお腹も空いているだろうと、がっつり中華を頼んだ。今日は行ける気がする。
『今日は中華だ~~ってことでもう1戦いくか』
「チームで練習しなくていいの」
「チーム練配信待機」
『チーム練なー、裏ではやってんだけどさ、検討しますって感じ」
「それせんやつ」
「配信でやれ」
このゲームは3人1チームで戦うFPSゲーム。
最後まで生き残ったプレイヤーがいるチームがチャンピオンとなり、それを狙って競い合う。
今回葵が参加する実況者参加型の大会は、実況者たちがチームを申請して競い合う形式になっている。
葵も例に漏れず、実況者仲間と申請をしているのだが、まだチーム揃って練習する姿を配信していないのだった。
『あいつらも個人スキル高めてるわけよ。ま、近いうちやるから待ってろって』
「了解」
「あの3人早くみたいからよろしく」
次の試合はいいところまで行ったが場所取りが良いとは言えず、戦闘に巻き込まれ負けてしまった。
ピーンポーン。
チャイムが鳴る。
1戦を終えたいいタイミングだ。
『ナイスタイミング~。いったん休憩するか、受け取ってくるわ』
マイクをミュートにし、ヘッドホンを外してチャイムに応答する。
逆光で顔は見えないが、配達員だろう。
大きいバック背負っている男性がモニターに映っていた。
残暑とはいえまだまだ暑い。お疲れ様です。
内心そう思いながら、葵はオートロックを解除した。
配信をするには防音環境は必須だ。
家賃はバカにならないがこれも仕事に必要なもの。
夜中に大声でゲームができるなら必要経費だろう。
「あー、腹減らね~~。絶対食いきれねぇだろうな」
お腹をさすっていると、もう一度チャイムが鳴る。
葵がドアを開けるとそこには、帽子をかぶった配達員がいた。
いたのだが。
「はーい、ありがとうございます」
「……」
なかなか、中華料理が入った袋を渡してくれない。
不思議に思った葵は、配達員に目を向けた。
「え、は、えぇ?」
「……またお会いしちゃいましたね、上名さん」
軽く帽子を上にあげると、そこには1週間前にバーで出会った涼だった。
バタン!
「え、ちょっと!?」
ドアの向こうで焦る涼の声が聞こえるが、葵はそれどころではない。
どうしてあいつがここに?
家がバレたがこれからどうする?
色々な思考が流れ込み、何も解決しそうにない。
思わずドアを閉めてしまった葵は、ドアノブを握ったまま立ち尽くしてしまった。
「いや、料理受け取ってください!!?」
涼の言葉にハッとして、葵はゆっくりと扉を開く。
薄く開けた扉の先には、安心した顔の涼が笑っている。
「はい、中華セットです。ここのチャーハン美味いですよね」
「……初めて食べる」
「じゃあ、楽しみにしといてください!」
笑顔で袋を差し出す涼の手を見て、葵はまた犬のお手を思い出していた。
そんなことも露知らず、涼は嬉しそうに話を続けている。
暑い中配達しているのに、どうしてこいつはこんなに元気なんだろうか。
「配信聞いてたんでびっくりしました!なんかタイミング良いな~とは思ってたんですけど、まさか俺が上名さんに配達してたなんて」
「次から気を付ける。こうやって身バレは起こるんだな。ていうか上名って呼ぶな」
「じゃあ俺で良かったですね。安心してください、住所バラしたりしませんから」
「……それは助かる」
「ちゃんとご飯食べてくださいね!大会、楽しみにしてます」
あの日と同じ眩しい笑顔を残して、涼はあっさりと去っていった。
扉を閉めて数分、葵は玄関に立ち尽くしていた。
間抜けにも、中華料理が入った袋を手に持ったまま。
なんだろうか、この不安と歓喜の狭間の気持ちは。
配信者であることがバレただけでなく、住所までリスナーにバレてしまった。
この事実に葵は今後の最悪な想定を挙げていく。
しかし、そのどれもが涼は実行しそうにない。
それよりも、涼に再会できた嬉しさが勝っているのだろうか。
「いや、チョロすぎる。我ながらチョロい」
1度しか会ったことがない男に、なぜここまで信用を置いているんだろう。
ぼんやりと考えて数分。
「あっ、やばい配信!!!」
まだ配信はつながっている。
あまり席を外していても心配させてしまうだろう。
葵は急いでPCの前に戻り、ヘッドホンをつけて配信を再開した。
「上名全然帰ってこなくね?」
「食う前に寝た?」
『悪い悪い。割りばし入ってなくて探してた』
「いや、普通の箸使えや」
『めんどくさいだろうが』
プライベートを隠すための嘘が上手くなった。
それが今崩れるかもしれない。
緊張感と微かな高揚をかき消すように、まだ温かいチャーハンを口に運ぶ。
『チャーハン美味い』
久しぶりに口にした米は美味しかった。
普段よりも多い量を食べることに成功した葵はそのまま配信を続けた。
結局、最後まで住所をほのめかすようなコメントは見当たらず、無事配信を終えたのだった。
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