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シン…と静まり返った空気の中、綾くんはおかしくなった会話の流れが全てなかったかのように、ケーキを食べ始めた。 どういう反応…? いいのか、ダメなのか…。 ダメに決まってるけど…。 「名前は?」 「へっ?!」 「君の名前はなんて言うの?」 「あ、えっと、城崎夏月です…。」 そう言えば名乗ってなかったっけ。 名前も知らない男に告白されてたのか、綾くんは。 俺も存外非常識な人間だな。 「城崎くんはさ、格好良いし、モテると思うんだよね。」 「え…。いや、そんなこと……」 「ファンの子たちもさ、コンサートのたびにSNSで騒いでるもん。俺もさ、格好良い君に応援されるのが誇りだったし、自信に繋がった。」 「本当ですか?!」 「本当だよ。」 推しの誇りや自信になれていたなんて、そんな嬉しいことある?! ファン冥利に尽きる。 ヤバい。ヤバいヤバいヤバい。 嬉しすぎるんだけど!! 「まだデビューしたてで小さな会場でしかできなかった時も、必ず俺のメンカラで、俺の団扇作って見に来てくれてたでしょ?いつからか、ライブ中も君のこと探すようになってた。」 「……!!!」 やっぱり気づいてくれてたんだ。 嬉しすぎて涙が出る。 「城崎くん、ファンレターもよく送ってくれてるよね?」 「は、はいっ!」 「人気があまり出なくて伸び悩んでる時も、ファンレターに励ましてもらってたよ。何回読んだか分かんないや。いつも長文で俺のことしきりに褒めてくれて、夏月って名前だから、女の子かなぁ?とか想像したり…。」 「す、すみません。男で…。」 「ううん。さっき名前聞いた時、すごく嬉しかったよ。それにね、ラジオの通話企画で、城崎くんの声、覚えちゃったし。ペンネーム『綾くんしか勝たん』さん。」 「ちょ、それは言わないで…」 綾くんしか勝たんのは本当だけど、本人に目の前で言われると恥ずかしすぎる。 綾くんの口を塞ごうと手を伸ばすと、綾くんは俺の手を握った。 「本当にね、たくさん助けられてた。ありがとう。」 俺の応援は無駄じゃなかったのだと、綾くんの口から聞けて嬉しすぎて心臓が止まりそう。 やっぱり付き合ってなんておこがましかった。 言葉だけで、こんなにも満たされてるのに。 綾くん、ごめんなさい。俺やっぱり間違ってました。 俺の口から出ようとしたその言葉は、次に放たれた綾くんの言葉によって俺の中に戻っていった。 「君のこと、もっと知りたい。」 「へ…?」 「だからもう一回だけ、してみてくれないかな…?」 何を? キスを…? そんなこと考える前に、俺は綾くんを引き寄せて唇を重ねていた。

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