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2.月島由貴は運命を落としたい

 車が故障したと嘘をついた。  辺りも暗くなっていたし、山奥で由貴が帰る手段はない。修理会社のひとが来るまで外で待たせるのも悪いと思ったのだろう、志信は由貴の思惑通りに動いてくれた。  家に招かれて玄関で靴を揃えるまでは理性がもった。そこから先は由貴は完全に本能に従っていた。  志信の方が体格がいいのに急なことに驚いたのか壁に押し付けると抵抗もされずに口付けることができた。高校のときに付き合った彼女とした遊びのようなキスとは全く違う濃厚な口付け。舌を絡めるとその甘さに溺れそうになる。 「なん、で……」 「こんなに隙だらけなんて思わなかった。可愛い」  余裕ある態度を取りながらも、由貴の下半身はギンギンに張り詰めていた。自分が肉食獣のような顔をしている自覚はある。分かっていても目の前の運命を落とすことだけしか考えていなかった。 「志信さん、僕のことずっと目で誘ってたでしょ? 僕も一目で志信さんのことが運命だって分かった」 「でも……」 「僕に抱かれたくない?」  一世一代の告白。  一度は断った志信に、車のエンジンの故障は嘘だと告げて去ろうとすると、志信の手が由貴の袖を摘まんだ。振り払おうとすれば簡単に払えるほどに慎ましやかに、指先だけで摘ままれた袖。 「帰らないで」  掠れた声に確かな志信の熱を由貴は感じていた。 「抱いて、ください……」  なんて腰に来る声を出すのだろう。  それだけで中心が弾けそうになるのを必死に堪えて、由貴は志信の寝室に入れてもらった。シーツも布団も多少乱れてはいたが、清潔な片付いた寝室。  キングサイズのベッドなのは単純に志信の身体が大きいからで、恋人の影はない。  ベッドに押し倒すと余裕なく志信のスーツを脱がせていく。ジャケットを脱がせるのも、スラックスと下着を引き抜くのも、体格差があるから志信の協力がないとできないはずなのに、従順に志信は脱がされてくれる。  自分から「抱いてください」と言って来たし、これは志信も由貴に運命を感じてくれていたのだと確信した。  由貴もスーツを脱いで、志信のシャツのボタンを外して布の隙間に手を差し入れる。豊かな胸を揉むと志信の腰が揺れて、身体に見合った立派な中心が勃ち上がっているのが見えた。  核心には触れずに念入りに胸を弄り、乳首を摘まむとびくびくと志信がシーツの上で跳ねる。 「ひっ! あぁっ!」 「さらさらの手触りの良い肌。ものすごく綺麗だ」 「きれい……? うぁっ!?」  食らってしまいたい。  首筋に噛み付いて、首筋を、鎖骨を、胸元を念入りに吸い上げる。くっきりと痕は目立たないが、志信の身体に由貴の所有の証を刻んでおきたかった。  鬱血の痕が残るのを分かっていながらも吸い上げるたびに、志信が甘い声を上げる。低く掠れたその声は物凄く腰にくる。  今にも弾けてしまいそうな中心を隠してはいるものの、由貴も初めてでそんなにもたないことは自覚していた。 「ひんっ!?」 「もしかして、志信さん、初めて?」 「……ごめん」  中心に触れると腰を跳ね上げる志信に聞けば、可愛い答えが返って来る。  何度も性交を重ねれば男性もその部分が濡れるようになると聞いたことはあるが、初めてでそれはない。恋愛を遠ざけていた由貴はローションも|避妊具《ゴム》も持っていなかった。  初めての志信も持っているはずがない。 「初めてだったら濡れないか……何も持ってないんだよね」 「へいき、だから……」 「痛い思いさせたいわけじゃないから。大丈夫、全部僕のでしてあげる」  助かったと由貴は少しだけ思っていた。  もう由貴のものは弾けそうだし、一度出しておかないと志信と安心して抱き合うことができない。しかも、志信の後孔を初めて慣らすぬめりが自分の白濁だなんて、全て志信が自分のものになるようで嬉しい。  志信の逞しい脚を抱えて双丘の狭間に由貴の中心を挟み込み、ぐちゅぐちゅと濡れた音をさせながら腰を動かす。中に入れたことがないので感覚は分からないが、これから志信の中に入れる期待と志信の褐色の双丘に挟まれた気持ちよさで由貴はあっさりと達してしまった。  早かったことに気付かれなかっただろうか。  志信の顔を確認すれば、快感でとろりと蕩けている。  褐色の尻を濡らす白濁という光景に喉が鳴ったが、余裕なく由貴は白濁を指で掬い上げて志信の後孔に塗り込めていく。  入口がきつく指を締め上げて、熱い内壁がうねるように由貴を誘う。早くここに入りたい気持ちと、指二本程度では自分の猛った中心は入らないという気持ちとの間で葛藤しながら、由貴が必死に志信の後孔を探っていた。 「もうっ、きてぇ!」 「まだ、これだけじゃ僕のは入らない。痛い思いさせたくないんだ」 「あぁっ! もうっ!」  由貴もぎりぎりなのに志信が可愛い声で誘ってくるからたまらない。こんなにも艶やかに色っぽい姿を見せてくれる志信が、由貴は愛しくて堪らなかった。  指を三本に増やしてなんとか抜き差しできるようになって、由貴は志信の身体を返させた。うつぶせになって雌猫のように尻をこちらに向けて由貴を誘う志信はもう理性が飛んでいるようだった。 「後ろからの方が最初は楽だから、いい子でお尻を上げてね」 「んぅっ! もう、おねがい……」 「おねだりして、可愛いんだから」  好きだよ。愛してる。志信さん、大好き。  耳元に囁きながらゆっくりと志信の奥に中心を押し込む。最初はきつくて、進めると熱く柔らかく絡み付く内壁に持って行かれないように耐えるので由貴は精いっぱいだった。  一番奥まで入り込むと、もう由貴の理性も飛んでいた。  ひたすらに腰を打ち付けて、中に注いでは、また芯を持った中心で志信を責め立てる。腰を掴んでいたので尻を上げたまま、上半身はシーツの上に崩れて志信は嬌声を上げていた。  事後に一緒にシャワーを浴びるのも、ベッドのシーツを取り換えるのも由貴は幸せでならなかった。このまま志信とずっと一緒にいたい。志信も由貴のことを運命だと分かったはずだ。  先に力尽きて眠ってしまった志信の胸に頭を乗せると、ことことと心臓が鳴っているのを感じる。寝つきが悪い由貴が志信の胸でぐっすりと眠れたのも運命だったからかもしれない。  翌朝も志信にミネストローネとチーズのドリア風など作って「良い旦那さんになりそう」と言われたので、由貴はもう志信を落としたつもりでいた。  仕事風景を見せてもらって、焼き上がった器を手にすると、初めて写真で見たときよりも美しく胸に感動がわいてくる。 「写真でも見たけど、こんなに美しいものだったんだ……」 「それと同じものを注文されるということで良いですね?」 「お願いします。これはすごい……僕たちの結婚式のときにも引き出物にしたいな」  本当に美しい。  こんなに美しいものを作るひと。作品を見た時点で由貴は志信に惚れていたのかもしれない。 「気が早いかな? まだ、プロポーズもしてないのに」  これをプロポーズにしたいと照れながらも言った言葉に対する志信の態度はおかしかった。 「え? ユキさんは結婚されるのでは?」 「うん? 志信さんと結婚したいと思ってるけど」  何か勘違いされている気がする。  由貴は浮かれていて気付いていなかったが志信はずっと悲し気に笑っていなかっただろうか。 「俺は、ユキさんの何番目の妻になるんですか?」 「へ? ここは日本だよ? 妻は一人だけ」 「でも、ユキさん、結婚式の引き出物に俺の作品を使うって」  もしかして、志信は由貴が結婚すると思っていたのだろうか。  そう分かっていながらも由貴と一夜を共にした。それくらい由貴を求めてくれていた。  座り込みそうになっている志信を由貴は休憩室まで連れて行った。椅子に座らせると、混乱して志信が額を押さえている。 「志信さん、名刺、読んでなかったの?」 「名刺?」 「ウエディングプランナーなんだけど、僕!」  由貴の方も運命に出会ったと舞い上がってしまって言葉が足りなかったかもしれない。それにしても酷いすれ違いだ。 「それじゃあ、ユキさんには婚約者も結婚相手も恋人もいないってことですか?」 「そうだよ。しかも、ああいうことしたのは、昨日が初めてだし」 「ふぁー!?」  恥ずかしながら童貞だったことも白状すると、志信は驚きで悲鳴を上げていた。 「昨日まで童貞だった年下男は志信さんの相手に相応しくない? 僕は志信さんに運命を感じたんだけど!」  それでも由貴は志信を逃す気はない。  愛してますと言えば、愛してますと返事が返って来た。 「まずはお付き合いから」  そう牽制はされてしまったけれど。  休みなのをいいことに由貴はその日べったりと志信に張り付いていた。  志信は自分の両親のことを話してくれた。 「父がムスリムで運命のひとは四人いるとかいうひとだったので、母は日本に帰ってしまって……でも日本で再婚して幸せに暮らしてるみたいです」 「志信さんのお母様にご挨拶に行かないと」 「気が早いですよ。父は豪商でこの工房も家も父の援助で建ててもらいました」 「お父様にもご挨拶に」 「それは、やめといた方がいいですかね」  話を先に先に進めようとする由貴を志信は穏やかに制する。 「僕も自分がこんなに強引になるなんて思わなかった。でも、志信さんだから」 「俺も、一目でユキさんが運命だと思いました。だから、嬉しくないわけじゃないんですよ」  でも、もうちょっとゆっくり。  そう言われても由貴は早く志信を自分のものにしてしまいたくてたまらない。  普通に考えれば昨日出会った相手とその日に抱き合って、次の日には結婚の話をしているなんてフランス映画かと突っ込みたくなるのだが、実際に運命に出会ってみるとそうなってしまうのだから仕方がない。 「せめて、一緒に住もう。僕、ここに引っ越してきていい?」 「ここ、不便ですよ?」 「志信さんがいたら、それでいいよ」  お付き合いをするにしても山奥に住んでいる志信と会うために由貴は通って来る時間があるくらいならば一緒に暮らした方が良いと提案した。 「部屋を、空けておきます」 「寝室は一緒で良いし、僕の荷物なんて少ないもんだから」  ただ志信だけがいればいい。  繰り返す由貴に志信は目を伏せて恥じらっているようだった。

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